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坂本龍一

AmbientElectronicExperimental

坂本龍一

ASYNC - REMODELS

commmons / Milan

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デンシノオト小林拓音   Dec 28,2017 UP
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E王
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 「音楽」の持っている微細な響きを、繊細で細やかな手つきで抽出し、その音のコアを「継承」するように「リミックス/リモデル」すること。そこには21世紀の新しい音楽フォームの息吹が、たしかに蠢いている……。

 坂本龍一の最新アルバム『async』を、世界の最先端音楽家/アーティストたちがリミックスしたアルバム『ASYNC - REMODELS』を聴いて、そんなことを思った。今、リミックスという音楽の概念は、原曲という「モノ」をマテリアルな素材として、各アーティストたちが自在にカタチを変えていく「リモデル」という方法論になったのではないか、と。マテリアルから新たなマテリアルの生成。
 かつての20世紀的リミックスは、オリジナルを引用・盗用・改変することにより、オリジナルがコピーに対して優位にあるという「神話」を解体しようとした。20世紀に支配的だったオリジナルを優位とする思想への闘争である。過激な引用によってオリジナルを解体すること。オリジナルとコピーの差異を無化すること。
 しかし、この『ASYNC - REMODELS』のような21世紀型のマテリアル・リミックスは、オリジナルとコピーの闘争関係以降の世界にある音だ。そこではオリジナルである『async』のトラックはマテリアルとなり、それぞれのリミキサーに継承される。聴き込んでいけば分かるが、音の微かな蠢き、大胆に加工した響き、新たな文脈に埋め込まれたそれぞれ響きの中に「坂本龍一」の音は、確かに継承されているのだ。20世紀型のリミックスを解体・盗用/脱構築とするなら、『ASYNC - REMODELS』の21世紀型リミックスは、継承による再生成/再構築型といえる。だからこそ「リミックス」ではなく、「リモデル」なのだろう。破壊ではなく継承。
 そんな「リモデル」的なリミックスが可能になったのは、コンピューターのハードディスク内による編集・加工を前提とする音楽だから、ともいえる。その意味で00年代以降の電子音響やエレクトロニカは、そもそもリミックス的手法で構成・作曲・生成されていた音楽だったのだろう。
 その意味では、オリジナルである『async』もまたオリジナルが存在しない最初のリミックスとはいえる。では何に対してのリミックスなのか? それは坂本龍一のピアノや響きをコアにしつつ、環境音、ノイズ、声、ハリー・ベルトイアの音響彫刻、笙の音、リズム、空気、無音まで、いわば「世界の音」からの継承/リミックスだ。

 この『ASYNC - REMODELS』において、そんな坂本龍一の音を継承し、「リモデル」するアーティストは、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー、エレクトリック・ユース、アルヴァ・ノト、アルカ、モーション・グラフィックス、フェネス、ヨハン・ヨハンソン、イヴ・テューマー、サヴァイヴ、 コーネリアス、アンディ・ストット、空間現代(日本盤ボーナス・トラック)の12人。まさに現代最先端のアーティストばかりで、さすが最新の音楽モードを熟知している坂本龍一ならではのキュレーションと驚愕してしまう。
 グリッチ~ヴェイパーウェイヴ以降の現代電子音楽の最新モードとして君臨するワンオートリックス・ポイント・ネヴァー、ビョークのプロデュースでも知られ、その生々しい肉体の変貌を電子音楽に転換するアルカ、〈モダン・ラヴ〉からのリリースによって2010年代のインダスリアル・テクノを代表するアンディ・ストットなどの現代のスター的電子音楽家はもちろんのこと、電子音響世界のアルヴァ・ノト、フェネス、コーネリアスなど、坂本と親交の深いアーティストたちも参加している。そのうえポスト・クラシカルの領域で知名度を上げ、近年は映画音楽の世界でも高い評価を得たヨハン・ヨハンソン、テキサスのエクスペリメンタル・シンセ・ユニットのサヴァイヴ、2016年に〈ドミノ〉からエクスペリメンタル・シンセ・サウンドのソロ・アルバムをリリースし、コ・ラの傑作『ノー・ノー』の共同プロデュースでも知られるモーション・グラフィックス、〈パン〉からアルバムをリリースし〈ワープ〉への移籍も決定したソウルとアンビエントを融合するイヴ・テューマーなど、コアな電子音楽リスナーならば絶賛するに違いないアーティストたちが参加しているのだ。

