「Low」と一致するもの

Shinichiro Watanabe - ele-king

 カマシ・ワシントンボノボフローティング・ポインツの起用でも話題の渡辺信一郎監督最新アニメ『LAZARUS ラザロ』。放送開始がいよいよ迫ってきている。4月6日よりテレ東系にて、毎週日曜夜11時45分から放送開始(各配信プラットフォームでも配信予定)。随時、公式サイトはチェックしておきましょう。

 なお、現在制作中の『別冊ele-king』は「『LAZARUS ラザロ』と渡辺信一郎の世界」と題し、同作を大特集。渡辺監督自身の超ロング・インタヴューをはじめ、監督のマニアっぷりが発揮された細野晴臣との特別対談も掲載予定です。カマシ・ワシントンやボノボに加え、サンダーキャットフライング・ロータスのインタヴューもあり。そちらは5月下旬発売、乞うご期待!

●期待高まるオープニング映像、曲はカマシ・ワシントン

●公式トレイラー、迫りくる世界の終わりを止めるには?



Chaos In The CBD - ele-king

 開催迫る〈Rainbow Disco Club〉への来日も発表されているエレクトロニック・デュオ、カオス・イン・ザ・CBDが2025年5月9日に待望のデビュー・アルバム『A DEEPER LIFE』を〈DUST WE TRUST〉よりリリース。Josh Milan(Blaze)、Lee Pearson Jr.、Stephanie Cooke、UKグライムのMC・Novelistなどを迎えた、未来のクラシックとも言える1枚に仕上がっているようだ。また先行シングルとして、新曲 “MARLBORO SOUNDS” が3月26日(水)に配信された。

 バレアリックなライフスタイルへのオマージュであるという本楽曲は、ニュージーランドのマールボロ・サウンズと、幼少期にそこで過ごした夏の日々にインスピレーションを受け制作されたとのこと。90年代イビサのチルアウト・ミュージックに特別な親和性を感じているというカオス・イン・ザ・CBDによる、軽やかさとダンスフロアのエネルギーが両立されたトラックだ。

 プレスリリースによればアルバム『A Deeper Life』も、本日配信の先行シングルと同様にバレアリックの精神性をキーにアンビエント、ソウルフル・ハウス、R&B、ジャズといった音楽的要素を融合した作品に仕上げられているとのこと。4月18日~20日の3日間、東伊豆で開催される〈Rainbow Disco Club〉でその一端に触れられるのだろうか。ぜひ目撃されたし。

label: DUST WE TRUST
artist: Chaos In The CBD
title: A DEEPER LIFE
format: Digital / LP / CD
release date: 2025.05.09

Tracklist:

1. Down By The Cove
2. Mountain Mover Ft. Alex Cosmo Blake
3. Maintaining My Peace Ft. Novelist & Stephanie Cooke
4. Tears Ft. Saucy Lady
5. Brain Gymnasium
6. I Wanna Tell Somebody Ft. Josh Milan
7. Ōtaki Ft. Finn Rees
8. Love Language Ft. Nathan Haines
9. A Deeper Life Ft. Isaac Aesili
10. More Time Ft. Lee Pearson Jr Collective
11. Tongariro Crossing Ft. Nathan Haines
12. Barefoot On The Tarmac
12. Marlboro Sounds
13. The Eternal Checkout Ft. Cenk Esen

https://chaosinthecbd.lnk.to/ADeeperLife

3月のジャズ - ele-king

Kuna Maze
Layers

Tru Thoughts

 クナ・メイズことエドゥアルド・ジルベルトはフランスのリヨン出身のDJ/プロデューサーで、現在はベルギーのブリュッセルを拠点に活動する。トランペット演奏をはじめマルチ・ミュージシャンとしてのトレーニングも積み、J・ディラフライング・ロータスガスランプ・キラー、ウェザー・リポート、サン・ラーらに影響を受け、ジャズ、ヒップホップ、エレクトロニカ、ブロークンビーツなどを取り込んだ作品を作っている。2020年に同じフランスのミュージシャン/プロデューサーであるニキッチことニコラス・メイヤーとの共同アルバムで注目を集め、以降は〈トゥルー・ソウツ〉を拠点に同じくコンビ作の『Back & Forth』(2022年)をリリースし、2023年にはソロ名義の『Night Shift』を発表している。『Night Shift』はスペイセック、ミドゥヴァ、レイネル・バコールなどのシンガーをフィーチャーし、ディープ・ハウスやブロークンビーツなどエレクトリックなクラブ・サウンド寄りのサウンドだったが、ジャジーなエレピやシンセの使い方に優れた才能を見せていた。

 『Night Shift』のリリース後は、自身のバンドと共にヨーロッパ各地のフェスやライヴで精力的に活動しており、このたび新作の『Layers』をリリースした。『Night Shift』とは異なり、『Layers』はライヴ・パフォーマンスから得た即興とエネルギーにインスパイアされたもので、ヴィクター・パスカル(ドラムス)、トマス・リヴェラ(キーボード)、イー・コリ・テイル(サックス)、サンディー・マーティン(コンガ)によるバンド編成でスタジオ録音に臨んでいる。そして、これまで以上に彼の中におけるジャズを深化させており、UKのジャズ・シーンからの影響も感じさせる。具体的にはカマール・ウィリアムズジョー・アーモン・ジョーンズモーゼス・ボイド、ヴェルズ・トリオといった、ジャズとハウスやダブ、ブロークンビーツなどを融合したフュージョン・タイプのアーティストで、ハービー・ハンコックやロニー・リストン・スミス、アジムスなどに代表される1970年代のエレクトリック・ジャズの遺伝子を受け継ぐ人たちだ。幻想的でスペイシーなキーボードからダイナミックなビートが始まる “Blacklash” や、重層的なエレピやシンセのレイヤーが印象的な “Layered Memories” は、そうした1970~80年代のアジムス・サウンドを彷彿とさせる作品だ。“Maina” はユゼフ・カマールの『Black Focus』を連想させるナンバーで、ブロークンビーツ調のリズミカルなリズムが前進する。“Scraps & Pieces” も同様にブロークンビーツ調のフュージョン・ファンクで、ディープ・ハウス的な “Blast” などと共に、ダンス・ミュージック・プロデューサーとしてのクナ・メイズの顔が出た作品だ。“Bristol Changes” はさらに疾走感のあるドラムンベース調のリズムだが、サックスを交えてジャズの即興演奏の魅力を最大に発揮している。“Tangle” においてもドラムスの即興性とダンス・ビートを両立させたリズミックな演奏があり、『Layers』はジャズとクラブ・サウンドの融合が深い部分で成功したアルバムと言える。


