「IR」と一致するもの

ハテナ・フランセ - ele-king

 みなさんボンジュール。今日はフランス国民を唖然とさせると共に、メディアを大い湧かせているベナラ事件の続報を。この騒動は、登場人物のキャラの濃さとスパイ・ドラマじみた展開からドラマ風に「ベナラ、シーズン2」などと呼ばれている。
 まずは昨年夏にお伝えした事件のおさらいから。選挙時からボディガードを担当し、事件当時マクロン大統領官房長官補佐であったアレクサンドル・ベナラは、2018年5月1日に行われたメーデー恒例のデモに参加していた若者カップルに暴行を働いた。一般市民に身体的制裁を加える法的権利を持つのは、フランスでは警察のみである。アレクサンドル・ベナラは機動隊員でもなければ警察でもないのに、事件当日機動隊の装備と警察の腕章を付け、一般市民に暴行を加えた。大統領府がその制裁として下したのは、2週間の業務停止だ。7月18日大手新聞『ル・モンド』の報道により、大統領側近アレクサンドル・ベナラの暴行事件が明るにみ出ると、大統領府は慌てたように彼を解雇した。また、ベナラと共に若者カップルに暴行を働いた予党「La République en Marche(共和国前進)」の警備担当ヴァンサン・クラスも解雇された。この事件は国会でも大きく批判され、当時不支持率が支持率を上回っていたマクロン大統領のイメージをさらに悪くした。「マクロン君主制」と揶揄されていた政権の傲慢さをさらに浮き彫りにしたのだ。7月22日に、アレクサンドル・ベナラとヴァンサン・クラスは若者カップルへの暴行とその様子を捉えた動画を渡すように働きかけた罪で起訴された。また、その際に司法審査会により2人は面会を禁止された。その時点ではこの事件は、それだけで終了したかに見えた。


(リベラシオン紙:内閣のベナラコネクションという見出し)

 ところが2018年末に今度はベナラが外交パスポートを使用して、アフリカのチャド共和国を訪れたことが発覚。12月27日付の大手紙『Le Monde』と独立系Webメディア『Mediapart』の記事によると、投資目的のビジネスマン一団とプライベート・ジェットでチャドに降り立ち、大統領の弟などと会合したという。外交パスポートは、本来なら解雇された時点で返還するべきで、大統領府や外務省も回収するべきものだ。7月26日に返還するように外務省から通達がベナラに届いていたが、彼はそれを無視した。その後もベナラは外交パスポートを23回に渡り使用し続けた。しかも大統領府のレターヘッドを無断で使用し、ボールペン手書きで大統領府命令を偽造。外務省に複数の外交パスポートを申請し、最終的には4冊も持っていたという。そんなに簡単に大統領府命令が偽造できることも、それに対し外務省が外交パスポートを4冊も発行してしまうことも、にわかに信じがたい。だがベナラはそれをやってのけたのだ。
 この外交パスポートの件を皮切りに、ベナラの豪胆な無法ぶりが次々と明らかになっていく。
 年が明けて2019年1月31日に『Mediapart』が新たなベナラ・ネタをスクープ。7月22日の起訴の際、アレクサンドル・ベナラとヴァンサン・クラスは面会を禁止された。にも関わらず、7月26日に両者は密会し、証拠隠滅の相談をしたというのだ。『Mediapart』はその会話を録音した音声データを公開。ベナラが「昨日ボスからSMS来たぜ。“お前なら奴らを負かす。お前は奴らより強いからな。だからお前を側においたんだ”って」と言うとクラスが「ってことはボスは俺たちの味方ってことか?」と問いかけ、ベナラは「味方なんてもんじゃないぜ!」と大笑い。その後、証拠隠滅とメール・サーバーで下書き機能を使い痕跡を残さずにやり取りを続けるやり方など、詳細に相談する様子が捉えられている。この音声をきっかけに、パリ検察局はベナラとクラスによる証拠遺棄に関する調査を開始し、2人は一時拘留された。だが、同時に検察は『Mediapart』に任意の家宅捜索も試みたのだ。もちろん『Mediapart』側は拒否。あくまでも合法な予備調査で私的情報の侵害には当たらないという法的根拠を提示した。これは、当事者の『Mediapart』はじめ多くのメディアから、検察が政権に「忖度」し、情報提供者を特定するために行なった行為だと非難された。
 また、この音声データでもう一つさらに重要な案件が暴露された。それが通称「ロシア取引」。ベナラがクラスに「“Mars”からお前の名前を削除しろ」と指示しているのだが、この「Mars」というのはクラスが2017年8月に立ち上げた警備会社のことだ。なぜこの会社を立ち上げたかと言えば、ロシアの富豪イスカンダル・マフムドフのモナコにある家の警備を引き受けるためだ。そしてその契約を引っ張って来たのがベナラなのだ。「Mars」は2018年6月、この契約により約29万ユーロ(約3,600万円)を受け取っている。このイスカンダル・マフムドフという人物もいわく付きで、自動小銃製造会社カラシニコフ社の株主で、プーチンに非常に近いとか、ロシア・マフィアとの関係が疑われているとか言われている。このデータが公表されたことにより、マクロン大統領の側近がプーチン大統領に近い人物との契約を仲介していたことが発覚したわけだ。2月1日に右寄り政治雑誌『Le Point』のインタヴューで、マクロン大統領は「ジレ・ジョーヌ」はロシア・メディア『Russia Today』『Sputnik』を通じてプーチンに操られていると断言している。根拠は何も上げていないが、とにかくフランスは「ジレ・ジョーヌ」を通じてロシアの脅威に晒されていると強い懸念を表明。だが、自らの側近が大統領府で働いている期間に、プーチンに近い人物とのビジネスを行なった証拠が出て来たことには、大統領は何もコメントしていない。
 そもそもイスカンダル・マフムドフは、すでにそれまで別の警備会社と契約があったのに、なぜ警備会社としてまだ未認可の会社にわざわざ警備を変更したのか。「Mars」は警備会社として認可すら受けておらず、会社としては請け負ったものの、以前ベナラが勤めていた警備会社「Velours」に警備を下請けに出さなければならない状態だった。そして7月18日の『ル・モンド』報道を受けて、「Velours」はこの取引から手を引いた。10月にはベナラの18歳の異父兄弟(各方面から狙われてもおかしくない大富豪を警備する会社のトップが18歳の少年に務められるとは信じがたいが)が「France Close Protection」を立ち上げる。ベナラの友人が経営者となったこの会社が「Velours」の代わりを務める。そして新たに70万ユーロ(約8,600万円)をイスカンダル・マフムドフから受け取っている。また、12月にはこれまたロシアの富豪ファルハド・アフメドフと警備契約を結び、「France Close Protection」は98万ユーロ(約1億2000万円)を受け取っている。このような報道を受け、フランス国家財政検事局は2月7日、ベナラ、クラスの「ロシア取引」にまつわる汚職容疑について捜査を始めた。
 また一連のベナラ事件はフランスの上院議会が調査会を立ち上げ、7月から34回に渡る審査会を開いた。ベナラとクラスは9月19日と1月21日、2回召喚された。その審査会で、イスカンダル・マフムドフとクラス警備会社「Mars」との取引の仲介をしたかと問われ、ベナラは「クラスさんが会社を立ち上げたことも、取引のことも聞いていました。友人ですから。皆さんに隠すつもりはありません。ただ私は彼の取引の仲介をしたことも、したいと思ったこともありません」と涼しい顔で言ってのけた。クラスは「起訴された際にアレクサンドル・ベナラとは面会を禁止されているので、7月22日以降一切会っていません。彼の近況はメディアで知りました」と証言。これらの証言は1月31日『Mediapart』の音声データ公開により全て覆され、上院調査会はベナラとクラスの偽証の疑いを検察に報告した。
 ベナラは上院で、他にもトンデモ発言をしている。彼が銃携帯許可を受ける前、マクロンの大統領選挙活動中の2017年4月、地方のビストロでウェイトレスと一緒に撮ったセルフィーがある。若い女性ウエイトレスは満面の笑顔、ベナラは少々おどけて女性に銃を突きつけている。このセルフィーがまたもや『Mediapart』によって公開され上院で不法所持に対する質問が出た。これに対しベナラは「嘘みたいな本当の話なんですが、これは水鉄砲です」とギャグとしか思えない証言をしてのけた。


(上院調査会での証言するベナラ。一部始終がテレビ中継されてワイドショーのようだった)


(上院調査会での証言するクラス。ベナラよりも心なしか自信なさげな様子)

 このような人物は、エリートの頂点である大統領府にはかつていなかったのではないだろうか。どうやらベナラはリセ時代に大統領府で研修をしたことをきっかけに、警備、それも華やかな世界の警備に憧れるようになったようだ。2007年15歳の頃、カブールの映画祭でマリオン・コティヤールらセレブリティの警備のバイトをする。19歳の時、軍隊予備学校に入学。学校での彼の評価は「学年でも一番優秀な一人。規律正しく、非の打ちどころがない。軍隊に強い興味を持ち、その向上心に見合った素晴らしい結果を残した」という最上級のものだ。この評価を書いたのが彼の上官で15歳年上のヴァンサン・クラスだった。その後、ベナラは2010年に社会党の警備をしている会社に入る。セゴレーヌ・ロワイヤルやフランソワ・オランドなど数々の政治家の警備に参加。2012年にフランソワ・オランドが大統領に当選すると警備会社を辞めた。そしてアルノー・モントブー生産再建大臣の官房で運転手の職に付く。だが職に就いて早々、大臣不在の際に公用車を無断使用したうえ交通違反をし「次はない」と大臣官房長から警告を受ける。そして数週間後には大臣が同乗中に、駐車してある車に当ててしまう。「人に怪我を負わせていないか確認しなさい」と指示した大臣に対し、とっさにベナラがとった行動は大臣の頭を押さえて「隠れてください!」と言うことだった。ベナラが頑として逃げようとすることに業を煮やした大臣は、車から降り、歩いて官邸に帰った。その足で大臣はベナラをクビにするように大臣官房長に指示。ベナラは3ヵ月でクビになった。上院調査会では、大臣の運転手をクビになった理由も改めて問われた。ベナラの答えは、大臣が環状道路をベリブ(パリ市のレンタサイクル)で走ろうとしたのを止めたから、だった。そんなことをしたらスマフォで撮影、即拡散される時代に、だ。もしも大臣が敢えてそのような行動に出たならば、それは正気を失ったとしか言いようがないだろう。運転手をクビにする前に、大臣の精神状態がむしろ心配だ。
 どのエピソードをとっても面白すぎるベナラ。自己顕示欲、金銭欲、権力欲に満ちたバッドボーイがエリート集団の大統領府で好き放題やらかしたのだ。彼が、ここまでできた理由は、マクロン大統領が直々に雇ったという究極の免罪符があったからだろう。そのツケをベナラは、これから行われる裁判で払うことになるのだろう。だが、そのような法の無視を許したマクロン大統領の責任も、本来なら問われて然るべきだろう。フランソワ・リュファンを中心とした野党議員やエマニュエル・トッドのような反マクロン派のインテリはもちろんマクロン大統領を糾弾している。だが、今のところ大統領の座が脅かされるような動きはない。

