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Adrian Sherwood

DowntempoDub

Adrian Sherwood

The Collapse Of Everything

On-U Sound / ビート

Amazon

Mars89 Sep 02,2025 UP

 このアルバムを通しで聴きながら見えてきたヴィジョンはなぜか、鉄道の車窓から眺める、後部へと流れていく風景だった。夏が終わる少し前の午後5時くらいの風景だろうか。ディレイやリヴァーブの尾を引きながら遠ざかって行くスネアやサンプリングされたサウンドと、ライヴ・バンドによる多層的なメロディが私に見せた風景だった。アルバム収録曲の中で特に好きだった曲は “The Well Is Poisoned Dub” “Spirits (Further Education)” “Hiroshima Dub Match” の3曲で、どの曲もアルバム収録曲の中では比較的にミニマルな方の楽曲な気がする。
 “The Well Is Poisoned Dub” はアルバムの3曲目で、前の2曲からの流れで聴くと、その重心の低さが際立ち、豊かなディレイとリヴァーブに包まれ、ソファのクッションの隙間に頭が落ちていくような完璧なストーナーサウンドだった。“Spirits (Further Education)” は収録曲の中では最も都会的なサウンド、冷たく汚れたテラコッタとモルタルで作られた都市のグリッドの残響を思わせるサウンドで、なんともいえない居心地の良さを感じさせてくれる。そこから次曲の “Hiroshima Dub Match” への繋がりも素晴らしく、いつの間にか、このふたつの曲を連続したひとつの作品として聴いていた。曲中で漂っては消えていくサイレンの音が、自宅の窓の外からひっきりなしに聞こえてくる警察のサイレンと同期し、ロンドンと東京という9600km離れた都市を権力構造の元で結びつけた。

 『The Collapse Of Everything』というこのアルバムのタイトルから、私はまず、パレスチナとイスラエルをめぐる国際的なモラルや人道主義など、普遍的であるべきと信じていた価値観の崩壊。国内でも勢いづいている差別主義、排外主義勢力により撒き散らされるヘイトスピーチと陰謀論による、パニック的なモラルハザード。そして陰謀論者以外の誰の目にも明白ながら、都合の良い言い訳を探して見て見ぬふりされている壊滅的な気候危機などを連想し、紙幣を前に不恰好に歪んだ操り人形がデザインされたジャケットのアートワークを見て、その連想はあながち間違いではないかもしれないなと、ひとりごちた。

 シャーウッド曰く「The Collapse Of Everything」という言葉はマーク・スチュワートの残した未発表曲の歌詞の中に隠されていたそうだ。隠されていたというのが、どういう意味で、彼がどうその言葉を発見したのかが気になるが、2年前にこの世を去った偉大なミュージシャンの残したメッセージの断片が、しばしの時を経て蘇ったということだろうか。いまのこの世界の惨状を予言的に言い当てているような気もするが、人類が抱えている問題はずっと変わっていないということなのだろう。

 全体を通してブルース的な要素が感じとれるアルバムではあるが、決して懐古主義的な作品ではなく、未来へ向かうサウンドだということは最後に付け加えておきたい。全てが崩壊してゆく長いアポカリプスの中にあってもシャーウッドは未来へと向かっているように感じた。

Mars89