44th Move
Anthem

Black Acre

 〈ブラック・エーカー〉はロメアクラップ・クラップなどのリリースで知られるブリストルのベース・ミュージック系レーベルだが、そうしたなかにあってフォーティーフォース・ムーヴは異色のジャズ・アーティストとなる。匿名性の高いアーティストだが、実際はアルファ・ミストリチャード・スペイヴンと、それぞれソロでも輝かしいキャリアを積んできたロンドンのふたりによるプロジェクトで、結成自体は2020年まで遡る。2020年にユニット名を冠したEPをリリースしたまま、その後は活動がなかったようだが、ここにきてファースト・アルバムをリリースすることとなった。基本的にアルファ・ミストがピアノやキーボード、リチャード・スペイヴンがドラムスを担当し、本作では演奏者のクレジットはないが、ベース、ギター、フルート、サックス、トランペットなどもフィーチャーされる。もともとクラブ・ミュージックとの接点が多いふたりだが、〈ブラック・エーカー〉からのリリースということもあり、フォーティーフォース・ムーヴはそうした傾向をより深めたプロジェクトと言える。

 表題曲の “Anthem” は、フルートとエレピによるミステリアスな旋律が印象に残るディープなナンバーで、フォーティーフォース・ムーヴなりのスピリチュアル・ジャズ的なアプローチと言える。一方、デトロイトのラッパーのケル・クリスを迎えた “The Move” は、アルファ・ミストの初期作品でしばしば見られたジャズとヒップホップの融合形。あくまでクールに淡々としたピアノ演奏を見せるのがアルファ・ミストらしい。“2nd September” はメランコリックなギターを交え、全体的にゆったりとしたバレアリックな音像を紡ぎ出す。リチャード・スペイヴンのポリリズミックで複雑なドラミングが、彼の持ち味をよく表している。リチャード・スペイヴンらしいという点では、“Free Hit” や “Second Wave” のビートはドラムンベースやブロークンビーツなどクラブ・サウンドのエッセンスを導入した、極めて彼らしい作品。もちろん、そこにジャズの即興演奏的なアプローチを交えていて、“Free Hit” の後半にはトランペットのスリリングな演奏も加わる。そして、“Barrage” の繊細で耽美的なエレピに代表されるように、アルファ・ミストが持つダークでアブストラクトなイメージがフォーティーフォース・ムーヴにおいてもサウンドの軸になっているようだ。


Yazz Ahmed
A Paradise In The Hold

Night Time Stories

 ヤズ・アーメッドにとって、2019年の『Polyhymnia』以来となる久しぶりのアルバム『A Paradise In The Hold』がリリースされた。幼少期は父方の故郷であるバーレーンで育った彼女は、その名を一躍広めた『La Saboteuse』(2017年)でも見られるように、中近東のメロディやリズムを取り入れた作品が多かった。本作ではアルバム・ジャケットにアラビア語で名前やタイトルを記しており、中近東の音楽をより意識した内容と言える。ヤズはこれまで度々バーレーンを旅行してきたなかで、2014年に書店巡りをした際にバーレーンの伝統的な結婚式の歌や、真珠獲りのダイバーの歌の歌詞が載った書物を見つけ、それらが『A Paradise In The Hold』におけるインスピレーションとなったようだ。『Polyhymnia』がギリシャ神話をモチーフとしていたように、ヤズ・アーメッドの作品は叙事詩や物語を基に作られることが多く、『A Paradise In The Hold』はバーレーンの民間信仰や儀式を物語として作品に投影している。そうした物語性を高めるためにヤズは初めて自身で歌詞を書き、ナターシャ・アトラス、アルバ・ナシノヴィッチ、ブリジッテ・ベラハといった、中近東やトルコなどをルーツに持つシンガーたちにアラビア語で歌ってもらっている。そして、古来よりアラブの女性は抑圧的されたイメージを持たれることが多いが、そうしたイメージを打破し、創造的で強いアラブの女性像を見せることが『A Paradise In The Hold』のテーマのひとつにもなっている。西洋においてアラブ音楽が映画のサントラなどで使われる場合は、あるステレオタイプなイメージがあるが、そうしたイメージを逆手に取り、アラブ女性の新しいイメージを創出するという目論見があるようだ。

 “Though My Eyes Go to Sleep, My Heart Does Not Forget You” は真珠獲りのダイバーの歌をモチーフとする。手拍子を交えたリズムに乗せて、ヤズのトランペットが哀愁を湛えた旋律を奏で、マリンバとコーラスが神秘的でエキゾティックなムードを作り出していく。“Her Light” は疾走感に満ちたリズムと、情熱的なトランペットやエフェクトを交えた鍵盤によってコズミックな世界へと連れていくが、ここでも途中のアラビア語の歌がアクセントとなっている。“Waiting Fo The Dawn” はマリンバがエチオピア・ジャズのムラートゥ・アスタトゥケにも近似するイメージで、中近東音楽とスペイシーなジャズ・ファンクを融合した上で、アラビア語の男女コーラスをフィーチャーする。ロンドンをベースとするヤズであるが、こうした中近東音楽とジャズを融合することによって、ほかのロンドン勢にはない彼女独自の世界を生み出している。


Rahel Talts
New And Familiar

Rahel Talts self-released

 ラヘル・タルツはエストニア出身で、デンマークのコペンハーゲンを拠点とする新進のピアニスト兼作曲家。ジャズ・ギタリストのマレク・タルツを兄弟に持ち、ジャズにフォークやポップス、フュージョンなどをミックスした音楽性を持つ。そのマレクも参加したラヘル・タルツ・アンサンブル名義の『Power To Thought』(2022年)でデビューし、カルテット編成での『Greener Grass』(2024年)を経て、ニュー・アルバムの『New And Familiar』をリリースした。『New And Familiar』はストリングスやホーン・セクション、シンガーも交えたビッグ・バンド編成で、ラヘルの作曲や編曲の才能を大きくアピールしたものとなっている。