 個人的には、21世紀的「音の継承としてのリミックス/リモデル」の最良のモデルとして、 静謐にして清潔な音響空間を構築したアルヴァ・ノトによる“disintegration”のリモデルをベスト・トラックに挙げたい。流石、長年にわたって競作を行ってきた盟友の仕事である。
 さらには原曲を完全に自分の曲へとリ・コンポジションしつつも「坂本龍一」の芯を見事に継承したアルカによる“async”のリモデル(南米の涙のように悲しい電子音楽だ)や、アンディ・ストットによる“Life, Life”のリモデル(近作の発展形ともいえるラグジュアリー/インダストリアルなトラック)も濃厚な仕上がりである。また、サヴァイヴによる“fullmoon”のリモデルも原曲の「声」を効果的に導入しつつ、その声音の肌理を自身のシンセ・サウンドの中に溶け込ませる素晴らしい出来栄えであった。
 もちろん、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーによる“andata”のリモデルもOPNによるアフター・ヴェイパー/ポスト・インターネット空間における電子的宗教音楽といった趣で、一音たりとも聴き逃せない見事な仕上がり。映画音楽の仕事の成果もフィードバックされているように思える。また、“andata”をYMOテイストにリアレンジした(ドラムのフィルも高橋幸宏を意識しているように聴こえる)、エレクトリック・ユースによるトラックも、エクスペリメンタルのみに寄り過ぎないバランス感覚を感じた。同時に初期イエロー・マジック・オーケストラにおける坂本龍一の役割も見えてはこないだろうか。“andata”のメロディをドラムとベースを基調にしたシンセ・サウンドに編曲すると、まさに1979年までのイエロー・マジック・オーケストラの曲の雰囲気になるのだから。YMOに対する批評的なトラックにも思えた。
 コーネリアスの“ZURE”のリモデルの絶妙さも聴き逃せない。“ZURE”の印象的なシンセのコードをリフレインしつつ、コーネリアスのサウンドが、その音のなかに、まさに「ずれる」ように融解しているのだ(小山田圭吾の息の音の生々しさ!)。同じく“ZURE”をリモデルしたイヴ・テューマーのトラックも、夢の回廊/記憶の層の中にズリ落ちていくような感覚と夢から覚めるような強烈なリズムの打撃/衝撃が同時生成するようなサウンドで、彼の才能の底知れなさが理解できる。空間現代の“ZURE”のリモデルは、空間現代がズレの中で分解されていくような静かな過激さに満ちていた。
 さらにはヨハン・ヨハンソンがリモデルした映画音楽的な“solari”の崇高さ。まるでふたりの音楽家によるタルコフスキーへのオマージュのようである。そしてフェネスのリモデルによって、壮大な「音の海」となった“solari”のロマンティックな響き。まるで『惑星ソラリス』の海が、電子の粒子に溶け合ったような感覚を覚え、恍惚となってしまった。

 耳の感覚を拓くように、『ASYNC - REMODELS』の全12トラックを聴き込んでいくと、リミックスという音楽フォームが「複製技術時代の芸術」から「生成/継承時代の芸術」へと進化/深化を遂げつつあると実感できる。ここで行われていることは、20世紀的リミックスによる「解体」ではない。音の「継承」から生まれる「音楽の再生成」なのだ。「音の継承」。そこにこそ、2018年以降の最新音楽の予兆があるとはいえないか。

デンシノオト

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