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Neneh Cherry

FolktronicaFunkSoulTrip Hop

Neneh Cherry

Broken Politics

Smalltown Supersound

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野田努   Nov 21,2018 UP
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E王

 懐かしい音楽だよね。3Dが参加した“Kong”はいわば『ブルー・ラインズ』サウンドで、1991年を思い出さずにいられない。まあ、マッシヴ・アタックの低域は、こんな生やさしいものではないけれど。
 もっともネナ・チェリーが日本の洋楽ファンに知られたのは1991年ではない。1988~1989年のことだった。彼女のシングル「バッファロー・スタンス」を熱心に聴いた典型的なリスナーといえば、この時代にボム・ザ・ベースやソウルIIソウルを聴いていた連中で、輸入盤店に足繁く通う20代の、ヒップホップ/DJカルチャー/ダンス・カルチャーに並々ならぬ好奇心を抱いていた連中だった。
 ネナ・チェリーを紹介する際に、リップ・リグ&パニックやニュー・エイジ・ステッパーズのことが語られるけれど(ぼくもそう書いてきている)、当時まだ10代なかばをちょい過ぎたくらいの彼女は、それらプロジェクトにおいて特別な存在というわけではない。前者においては義父のドン・チェリー、後者においてはアリ・アップのほうがそれらの音楽における重要な役割を担っている。
 ネナ・チェリーが洋楽ファンのあいだで最初に支持を得たのは、“バッファロー・スタンス”という“ビート・ディス”にならぶアンセムと、そして彼女の最初のアルバムによってだった。ヒップホップに影響を受けたその作品は、レコードをコスることやサンプリングは生演奏よりも劣ると言われた時代のリリースだったので、おそらく皮肉を込めて『Raw Like Sushi (寿司より生)』と名付けられている。おそらく……と書いたのは、当時この手の音楽は本国ではナショナル・チャートを賑やかすほどの猛威だったが、日本ではまだまだマニアックで、『ブルー・ラインズ』にしてもそうだったけれど、ほとんど情報らしき情報は入ってこなかった。それでも音楽は雄弁で、“バッファロー・スタンス”は(80年代前半のマルコム・マクラレンが手掛けたサンプリング・ミュージックの系譜にありながらも)、“ビート・ディス”や“キープ・オン・ムーヴィン”などといっしょにセカンド・サマー・オブ・ラヴの空気を伝える曲として、時代が劇的に変わりつつあることを印象づけるエポック・メイキングな曲として聴こえていた。
 ボム・ザ・ベースやソウルIIソウルがそうであるように、特別な季節を象徴してしまったアーティストは、時代の気流が上がるところまで上がりそして下降していく過程のその先の展開においても同じようにうまくいくとは限らない。彼女のセカンド・アルバム『ホームブリュー』(これもまたUK解釈のヒップホップ作品)は、ぼくは『ロウ・ライク・スシ』のように繰り返し聴かなかった。1992年、目の前にはすでに『ブルー・ラインズ』があったし、翌年にはテクノの時代の到来にともなって、ネナ・チェリーがいた王座にはビョークが座ることになるのだから。