これも『Mediapart』のスクープ。本物の銃そっくりの水鉄砲(!?)を手にするベナラ


追悼 スコット・ウォーカー - ele-king

冥界の天使 スコット・ウォーカー

 2019年3月25日の夜明け前。スコット・ウォーカーの訃報に接した瞬間、頭の中に広がったのは箱根仙石原のススキの大草原の絶景だった。いや、城ケ島の迷宮のようなジャングルだったかもしれない。仕事が途切れた時に、よく一人でバイクに乗って城ケ島や仙石原に行くのだが、その時は決まって、ポータブル・プレイヤーでスコット・ウォーカーの歌を聴くのだ。夕陽で黄金色に輝いたススキの大草原で聴く“太陽はもう輝かない(The Sun Ain't Gonna Shine Any More)”や“マチルダ(Mathilde)”や“ジャッキー(Jackie)”、城ケ島の森の中で聴く“マイ・デス(My Death)”や“行かないで(If You Go Away)”……。

 スコット・ウォーカーの歌はいつだって、世界を征服したような気分を味わわせてくれた。彼の声、歌には、言語化できない超越感がみなぎっていたから。甘美なメロディも心地よいビートも完全消え失せた晩年のウルトラ・アヴァンギャルドな作品においてさえ、ヴェクトルは違ってもその超越感だけは一貫していた。ソウルフル、というのとも違う。いや確かにソウルフルでパワフルでドラマテックなのだが、彼の歌声は、常に死の匂いを宿し、浮世離れしていた。ソウルやパワーの在り方、向かい方が、アレサ・フランクリンともジェイムズ・ブラウンともトム・ジョーンズとも違う。エロティックなバリトン・ヴォイスは、しかし常に深いメランコリーを孕み、タナトスの闇を浮遊していた。誰とも交わることなく、王のように、天使のように。その超越性こそに誰もが魅せられたのだと思う。

 世界に向けて最初に訃報を発したのは、近年のスコット・ウォーカーが契約していた〈4AD〉レーベルだったが、その直後からネット上には大量の弔辞が流れ続けた。ポップさを120パーセント無視した彼の近年の作品がセールス的に成功していたとはとても思えないのだが、その死を悼む声の多さ、真摯さは尋常ではなかった。特に、イギリスのミュージシャンたちの多さには驚かされる。生粋のアメリカ人ながら、ウォーカー・ブラザーズの一員としてデビューした直後の65年から最期までずっとイギリスを拠点に活動し、60年代末期にはBBCテレビで「スコット・ウォーカー・ショー」なる冠番組まで持っていたから、スコット好きのイギリス人ミュージシャンが多いのは無理からぬことだとは思う。ジュリアン・コープが編纂したスコット・ウォーカーのコンピ盤『Fire Escape In The Sky:The Godlike Genius Of Scott Walker』(81年)も、当時のニューウェイヴ系ミュージシャンたちに大きなショックを与えたそうだし。とにかくどの弔辞も実に心がこもり、“自分にとって彼がいかに特別な人だったか”を涙目で訴える感じのものが多いのだ。まさに、「行かないで」と叫んでいるように。
 ソフト・セル時代には60年代のスコットのルックス(ヘアスタイルとサングラス)を真似、ソロになったらスコットの持ち歌をカヴァした(しかもスコット以上にスコットぽく)マーク・アーモンドを筆頭に、最初期の代表曲“Creep”(92年)がスコットのカヴァだとプロデューサーに勘違いされるほどだったというレディオヘッドのトム・ヨーク、オリジナル・アルバムとしては最後の作品となった『Soused』(14年)をスコットと共作した Sunn O))) のスティーヴン・オマリー、80年代に日本の中古盤屋でスコットのソロ・アルバムを探し回ったたというデイヴィッド・シルヴィアン…その他コージー・ファニ・トゥッティ、グラハム・コクソン、ジャーヴィス・コッカー、ボーイ・ジョージ、ミッジ・ユーロ、デュラン・デュラン、ディーン・ウェアハム(ギャラクシー500)、さらにはスリーフォード・モッズやボズ・スキャッグス等々、新旧硬軟入り混じった名前が途切れなく続く。

 今デイヴィッド・ボウイが生きていたらはたしてどんな言葉を発しただろうか……。なにしろボイウこそはマーク・アーモンドやトム・ヨーク以上に歌い方から音楽家としての姿勢までスコット・ウォーカーに生涯憧れ続けた人だったし。ボウイの2016年のラスト・アルバム『★ (Blackstar) 』なんてまるで、自身の死期を悟ったボウイが渾身の力をふりしぼってスコットに宛てた最後のラヴレターのようではないか。
 また、ルー・リードも生前、雑誌の「Best Albums of All Time」なる企画で『Tilt』(95年)を第2位に選ぶほどスコットを高く評価していた。ちなみにそのベスト10の1位はオーネット・コールマン『Change Of The Century』、3位はボブ・ディラン『Blood On The Tracks』で、以下リトル・リチャードやハンク・ウィリアムズ、ローランド・カーク、ジョン・レノンなどの歴史的名盤が挙がっていた。90年代以降の作品は『Tilt』だけである。

 スコット・ウォーカーのかような時代を超えた絶大な影響力と表現者としての超越性を具に確認させてくれたのが、デイヴィッド・ボウイ総指揮の下で製作された06年のドキュメンタリー映画『スコット・ウォーカー 30世紀の男(30 Century Man)』だろう。前述した面々の他にもジョニー・マーやウテ・レンパー、エヴァン・パーカー、エクトール・ザズーなど多くのミュージシャンたちがインタヴューイとして登場するが、中でもブライアン・イーノの以下の発言は刺激的だった。

「『Nite Flights』で彼の音楽に衝撃を受けた。とてつもない曲だからぜひ聴いてみてくれと言ってデイヴィッドの制作現場に持ち込んだんだよ。感性の一致というか何か通じるものを感じた。ポピュラー音楽でなくオーケストラや実験音楽のようだった。ポップスの枠組みにありながらそこから遠く離れてる。これを聴くのは屈辱的だ。今でもこれを超えられない」

 『Nite Flights』(78年)は70年代半ばに一時再結成されたウォーカー・ブラザーズの復活第3作。その前の『No Regrets』(75年)と『Lines』(76年)は全員(スコット・ウォーカー、ジョン・ウォーカー=ジョン・ジョセフ・マウス、ゲイリー・ウォーカー=ゲイリー・リード)の音楽性が均等にバランスをとったアメリカン・ポップスだったのに対し、3作目の『Nite Flights』では音作りの随所にスコットの意志が強く反映され、トータルとしてかなりいびつな作品になっている。それはパンク時代への返答、などではなく、60年代からずっと維持されてきたスコットの本質そのものだ。これがデイヴィッド・ボウイのベルリン3部作最終章『Lodger』(79年)の制作時のできごとだったことに鑑みれば、『Lodger』のいびつさも実は『Nite Flights』と密につながっていたことがわかる。ちなみにこの映画には、当時のスコットの新作『Drift』(06年)の制作風景も出てくるのだが、スコットは未知のサウンドを探して“Clara”という曲でパーカッショニストに豚肉の塊を鉄拳で叩かせていた。楽器クレジットは“Meat Punching”。ホラーである。

 こういったスコットの前衛性は、特に95年の『Tilt』から全開し、齢を重ねるごとに加速し続けた。個人名義の最終作『Bish Bosch』(12年)や Sunn O))) とのコラボ作『Soused』(14年)のすさまじさたるや……。『Soused』が出た時、彼は既に71才だった。
 そして、今改めて初期の作品を聴き直し、そのヴィジョンのブレなさ、スコット・ウォーカーという表現者の超越性をじっくりとかみしめたい。とりわけ、ジャック・ブレルの作品をたくさん英語でカヴァしたソロの最初の3枚『Scott』(67年)、『Scott 2』(68年)、『Scott 3』(69年)。生と死が深く激しく交響するその陶酔的世界こそは、スコット・ウォーカー(本名 Noel Scott Engel/1943年1月9日米オハイオ州生まれ)が生涯追い求めたヴィジョンだった。

interview with Akira Kobuchi - ele-king

 昨年末マンスール・ブラウンのレヴューを書いたときに改めて気づかされたのだけれど、近年はテクノやアヴァンギャルドの分野のみならず、ジャズやソウル、ヒップホップからグライムまで、じつにさまざまなジャンルにアンビエント的な発想や手法が浸透しまくっている(だから、このタイミングでエイフェックスの『SAW2』がリリース25周年を迎えたことも何かの符牒のような気がしてならない)。Quiet Waveと呼ばれるそのクロスオーヴァーな動向は、もはや2010年代の音楽を俯瞰するうえでけっして語り落とすことのできない一翼になっていると言っても過言ではないが、ではなぜそのような潮流が勃興するに至ったのか──いま流行の音像=Quiet Waveの背景について、元『bmr』編集長であり『HIP HOP definitive 1974 - 2017』や『シティ・ソウル ディスクガイド』の著作で知られる小渕晃に話を伺った。


もはやジャンルから解放されていますよね。それよりも出音がすべてみたいなところがある。今は圧倒的にアブストラクトでアンビエントな音が気持ち好いよねというモードになっている。