 レコーディングはエストニアのタリンでおこなわれており、彼女の故郷のエストニア民謡を取り入れた作曲がポイントとなる。代表は “Meie Elu” で、1915年に作られた古いエストニア民謡に新しく歌詞をつけたジプシー調のナンバー。パット・メセニー・グループを彷彿とさせる演奏だが、エストニア語の素朴でフェアリーな歌が独特の個性を放つ。キティ・ウィンターのようなスキャット・ヴォーカルを交えてスピーディーに展開する “Restless” は、チック・コリアのリターン・トゥ・フォーエヴァーを現代に蘇らせたようなダンサブルなフュージョン・ナンバー。躍動感に満ちたリズムに、ダイナミックなストリングス&ホーン・アンサンブルのアレンジも秀逸だ。

caroline - ele-king

 carolineのデビュー・アルバム(2022年)を年間ベスト・アルバムの3位にしたエレキングとしては嬉しい限りです。キャロラインが帰ってきた(どこかに行っていたわけじゃないけれど)。そう言いたくもなるでしょう。3年ぶりの新曲“Total euphoria”です。これを聴いてアルバムを待ちましょう。

caroline - Total euphoria (Official Video)

以下、BEAT INKから送られてきたメールより。

この曲の最初のヴァージョンは、2020年に(マイク、キャスパー、ジャスパーの)3人で演奏したもので、僕たちがファースト・アルバムを制作していた時に書かれたものなんだ。「Natural death」の後半部分のギターと似たスタイルで、不規則だったり、シンコペーションが混ざっていたりするんだけど、もっとワイルドで雑な演奏で、所々でロックのブロークン・ビートが炸裂するような感じだった。この曲は、当時僕たちが書いていた曲やレコーディングしていた曲とはどうも合わなかった。でもこの曲には、後で掘り下げてみたいと感じる何かが潜んでいた。最終的には20分間続けて演奏するのに気持ちのいい曲となった。この曲は当時の僕たちとしては異例とも言えるほど一貫して”うるさく”、全力で演奏している感じが特に気持ちよかった。また、全員が同時に3つの異なるリズムを演奏することで、どこまでも循環しているような感じがあった。ジャスパーがメインのコードを担当し、歌うのにぴったりの素晴らしいトップラインをたくさん書いてくれた。そして、残りのバンド・メンバーと他のパートをすべて合わせ、曲の構成を固めていった。ジャスパーとマグダがユニゾンで歌うスタイルも、とてもいい響きになることに気づき、彼らはさらにヴォーカルとハーモニーを書き加えた。
- caroline

キャロラインの創設メンバーであるキャスパー・ヒューズ、ジャスパー・ヒェウェリン、マイク・オマリーの3人は、2017年に一緒に楽器を演奏するようになった。ヒェウェリンとヒューズはマンチェスターの大学で出会い、ロンドンに移住した際に、ヒェウェリンの旧友マイク・オマリーを誘ってグループを結成し、サウス・ロンドンにあるパブの2階でリハーサルを始めた。バンドのサウンドが拡大するにつれてメンバーも増え、最終的にはトランペッターのフレディ・ワーズワース、ヴァイオリニストのマグダレナ・マクレーンとオリヴァー・ハミルトン、パーカッショニストのヒュー・アインスリー、フルートやクラリネット、サックス奏者のアレックス・マッケンジーを加えた8人編成となった。2019年末にバンド編成が落ち着く頃には、楽曲も広がりのある感情的な作品となり、その豊かなパレットには、コーラス、アメリカ中西部のエモ、オマリーとヒェウェリンのルーツであるアパラチアン・フォークが混在している。2022年2月にリリースされたセルフ・タイトルのデビュー・アルバム『caroline』は、ジョン・スパッド・マーフィー(ブラック・ミディ、ランカム)がミックスを担当し、The QuietusやLoud & Quiet誌の「2022年の年間トップ5アルバム」に選出された。また、Rolling Stone誌の「トップ10新人アーティスト」にも選出された。

label: Rough Trade Records
artist: caroline
title: Total euphoria
release date: Out now
https://caroline.rtrecs.co/total

interview with Roomies - ele-king

 名は体をあらわす。ルームメイト=ルーミーズを名乗る彼らはまさにそんなバンドだ。キャッチーなネオ・ソウル・サウンドを基調とするその音楽は、互いへの確固たる信頼、親密な関係性が構築されているからこそ響かせることができるにちがいない、ハッピーなフィーリングに満ち満ちている。その仲睦まじさは今回の取材中、撮影中にも垣間見ることができたけれど、じっさい彼らは「Roomies House」と名づけられた一軒家で寝食をともにしながら、セッションやレコーディングをおこなっているようだ。
 もともとはハードコア・バンドをやっていたという及川創介(シンセサイザー)。マイケル・ジャクソンに憧れて歌いはじめたKevin(ヴォーカル)。アイルランドのパブで演奏していた高橋柚一郎(ギター)。ディズニーシーでキーボードを弾いていた斎藤渉(ピアノ)。それぞれ異なるルーツをもつ彼らは2019年、及川を中心に、ベースとドラムスを加えた6人でルーミーズを結成。2021年には配信でファースト・アルバム『The Roomies』を発表するも、その後バンドの屋台骨たるベース&ドラムスの脱退という危機的状況に見舞われる。関係性を重視する彼らは無理に新メンバーを迎えることなく、4人組として再起をはかったわけだが、今年1月にリリースされた最新作『ECHO』は、そんな彼らが4人編成となって初めて送り出す、二度目のデビュー作とも呼ぶべきアルバムだ。
 仲のよさというものは、しかし他方で、容易に「内向き」の表現へと転ずる危険性を有してもいる。いわゆる内輪ノリ、身内ネタというやつだ。だからだろう、今回彼らは「外向き」であることを意識したという。はたしてその成果やいかに──なにはともあれまずは2曲目の “Like This Before” を聴いてみてほしい。デジタル・シングルとして昨年末先行リリースされたこの曲は、たとえばとくに音楽ファンではない人びとの心をも鷲づかみにするだろう、キラーなポップ・チューンに仕上がっている。目的はみごと果たされた、と。
 そもそもKevinの「グラミーを獲りたい」という話からスタートしたルーミーズ。会心の1曲を含むセカンド・アルバムを完成させた彼らはいま、どんな心境にあるのか。及川とKevinのふたりが取材に応じてくれた。

夢を見たんです。わっくんからバンドに誘われる夢を。そしたらほんとうにわっくんから「ライヴしないか」って連絡が来たから、引き寄せられているような感じでした。(Kevin)

Roomiesは及川さんを中心に2019年に結成されたそうですが、及川さんはその前にCICADA(シケイダ)というバンドをされていたんですよね。

及川創介(以下、及川):最初はトリップホップをやりたいというところから集まったバンドで、次第にR&Bになっていきましたね。リーダーが、マッシヴ・アタックやポーティスヘッドに日本のACOさんのような音楽性を混ぜたようなことをやろうとしていて、ぼくは最後に入ったメンバーでした。もともと自分ではDTMをやっていたんですが、そのバンドでレコーディングしたりミックスしたりアレンジしたりする機会が増えて、その経験がいまのRoomiesにも活かされていますね。