 ぼくは、彼女の義父であるドン・チェリーはもちろんだが、母親であるモニカ・チェリーのアートも素晴らしいと思っている。というか、スウェーデン人のモニカがアートワークを手掛けているドン・チェリーのアルバムが好きなのだ。『オーガニック・ミュージック・ソサエティ』のようなガチでスピリチュアルな作品のジャケットがあの絶妙な色彩の絵でなかたったら、だいぶ印象が違っただろう。それはドン・チェリーが想像するユートピアを補完するものとしては最良のもののようにぼくには思える。紋切り型の説明になるが、チェリー夫妻はそこに、ヨーロッパとアフリカとアジアが調和する世界を見ていた。そして、ユートピアを夢みるある意味強力な両親のもとで育ったネナ・チェリーは、自らのアイデンティティをどのように考えているのか興味深いことこのうえないのだけれど、音楽を聴いている限りでは、彼女は自分の出自にまったく縛られている痕跡はなく、じつに伸び伸びとやっている。それがまさにネナ・チェリーであり、ゆえにビョーク以前の音楽シーンでは、彼女は自由に生きる女性アイコンでもあった。20代はヒップホップで、長い沈黙のあとの復帰作となった2012年のネナ・チェリー&ザ・シングのアルバムも、いま思えば彼女らしいといえるカヴァー・アルバムだったと言える。選曲の妙もさることながら、規模は小さいとはいえセンスは尖っている〈スモールタウン〉というレーベル、それからリミキサーの人選も玄人好みで、早い話、ネナ・チェリーはカッティングエッジでいまイケているものへの関心が高く、音楽のスタイル(アイデンティティ)にとくに拘りはないのだろう。そういう意味では50もなかばを過ぎたいまも若々しく、また、自由な個人主義者であり続けているのだ。

 キーラン・ヘブデン(フォー・テット)をプロデューサーに迎えた『ブランク・プロジェクト』も、そうした彼女の立ち振る舞いと嗅覚によるところが大きいと思われるが、『ロウ・ライク・スシ』の残像がまだあるリスナーにしてみれば、ネナ・チェリーらしさという点ではどう捉えていいのかいっしゅん考えてしまうアルバムでもあった。聴いていて、ヘブデンのエレクトロニック・ミュージックをバックに歌うのが彼女でなければならない確固たる理由があるのかといえば、どうだろうかと戸惑ってしまうのだ。
 また、アンダーグラウンドで評価の高いエレクトロニック・ミュージシャンとのコンビで作品を作るというコンセプトは、それこそビョークとマーク・ベルを思わせてしまう。かつて“バッファロー・スタンス”で踊った人間のひとりからすると、たしかに悪くはない、しかし、あの頃のように繰り返し聴くのかという話になると口ごもってしまうのが正直なところだ。ヘブデンが彼女の魅力をじゅうぶんに引き出しているとも思えない。“バッファロー・スタンス”のファンキーなグルーヴ、さもなければフェミニズムの時代を先取りした“ウーマン”のようなトリップ・ホップのほうが彼女らしいと思ってしまうのはぼくだけではないだろう。だから、ネナ・チェリーにとってヘブデンとの共作としては2作目、『ブランク・プロジェクト』に続くアルバムとなる『ブロークン・ポリティクス』にはあらかじめ警戒が必要だったわけだが、これが思いのほか完成度が高く、すっかり繰り返し聴いている。
 1曲1曲の出来がかなり良い。ヘブデンも強引なエレクトロニック色を出さずに、かわりに彼のフォークトロニカ時代を彷彿させる透明感のあるトラックを並べ、控え目ながらピアノやヴィブラフォンの音色による綺麗なメロディを添えつつ、ヘブデン自身の特徴を出しながらトリップ・ホップとの溝をなめらかに埋めている。3Dによる『ブルー・ラインズ』サウンドが入ってきても違和感がないのはそのためである。音楽は季節モノではないのだが、じょじょにだが落ち葉が北風に吹かれるこの時期には本当によくマッチするし、復帰後のネナ・チェリーのキャリアにおいてはもっともキャッチーで、ファッショナブルで、ポップ・ミュージックと呼ばれうる曲が収録されているという意味では特筆すべきアルバムだ。ソウル・ミュージックに紐づくダウンテンポの音楽としての心地よさがあり、とくに“Natural Skin Deep”は出色の出来映えである。1988年のように時代の追い風は吹いていないけれど、久しぶりのポップ作品であり、ぼくは、ようやく彼女は“バッファロー・スタンス”以来の代表曲を手にしたんじゃないかと思っているんだけれど、同じように“バッファロー・スタンス”が好きだったひとたちはどう思っているんだろうか。
 

野田努

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