ここ数年アンビエント的な手法がいろいろな分野に浸透していて、テクノの領域ではノイズやミュジーク・コンクレートと混ざり合いながらさまざまな展開をみせていますが、それはQuiet Waveというかたちでジャズやソウル、ヒップホップにも及んでいます。

小渕:今は求められている音像が、どのジャンルでもみんな同じですよね。歌モノをやっている人にもインストをやっている人にも、ジャンルの垣根を超えてアンビエントが広がっている。FKJなんかがそのちょうど真ん中にいる印象で。歌モノもやるしインストもやる、ハウスもやればジャズもやる。FKJにはぜんぶ入っている気がします。


FKJ
French Kiwi Juice

Roche Musique / Rambling (2017)

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Yuna
Chapters

Verve / ユニバーサル (2016)

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Nanna.B
Solen

Jakarta / Astrollage (2018)

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Richard Spaven
Real Time

Fine Line / Pヴァイン (2018)

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彼はフランスですよね。Quiet Waveは、たとえばユナはマレーシアでナナ・Bはデンマークというふうに国や地域がばらばらという点もおもしろいですが、やはりジャンル横断的なところが特徴ですよね。

小渕:歌モノとジャズなど他ジャンルの才能たちが一緒になってやっていますよね。もう分けてはやらなくなっている。

リチャード・スペイヴンを聴いて、当初ダブステップの文脈から出てきたフローティング・ポインツも同じ観点から捉えられるのではないかと思ったのですが、そのフローティング・ポインツが発掘してきたファティマもアンビエント的なタッチでLAビートとグライムを繋いでいます。

小渕:クラブ・ミュージックや四つ打ちの流れから出てきた人たちが今また歌モノをやっているというのはありますね。アンディ・コンプトンやノア・スリーがそうですし、エスカを手がけているマシュー・ハーバートや、FKJのレーベルメイトのダリウスもそうです。

ただジャンル横断的とはいっても、比較的ソウルとの親和性が高いのかなとも思ったのですが。

小渕:くくる側の意識次第だと思いますよ。たとえばトム・ミッシュって、昔ならロックに分類されていたと思うんです。でも今なら、彼の音楽はソウルとくくられることが多い。ですが、彼のやっていることは音楽的にはジョン・メイヤーに近くて。時代が違ったからジョン・メイヤーはロックと呼ばれているだけで。ジョーダン・ラカイもそうだと思います。今の人たちってもはやジャンルから解放されていますよね。それよりも出音がすべてみたいなところがある。その音像も時代が違ったら変わっていくものですが、今は圧倒的にアブストラクトでアンビエントな音が気持ち好いよねというモードになっている。

R&Bのサブジャンルというわけでもないんですよね。

小渕:R&Bって、何より歌の音楽なんです。とにかく歌を聴かせるためのもので、基本的にラヴソングなんです。Quiet WaveがR&Bと異なるのは、たとえば自らの孤独について歌ったりもしていて、けっしてラヴソング一辺倒ではない。そして、彼らは自分のヴォーカルも完全にサウンドのひとつとして捉えてやっている。たとえばソランジュも、最近出た新作については「私のヴォーカルだけじゃなく、サウンド全体を聴いてほしい」というようなことを言っています。R&Bのワクからはみだしている決定的な理由はそこなんです。

誰か突出した人がQuiet Waveのスタイルを発明して、みんながそれを真似しているというよりも、自然発生的にそういう状況になっていった、という認識でいいんでしょうか?

小渕:間違いなくそうですね。ヒップホップとかR&Bとか、ブラック・ミュージックって特に集団芸なんですよ。誰かひとりの天才が何かを発明する音楽ではない。みんなでやっているうちにすごいものができて、するとみんながそれを真似していく。だから個人ではなく、常にシーン全体がオモシロイ、興味の対象となる音楽なんです。Quiet Waveもそうです。ただもちろん、そのなかからフランク・オーシャンのような突出したヴォーカリストも出てくるわけですけど、サウンドに関してはそれを生み出したシーン全体がすごいのであって、誰かひとりが偉いという話ではないですね。


80年代のロックの音像って、イギリスで育った人には刷り込まれていると思うんですよ。その音像が10年代になって再び出てきたのかな、というふうに感じています。けっしてブラック・ミュージックだけの文脈では語れない。


Fatima
And Yet It's All Love

Eglo / Pヴァイン (2018)

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Andy Compton
Kiss From Above

Peng / Pヴァイン (2014)

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Noah Slee
Otherland

Majestic Casual / Pヴァイン (2017)

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Darius
Utopia

Roche Musique (2017)

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とはいえ、いくつか起点となった作品はあるんですよね?

小渕:Quiet Waveの2010年代の動きを決定づけた作品のひとつは、2011年のジェイムズ・ブレイクのファーストだと思います。イギリスの音楽ならではの特徴といえばレゲエとダブからの影響ですよね。それはジャマイカからの移民の多さがもたらす、アメリカにはないもので、イギリスの良い音楽家はみなレゲエやダブから影響を受けている。ジェイムズ・ブレイクの場合はダブですが、はずせないのはマッシヴ・アタックの存在です。今は彼らの子や孫の代が活躍している時代という言い方もできると思います。
 それともうひとつイギリスの音楽の特徴として、ニュー・オーダーやザ・キュアー、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの影響力の大きさを挙げることができます。そういった80年代のロックの音像って、イギリスで育った人には刷り込まれていると思うんですよ。その音像が10年代になって再び出てきたのかな、というふうに感じていますね。あとアメリカではザ・スミスの人気が00年代になってから火が点きましたよね。アメリカではUKのオルタナティヴなものが遅れて盛り上がる感じがあって、その影響が今になって出てきているのではないかと。だから今流行りの音像、Quiet Waveについては、けっしてブラック・ミュージックだけの文脈では語れないんですよね。

ブラックもホワイトもアンビエント的な音像に流れている。

小渕:今の時代への影響という点で重要なのがU2なのではないかという気がしています。彼らの『The Joshua Tree』という決定的な作品のサウンドを作ったのは、ブライアン・イーノとダニエル・ラノワですよね。だから今流行りの音像、Quiet Waveも遡れば実は、アンビエントの第一人者であるブライアン・イーノに行き着くのかなと。

マイ・ブラッディ・ヴァレンタインのシューゲイズ・サウンドをアンビエント的な観点から捉えたのもイーノでしたよね。その後じっさいにスロウダイヴとは共作していますし。U2にかんしても、イーノ本人のアンビエントとは分けて解釈する見方もあるとは思うのですが、僕は『The Joshua Tree』のギターの残響やシンセ遣いにはイーノとラノワの影響が強く表れていると考えています。

小渕:その通りだと、僕も思います。それで、イーノとラノワはU2の次にネヴィル・ブラザーズの『Yellow Moon』を手がけていますよね。

これもふたりの色が濃く出たアルバムですね。

小渕:収録曲のひとつがグラミーを受賞していて、音楽好きなら知らない者はいないくらいの名盤ですが、やはりその影響力はすごく大きいと思います。僕は初めてジェイムズ・ブレイクのファーストを聴いたとき、『Yellow Moon』を思い出したんですよ。ボブ・ディラン“With God On Our Side”のカヴァーが入っているんですが、完全にノン・ビートで、アンビエントな音像のなかをアーロン・ネヴィルがひたすら美しく歌っている。ジェイムズ・ブレイクが自分なりの歌モノというのを考えたとき、ダブのバックグラウンドと、ネヴィル・ブラザーズのあの曲などをヒントにして、自分なりのヒーリング・ミュージックを作ったのではないでしょうか。

すごく興味深い分析です。

小渕:他方でアメリカでは、ジェイムズ・ブレイクの1年後、2012年にフランク・オーシャンの『Channel Orange』が出ています。ふたりは共演してもいますし、ジェイムズ・ブレイクのファーストからの影響は少なからずあるはずです。加えて、フランク・オーシャンはニューオーリンズ育ちです。ネヴィル・ブラザーズのホームタウンです。そして、アメリカのサウスといえば、これはテキサス発祥ですけれどスクリュー&チョップです。その影響も大きいと思いますね。

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今のアメリカのR&Bでは、アリーヤの影響力がすごく大きい。彼女とティンバランドが90年代の終わりにやっていた音楽的な試みが今になってすごく効いている。


Tom Misch
Geography

Beyond The Groove / ビート (2018)

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Jordan Rakei
Cloak

Soul Has No Tempo / Pヴァイン (2016)

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James Blake
James Blake

Atlas / ユニバーサル (2011)

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Frank Ocean
Channel Orange

Island Def Jam / ユニバーサル (2012)

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もう少し近いところでQuiet Waveの源流となるような動きはあったのでしょうか?

小渕:ティンバランドがアリーヤとやっていたことは大きいですね。

あの赤いアルバムですか?