Roomies自体はどうはじまったのでしょう。

及川:まず、前身にあたるLotus Landというバンドがありました。もともとはリーダーでベースのエイちゃん(吉川衛)に、ドラムスとキーボードの3人組だったんですが、ドラムスとキーボードが抜けて一度止まって。その再始動の際に誘われたんです。新しいドラムスと、キーボードのぼくにギターの(高橋)柚一郎が加わって4人組になりました。エイちゃんはファンカデリックやスライを永遠に聴いているようなソウル~ファンクのひとだったんですが、バンドではそれとはちょっとちがう新しいことをやりたいということで、ダフト・パンクを参照したりしながらハウスっぽい、4つ打ちのクラブっぽいサウンドをバンドとしてやっていましたね。
 その4人のときはインスト・バンドだったんですが、ぼくはやっぱり歌モノがやりたくて。あと、ぼくはシンセサイザーが好きなので自分はシンセを弾きたかった。そこでピアノのわっくん(斎藤渉)に入ってもらって、ぼくはシンセ担当になって。それでじゃあ歌はだれにしようってなったときに、昔わっくんのソロ音源のヴォーカル・レコーディングのときに一度だけ会っていたKevinの声を覚えていたので、連絡してみたんです。そしたらちょうどKevinもバンドをやりたいタイミングだったから、じゃあ6人でやろうということでRoomiesがはじまりました。
 ただその後、ベースのエイちゃんとドラムスが抜けてしまって、現在はぼくとKevin、(高橋)柚一郎、わっくん(斎藤渉)の4人組ですね。

なるほど、メンバー構成はけっこう紆余曲折を経てきたんですね。KevinさんはRoomiesに加入する前はどんな活動をされていたんですか?

Kevin:ぼくは23、24歳くらいのころに石川から上京してきて、最初の1年くらいはずっとソロで活動していました。渋谷のBar Rhodesとか、わりと小さいところで歌っていたんですけど、東京の目まぐるしさだったりいろんなストレスが重なって、一度精神的に参っちゃったんです。それで1年くらい音楽活動から離れていた時期があって。「このまま終わっちゃうのかな」と思う一方で、でもどこかでまた歌いたいっていう気持ちもあって。そしたら1年後くらいにピアノの斎藤渉くんから連絡が来て、ひさびさに一緒にライヴしないかって誘われたんです。もうふたつ返事で「やります」って答えて。その日のライヴが終わったあとに、「じつはもうひとつ話があって、バンドやらない?」と話されて。即答で「やります!」と。それがRoomiesのはじまりでしたね。

及川:運命的なことがあったんだよね。

Kevin:ほんとうに運命的でしたね。ちょっと信じられないくらい。盛らずに言いますけど、ずっと休んでいた時期のある日に、夢を見たんです。わっくんからバンドに誘われる夢を。そしたらほんとうにわっくんから「ライヴしないか」って連絡が来たから、引き寄せられているような感じでした。でも、バンドの誘いではなかったから、さすがに完全に夢どおりにはならないかって思ってたんですけど、ライヴが終わってわっくんの車に向かってるときに「もう一個話があって」って言われたときに、完全にピンと来て。「もしかしてバンド?」って、俺が先に言ったんです。そしたら「そうそう、バンド、バンド! 一緒にやんない?」って。

そんなことあるんですね。完全に予知夢ですね。

及川:マンガの『BECK』のような(笑)。

Kevin:夢自体はよく見るんですけど、それまでそんなことはなかったですね。でもこの話、ぜんぜん信じてもらえなくて(笑)。

まあ冷静に考えたら、「バンドに誘ってもらいたい」みたいな願望があったから、そういう夢を見たってことかもしれないですね。でもタイミングはすごいですよね。

Kevin:そうなんだと思います、たぶん。

Roomiesをはじめる時点で、いまのようなポップなネオ・ソウル・サウンドで行くというのは決まっていたんでしょうか?

及川:最初はちがったよね。

Kevin:ぜんぜん決まってなくて。それぞれやりたいことがちがっていました。ベースはファンクの歌モノ希望で、どんな曲も硬めのワン・ループで。ドラムスはとにかく音数を少なくしてミニマルに、という感じで。あとロウファイにする方向でどんどん音がこもっていったり。ピアノのわっくんはもともとディズニーで働いていて、『アラジン』のピアノ演奏とかもやっていたので、きらきらした音色にしていったり。

及川:ギターの柚一郎はできるだけギターを引っこめたがっていたし、ぼくはそれらをとにかくまとめなきゃいけないという感じで。Kevinはまだなにをやりたいかわからない、みたいな感じだった。

ゴミ捨て場にあったフロアタムとライド・シンバルを拾って、それで路上でドラムを叩いて家賃を稼ぐみたいな生活でしたね。(及川)

いまのサウンドが確立されるに至った転機のようなものはあったんですか?

及川:最初にできた “I just fell in love with you” からかな? まだ方向性がちゃんとは固まっていないときに、イケイケな曲ができちゃったんです。エイちゃんがこういうベース弾きたいって言って、だれかがリファレンスをもってきてジャムって。小平の宿泊施設付きの安いスタジオみたいなところで2泊くらいしていたときでした。すごいウイスキーを飲んでたよね(笑)。

Kevin:お酒の力を借りて、みんな仲よくなって、ジャムって(笑)。でもあのとき、めちゃくちゃスキャットマン・ジョンを聴いてたでしょ。ほんとうにずっと。朝方のめちゃくちゃ眠い時間に爆音で流すんですよ! こいつらなんなんだろうって思って(笑)。

及川:(爆笑)。Kevinは人見知りだから、最初は馴染んでなくて。でもKevin以外はけっこう長かったから、そういうことを。

Kevin:そうそう、そういうもともと仲よかったひとたちがスキャットマンをひたすら流してて、「これ、やっていけんのかな?」って思ってた(笑)。

たしかに、すでに関係性ができている輪に入っていくのは大変ですよね。

及川:当時はKevinがいちばんアウェイだったというか。

Kevin:最初は創ちゃんが「こっち来なよ!」って声をかけてくれなきゃ近くにいけないくらいで。

Roomiesっていうバンド名にはすごく仲のいい感じが出ていますよね。このバンド名にしたのは?

