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木津毅   Jan 30,2018 UP
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 2017年、もっとも過小評価されたうちの1枚かもしれない。インディ・ロックがセールス面でも批評面でも影響力を落としているのはいまに始まった話ではないが、『ペインテッド・ルーインズ』に対する世間的なリアクションの薄さはどうも「グリズリー・ベアがいま高度なことをやっても驚かないし、波及しない」と見なされているようで、そこに危うさを感じてしまう。じっくりと時間をかけて作られた工芸品よりも、感情的に即効性のある製品としてのポップスが求められている時代だとして――「ポスト・トゥルース」以降の――そのことにリスナーや批評家が追従してしまっていいのだろうか。声の大きい連中やスキャンダルな見出しばかりが注目されるのだとしても。

 とはいえ、僕自身『ペインテッド・ルーインズ』を何度か聴いて率直に抱いたのは、過去2作に比べてやや地味だという印象だった。現在からUSインディ・ロックのひとつのピークだと振り返られる2009年にリリースされた『ヴェッカティメスト』における忘れがたいオープニング・トラック“Southern Point”の鮮烈さ、あるいは『シールズ』で狂おしく疾走する“Speak in Rounds”のダイナミックさは控えめだからだ。近いと感じたのは『イエロー・ハウス』(2006)における統制された抑揚のなか浮上してくる翳りで、いまのグリズリー・ベアなら簡単にそれはできてしまうものだろうと思えたのだ。彼らの世間的な注目がもっとも高かった『ヴェッカティメスト』~『シールズ』におけるダイナミックな構成は何だったかと言えば、クラシックにおける極端なクレッシェンドやフォルテシモの大胆な導入によるもので、それは従来のインディ・ロック的な価値観とはかなり距離のあるものだった。チェンバー・ポップをたんに(ストリングスや管楽器の導入といった)楽曲の装飾という点ではなく、演奏や構成からクラシック/現代音楽に接近させたバンド音楽などというものは、それこそ相当な音楽的素養と演奏力がないと到底不可能なものだ。ティンパニのようにドラムが叩き鳴らされる「インディ・ロック」なんてそれまでは考えられなかったし、僕もまたそれに大いに興奮した人間だったので、『ペインテッド・ルーインズ』では抑えられているのが少しばかり寂しかった。もちろん、メランコリックなメロディがじわじわと広がっていくコーラス・ワークや和音の進行は一級品だが、それはすでに知っているものだった。
 が、本作の聴きどころは和声ではなくむしろリズムにあるのだと聞き、その観点で別の快楽を発見することになる。たとえばもっともキャッチーで「ロック的」とも言える2曲め“Mourning Sound”は8ビートのような均等なビートが叩かれるのだが、タムの音色と音の配置は巧みに振り分けられ、それらがアンサンブルに自然に寄り添っていく。エレクトロニカのプログラミングを生ドラムで再現したような“Aquarian”における打音の手数の多さは、それ自体が複雑なグルーヴを、しかしこれ見よがしにではなく生み出していく。“Three Rings”では奇数の拍がそれとなく挿しこまれており、アフロ的なポリリズムがよく耳を澄ませなければ感じられないような作りになっている。
 それはつまり、本作においては過去作よりも非西洋の音楽的要素がさりげなく、しかし楽曲の根幹を成す要素として入りこんでいるこということだ。あり方としてはフリート・フォクシーズの『クラック‐アップ』とも近い。「ワールド」を、しかし「ワールド」と呼ぶときの線引きを無効にするように取り入れる。深読みすればそれは、文化的/政治的国境が厳格になっていく時代への違和感の表明だろうし、自分たちを搾取する側に置かないようにする配慮であり知恵だろう。『ペインテッド・ルーインズ』のなかには西洋のクラシックの歴史が培った楽理、ウェストコースト・ロックの陶酔、アフリカのリズムのグルーヴ、エレクトロニカの繊細な音の配置……といったものが混在しているが、それらはグリズリー・ベアらしい甘美なサイケデリアのもと、それぞれの個体がわからなくなるまで溶け合っている。

 ひとつ思うのは、この甘美さはじゅうぶんな時間を用意して身を預けないと感じられないということだ。簡単に消費することなどできない……そして、彼らはそのことに意識的なのではないか。「印象」の奥にある細やかな音のやり取りに耳を傾けること。そうした能動的な態度をリスナーに求めるのがこのアルバムで、そこでは分断を融解させるアンサンブルにおける理想主義が広がっている。
 消費のスピードが加速する現代において、グリズリー・ベアのこうした生真面目な態度は不利だということなのかもしれない。だがそれでも聴き手を信頼することを諦めないと、彼らは音で語りかけている。耳を澄まそう。


木津毅