小渕:その前後です。今のアメリカのR&Bでは、アリーヤの影響力がすごく大きい。死により伝説になったからというのもあるのでしょうが、それ以上に彼女とティンバランドが90年代の終わりにやっていた音楽的な試みが今になってすごく効いている。ティンバランドはトラックを作るとき“下”=ドラムスをポリリズムで敷き詰めましたけど、そうして“上”には広大な空間を作りだしました。だから自由に歌えるし、アンビエンスも多い。“We Need A Resolution”などがその好例ですが、その影響が今いろいろなところに表れています。

目から鱗です。アリーヤをアンビエントの観点から捉えたことはありませんでした。

小渕:そのアリーヤ由来のアンビエント・スタイルの流れを決定づけたのが、ジェネイ・アイコです。彼女のオフィシャルなファースト・アルバム『Souled Out』は、完全に今の流れの先駆けですね。彼女は日系だから、わび・さびのような感覚も持ち合わせていて、それがQuiet Waveを表現するのに適していたとも思うんですけれど、ヴォーカルはそこまで歌い上げる感じではない。いわゆるディーヴァではないんですよ。では、どうやって自分のヴォーカルを活かすかというのを考えたときに、アリーヤのように小さい声でささやくように歌うことを選んだのではないかなと想像しています。2014年当時ジェネイ・アイコは、アメリカでは新しい歌モノのアイコンになっていました。ケンドリック・ラマーとも共演していましたし。そこでアンビエントな音像、アブストラクトなメロディ、囁くような歌、というフォーマットが確立されて、今に至る。それがアメリカの流れですね。

その流れに、ミシェル・ンデゲオチェロのような90年代組も乗っかってきている。

小渕:彼女はもともとこういうサウンドが好きな人でしたけれど、ブラック・ミュージックってやっぱりそのときの流行に乗っていかなきゃいけない、乗っていくからオモシロイ音楽なので、たとえばレイラ・ハザウェイのようなヴェテランも今はアンビエントなサウンドでやっています。ミシェルの場合はさらに、ディーヴァ系ではないので、今流行りのスタイルがハマるというのもあると思います。やっぱりディーヴァ系の人がQuiet Waveなサウンドでガーッと歌ってしまうと、「ちょっと違う」ということになってしまうのではないでしょうか。たとえばマシュー・ハーバートがサウンドを作っているエスカ、彼女はものすごいゴスペルを歌えちゃう人なんですよね。でもちゃんとハーバートの求める歌い方ができている。ほんとうにしっかり歌い上げてしまうとQuiet Waveにはハマらないのかなと思います。

ビヨンセはアウトだけど、ソランジュならイン、ということですね。

小渕:ソランジュはデビュー当時から姉とは違うオルタナティヴなスタンスでやっていて、ディーヴァとして歌い上げなかったんですよね。だからこそ、今のQuiet Waveの流行のなかでは姉より輝いている。ビヨンセは今に限って言えば、次に打つ手がないのかなという気もします。たった今は、あのハイパーな歌は合わないんですよ。ただ音楽の歴史は反動の繰り返しですから、いまこれだけアンビエントが流行っていると、次はまたハイパーな時代が間違いなく来ると思います。


10年代の「ネオ・ソウル~Quiet Wave」の関係性って、70年代の「ニュー・ソウル~Quiet Storm」の関係性と非常に似ているんです。


Jhené Aiko
Souled Out

Def Jam / ARTium (2014)

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Meshell Ndegeocello
Comet, Come To Me

Naïve / Pヴァイン (2014)

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Eska
Eska

Naim Edge / Pヴァイン (2015)

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ビヨンセは『Lemonade』の“Formation”で#ブラックライヴズマターとの共振を示しました。サウンドは異なりますが、ソランジュも同じ年の『A Seat At The Table』で人種差別にかんする歌を歌っています。そういうポリティカルな要素も、Quiet Waveに影響を与えているのでしょうか?

小渕:コンシャスになっているというのは確実にそうでしょうね。たとえば今調子がいいのは、ほとんどがシンガー・ソングライターです。スティーヴィ・ワンダーが最大のロールモデルになっていて、逆にメアリー・J・ブライジのように誰かに書いてもらった曲を歌うというタイプのシンガーが出にくくなっている。それはやはり、自分の言葉で歌わないとリアルじゃないという、ヒップホップ以降の感覚が浸透した結果だと思うんです。

70年代のソウルも社会的・政治的でした。

小渕:ニュー・ソウルと呼ばれるものはそうですね。1971年にマーヴィン・ゲイの『What's Going On』が出て、ダニー・ハザウェイやカーティス・メイフィールドもすごく社会的なメッセージ性のある音楽を発していました。ただ『What's Going On』って、毎日聴きたい音楽ではないんですよ。毎日メッセージばかり聴いてはいられない。そこで、1975年にスモーキー・ロビンソンが『A Quiet Storm』というアルバムを発表していますが、ずっとコンシャスなものばかり聴いてはいられないよ、ということだったんだと思います。アメリカでは70年代半ば頃から増えてきた中間層に向けた、夜のBGMとして作っていた側面もあったと思います。中間層向けだから演奏も洗練されたもので、ベッドのうえのBGMでもあったからうるさくない。今のQuiet Waveの要素は、スモーキー・ロビンソンの“Quiet Storm”にすべて入っていたのかなという気がしています。「Quiet Storm」という言葉はその後ラジオのフォーマット、ひいてはジャンル名にまでなってしまうくらいでしたが、それくらいすごい曲だったんだと思います。

社会的・政治的であることに対するカウンターということですね。

小渕:今の時代の人びとにとっての『What's Going On』って、ディアンジェロの『Black Messiah』ですよね。ただあれは、ずっとそれだけを聴いていられる音楽ではない。Quiet Waveはその反動なんだと思いますね。あるいは「#ブラックライヴズマター疲れ」と言ってしまってもいいかもしれない。10年代の「ネオ・ソウル~Quiet Wave」の関係性って、70年代の「ニュー・ソウル~Quiet Storm」の関係性と非常に似ているんです。大きくて強いムーヴメントが起こると、必ずそのカウンターが来る、というのがアメリカの音楽業界ですね。

弁証法的ですね。

小渕:音楽はとにかくカウンター、カウンター、カウンターで進んでいくことが、歳を取るとほんとうによくわかります。その前に流行っていたものに対するカウンターが次の時代を拓いていく、そういう動きが何十年も繰り返されている。いま静かでアブストラクトなQuiet Waveが流行っているのは、そのまえのEDMやエレクトロ・ポップのブームが強大だったからこそだと思うんです。


テクノロジーの進化によって00年代とは異なる音像が作れるようになって、アーティストたちはそれを楽しんでいるんだろうと思いますね。

Quiet Waveの流行は、テクノロジーの変化も関係しているのでしょうか?

小渕:実はそれが最大の要因かも知れなくて。今の聴取環境の主流は、欧米はサブスクリプションですよね。サブスクは定額だから、ずっとつけっぱなしで曲を鳴らすことができる。そうすると一日のなかで、うるさい曲をずっと続けて聴くことはなくて、むしろBGM的に流している時間のほうが多い。あと、サブスクはイヤフォンかヘッドフォン、あるいはスピーカーでもハンディなもので聴くことが多いと思うんですが、そういった機器で聴いたときに気持ちの良い音像って、音数が少なくて立体的なものです。Quiet Waveはそういう聴取環境の変化にも対応していると思いますね。これは細野晴臣さんがラジオで言っていたことなんですが、今の音はヴァーチャルだと。

それは、生楽器ではなく打ち込みである、という意味ですか?

小渕:いえ、打ち込みが2010年代になって進化したという話です。たとえば低音って、以前は実際に「ブーン」と出ていて、身体にボンッと振動が来ていたわけですけれど、細野さんいわく、今の音は実際には波動が出ていないんだと。でもあたかも低音が「ブーン」と鳴っているかのように作れてしまうと。

物理的に違ってきていると。

小渕:それは、ハリウッド映画のサウンドから始まり、波及してきたそうなんですけど、音楽で最初にやったのはDr. ドレーだったと思うんです。『2001』(1999年)は音楽の新時代のはじまりでした。あのアルバムは、ジョージ・ルーカスが『スター・ウォーズ』のために作ったTHXという映画用のサウンドシステムのシグネイチャー音で幕を開けます。あれは、「これから一編の映画がはじまる」という合図であるのに加えて、「これまでとはサウンドの次元が違うんだ」ということをドレーは言いたかったんだと思うんですよ。『2001』から打ち込みサウンドがかつてない、超ハイファイになって、ひとつ違う段階に入った。あのときと同じように、10年代になってから、テクノロジーの進化によって00年代とは異なる音像が作れるようになって、アーティストたちはそれを楽しんでいるんだろうと思いますね。ソランジュも新作について、歌詞を削ってでもビートを、サウンドを聴かせたかったと言っています。ひとつのドラムの音を決めるのに18時間かかったと。彼女のような人にとっては、10年前とまったく違う音楽を作れることがおもしろくてしかたがないんじゃないでしょうか。

Quiet Waveはヴェイパーウェイヴともリンクするところがあるのではないかと思っています。おそらくリスナー層はかぶっていないんでしょうけれど、ヴェイパーウェイヴもある意味で現代のアンビエントですよね。

小渕:おっしゃるとおりだと思います。いまのサブスク時代の聴取のあり方を考えると、20代とか10代にとっては、ああいうちょっとアンビエントなスタイルがいちばん合っているんでしょうね。僕はサンプリングが好きだからヴェイパーウェイヴもよく聴くんですが、小林さんのおっしゃるとおり動きとしては重なっていると思いますよ。

時代の無意識のようなものですね。

小渕:聴取環境の変化と制作機材の進化、そのふたつがいちばん大きいですね。それを背景に、アンビエントな音像とメロディのアブストラクトな歌モノが合わさって出てきたのがQuiet Waveで。もちろんそれは前の流行に対するカウンターでもありますから、次はきっとまた違うスタイルの音楽が盛り上がっていくことになるでしょうね。

Cosey Fanni Tutti - ele-king

 『トゥッティ』のなかに一貫して存在している、不吉で、ゾッとするような、何かを引きずって滑っていくような感覚──いいかえるなら、すぐ側にまで迫りくる湿り気のある暗さが生む、閉所恐怖症的な強度。オープニング曲“トゥッティ”の単調なベースラインと機械的でガタガタと騒々しいパーカッションのなかにはそうしたものがあり、そしてそれはそのままずっと、クロージング曲“オレンダ”のもつ、近づきがたいような重い足どりのリズムのなかにも存在しつづけている。最初から最後までこのアルバムは、息苦しいほどの霧に、隙間なく包まれている。

 この霧をとおして、おぼろげな影がかたちを結んでいく──ときに現れた瞬間に消えてしまうほどかすかに、そしてときに水晶のような明るさのなかにある舞台を貫き、それを照らしだしながら。オープニング曲では、トランペットのような音が暗闇を引き裂いていく一方で、5曲目の“スプリット”における、音の薄闇のなかを進んでいく、かすかに光る金属の線のような粒子は、おぼろげだが、しかし距離をおいてたしかに聞こえてくる天上的な雰囲気をもったコーラスによって、悪しきもののヴェールを貫いてるそのメランコリックな美しさによって、そのまま次の曲“ヘイリー”へと繋がっていく。