及川:みんな仲がいいから。ずっとわいわい笑いながら音楽をやっていて。だからルームメイトのスラングであるルーミーズっていう単語はしっくりきました。もうこれにしようってバッと決めましたね。そうすると、ルームメイトにふさわしい家が欲しいよねという話になり、いろいろ経つつ、一軒家を借りることができて。

その一軒家はウイスキーのところではないんですよね。

及川:三度目のウイスキーですね(笑)。1回目のウイスキーはギターの柚一郎の実家が那須でペンションをやっていたので、そこで。2回目が、さっきの小平の「絶望スタジオ」(笑)。

なんで「絶望」なんですか?

及川:ハウりまくってて(笑)。

Kevin:あれはやばかったね(笑)。

及川:立地とか広さはすごくよかったんですけど、機材がかなり悪くて。ハウるし、ヴォーカルもぜんぜん聞こえない。ちゃんとした設備じゃなかったんです。いちばん安かったからそこにしたんです。時間を気にしたくなかったっていうのが大きくて。たとえばスタジオに入って4時間ひとり3,000円ずつ払って機材ももっていって、2時間半くらい練習したら片づけをはじめて……みたいなやり方じゃいい曲はできないな、ってみんな直感で思ってて。終わりを気にせずやれないとダメだっていう理由から、毎度泊まりでスタジオに入るようになって。「それならもう住もう!」ってことになって、いまの一軒家に行き着きました。

ファースト・アルバムの『The Roomies』もそこで生まれて。

及川:そうですね。Kevinはあのときどんな感じでアルバムができていったか覚えてる?

Kevin:もう必死でしたね。やっぱりみんな音楽性がバラバラだったから、なにが正解かもわからず、迷いながらやっていて。ドラムスは落ち着いたローファイ志向だし、創ちゃんは歌がきらきら輝く曲にしたくて。

及川:ぼくはメンバーのなかではいちばん売れたい欲が強くて。売れる曲をつくりたいっていう感じで(笑)。

Kevin:どうなりたいかみたいなことについてはあまり話し合ってなくて、とりあえずセッションして、奇跡的にみんなが「これいいじゃん」って思える曲をブラッシュアップしていく感じでしたね。ファーストはそういう曲ばっかりでした。

及川:そう。テーマとかコンセプトは決めずに、できたものからいいと思ったのだけを選んでつくりました。

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10代はハードコアをけっこう聴いていましたね。あとはスマッシング・パンプキンズ、レディオヘッド、ビョーク、マッシヴ・アタック。マシュー・ハーバートもすごい好きで。(及川)

それぞれの音楽的背景をお伺いしていきたいんですが、最初に音楽に興味をもったのはいつごろですか?

Kevin:ぼくは、母が歌手をやっていたので、物心ついたときから音楽はずっと身近にありました。母がよく歌っていたので、一緒に歌いたいなと。カーペンターズとか、ポップス系を歌っていましたね。スティーヴィー・ワンダーとか。演歌も歌っていましたけど基本的にはポップスで、ああいうわかりやすいメロディのあるものがずっと好きでした。転機になったのは、マイケル・ジャクソンを知ったときですね。小学生のとき、父の会社に遊びに行ったときに、しばらく待たなきゃいけない時間があって。「ヴィデオでも見とけ」ってテレビの前に座らされて。そこで見たのが、マイケル・ジャクソンが “Billie Jean” でムーンウォークを初めて披露した映像で。「かっけー」って思って、そこから音楽にのめりこみましたね。

Kevinさんのヴォーカルはよくマイケル・ジャクソンと比較されると思いますが、まさにマイケル・ジャクソンがきっかけだったんですね。

Kevin:そうですね。マイケルの影響は大きいです。あの日本の曲にはないグルーヴ感と、あの独特の歌い方に惹かれて。ムーンウォークもマンションの外で練習したりしました。「なにやってんだ」ってバカにされましたけど、逆に「マイケル知らねーの?」って言い返して(笑)。高校になると、歌はつづけてはいたんですけど、レ・トゥインズっていうフランスの兄弟ユニットを見てからダンスにハマって、そこからヒップホップとかも聴くようになって、ディアンジェロを好きになって。それで「自分はダンスで食っていくのかな」って漠然と思ってたんですけど、でもステージではメインで輝きたいっていう思いもあった。それでダンスを諦めて、22、23のころに音楽で食っていこうって決意して上京しました。やっぱり歌うことがいちばん得意で、好きなことだったんです。ぼくは好きなことじゃないとつづかないタイプで、歌が唯一ストレスなくのめりこめるものだったから、「これを仕事にしよう」と。2010年代の頭ごろでしたね。

及川さんのお話も聞かせてください。

及川:ぼくはまず、小学校のころにX JAPANが好きになってピアノをはじめました。YOSHIKIが好きだったのでドラムもはじめて。その後中二のときにレディオヘッドの “Planet Telex” を好きになって、その曲はいまだに自分のなかで不動の1位ですね。高校卒業するまで毎日聴いていました。

なるほど! 2月にJ-WAVEで毎週カヴァーをやる企画をされていましたよね。最後の週がレディオヘッドだったので、Roomiesの音楽性からすると意外だなと思っていたんですが、納得できました。でも曲は “Planet Telex” ではなく “High And Dry” でしたね。

及川:“High And Dry” はピアノのわっくんが好きなんです。あと “Planet Telex” は好きすぎてカヴァーするのに時間がかかっちゃうという理由もあったし、“High And Dry” はKevinのヴォーカルに合いそうだなっていうのもありました。

ピアノとドラムスはその後もずっとつづけていた感じですか?

及川:ピアノはほとんど練習してなかったんですど、中学も高校もドラムはつづけていましたね。中学の同じクラスにSiMのギターがいて、18歳のときにSiMのヴォーカルのMAHくんと最初のベースのKAHくん、ギターのSHOW-HATEとぼくでジェーン・ドゥーっていうハードコアのバンドをやっていました。
 そのバンドをつづけていた19歳のときに、ワーキング・ホリデイでオーストラリアに行ったことがあったんですけど、貯めたお金をカジノでぜんぶなくして、ホームレスになっちゃってバス停のベンチの下とかで寝ていました(笑)。でも家がないと強制送還されちゃうので、バックパッカーズ・ホテルっていう使い捨てのような汚いホテルの3人部屋だと1週間3~4千円で住めたのでそこにいました。毎晩フランス人のゲイとかイタリア人のレズビアンのセックスを見ながら寝るような生活だったんですが、ゴミ捨て場にあったフロアタムとライド・シンバルを拾って、それで路上でドラムを叩いて家賃を稼ぐみたいな生活でしたね。つづけているとジャンベとかディジェリドゥとかを弾けるひとが集まってきて、バーでライヴもできるようになって。

