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NaBaBaの洋ゲー・レヴュー超教条主義

NaBaBaの洋ゲー・レヴュー超教条主義

vol.1 現代FPSの礎――『Half-Life 2』の衝撃

文:NaBaBa Aug 03,2012 UP

■没入感の追求とは

さて、「没入感」といってもゲームを普段遊ばれない人はピンとこないと思います。実際これはゲーム特有の感覚で、言語化するのがなかなか難しいのですが、しいて言うなれば「ゲームと自分という一歩引いた距離感を取り払い、自分がまるでゲームの主人公になりきり、ゲーム内で起きたことを我が身に起きたことのようにありありと感じられる状態」、でしょうか。

これはゲームに「熱中」している状態とは一見同じようでまったくちがいます。「熱中」というのは、たとえばテトリスを遊んでいたとして、どんどんブロックの落ちる速度が速くなり、それに対応してミスすることなく消しまくっている状態がそれです。言いかえるなら徹底的な効率化であり、まるで機械になったかのようにミスなく特定の操作を繰り返していく状態のことを指します。

『Half-Life 2』はまさにいま示した「没入感」の方を追求した作品。ゲームをより良いスコアでクリアしたり、高い難易度をミスなくクリアすることを目的とするのではなく、ゲーム内の出来事をありありと感じ入ることを優先的に考えた作品でした。しかしありありと感じるためには、それに耐えるだけの説得力、リアリティが必要です。そのために本作は先ほど挙げたフォトレアリスティックなグラフィックスだとかという、数々の最新技術を必要としたわけです。

しかし広く捉えれば、「没入感」を重視したゲームは『Half-Life 2』以前にも無かったわけではありません。本作が旧来の「没入感」志向のゲームの中でもひときわ革新的と評価されたのは、ゲームのはじめから終わりまで一貫して主人公の一人称視点で展開されること、どんなときでもプレイヤーの自由操作を奪いきらないこと、そして最も重要なのが、それでいてシネマティックな演出あふれる展開を描いたことの3点があったからです。

『Half-Life 2』、というよりも『Half-Life』シリーズにはカット・シーンというものがありません。カット・シーンというのはつまりゲームの合間にストーリー進行的な意味あいで挿入される映像のことですね。ゲーム・プレイだけでは追えないストーリーの複雑な部分を説明できるので、多くのゲームが使う手なわけですが、遊び手としてはそこを操作させろ! と思うこともよくあるわけです。

その点『Half-Life』シリーズはどんな時でも一人称視点のままゲームが進行する、つまりすべてを自分自身の視野で目の当たりにすることになるわけです。しかも基本的に自由操作が奪われない。仮に動けなくても、その時は拘束されているとかハッキリとした理由があり、そういう状況でも視点を動かすことはできる。見たくなければ目をそらしてもいい。

等身大の視点で強引な束縛を受けずに、事態を体感することができる。こうした作りが、従来のゲームのやらされている感や、見せられているだけ感を払拭し、自らの意志で立ち会っている感、ひいては自らなりにありありと感じる「没入感」を表現しえたのです。


主観視点に徹する作品はFPSのなかでも実は珍しい。Half-Lifeシリーズはそのようなゲームの代表格だ。

■初代『Half-Life』と『Half-Life 2』のちがい

ただこの一貫した一人称視点と自由操作の2点は、実は先程“『Half-Life』シリーズ”と呼んだように、そもそもは98年の初代『Half-Life』の発明なのです。しかしそれで『Half-Life 2』の評価を下げるのは早計ですよ。前述したように、そこにシネマティックな演出を共存させたことこそが『Half-Life 2』の革新性なわけですから。

先に初代『Half-Life』ついて少し触れてみましょう。この作品は先の2点を発明した、いわばゲーム内世界を等身大に感じさせることに注力した初めての作品だと言えます。むしろこの2点以外にもゲームのあらゆる要素が等身大であることに強くこだわっていたとも言えるでしょう。

たとえばプレイヤーの分身となる主人公のGordon Freemanは、屈強な兵士でも魔法使いでもなく、ただの科学者という設定。舞台も地味な科学研究所。実験失敗から異世界への扉が開き、研究所内をエイリアンが跋扈するというストーリーはセンセーショナルですが、かといってそれを誇張するわけではなく、ただ事実を積み重ねていくだけのように、その後の研究所の様子を淡々と描いていくことに終始します。ただしその淡々とした様子自体はしっかり描ききる。

そのどこまでも等身大であることに徹底したことが、まるで記録映像のようなリアリティ、もといただの人間=プレイヤーが突然渦中に放り込まれてしまった感がすごく出ていました。当時のゲームはどれも宇宙海兵隊だとか地獄の使者だとか、フィクション性が強く、またストーリーはあってないような作品ばかりだったこともあり、いままでにないストーリーと、それを体感させる仕組を編み出した名作という評価につながったのです。


Half-Lifeはモノレールに乗って出勤するシーンから始まる。記録映像的な本作を象徴する場面だ。

しかしこれはべつの見方をすると、初代『Half-Life』の表現は、リアリティある体験を描きたいのだが、当時の技術ではどうあがいても宇宙海兵隊にリアリティを持たせることはできない、というところからの逆説だったとも捉えられます。嘘だとバレやすいフィクション性や演出を徹底的に排除していって、結果として記録映像的な展開に行き着いたというような。

ところが続編の『Half-Life 2』ではそれが一転します。主人公のGordon Freemanは前作の事件の生き残りとして英雄視され、舞台のCity 17もスチーム・パンク的なケレン味が増しています。ゲームの目的も前作のただ生き残ることから圧政へのレジスタンス活動へと変わり、仲間とのヒューマン・ドラマあり、戦闘ヘリを相手に激しいカー・チェイスを繰り広げる場面もありと、とにかくすべてがシネマティックな方向性へと変わりました。

ある意味この変化は初代がこだわった等身大からの脱却です。みなから尊敬される英雄で、激しいアクションで敵をなぎ倒していく様子はもはや以前のしがない科学者とは思えません。嫌味な言い方をするなら、かつて初代で否定した宇宙海兵隊と同じではないか。しかし驚くべきことは、そんな設定や演出でも没入できるわけですよ。最新技術を駆使した随所のリアリティの向上によって!

先ほども少し触れたとおり、ゲームはもともと複雑なストーリーを描くことが苦手です。少なくともアニメや映画といった従来のメディアと比べるとすごく苦手。ゲームとはプレイヤーが自分の意志で気ままに操作するものですから、強固なストーリー・ラインを構築するのが難しい。がちがちにストーリーを決めて、主人公がやることなすこと全部決めてしまっては、逆にプレイヤーがわざわざ操作する意味がなくなってしまいます。

こういったジレンマに、多くのゲームはカット・シーンの挿入という安易な方法にはしったり、荒いポリゴンの感情移入しきれない寸劇に甘んじたり、初代『Half-Life』は記録映像的な変化球で対応した。そんななか『Half-Life 2』は、真正面からゲーム・プレイそのもののなかに劇的な演出を混在させ、それをリアリティと感じられる水準まで作りこんだ、初めての作品と言えるでしょう。

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NaBaBaNaBaBa
CGイラストからアナログ絵画、パフォーマンスや文章執筆までマルチにこなす、本業は駆け出しのゲームデザイナー。三度の飯よりゲーム好き。座右の銘は高杉晋作の「おもしろき こともなき世に おもしろく」。

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