 おそらくはきっと、メランコリーの感覚へとつづいていく、ガス状のノスタルジーのフィルターのようなものが存在していて、それがトゥッティのこのサード・アルバムに入りこんでいるのだろう。このアルバムは、コージー・ファニー・トゥッティの2017年の回想録『アート・セックス・ミュージック』のあとに作られる作品としては、またとないほどにふさわしいものとなっている。というのもそれは、部分的に、彼女の生まれ故郷であるイングランド東部の街ハルで、同年に開催された文化祭のために作られたものをもとにしているからだ。やがてロンドンにおいてインダストリアルの先駆者となるバンド、スロッビング・グリッスルを結成する前の時代を、彼女はその街を中心にして過ごしていたわけである。

 1969年における、パフォーマンス・アート集団COMUトランスミッションの結成からはじまり、スロッビング・グリッスルやクリス&コージーによるインダストリアルでエレクトロニックな音の実験を経由する、過去50年にわたる経験と影響関係を描いていくなかで、過去について内省し、ふかく考えるそうした期間が、『トゥッティ』という作品の性格を、根本的な次元において決定づけているようにおもわれる。その回想録や近年に見られるその他の回想的な作品をふまえると、トゥッティはこのじしんの名を冠したアルバムによって、ひとつの円環を──はじめてじしんの名義のみでリリースした1983年の『タイム・トゥ・テル』以来の円環を、閉じようとしているのだという感覚がもたらされる。

 だが、コージー・ファニー・トゥッティはまた、まとまりのあるひとつの物語のなかに収めるにはあまりに複雑で、たえずその先へと向かっていくアーティストでもある。たしかにトゥッティは、幽霊的な風景をとおって進むビートとともに、彼女の作品のなかに一貫して拍動している人間と機械の連続性のようなものを、じしんの過去から引きだしている。だが彼女にとって過去とは、みずからの作品を前方へと進めていく力をもったエンジンなのである。『タイム・トゥ・テル』におけるリズムは、捉えがたく、ときに純粋なアンビエントのなかに消えさっていくようなものだったが、それに比べると『トゥッティ』は、はるかに攻撃的で躊躇を感じさせないものとなっている。こうした意味で、この作品に直接繋がっている過去の作品はおそらく、比較的近年にリリースされた、クリス・カーターと、ファクトリー・フロアーのニック・コルク・ヴォイドとともに制作された、2015年のカーター・トゥッティ・ヴォイドでのアルバムだろう。とはいえこの作品と比べると『トゥッティ』は、より精密に研ぎすまされ、より洗練されたものとなっていて、その攻撃性や落ちつきのなさは、節度をもって抑えられている。

 ゾッとするような暗さをもつものであるにもかかわらず、そうした落ちつきのなさと節度の組みあわせのなかで、『トゥッティ』はまた、これ以上ないほどに力強い希望の道を描きだしてもいる。というのも、このアルバムが強力で完成されたものであればあるほど、そこらからさらに多くのものがもたらされるのだという兆しが高まっていくからだ。
(訳:五井健太郎)


A sinister, creeping darkness slithers through “Tutti” – the claustrophobic intensity of humid darkness that clings too close. It’s there in the grinding bassline and mechanical, clattering percussion of opening track “Tutti”, and it lingers on in the grimly trudging rhythm of the closing “Orenda”. From start to finish, the album is wrapped tight in a suffocating fog.

Through this fog, shapes take form – sometimes faintly, fading away as quickly as they appeared, sometimes piercing through and illuminating the scene in a moment of crystal clarity. On the opening track, a trumpet cuts through the darkness, while on “Split”, solar winds seem to shimmer matallic through the sonic murk, joined on “Heliy” by a celestial chorus, blurred but distantly chiming, a touch of melancholy beauty piercing the veil of evil.

There’s perhaps a gauzy filter of nostalgia to the melancholy that creeps into the Tutti’s later third, which is fitting for an album that comes off the back of Cosey Fanni Tutti’s 2017 memoir “Art Sex Music” and has some of its roots in work she created for a culture festival in her hometown of Hull that same year, which she based around her own early years before leaving for London with her then-band, industrial pioneers Throbbing Gristle.

This period of introspection and reflection seems to have informed “Tutti” on a fundamental level, drawing on five decades of experiences and influences from the founding of the COUM Transmissions performance art collective in 1969, through the industrial and electronic sonic experimentations of Throbbing Gristle and Chris & Cosey. Taken together with her memoir and other recent reflective works, there is a sense that Tutti is closing a loop with with this self-titled release – her first album solely under her own name since 1983’s “Time to Tell”.

But Cosey Fanny Tutti is also too complex and forward-thinking an artist to let that be the whole story. Certainly “Tutti” draws from the past, with the beats punding through the ghostly soundscapes a continuation of a man-machine heartbeat that has always pulsed through her work. However, for her the past is an engine powering her work ahead into the future. Where the rhythms of “Time to Tell” were subtle, occasionally dissolving into pure ambient, “Tutti” is far more aggressively forthright. In that sense, the release it hews closest to is perhaps the comparatively recent 2015 “Carter Tutti Void” work, produced with Chris Carter and Factory Floor’s Nik Colk Void. Still, “Tutti” is a more finely honed, more refined work, its aggression and restlessness tempered by restraint.

Through its creeping darkness, it’s in that combination of restlessness and restraint that “Tutti” also holds out its strongest line of hope, because as powerful and accomplished as this album is, it also extends the promise of more to come.

Kode9 - ele-king

 アルバム『Nothing』から4年、スペースエイプとのEPから数えると5年。最近はローレンス・レックによるインスタレイションの音楽を担当したり、ベリアルとのミックスを発表したりしていたコード9が、いま新たな動きを見せている。彼とニック・ドワイヤーが監修を務め、2017年に〈Hyperdub〉よりリリースされたコンピレイション『Diggin In The Carts』は、日本のゲーム音楽に特化するというそのコンセプトから少なからぬ注目を集めたわけだけれど、来る5月、同作のリミックスEPが発売されることとなった。全4曲のリミックスを手がけているのはコード9で、ソロ作品としては久しぶりのリリースである。素材に選ばれたのは細井聡司(『The麻雀・闘牌伝』)、石橋浩一(『デザエモン』)、古代祐三(『アクトレイザー』)、新田忠弘(『サークII』)の計4組。現在そのなかから1曲が先行公開されている。か、かっこいい……。

チップチューン黎明期アーカイヴが80/160bpmで踊りだす!
KODE9 と森本晃司による伝説のA/Vライヴで使用されたリミックス音源が遂に公式リリース!

Nick Dwyer と Kode9 が監修を行い、80年代後期から90年代中期にかけて、日本のゲーム・ミュージックが生んだ貴重かつ革命的な楽曲ばかりを集め、世界を驚愕させたコンピレーション作品『Diggin’ In The Carts』。同作のアートワークも手掛けたアニメーション作家、森本晃司と Kode9 によるオーディオ・ヴィジュアル・ライヴは東京からバルセロナの SonarFestival まで多くのフリークスを熱狂させた。そして、同セットで披露され、音源化が熱望されてきたリミックス・トラックが遂に Kode9 にとって実に5年ぶりとなるEP作品としてリリース!! 一見で虜になるスリーヴ・デザインは、森本晃司のアニメーションを操った Konx-om-Pax が手掛けている。

title: Diggin In The Carts Kode9 Remixes
release: 2019.05.03
label: Hyperdub
format: 12inch, Digital
link: https://fanlink.to/digginremix

Tracklisting:
A1. Soshi Hosoi - Mister Diviner [The Mahjong Touhaiden] Kode9 Remix
A2. Koichi Ishibashi - Bad Data [Dezaemon] Kode9 Remix
B1. Yuzo Koshiro - Temple [Actraiser] Kode9 Remix
B2. Tadahiro Nitta - An-Un (Ominous Clouds) [Xak II] Kode9 Remix

音楽性が豊か(very musical)で、直球(direct)で、そして簡潔(concise)ね。
(オフィシャル・インタヴューより)

 というのが、「ニューアルバム『GREY Area』を3語で表すなら?」という質問に対しての、リトル・シムズ本人による回答だ。本作の、たとえば“Selfish” “Pressure”や“Flowers”で聞かれるピアノとフックの歌メロが印象的な、内省的でメロウな楽曲群に「豊かな音楽性」を見出すのは難しくない。しかし何よりも“Offense”や“Boss”のように生ドラムのサウンドが印象的な生楽器で構築されたビート群に絡みつく、単にメロディックという意味だけでなく、リズムと発声が完全にコントールされた「音楽的」としか言いようのない彼女のフロウは、僕たちの鼓膜を「直球」で捉える。そしてそのリリックは、タイトルのシンプルさが示すようにとても「簡潔」で、曲のコンセプトもまた直球でストンと落ちてくる。

 しかしこの3語の回答は、リトル・シムズというラッパーの本質を突いているようでもある。

 ロンドン出身の25歳、ケンドリック・ラマーをして「一番ヤバい(=illest)」アーティストだと言わしめる彼女は、プロのラッパーを志して大学を中退してから、ひたすら走り続けてきた。前作『Stillness In Wonderland』──『不思議の国のアリス』に目配せするコンセプト・アルバムでもある──でその実力を見せつけ、アンダーソン・パークゴリラズ、そして憧れのローリン・ヒルらとツアーを重ね、数あるMV群でも独特のレトロ・モダンなヴィジュアルイメージをまとってファッションアイコンとしても認知され、絶対数の圧倒的に少ない女性ラッパーの中でも順風満帆に成功への道を辿っているように見えた。しかし、彼女を待っていた「ワンダーランド」は単に夢見ていたファンタジックな世界ではなかった。

周りに有名人が増えてくると彼らの成功と自分を比べてしまったり。そして「これじゃダメだ。ああなりたい」と思ってしまったり。そんなことにばかり目が向いてしまいがち。自分の足場を固めないといけないのに。
(オフィシャル・インタヴューより)

 成功への階段を上ることで、自分を見失う。あるいは、ツアーばかりの生活も、彼女にとっては厳しい経験だった。

家を離れている時間が長いのは、ホント大変。すごく寂しいし孤独を感じるし、色んなものを見逃している気がする。それだけじゃなくて、前は普通だった体験を共有できないっていうか、ね? それがキツかったな。
(オフィシャル・インタヴューより)

 しかしそれらも含めて、彼女は自身の経験を音楽という形に造形し、世界と共有する。それらを溜め込まずに、リリックにしたためる。

ほとんどもう、セラピーみたいなものよ、そうやって…うーん、なんだろ、形に残してケリをつける、かな、それができるのはセラピーのようなもの。 (オフィシャル・インタヴューより)

