Home > Reviews > Album Reviews > SAULT- Untitled (Black Is)
SAULT(ソーともソールトとも呼ばれる)というアーティストの存在を知ったのは一年ほど前の2019年秋で、bandcamp でたまたま『7』というアルバムに出会ってからだった。SAULTはその数か月前に『5』も出していて、そちらもすぐに入手したのだが、それらは5枚目のアルバムでも7枚目のアルバムでもなくファースト・アルバムとセカンド・アルバムにあたり、何ともおかしなことになっていた。アーティストに関する情報は全くと言っていいくらい出回っておらず、というか意図的に情報を隠しているような印象を受けた。いまのネットやSNSが発達した世の中にあって時代と逆行するというか、逆にミステリアスな情報統制をしているようでもあり、とにかく彼らは一体何者なのだろうと興味が膨らんでいった。アーティスト情報がない分、余計な忖度もなしに音を聴いて良いか悪いかを判断することができ、その結果『5』も『7』もとにかくカッコいいというのが第一印象だった。ソウル、ファンク、ロック、パンク、ニューウェイヴ、アフロ、エスノなどがゴチャ混ぜになったようなサウンドで、ローファイでヘタウマで粗削りな魅力を放っている。ザ・スリッツ、ESG、トム・トム・クラブあたりに近いものを感じたが、曲によってはディスコやハウスなどダンス寄りのものもある。
その後SAULTの実態がいろいろとわかってきたのだが、クレオパトラ・ニコリック、ディーン・ジョサイア・カヴァー(別名インフロー)、メリサ・ヤングから成るロンドンの3人組で、それぞれいろいろなミュージシャンの仕事をしてきたということだ。クレオパトラとディーンはラッパーのリトル・シムズの『グレイ・エリア』(2019年)で作曲を手掛け、その『グレイ・エリア』にも参加していたシンガー・ソングライターのマイケル・キワヌカとディーンは長らく一緒に仕事をしている。
クレオパトラは最近クレオ・ソル名義でソロ・アルバムの『ローズ・イン・ザ・ダーク』を出しており、ネオ・ソウル~R&B路線のこのアルバムにはディーンも参加している。メリサはキッド・シスターやジェーン・ジュピター名義でも活動しており、もともとシカゴ出身のラッパー/シンガーでカニエ・ウェストと仕事をしていたこともある。2010年代後半にUKに移り住んできたようで、2019年にキッド・シスター名義で “ロング・ウェイ・バック” というシングルをリリースしている。
このシングルは〈フォーエヴァー・リヴィング・オリジナルズ〉というレーベルがリリースしたのだが、ここがSAULTのアルバムはじめ、『グレイ・エリア』や『ローズ・イン・ザ・ダーク』など一連の作品をリリースしている。どのような経緯でグループが結成されたのかは不明だが、クレオパトラとディーンが共同で楽曲制作を行った『グレイ・アリア』がきっかけとなったのだろうか。実際に『グレイ・アリア』のサウンドとSAULTのサウンドには共通するところも見出せるし、またマイケル・キワヌカのブラック・フォークとアフロとゴスペル・ファンクとR&Bが混ざったようなところも、SAULTに受け継がれている。
2020年になってSAULTは2枚のアルバムをリリースした。それぞれ『ブラック・イズ』『ライズ』というサブ・タイトルが付けられた『アンタイトルド(無題)』のアルバムである。両者は連作のようで、拳を握った手のジャケットの『ブラック・イズ』、祈りのように手を合わせたジャケットの『ライズ』という具合になっている。“ドント・シュート・ガンズ・ダウン” や “フリー” はじめ、“ブラック” というフレーズを随所に打ち出した楽曲タイトル、黒を基調としたアルバム・ジャケットに見られるように、2020年の初夏に広まったブラック・ライヴズ・マター運動に呼応したものである。ジャイルス・ピーターソン曰く、2020年版のマーヴィン・ゲイの『ホワッツ・ゴーイン・オン』だそうだ。そうした点で、『ブラック・イズ』と『ライズ』は2020年を象徴する作品となりそうだ。演奏にはメンバーのほかにリトル・シムズやマイケル・キワヌカの作品にも参加するピアニストのカディーム・クラークが参加し、『ブラック・イズ』にはマイケル・キワヌカもゲスト参加している。
『ブラック・イズ』は “ストップ・デム” に見られるように、一段と強いビートや叫びのような歌が収められている。ブラック・ライヴズ・マター運動における怒りや憎しみが歌となったような曲で、一方 “ホワイ・ウィ・クライ・ホワイ・ウィ・ダイ” には悲しみの感情が溢れている。マイケル・キワヌカが参加した “ハード・ライフ” は、ディアンジェロの『ブラック・メサイア』に繋がるようなヘヴィーな曲だ。
同じくキワヌカが歌う “バウ” はSAULTらしいローファイなアフロ・ファンクで、ドクター・ジョンで有名な “アイコ・アイコ” のようなヴードゥー風味を持つ。“アイコ・アイコ” は19世紀のマルディグラ・インディアンが発祥で、人種差別への抗議の意味を持つカーニヴァルやコスチューム、踊りと一緒に広まった歌だが、言ってみればブラック・ライヴズ・マターのルーツにあるような曲であり、そうした精神をSAULTが受け継いでいることがわかる。
怒りや悲しみといったネガティヴな感情だけでなく、“エターナル・ライフ” ではメロウでスペイシーなサウンドによって永遠の命を表現する。“モンスターズ” はクルアンビンあたりにも通じるソフト・サイケ風味のジャズ・ファンクで、“ミラクルズ” や “プレイ・アップ・ステイ・アップ” は1960年代のドゥーワップやスウィート・ソウル風という具合に、レトロなテイストが随所に散りばめられているところもSAULTの持ち味のひとつである。
『ライズ』はシンセ・ポップ調の “ストロング” など、時代的には1980年代のサウンドを下敷きにした部分が見られる。ブギー・タッチの “フィアレス” や “サン・シャイン” はジ・インターネットあたりに近いような曲で、全体的に『ライズ』はエレクトリックでダンサンブルなテイストが強くなっている。そうした象徴が “アイ・ジャスト・ウォント・トゥ・ダンス” で、ダンスによって人種差別への抗議を行なっている。先ほどのマルディグラのカーニヴァルもそうだが、ダンスとは肌の色や人種などを超えた人間の営みであること、そうしたメッセージを伝えてくれる。
小川充