そんな経験をしたら、帰ってきたとき世界観が変わっていたのではないでしょうか。

及川:変わっちゃいましたね。なにも怖くなくなったというか。日本に帰ってからはハードコア・バンドもすぐ終わっちゃって、その後はサイケデリシャスっていうダフト・パンクみたいなバンドをやったり、音楽自体やめてコールセンターで契約社員をやったり。CICADAに誘われたのもそのころでしたね。

ダニー・ハサウェイとかマーヴィン・ゲイとか。新しいものより古いものに行った感じですね。いわゆるポップ・スターのようなひとたちの歌をよく聴いて練習していました。(Kevin)

リスナーとしてはおもにロックをメインで聴いていた感じでしょうか。

及川:10代はハードコアをけっこう聴いていましたね。あとはスマッシング・パンプキンズ、レディオヘッド、ビョーク、マッシヴ・アタック。マシュー・ハーバートもすごい好きで。IDMが好きでしたね。打ち込みをやってた時期もあって、友だちのラップにトラックをつくったりもしていたので、サンプリングやビートメイクをちょっとずつ覚えていきました。古い曲、ビートルズとかスティーヴィーとかアース・ウィンド&ファイアとかマイケルとかはむしろRoomiesに入ってから聴くようになりましたね。有名な曲しか知らなかったのでKevinに教えてもらって。ファンクもソウルも全然知らなかった。

Roomiesのシンセの感じはスティーヴィーなのかなと思っていました。

及川:教えてもらったんです(笑)。エレクトロニカとビョークがずっと好きだったんですよね。

ビョークだとどれがいちばん好きですか?

及川:『Vespertine』(2001年)ですね。

まさにハーバートやマトモスが参加しているやつですね。ぼくと完全に同世代ですよ。

及川:オペラハウスの映像(『Live at Royal Opera House』、2002年)をずっと観ていましたね。“It's In Our Hands” や “Hidden Place” をひたすら聴いていました。

自分たちでも音楽をやるようになってから、リアルタイムの音楽、たとえば2010年代はおふたりはどんな音楽に惹かれていましたか?

Kevin:ぼくはもっと歌を強化したいなと思っていたので、リアルタイムではないんですけど、ソウルを聴くようになりました。ダニー・ハサウェイとかマーヴィン・ゲイとか。新しいものより古いものに行った感じですね。いわゆるポップ・スターのようなひとたちの歌をよく聴いて練習していました。

及川:ぼくはもうマーズ・ヴォルタとかバトルスとか、ニュー・レイヴ系とか。

Kevin:ぜんぜんちがうね(笑)。

及川さんの背景はRoomiesからはぜんぜん想像できない(笑)。

及川:マーズ・ヴォルタ大好きで。ライヴにも行ったんですけど、開演前にトイレに行きたくなって。でももうはじまるから我慢してたんですけど、5分くらいずっとノイズが鳴ってて、限界が来たのでトイレに行って、戻ってきたらまだノイズだけで(笑)。「なんなんだ!」って思ったのを覚えています。あとハマってたのはMGMTとか。

そろそろ新作についてもお伺いしていきましょう。セカンド・アルバムにあたる『ECHO』ですが、最初の時点でコンセプトや青写真のようなものはあったんですか?

及川:明確なものはなかったです。今回が4人編成になってから最初の作品になるんですけど、この4人でもう4~5年やってきていたから、ヴィジョンが近いというかやりたいことにも共通している部分が多いこともわかってきていたので、歌がしっかり抜けててサウンドも外向きのものになっているかなと思います。

Kevin:そう思う。

及川:Kevinの歌って外向きだから、内向きで自慰的なサウンドにはならないものをつくりたいっていうのはありました。4人になったから打ち込みでもいいやとか、サウンド面での許容範囲も広がりました。「こうじゃなきゃいけない」みたいなものが減ったアルバムだと思います。前のアルバムは前のアルバムで好きではあるんですけどね。

Kevin:ファーストのときはけっこう大変で。6人分の正解を合致させなきゃいけなかったので。

及川:人数が多い分、食い違いも多かったから、なかなか完成に持っていけなかった。

なるほど。しかしベースとドラムスが抜けるって、バンドとしてはけっこう致命的な気もするのですが。

及川:ほんとうそうですよ(笑)。正直、最初は「終わった」と思いました。

その後、新しくベースとドラムスを迎える話にはならなかったんでしょうか?

及川:最初は探さなきゃって思ってました。やっぱりベースとドラムは必要だと思っていたので。でも、わっくんが「4人でも行けるっしょ」って、けっこうポジティヴで。それを信じてみようかなと思ったんです。中途半端に増やさないで、自然にいい感じで新しく出会ったら入ってもらおう、って。

Kevin:なかなかいないですよね。演奏がよくて、音楽性も合って、かつヒマなひとって。

及川:みんなヒマじゃないからね(笑)。

今回は曲づくりからレコーディングまで、そういうプロセスでやっていったんですか?

Kevin:そもそもあんまり4人で集まれなかったんですよね。それぞれ忙しくて。

及川:ぼくとギターとKevinだけとか、ピアノとKevinだけとか。全員で集まってワイワイやりながら……という感じではなかった。曲によって打ち込みだったり、友だちに生ドラムやベースを入れてもらったり、歌詞もKevinの弟のコリンが書いているものもあるし。曲によってつくり方がちがって。けっこう不安はありました。たとえばアイディアが浮かんで「これ、どう?」みたいなことを聞くとき、やっぱり顔を見て直接反応を見ないと、ほんとうにいいって言ってくれてるのかなって、疑心暗鬼になるので(笑)。でもなぜか自信はありましたね。

内向きで自慰的なサウンドにはならないものをつくりたいっていうのはありました。(及川)

なかなか全員が集まれないなかで、「これだけはやらないようにしよう」とか、逆に「これだけは絶対やろう」みたいなルールはありましたか?

Kevin:先ほど話したような、内向きにならないように、っていうのはありましたね。外向きの意識で、って。ぼくの場合は、歌はやっぱりポップでわかりやすくっていうのを意識してメロディ・ラインをつくってました。

及川:ぼくの場合は、Kevinがもともとダンスをやっていたことを意識しましたね。Kevinはたぶんミュージシャンとはちがうダンサーのグルーヴ感をもってるはずだと。たとえば4つ打ちの「乗れる/乗れない」って、8ビートのキックの位置とかベースの位置とかでわかるじゃないですか。それで歌い心地がいいか悪いかってKevinにしかわからないから、Kevinがいいってなるまでは、あんまりこっちの意見を押し出さないようにはしていましたね。ダンサー目線のヴォーカルの歌い心地のよさを意識して。

Kevin:グルーヴや歌い心地はすごい細かく相談してましたね。

内向きにならない、外向きに、という意識があって、先ほど及川さんには売れたい欲もあるというお話も出ましたけど、今回2曲目の “Like This Before” なんかは、まさにそれが達成されたキラー・チューンというか。

及川:まさしく。わっくんがつくった曲ですけど、デモが来た時点で「きたー!」ってなりましたね。会心の1曲というか。

Kevin:シンディ・ローパーみたいな(笑)。mabanuaさんも褒めてくださって。

及川:こういう感じは日本のポップスではあんまりないですよね。とくにバンドの曲では。

アルバムのタイトルが、最後の曲とおなじ『ECHO』になったのはどういう経緯ですか?