 本作に収録の“Therapy”もそんな彼女の曲作りについての歌だろうか。しかし聞こえてくるのは、「なんでセラピーに来る時間を作ったのかも分からない/あんたの言葉に助けられることなんてないんだから/あんたが何かを理解してるなんて信じない」といった、むしろセラピーを咎めるようなリリックだった。そうだ。彼女は誰のものでもない、自身の経験に基づいて、創作活動というセラピーを見つけたのだ。だから、紋切り型の表面的な言葉を発する人々をセラピストになぞらえながら警鐘を鳴らしつつ、「私たちは欺瞞と虚構に満ちた社会に生きてる/なんとかヒット曲を生もうと、人々は必死になってる/大きな声で言うべきことじゃないかもしれない/もう言っちゃったけどね」と毒づく。

 何よりも今作における彼女は「直球」だ。たとえば「Tiny Desktop」に出演する彼女の、いかにも人懐っこい笑顔やその物腰から、無防備に彼女のライムに近寄ってはならない。制作に
サンダーキャットとモノポリーも迎えた、その名も“Venom(=毒)”で驚異的なスキルを見せつける彼女のライムに噛みつかれるのがオチだ。

男たちはプッシーを舐めてる、ケツの穴もね/あら、怒ったの? なら私のところに来てみなさいよ、ディックヘッド
“Venom”より

 “Offense”や“Boss”にも通底している攻撃性には、ロクサーヌ・シャンテからニッキー・ミナージュまで引き継がれるフォーミュラが息衝いている。“Therapy”の韻を踏みまくるスタイルといい、“Venom”のアカペラが映えるいかにもスキルフルな高速フロウといい、彼女がヒップホップらしいスキルフルなラップに魅了されたラッパーであろうことは一目瞭然だが、フェイヴァリットは誰なのだろう。

間違いなくビギー・スモールズ、ナズ、ジェイZ、カニエ・ウエスト、あと…モズ・デフ、ウータン、それと…2パック…ミッシー・エリオット、バスタ・ライムス、ルダクリス…その他諸々。
(オフィシャル・インタヴューより)

 なんとも頼もしい。確かにブレイドにも、ルーツ・マヌーヴァにも、あるいはダーティ・ダイクにも、要所要所で僕たちはUKのアーティストたちにヒップホップの良心を見てきた。このアルバムには、そんな彼女のラッパー/ヒップホップ観が表れている。つまりここには、しばしば現在のヒップホップが失ってしまったと嘆かれるクリエイティヴィティが満ち溢れているのだ。
ではそれは、どのように生まれたのか。成功への道に導かれつつも自身を見失ってしまいそうになったときに彼女が選択したのは、「コラボレーション」だった。本作は、同じロンドン出身で彼女のことを9歳から知っているという Inflo をプロデューサーに迎え、何人かのゲストをフィーチャーしつつも基本的にはふたりのコラボレーションで制作された。

全部最初から一緒に作っていったから、本当の意味でのコラボレーションだった。ビートが送られてくるのとは違って…いや、それだってコラボレーションには違いないけど、今回みたいに本格的に誰かと共同作業をしたことは今までなかった。それもプロジェクトの最初から最後まで。相手のアイデア、私のアイデア、と出し合って、私が相手の作ったものを気に入らなかったり、相手が私に作ったものを気に入らなかったりすることがあっても、お互いに歩み寄って納得のいくところを探し出すっていうのは単純にやり方が違ったし、おかげで本当に強力なプロジェクトになったと思う。
(オフィシャル・インタヴューより)

 結果生まれた、ファンキーかつアトモスフェリックな生楽器の演奏を中心に据えたプロダクションと彼女のラップの相乗効果はどうか。一聴してすぐに分かるのは、それが現行のアメリカのヒップホップ・チャートからは決して聞こえてこないであろうサウンドだということだ。

今度のアルバムのサウンドは完全に異質だと思う。私の前のアルバムとも全然違うし、今耳にする音楽と比べても違うし、なんて言うんだろう…とにかく個性的。
(オフィシャル・インタヴューより)

 生楽器中心ということもあり、それは恐ろしく「簡潔」なサウンドだ。しかしそれは単調というのは違う。むしろそれは、「簡潔かつ複雑」とでも言うべき音空間なのだ。たとえばオープニングの“Offense”を貫くのはファンキーなブレイクビーツとブリブリのシンセベースだが、シムズのために十分に空けられた音の隙間に挿入されるフルートやストリングス、あるいはコーラスといったウワネタは、どれもオーヴァードライヴで歪まされ、かつリヴァーブでさらに空間性を強調されている。しかしどの音も互いに埋没することなく、しっかりとフレーズ単位でその輪郭を主張しながら絡み合うのだ。そしてビートの隙間を縫うように、彼女は一ライン毎に十分に間を空けながら、ここしかありえないという絶妙な位置にライムを配置していく。いつの間にかラッパーたちは、隙間を空けることを怖がり、強迫症にかかったように言葉数を多くして息継ぎをする間もないヴァースを量産してきた(そんな状況に疑問を呈したのがトラップというジャンルだという捉え方もできるかもしれないが)。“Venom”のようにリスナーを窒息させるラップにもスキルが必要なら、この“Offense”のように行間のグルーヴに語らせる「簡潔」なヴァースもまた、並々ならぬスキルに裏打ちされたものだ。

 さらに「簡潔」なビートを「複雑」に彩る、“Wounds”や“Sherbet Sunset”、“Flowers”で聞こえてくるギターは、独学で身につけてきたという、彼女自身によるものと思われる。

こんなにメンタルがおかしい世界でどうやって正気でいられるか/世界は十分病んでるわ/ヴードゥー・チャイルドがパープル・ヘイズで遊ぶほどに/一人でいる時は決して安息できない/これは一時的なものじゃない
(“Flowers”より)

 彼女が以前からリスペクトを公言しているジミ・ヘンドリクスと共に、カート・コベインやバスキア、ジャニス・ジョプリンといった27歳で亡くなったアーティストたちに花を手向ける“Flowers”で幕を閉じる本作(日本盤には去年の来日のことだろうか、渋谷を訪問した様子もリリックに登場するボーナス・トラック“She”が収録)は、確かに「音楽性が豊か」で、「直球」で、そして「簡潔」な作品だ。しかしそのような作品を、彼女はなぜ『GREY Area』と命名したのだろうか。

SNSの時代は特に、あっという間に本来の自分じゃないものになってしまいかねないから、とにかく自分に正直に、自分の気持ちに正直に、そして自分は完璧じゃないということをオープンに受け入れて、みんなと同じで間違いも犯すし、まだ24才で自分が何者でこの世界で何をしようとしているのかわからないまま模索していて…女性としてもはっきりしないことがまだ沢山あって、世の中は白黒はっきりしたことばかりじゃなくてグレーゾーンがたっぷりあるってことをそれでヨシとしたい。だからアルバムのタイトルもグレー・エリアにしたの。白黒で割り切れるものなんかなくて、見た目ほどシンプルじゃないから混乱もするし、そこで迷うことも多いけど、それが人生なんじゃない?
(オフィシャル・インタヴューより)

 世界を前にして、ときにはグレーの無限のグラデーションのなかで方向性を見失うことすらも、率直に示すこと。本作を形作る濃淡様々なグレーのピースたちは、彼女の足跡だ。そのようなグレーのなかで迷い、引き裂かれるラッパー像といえば、やはりケンドリックを思い起こしてしまうが、果たして彼女は、どこへ向かうのだろう。しかし今はまず、本作の直球で簡潔な表現の底を流れるそのグレーな豊かさに、耳を澄ますことにしよう。

Myriam Bleau - ele-king

 零秒の音楽は可能なのか。始まった瞬間に終わり、時間を超えて記憶の層に永遠に格納されるような音楽。色彩と線の交錯による時間の凍結のよう抽象絵画のごとき音響。例えるならあのサイ・トゥオンブリの絵画のような時間と空間を越境するようなアブストラクトな音楽/音響。そんな音響音楽を希求するのは、ただの夢なのか。
 いや、そうではない。例えば池田亮司、カールステン・ニコライ、そしてリチャード・シャルティエ、クリスチャン・フェネス、マーク・フェルなどのマイクロスコピックなサウンドアート作家・電子音響作家たちは、いずれもそのような不可能性を希求し追求してきたアーティストではないか。それらは21世紀的なコンピューター音楽による未来の追求でもあった。コンピューターと電子音とグリッチノイズによる人間を超えた細やかで繊細で多層的な強靭な音響たちである。
 今回、取り上げるカナダはモントリオールを活動拠点とするサウンド・アーティストであるミリアン・ブローのファースト・アルバム『Lumens & Profits』もまたそんなマイクロスコピック電子音響作品の系譜にある作品である。アンビエント/ドローンやインダストリアル/テクノ以降の先端的電子音楽においては珍しい作風ではないかと思う。

 リリースはUKの先端レーベル〈Where To Now?〉。同レーベルはこれまでも KETEV(Yair Elazar Glotman)、ニコラ・ラッティ(Nicola Ratti)、CVN、デール・コーニッシュ(Dale Cornish)、N1L、YPY、ルット・レント(Lutto Lento)、アゼール(Assel)、H.Takahashi、ベン・ヴィンス(Ben Vince)など2010年代のエクスペリメンタルな先端音楽の注目作のリリースを連発してきたが、ミリアン・ブローの本アルバムは2019年以降の電子音響のモードを体現している。せわしなく、かつ細やかに接続・変化していくマーク・フェル的なグリッチ音響は「テクノ以降の音楽的記憶」が一気に圧縮されているような印象ももたらすが、同時にデータの流動化というよりは、その音からは「モノ的」な存在感も増している。マテリアルな質感を有しているのだ。まずはライヴ動画を観て頂きたい。

