Home > Columns > エレクトロニック・ソウルの新星、カラム登場
![]() Krrum Honeymoon 37 Adventures / ホステス |
2017年のアップル・ウォッチのCMを見た人はいるだろうか? 「ゴー・スウィム」というシリーズの第2弾で、時計をつけたままプールで泳ぐというフィルムなのだが、そのバックに流れていたのがカラム(綴りはKrrumで、発音的にはクラムが近い)というアーティストの“イーヴル・ツイン”という曲である。近年のアップル社のCM曲に起用されたUK勢には、ハドソン・モホーク、サム・スミス、ムラ・マサなどがいるのだが、旬の人だったり、またはこれからブレイクしそうな人だったりと、人選がいいところをついている。これらCM曲は、エレクトリックな佇まいを感じさせながらも、どこかソウルフルで人間的、温かみだったり、可愛らしさだったりを感じさせる作品が多いのだが、カラムの“イーヴル・トウィン”もそうした1曲である。なお、この“イーヴル・ツイン”のミュージック・ヴィデオもあって、何かのオーディション会場にマイケル・ジャクソン、ボーイ・ジョージ、ニッキー・ミナージュ、ブリトニー・スピアーズのソックリさんが現れるのだが、彼らはみな年季の入った太めのLGBTという感じで、重たそうな体でキレのないダンスを繰り広げるコミカルなものだ。そして、カラム自身も審査員役で登場している。
カラムはプロデューサー/シンガー・ソングライターのアレックス・キャリーによるプロジェクトで、英国のリーズを活動拠点とする。長い山羊髭に黒縁のロイド眼鏡と、ファッションもなかなかユニークでキャラが立っている。彼はダービーシャー州のダーク・ピークスという田舎町出身で、13才の頃から作曲を始め、地元のスカ・バンドでトランペットを演奏していた。その後、リーズの大学に進学して音楽制作を学び、その頃にゴリラズからボン・イヴェールなどいろいろな音楽の影響を受け、吸収していった。2016年1月に同じアパートに住む友人のハリソン・ウォークと“モルヒネ”というシングルを発表し、この曲や“イーヴル・ツイン”を含む初EPを同年3月にリリース。Shazamやハイプ・マシーンのチャートを賑わせた後、前述のように“イーヴル・ツイン”がアップルCMに使用され、さらに話題を呼んだのである。その後、楽曲制作と並行してピッチフォークやBBCなどが主催するフェスティヴァルにも参加し、人気を伸ばしていったカラム。そして、“イーヴル・ツイン”ほか、“ハード・オン・ユー” “スティル・ラヴ” “ムーン”などのシングル曲を含むファースト・アルバム『ハネムーン』が満を持して発表された。盟友のハリソン・ウォークがソング・ライティングで参加しているが、彼もギタリスト兼シンガー・ソングライターで、ニック・マーフィー(元チェット・フェイカー)を彷彿させる味のあるヴォーカルだ。基本的にアレックスがトラックを作り、ハリソンが歌うというのがカラムのスタイルである。そして、ミキサーにはアデル、ベック、アルバート・ハモンド・ジュニアなどの作品に携わるベン・バプティ、そしてトゥー・ドア・シネマ・クラブ、ムラ・マサなどを手掛けるティム・ローキンソンが参加。また、コリーヌ・ベイリー・レイの楽曲を手掛けたジョン・ベックとスティーヴ・クリサントゥが、それぞれ“フェーズ”と“ハニー、アイ・フィール・ライク・シンニング”でソング・ライティングに加わっている。
カラムは『ハネムーン』について、ややシニカルな見方をしている。「たいていハネムーンというと、ポジティヴなとらえ方をする人が多いけど、その反面、子供でいることや自由であることが終わりを迎えたという時期を意味するのではないのかな」ということで、このタイトルをつけたそうだ。物事に対して客観的で斜に構えた見方をしており、たとえばラヴ・ソングの“スティル・ラヴ”も「恋愛関係を前進させたい思いが強いけれど、踏みとどまってしまう自分がいる。なぜなら直感的に、その関係より先に進めなくてもいい、妄想で終わらせてもいいと思っている自分がいるから」という思いを表現している。“フェーズ”は「あなたは私の人生の通りすがりの男だから」と、自らを言い聞かせて関係を断ち切るという切ないラヴ・ソング。“ムーン”は「好きな人と関係性を結ぶためには、通らなくてはいけない告白という儀式がある。でも、その引き金を引くと、自分が思いもよらなかった結果が待ち受けていることがある」という具合に、彼の歌にはどこか鬱屈した感情が見受けられる。“アイ・ソート・アイ・マーダード・ユー”や“ハニー、アイ・フィール・ライク・シンニング”などの曲名も意味深だ。このように屈折したフィーリングをデジタル・プロダクション主体のサウンドに乗せるスタイルで、基本的にはエレクトリック・ソウル~オルタナR&B系のシンガー・ソングライターと位置づけられるだろう。そして、シニカルでクールに物事を俯瞰する視線は、とてもイギリス人らしいと言えそうだ。
ジェイムズ・ブレイクやサム・スミスの成功以降、UKの男性シンガー・ソングライターにはジェイミー・ウーン、クワーブス、クウェズ、サンファなど逸材が多い。今年ブレイクした筆頭のトム・ミッシュほか、ジェイミー・アイザックやプーマ・ブルーなど、若く才能のあるシンガー・ソングライターが続々と登場している。カラムもこうした中のひとりであるが、たとえばトム・ミッシュあたりと比較するとプロダクションはずっとエレクトリック寄りである。トム・ミッシュがギター・サウンドを主体とするのに対し、カラムの軸となるのはシンセ・サウンドで、そこにホーン・サンプルとオート・チューンなどで加工したコーラスを加えていく。“イーヴル・ツイン” “ウェイヴズ” “スティル・ラヴ”がこうしたプロダクションの代表で、“アイ・ソート・アイ・マーダード・ユー”あたりに顕著だが、全体的に1980年代風のエレクトロ・テイストを感じさる点も特徴だ。“ユー・アー・ソー・クール”のようにポップで爽快感を感じさせる曲も魅力的だが、“ブレッシング・イン・ア・ドレス”や“ドーム・イズ・ザ・ムード・アイム・イン”などヘヴィーなヒップホップ系ビートの骨太の曲、“イフ・ザッツ・ハウ・ユー・フィール”のようにオルタナ感満載のベース・ミュージック寄りの曲と、いろいろとヴァラエティにも富んでいる。そして、どの曲からもポップなセンスが感じられる。アップル繋がりではないけれど、ムラ・マサの楽曲や、そのアルバムにも参加していたジェイミー・リデルの作品に通じるところも見受けられるし、クワーブス、ソン(SOHN)あたりに近い部分も感じさせる、というのがカラムの印象だ。“ハード・オン・ユー”のようにソウルフルなフィーリングとエレクトリック・サウンドの融合が、彼の真骨頂と言えるだろう。