及川:曲のほうの “ECHO” はぼくが歌詞を書いたんですけど、そのときはなんとなく「ECHO」っていう曲名がいいなと思って。その曲を書いたあとにアルバムの話になって、ジャケットをどうしようかってなったときに、ギターの柚一郎が以前にアイルランドに住んでいたんですけど、現地の新聞に「エコー」っていうのがある話を思い出して。その新聞はデザインがすごくかわいいんです。曲自体は世界の平和をイメージした曲なんですが、「エコー」っていうことばもそれに合うと思って。Roomies自体ハッピー主義者たちの集まりだし、そういうのが広まればいいなと思って、その流れでアルバムのタイトルも『ECHO』がしっくりきたという感じですね。

アルバムには日本語の曲もありますが、基本的には英語の曲が多いですよね。英語で歌うのはなぜですか? 海外のリスナーに届けたいという動機でしょうか?

Kevin:「この曲は英語っぽいよね」「この曲は日本語っぽいよね」みたいな感じですね。歌詞が先の曲はないので。海外のリスナーに届けたいというのももちろんあります。やっぱり自分たちが海外の音楽から影響を受けてきたので。

及川:でもまあ日本語でも曲がよければ海外でも聴かれると思う。だから、絶対にこうっていう決め方はしなかった。

3月24日にはライヴが控えています。それに向けての意気込みを、お願いします。

及川:ひさしぶりにバンド・セットをやるので、気合いが入っています。すごく楽しみです。

Kevin:ひさびさに一緒にできるっていうのがやっぱりすごく楽しみですし、自分たちが楽しんでる姿をお客さんに見せられるのはすごく幸せなことだと。見せたいですね、ぼくらのヴァイブスを。

今後はどういうバンドになっていきたいですか?

及川:「こういう音楽をやっていきたいです」っていうのはないんですけど、音楽的には作品ごとに絶対変わっていくと思います。あとは世界じゅうでライヴをしたいですね。

Kevin:世界に通用するバンドになりたいな。

及川:結成のときも、Kevinの「グラミー獲りたい」って話からはじまってるので(笑)。

Kevin:だからグラミーにつながる道筋をたどっていけたらいいなと思います。

[ライヴ情報]
2025.03.24 Mon
Roomies
@BLUE NOTE PLACE, Tokyo

Open/Start
18:00/1st stage 19:00, 2nd stage 20:15
※ 2stages with intermission (cafe time)

Performance
Roomies

Kevin (vo)
Yuichiro Takahashi (g)
Wataru Saito (p)
Sosuke Oikawa (synthesizer)
Taihei (ds) *support member
Takayasu Nagai (b) *support member

Further Information
https://www.bluenoteplace.jp/live/roomies-250324/

Oklou - ele-king

 それは、どこか奇妙な光景でした。不思議なことに、オーケールーのファースト・アルバムとなる『Choke Enough』を何日も無我夢中で聴いてふと周りを見ると、思いもよらぬところへ彼女の作品が広がっていることに気がついたのです。

 普段からどんなアーティストがどういった人たちに聴かれているのかは注意深く観察するようにしていますが、ミクロ・コミュニティ化やハイパー・ニッチ化と言われるような状況で決まった情報が決まった人にしか届かないなか、オーケールーだけはぽつぽつと、あらゆるところでその名前を見聞きします。YouTuber/モデルのhannahがおすすめしていたと思ったら次の瞬間にはストーリーズでとあるスタイリストがフェイヴァリットに挙げていて、その夜のマガジンのシューティングでずっと流れていたBGMが『Choke Enough』だったりと、明らかに「音楽」の枠を超えて様々な層に受容されているのが、このアルバムではないでしょうか。

 そもそも、私がオーケールーを初めて意識したのは、〈LOW HIGH WHO?〉所属の異才・rowbaiと話していた際、彼女の口から強い影響源として名前が挙がったときでした。そこから関心を持った私は、フランスのポワティエ出身で、もともと女性DJによるコレクティヴ〈TGAF〉を結成していたというオーケールーの活動を2010年代半ばまでさかのぼり振り返っていったわけですが、同時に、あらゆる音楽家からミックステープ『Galore』への賛辞を耳にするようにもなりました。そういった、いわゆる業界のプロフェッショナルの人たちからの支持が異様に高く、どちらかというとファッション寄りのシーンからも熱い視線を浴びているのが彼女の興味深いところでしょう。そこには明らかに既存の情報流通とは異なる回路が発生しており、この数年間でじわじわと熱量が高まり続けた結果、ようやく発表されたファースト・アルバム『Choke Enough』によって、受け手の高揚感はいよいよ高まりきったかのように見えます。

 それは恐らく、彼女の音楽──と限定せずにあえて「表現」と呼びましょうか──が、特定のジャンルに立脚するものではなく、明らかな「美学」にもとづいたトータルな世界観として構築されていることによると思います。もちろん、A・G・クックやダニー・L・ハールらとのつながりからもわかる通りハイパーなエレクトロニック・ミュージックの要素は見つけられるでしょうし、ドリーム・ポップとも、あるいはアンビエントR&Bとも言えるようなサウンドであることは間違いありません。ただ、そういった形容が全くもって意味をなさないほどに、『Choke Enough』は既存のジャンル固定から逃げていきます。聖楽隊に入りピアノとチェロを学んでいたが、ゴリラズやマッシヴ・アタックに出会ってポップ・ミュージックにのめり込んでいったという彼女の背景がそうさせているのかはわかりませんが、ここには、瞬間瞬間で相反するように流動する表現が展開されています。Y2Kっぽいメロディラインがあるけれど、次の瞬間にはダーク・アカデミアな中世のイメージに回収されていく。クラブ・ミュージック的なメソッドもあるけれど、ダンス・ミュージックとして機能することを目的とせずエーテルな空気へと溶けていく。エレクトロ・ポップの要素もあるけれど、『BRAT』のような「ポップの限界突破」路線ではなく、もっと内省的で「崩れた/壊れた美しさ」にフォーカスしている。つまるところ、近年のさまざまな潮流を咀嚼しながらも、それを既存の文脈に回収させず、新しい「美的な体験」として構築しているのが本作ではないでしょうか。