 手とデバイス=モノを駆使することで彼女はマテリアルとデジタルの領域を交錯させたサウンドを生成している。レーベルも「彼女のハイブリッドな電子音は、文化的表現としてのパフォーマンスを探求し、ポップカルチャーの要素と音楽の歴史の傾向を再文脈化する」と書き記しているが、良く聴き込むとテクノのキック、ヒップホップのグルーヴ、エレクトロニカのサウンドなどの電子音楽の痕跡が解体され、細やかにスライスされてコンポジションされていることも分かってくる。結果、聴くほどに音楽の記憶が刺激され、同時に記憶が喪失する感覚も生れてくる。そこには00年代的な電子音響作品のコンピューターによるエラー=グリッチとは違う不思議な「身体性」が蠢いているように感じられた。彼女のパフォーマンス動画を観ても分かるように、マテリアルとデジタルの領域を再交錯させているのだ。その意味で同じくカナダ出身のニコラ・ベルニエ(nicolas bernier)(https://vimeo.com/48493242)の系譜に連なる現代の電子音響作家ともいえよう。いわば2010年代後半のミュジーク・コンクレートである。

 そしてミリアン・ブローのサウンドは、まるで鳥の鳴き声のように軽やかな電子音だが、そのサウンドは直観と構築の往復のように偶然と構築の両極を行き来している。断続的なキックは解体されたテクノのようだし、優雅な舞踏のようにスライスされた電子音の運動はポスト・グリッチ的で、短い数秒のサウンドの中にいくつもの電子音楽が圧縮されている。
 その意味で細切れに編集されたヴォイスとコードが鳴り響く2曲め“Constructivism”、細やかな音の粒子と時間が浮遊するようなアンビエンスが端正にミックスされる美しい3曲め“Hidden Centuries”、鳥の鳴き声のような電子音が軽やかに反復と非反復のあいだを行き来する4曲め“Vapid Luxury”などは本アルバムを象徴するトラックだ。
 むろん、これらの雰囲気はアルバム全トラックに共通する感覚でもある。時間軸を超えて音響を摂取するような感覚はマイクロスコピックな電子音響作品の系譜に連なるサウンドだ。中でも微細な電子ノイズが非反復的に構成されることでマーク・フェル以降の偶発的なグリッチ・サウンドを超越する電子音響空間を生みだす7曲め“Shapes”などは、そんな時間軸を超えて音響を聴くような感覚をもたらしてくれるニュー・マイクロスコピックなトラックに仕上がっていた。そして静謐なラスト8曲め“Darling”によって幕を閉じる。ミニマムに解体されたループは、どこかグリッチ化したヒップホップのトラックのように響く。

 そして本作のように00年代的な電子音響を基調にしつつも、そのスタイルもジャンルも解体されたような、いわばテクノ以降の音楽のエレメントが圧縮・再構成されている電子音響作品が、〈LINE〉や〈Entr'acte〉などのサウンドアート・レーベルからではなく、〈Where To Now?〉のようなクラブ・ミュージックを進化・解体する先端的なレーベルから発表されたことも重要に思える。
 2010年代前半のエクスペリメンタル・ミュージックと2010年代後半のエクスペリメンタル・ミュージックを繋ぐ存在とでもいうべきだろうか。電子音の欠片が高速で、軽やかに、優雅に、舞踏のように、踊り、駆け抜けていくようなサウンドを一気に聴取するような感覚をぜひとも体験して頂きたい。

ここ5年ほど、アイスランドや北欧のフェスティバルに積極的に参加している、アイスランド・エアウェイブスhttps://icelandairwaves.is。2013年から数えて5回アイスランドや北欧のフェスティバルに参加し、バルセロナのプリマヴェーラhttps://www.primaverasound.es/には2回、ノルウェイのフェスには最近参加し始めた。

私がNYのインディ・オンライン・ストアの〈インサウンド〉insound.comで働いていた1999年頃、同僚がノルウェイのオスロで開催されるフェスティバル、Øya(オイヤ)https://oyafestivalen.noについて話していたのを覚えている。当時、創業したばかりのインサウンドとØyaは、同じようなアーティストを扱っていた。ノルウェイなんて遠い異国だと思っていたが、NYからは約7時間、時差も6時間で、時差ボケも酷くない。


会場への道

私は2017年に初めてオスロのØyaに参加し、2018年には同じくノルウェイのトロントヘイムで開催されるPstereo(ぺステレオ)https://pstereo.noに参加した。
Øyaは1999年にスタートし、ソニック・ユース、イギー・ポップ、アークティック・モンキーズ、ベックなど、ピッチフォーク系のバンドが出演することを売りにしている。一方、Pstereoは2007年にスタートし、クラフトワーク、モグワイ、ロイクソップ、スロウダイブなど、エレクトロニカ、ポップ、ロックなどのバンドが主に出演している。2019年のØyaのヘッドライナーは、キュア、ロビン、テーム・インパラ、ジェイムス・ブレイク。同じ年、ぺステレオには、ホイットニー、イェーセイアー、ブロック・パーティ、ビッグバンなどが出演した。



コンファレンス

コンファレンス会場


今年2019年は、オスロのBy:Larm(ビ・ラーム)https://bylarm.noに参加した。By:Larmでは音楽フェスと一緒にコンファレンスも行われ、SXSWの北欧版と言える。3日間(今年は2/28-3/2)講義、セミナー、ネットワーキングが昼間に行われ、夜は18の会場で、350ものコンサートが開かれる。By:Larmは北欧の音楽と海外の音楽の出会いの場である。

1998年に始まったBy:larmはスタート当初、バーゲン、トロントへイム、トロムソ、クリスチャンサンドなど毎年異なるノルウェイ内の都市で行われていたが、参加者が増え続けたために大きな会場やホテルが必要になり、2008年からはオスロを拠点としている。

今年のレクチャー内容は、「デジタルミュージックの世の中でアーティストが侵す10の間違い、それを避ける方法。」、「デジタル革新の世の中でアーティストとレーベルはどうやってインパクトを与えるか。」、「ストリーミングの技術は熟したが、収入が公平になるディストリビューション問題。ユーザー中心の世の中でどのように音楽経済を変えることが出来るか。」、「ブランドやスポンサーが古臭さや妥協なくどのように音楽業界に新しい内容を提供出来るか。アーティストは信頼性を損なわず収益を上げるため、スポンサーを利用できるか。」、「自分のバンドはホット。では次は。」、など興味あるトピックが続く。〈シークレットリー・カナディアン〉や〈モ・ワックス〉のA&Rの話や、マネージャー、エージェントからも直接話を訊けて音楽業界で働く人には気になる話題が満載である。



Girl in red

Kelly Moran

ショーケースされるバンドは北欧のバンドが殆どで、2日間で30ほどを駆け足で観た。ノルウェイのマック・デマルコと言われているBrenn.(ブレン)は、演奏は下手だし何がしたいのか分からなかったのだが、とにかく音を掻き鳴らしていて「やってやる!」という姿勢も伝わってきたし、期待のホープに思えた。青とピンクの色違いのジャンプスーツも可愛かった。〈ベラ・ユニオン〉のPom Poko(ポンポコ)は、柔道着風ツナギとバスケットボールのユニフォームというよくわからないアウトフィットだったが、元気一杯エナジー爆発で、ガール・イン・レッドと同じくオーディエンスにダイブしたり、ファンのサポートも熱かった。スウェーデンのMeidavale(メイダヴェール)は、ウォーペイントとワォー・オン・ドラッグスを足したようなサイケデリックな浮遊感が漂うバンドで、黄色のジャンプスーツが可愛かった。〈DFA〉からも作品をリリースするアバンギャルドアーティストの、Nils bech(ニルス・ベック)はストリングス隊をバックに歌い、同時に会場の外に3Dマッピングをしていて、現代的なアートのようなパフォーマンスを見せた。


Selma Judith

Maidavale

土曜日は、Torggata通りで行われるTorggatafestというフリーショーが3時から7時まで8つのお店や会場で行われ、50ほどのバンドがプレイした。さらにアン・オフィシャルパーティが近くで行われ、ビール、アップルサイダー、ビーツ・スープ(!)などが振る舞われた。

SXSWと同じで知り合いが出来ると数珠繋ぎにどんどん人を紹介され、見たいバンドを見逃すという事態に陥るが、ネットワーキングを目的に来る人が殆どである。アジア人は全く見なかったが、中国からのジャーナリスト、DJが来ていた。その他は北欧の違う都市から訪れていた音楽業界の人々だった。彼らはSXSWにも行くらしく、月に一回はNYに行くという人も居て、世界中を飛び回ってるのだなあと。オスロは、レイキャビックやコペンハーゲンと同じく、Wi-Fiや充電場所が何処にでもあり、水道水も飲めるが、アルコールは外では飲めない。日曜日にはフリーマーケットがあったり、少し散歩も出来る、小さいがとても便利なオスロを体験出来た。

大満喫した次の日NYに戻ろうとすると、フライトが悪天候のためキャンセルに。何故かロンドンに行く事になった。旅もフェスも予測出来ないという事で、初のロンドンを楽しむ事にする。


Yoko Sawai
3/4/2019

中原昌也 - ele-king

 先週のDOMMUNEで宇川直宏、『前衛音楽入門』を刊行したばかりの松村正人とともに、目の覚めるようなトーク&ライヴを披露してくれた中原昌也。彼の作家デビュー20周年を記念し、最新の小説が河出書房新社より刊行される。……だけではない。さらになんと、さまざまなアーティストが中原の小説を“リミックス”したというトリビュート作品集までリリース! 朝吹真理子、OMSB、五所純子、柴崎友香、曽我部恵一、高橋源一郎、町田康、三宅唱、やくしまるえつこ、湯浅学と、そうそうたる顔ぶれである。発売は3月26日。詳細は下記を。

日本列島を震撼させた話題作、
『マリ&フィフィの虐殺ソングブック』
から20年!!
中原昌也最新作、2冊同時リリース決定!

【最新小説】
『パートタイム・デスライフ』
職場から逃亡した男に次々と襲いかかる正体不明の暴力――。
圧倒的スピード感で押し寄せる悪夢の洪水に、終わりはあるのか?
中原昌也のマスターピース、ついに刊行!

