Home > Interviews > interview with Adrian Sherwood and Nightmares On Wax - UKダブ・“トーク”・セッション
子どもの頃、サウンドシステムをやっていたローカルのスーパーヒーローみたいな人たちが憧れだったんだ。それが幸せな体験としてまずはあって、単純にそのコピーをしたいというところからはじまっている。(ジョージ)
■エイドリアンからみて、元の『In A Space Outta Sound』の魅力はどこにあると思いますか?
AS:リリースされたリアルタイムで聴いてたけど、ある種のサウンドの領域を新しく開拓した作品だなと思っていたね。まずはとくにサンプリングの使い方とか、当時からとても楽しいアルバムだなと思っていたよ。オリジナルの方は、それこそジョージが、まわりのアーティストたちと草でも吸いながら好きなレコードを聴いて、そこから自分の好きな要素を集めて構成していった、その結果としてできたアルバムだと思うけど、それがよくわかるサウンドだよね。もちろん、ジョージが音楽を作りはじめる10年ぐらい前から、僕らもそうやって自分たちの仲間といろいろな好きな要素を掛け合わせて音楽を作っていたからよくわかるんだ。ただ、僕らは当時、レゲエというものだけを追いかけていた。そういった限られた領域だったけど、ジョージの場合はレゲエ以外にもジャズとかファンクとかソウルとか、そういった音楽を幅広く追いかけて学んでいて、それはサンプルの使い方に上手に表れているよね。あとやっぱり彼はDJなのが僕のやってきたこととは違うところだよね。対して、今回のダブ・ヴァージョンはオリジナルをさらに現代的に解釈することで、プロパーな形で作り替えた作品として完成させたくて作ったんだ。
GE:仲間たちや、そのコミュニティや社会のなかで、どういう風にそういった環境を音楽として表現できるかというのはつねに考えていて、僕の音楽制作にとってそれは重要な考え方なんだ。レコードをディグったりとかサンプルを開拓したりとかはずっとやってきたことだけど、そのなかで自分の父親が聴いてたような音楽とかを掘り起こしたりとかね。あとはやはりサウンドシステムのカルチャーを自分のルーツとして掘り起こしていくなかで、自分が過去に聴いてきた音楽を、いま自分が作る音楽にどういう風に落とし混むのか、それをとにかく追究した作品だったね。そのためには自分が聴いてきたサウンドに、再度自分の身を投じるというのが非常に重要なんじゃないかと気づいたんだ。だから『In A Space Outta Sound』というタイトルなんだ。自分の経てきた音楽の旅がこの作品には表れていると思う。音楽は自分自身を投影するものだからね。
■ジョージさんが〈ON-U〉を最初に聴いたのは?
GE:わぉ、いっぱいあるからなんだろう……。アフリカン・ヘッド・チャージのどれかだと思うけど、エイドリアンのサウンドのすごさは、伝統的なサウンドをレフトフィールドに寄せるというか、彼なりにひねったサウンドにしてしまうところなんだ。それはやはりすごいことだよね。UKである意味で僕らは同じような音楽を追い求めてきたのに、不思議なのことに会話もしたことがなかったし、会ったこともなかった。ある意味でパレラルな存在というか、この世界で同じような音楽の旅を続けてきて、やっとこの作品という1点で交われることができたということだよね。もちろんその音楽の道はエイドリアンの方が長いし、自分よりもさまざまな知識もあるし、もちろんそのバックグラウンドになったストーリーは僕なんかより豊かなものがあると思うけど。
■いまも話が出ましたが、あなたたちふたりはジャマイカのサウンドシステム・カルチャー由来のベースラインの使い方とか、ダブに強い受けているという共通点がありますよね。またその継承という意味では、UK独自の脈々としたものがありますよね。ふたりともその歴史のなかにいるというか。
AS:もともとサウンドシステムでダブを聴いたときに、ベースで窓枠とか建物がガタガタ言うとか、そういうことに単純に驚いて興味が出たところからはじまって、追究していくうちに音楽の捉え方も進化してこういうサウンドが生まれていったということだよね。もちろん自分のベースラインのテイストが、イギリスの音楽シーンに広まっていった部分もあるかもしれないけど、やはり世界中を見回せばそれはUKだけじゃなくて、それぞれ各地でも発展している。例えば今日共演するSILENT POETSだってすばらしいだろ? そうやって進化して世界中に広がっていった結果だよ。
GE:やっぱり自分にとってはサウンドシステムというのがとても重要な音楽的要素なんだ。子どもの頃、サウンドシステムをやっていたローカルのスーパーヒーローみたいな人たちが憧れだったんだ。それが幸せな体験としてまずはあって、単純にそのコピーをしたいというところからはじまっているんだと思う。ラッキーだったのは自分の友だちの兄がサウンドシステムを持っていて、まだ小さかったからサウンドクラッシュとかダンスの現場こそいけなかったけど、彼がサウンドシステムを組み立てているのを見たりとか、バックヤードとかを見ることができたんだ。そこでサイエンティストの音に触れたり、自分もレコードを集め出して……もうそんなことしてたら「ベースラインが大きいことはいいことだ」っていう価値観がすり込まれるよね(笑)。そうやって音楽を追い求めていくうちに、ヒップホップの時代になってもマイアミ・ベースの808のベースとかに惹かれて、ハウスも入ってきて……というなかでもやはりベースラインが自分にとって重要な要素として存在していたというところかな。自分のルーツはレゲエにあるけど、ダンス・ミュージックのさまざまなベースラインにはそれぞれさまざまな要素が影響を与えていて、自分のその後の音楽はそれらを聴いてきた結果だと思う。

■エイドリアンは、1970年代、〈ON-U〉を始める前、レゲエのレコードのディストリビューターとして、イギリス中を駆け回ってレコードを卸していたそうですが、ジョージの地元のリーズについて覚えていることはある?
AS:何度も当時通っているよ。はじめて行ったのは1975年かな、17歳のときかな。
GE:俺は5歳だ(笑)。
AS:リーズの想い出は、当時「ヨークシャー・リッパー」という連続殺人鬼が問題になっていた時期で、しかも卸しに行った前日にも事件を起こして、リーズの街に何百人も警察が配備されて物々しかったのを覚えているよ。ちょっと名前はよく覚えてないけど、よくしてくれたレコード屋もあったな。ただリーズ以外にも、ロンドンやバーミンガムとか、マンチェスターにもレゲエのレコード・ショップはあったけど、当時あったお店はなくなってしまって、最終的にリーズにだけ当時からのお店が最後まで残っていたという印象だな。
取材:河村祐介(2026年10月08日)
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河村祐介/Yusuke Kawamura