巻末に「中原昌也の世界」を特別収録。青山真治、小山田圭吾、椹木野衣が異才20年の軌跡と奇蹟を描く。

【あらすじ】
MIT仕込みのノウハウによって完璧に管理された職場から逃亡したパートタイムで働く男に次々と襲いかかる正体不明の暴力。NHKのビデオテープ紛失事件、アウトドアショップでの定員の諍い、スクランブル交差点で遭遇したサポーターの狂乱と警官からの痛打……。この悪夢に終わりはあるのか!? 徹底的な絶望を生きる男の悲劇的な人生が怒涛の笑いと爽やかな感動を誘う、中原昌也の最新小説。

【仕様】
タイトル:中原昌也『パートタイム・デスライフ』
解説  :青山真治・小山田圭吾・椹木野衣(巻末別丁「中原昌也の世界」に掲載)
刊行予定:2019年3月26日(予定)
仕様  :168ページ/仮フランス装/定価本体2,200円
AD  :前田晃伸+馬渡亮剛
Art work:中原昌也

【トリビュート作品集】
『虐殺ソングブック remix』
remixed by 朝吹真理子、OMSB、五所純子、柴崎友香、曽我部恵一、高橋源一郎、町田康、三宅唱、やくしまるえつこ、湯浅学

前代未聞!!! 既存のテクストをコラージュし、文学を、世界を震撼させる作家・中原昌也。その破壊的作品群を、各界第一線の才能が大胆不敵にリミックス。いま、中原昌也の新たな衝撃が鳴り響く!

【目次】
Ⅰ remix edition
待望の短篇は忘却の彼方に(町田康 tabure remix)
独り言は、人間をより孤独にするだけだ(OMSB’s “路傍の結石” remix)
子猫が読む乱暴者日記×レッド、イエロー、オレンジ、オレンジ、ブルー(柴崎友香 Kittens remix)
天真爛漫な女性(曽我部恵一 “Tell her No” remix)
怪力の文芸編集者×誰も映っていない(朝吹真理子 remix)
『待望の短篇は忘却の彼方に』文庫版あとがき(三宅唱 “小日本” remix)
鳩嫌い(五所純子 tinnitus remix)
子猫が読む乱暴者日記(湯浅学 “博愛断食” mix)
『中原昌也 作業日誌 2004→2007』(やくしまるえつこ “type_ナカハラ_BOT_Log” remix)
『中原昌也 作業日誌 2004→2007』(高橋源一郎 “こんな日もある” remix)
Ⅱ Original version
待望の短篇は忘却の彼方に/独り言は、人間をより孤独にするだけだ/路傍の墓石/子猫が読む乱暴者日記/天真爛漫な女性/怪力の文芸編集者/誰も映っていない/『待望の短篇は忘却の彼方に』文庫版あとがき/鳩嫌い/『中原昌也 作業日誌 2004→2007』(抄)

中原昌也と同じく文学と音楽を横断する町田康やドゥ・マゴ文学賞で『作業日誌』を支持した高橋源一郎を始め、柴崎友香や朝吹真理子など豪華な小説家が結集。音楽シーンからは「すべての若き動物たち HAIR STYLISTICS REMIX」の記憶も新しい曽我部恵一(サニーデイ・サービス)、SIMI LAB で活躍するラッパーOMSB(初小説)、そして相対性理論などを手がけ美術や文筆でも注目を集めるアーティスト・やくしまるえつこが参加。映画『きみの鳥は歌える』の監督・三宅唱(初小説)や文筆家・五所純子(初小説)ら新たな才能に、音楽仲間の湯浅学(音楽評論)も加わった。さらにカバーではコラージュアーティストとして活躍する河村康輔が中原のデビュー作『マリ&フィフィの虐殺ソングブック』単行本カバーをリミックス。20周年を記念した豪華なグルーヴが響き渡る!!

【仕様】
タイトル:中原昌也ほか『虐殺ソングブック remix』
刊行予定:2019年3月26日(予定)
仕様  :288ページ/並製/定価本体2,400円
AD  :前田晃伸+馬渡亮剛
Art work:河村康輔 (Mari & Fifi's Massacre Songbook Re-ILL-mix)

柴田聡子 - ele-king

 いったいこの違和感はなんなんだ。羅針盤による“ロビンソン”のカヴァーを初めて聴いたのは高校生の頃だったと思う。既存のヒット・ソングをほかの誰かが歌ったときに不可避的に生じるような、たんなる印象上の齟齬ではない。もっと深いレヴェルでの違和、いうなれば恐怖体験にもつうじるもの──当時はその正体がなんなのかわからなかったし、それから20年近くが経過したいまでもけっして明確に分析できているわけではないけれど、遠近法をエクスキューズに振り返るならそれは、ポップ・ソングが歌唱法や音響上のアプローチの変更によっていかようにも異化されうるのだということにたいする、素朴な驚きだったんだろう。すでにトータスやザ・シー・アンド・ケイクには触れていたくせに、まだその勘所には気がついていなかったというわけだ。

 それとはやや位相の異なる話ではあるけれど、かつて ya-to-i のアルバムでゲスト・ヴォーカルを務め、山本精一をプロデューサーに迎えてアルバムを制作した経験もあるシンガーソングライター、柴田聡子の音楽もまた違和に溢れている。それはまず彼女の歌唱法にあらわれていて、その音量の大小のつけ方はちょっとほかに類を見ない独自性を有しているが、よりわかりやすいのは旋律のほうだろう。Jポップではメロディが次にどういう動きを見せるか予測できてしまうケースが多いけど、そんな聴き手の願望を彼女はいともたやすく裏切ってみせる。たとえば『愛の休日』の“あなたはあなた”。まるで THE BLUE HEARTS の“青空”をなぞるようにはじまったはずの主旋律は、しかしそこからは想像もつかない方向へと歩を進めていく。あるいは“思惑”。中盤で挿入される謎めいたパートは、曲全体を構成する典型的なコード進行を宙吊りにしようとしているとしか思えない。

 先日リリースされたばかりの通算5枚目となる新作『がんばれ!メロディー』において柴田は、これまで以上にキャッチーさを追求している。といっても彼女特有の違和が失われてしまっているわけではなくて、たとえば2曲目の“ラッキーカラー”は、コードじたいは王道の展開を見せるし、主題もいわゆる歌謡曲~Jポップのマナーに則っているものの、「なんでそこ行った?」と突っ込みたくなるような跳躍が随所に差し挟まれている。同じことは“結婚しました”や“東京メロンウィーク”についても言えるが、重要なのはそれらのギミックが、けっして奇をてらって施されたもののようには聞こえないという点だ。この違和感は彼女がいちリスナーとして、メインストリームなものとオルタナティヴなものとをとくに区別することなく平等に摂取してきたことの、きわめて自然なあらわれなのだと思う。あまりに自然な、不自然。
 柴田聡子のもうひとつの魅力はそしてもちろん、言葉にたいする音響的なアプローチだ。日本語を外国語のように響かせるその企みは、“好きってなんて言ったらいいの”や“悪魔のパーティー”(『柴田聡子』)、“大作戦”(『愛の休日』)といった曲に最良のかたちで実を結んでいたわけだけれど、それもたぶん彼女にとってはきわめて自然なスタイルなのだろう。今回の新作でも“アニマルフィーリング”の「ときどき」や「アン・ドゥ・トㇿワ」、“佐野岬”の「レジェンド」なんかは、こうやって文字を視覚的に認識しているだけでは想像もつかない、不思議な響きを伴って私たちの耳元へと降り注いでくる。

 とそんなふうに『がんばれ!メロディー』には、彼女のオリジナリティともいえる「自然な不自然」が相変わらずいっぱい詰め込まれているわけだけど、これまでとは異なっている部分もある。そのひとつは歌詞で、たとえば“ぼくめつ”や“サン・キュー”(『柴田聡子』)、“遊んで暮らして”(『愛の休日』)あたりで試みられていた、通俗的な価値観にたいする諷刺や皮肉(「オリンピックなんてなくなったらいいのに」「酒が飲みたきゃ墓場へ行けよ」「男やってたつもりないけど」)は影を潜め、比較的ストレートな言葉遣いが増えている(まあ“佐野岬”の「3万借りたら5万返す」なんかは、いわゆる奨学金の返済やリボ払いのようなローン地獄を想起させる点でアイロニカルではあるが)。
 サウンド面での変化も大きい。おそらくは前回の“後悔”が転機となったのだろう、弾き語りないしそれに準じたスタイルは減退し、そのぶんバンド・アンサンブルに磨きがかかっている。冒頭“結婚しました”における岡田拓郎のファンキーなギター・カッティング、かわいしのぶのベースとイトケンのドラムが織り成すじつに快活なグルーヴは、SSWとしての「柴田聡子」の成熟以上に「柴田聡子inFIRE」というバンドの結束力を伝えてくれる。

 中盤の“いい人”もおもしろい曲で、背後に忍ばされた佐藤秀徳のフリューゲルホルンは、柴田の発する言葉の響きを中和すると同時に、その「不自然さ」を増殖させる役を担ってもいるが、より強烈なのは“ワンコロメーター (ALBUM MIX)”だろう。ヴォーカルよりも国吉静治によるユーモラスなフルートのループ、柴田自身の手によるプログラミング~オムニコードのほうへと耳を誘導するこの曲のつくりは、前作の表題曲“愛の休日”のエレクトロニックな路線を発展させたものと言える(歌詞のうえでも「コロ」という共通項がある)。あるいは“セパタクローの奥義 (ALBUM MIX)”も異彩を放っていて、連呼される「セパタクロー」という言葉の音響性、ある時期のダーティ・プロジェクターズを思わせるコーラス、酩酊的な大正琴、ころころと耳をくすぐるSE、フルート、それらが渾然一体となってこちらへ押し寄せてくるさまは、Jポップ的なものとフォーク・ソング的なもの、その双方に喧嘩をふっかけているかのようだ。

 シンガーソングライターというポジションをしっかりとキープしつつ、歌謡曲やJポップの流儀にアレルギー反応を示すこともなく、他方で網守将平のエレクトロニカや《《》》のインプロヴィゼイションとも軽やかに接続していく柴田聡子は、かつて山本精一が開拓した尖鋭的な歌モノの系譜に連なる音楽家である──そう分類することも一応は可能だろう。けれども、しかし、彼女はもっとナチュラルだ。もっと自然な感じで、不自然だ。その違和感に勝る魅力なんて、そうそう多くありはしまい。

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