 2018年にはEP「The Rite of May」がレーベル〈NUXXE〉からリリースされたというのも、いまとなっては「できすぎ」な話かもしれません。セガ・ボデガ、シャイガール、クク・クロエといったキーパーソンが設立に携わった〈NUXXE〉ですが、そのなかにおいてもオーケールーの表現は最も情感豊かであり、トータルなエクスペリエンスとして豊かな包括性を持っています。音楽とヴィジュアル、ファッション、映像、アートがシナジーを与え合っているその才覚は、『Choke Enough』にも如実に反映されているでしょう。恐らくそれは、長年の共同プロデューサーであるケイシーMQの力もかなり大きいように思いますが、やはりオーケールーの視野の広いセルフ・プロデュース力も冴えているに違いありません。たとえば、映画『マトリックス』や『パラノーマル・アクティビティ』を連想するアートワークは、ヴァーチャルと現実が交錯するような不穏な視覚表現になっており、粗削りなCGはY2K後期~2010年代初期のTumblr美学も想起させます。不完全の美をアングルや手ブレから示唆する “family and friends” や “obvious” のMVも含めて、ミニマルなのに装飾的、デジタルなのにオーガニックという矛盾する要素が、本作の美意識を決定づけているのです。アイススケート・リンクでショーを披露したNTS Sessionはじつにオーケールーらしい美意識を反映した機会でしたが、あのライヴで目一杯表現されている通り、フェアリー・コア/バレエ・コア/エンジェル・コア的な幻想イメージも『Choke Enough』の随所から感じることができます。なかでも、彼女が信頼を寄せているスタイリスト・Pierre Demonesは、ライヴからMVに至るまで彼女の美学を見事に具現化している重要なパートナーのひとりでしょう。

 そういった領域横断的でトータルな美学表現は、近年のキャロライン・ポラチェックやユール、はたまたドレイン・ギャングといった面々も同様に試行錯誤してきたかもしれませんが、オーケールーはそれをもう一歩深化させたように感じます。つまり、より一層オーガニックでナチュラル、なのではないでしょうか。彼女はインタヴューで「私たちは、カメラに映っているものが起きていることの一部であるように感じさせたい」と語っていますが、それは「ムード」を表現したいという意味にもとれるでしょう。ケイシーMQとともにあらゆるシンセの音色を探求し、めくるめくビザールな彫刻世界を「空気」によって感じさせる『Choke Enough』は、リラクシングながらとてつもない没入感を生むのです。

 この奇妙な作品は、まだまだ予想もしない回路から人々の感性を震わせ、今後さらに広く聴かれていくでしょう。そしてそれは、単なる「音楽」の次元を超え、ひとつの美学として静かに浸透し、気がつけば私たちの感覚のどこかにそっと根づいていくのかもしれません。

第二回 ボブ・ディランは苦悩しない - ele-king

『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』

監督:ジェームズ・マンゴールド『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』『フォード vs フェラーリ』
出演:ティモシー・シャラメ、エドワード・ノートン、エル・ファニング、モニカ・バルバロ、ボイド・ホルブルック、ダン・フォグラー、ノーバート・レオ・バッツ、スクート・マクネイリー
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
北米公開:2024年12月25日
原題:A COMPLETE UNKNOWN
©2025 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
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 小学生の頃、親に連れられて、ガロの解散コンサートを観に行った。 “一枚の楽譜” という曲が好きでそれを楽しみにしていたのだけれど、当日はそれよりも “学生街の喫茶店” という曲が一番受けていた。客席の雰囲気というものを初めて経験し、大人たちにとってはガロといえば “学生街の喫茶店” なんだと理解できたものの、シャープでスピーディーな “一枚の楽譜” と違って “学生街の喫茶店” は童謡みたいで小学生の僕にはあまりぴんとこなかった。ところが「片隅で聴いていた ボブ・ディラン」という歌詞が頭に残り、「ボブ・ディランというのは誰なんだろう」という疑問がその後もついて回るようになった。ボブだから人の名前だよなと思い、文脈からして音楽家だろうとは思ったけれど、クラシックなのかポップスなのか、それ以上は見当もつかなかった。ボブ・ディランの曲を初めて耳にしたのは高校に入ってからで、ラジオから不意に流れてきた “Hurricane” のダミ声が心に残り、少し考えてから( “Hurricane” を収録した)『Desire』を買ってみた。モザンビークの独立だとか神話上の人物と結婚するとか、自分にとっては目新しい題材の歌詞が多く興味深くはあったけれど、音楽的にはあまり惹かれず、それ以上の興味は持てなかった。スペシャルズが “Maggie's Farm” を、XTCが “All Along the Watchtower” をカヴァーしていたり、デヴィッド・アレンが “Death of Rock” でロックの歴史を振り返りながらボブ・ディランだけ3回も名前を連呼するほど特別扱いしていなければ本当にそれ以上の興味は持たなかったかもしれない(RCサクセションの “いい事ばかりはありゃしない” が “Oh, Sister” を参考にしているとは、その頃はまるで気がつかなかった)。パンクやニューウェイヴがデザインのセンスを一新してしまったことも大きく、『Desire』に続いてリリースされた『Street Legal』のデザインがダサ過ぎて、それもまた興味が膨らまなかった一因だった。

 『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』はボブ・ディランのデビューからニューポート・フォーク・フェスティバルで大ブーイングを浴びるまでを扱った作品。監督は『フォードvsフェラーリ』や『LOGAN/ローガン』のジェームズ・マンゴールド。『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』でがジョニー・キャッシュとジューン・カーターの激しいラヴ・ストーリーを主軸に置いたのと同様、ここでもマンゴールドはボブ・ディランとスージー・ロトロによるラヴ・ストーリーに大きな比重を置いている(中絶というエピソードを避けたかったのか、スージー・ロトロはシルヴィ・ルッソという名前に変えられている)。ボブ・ディランを演じたティモシー・シャラメはまるでボブ・ディランそのもの……と絶賛したいところだけれど、どのシーンをとってもボブ・ディランの気持ちが伝わって来ないため、中盤をすぎても挫折のないサクセス・ストーリーにはなかなか引き込まれず、シャラメの顔がマーク・アーモンドに似ていることもあって、個人的には「ポール・アトレイデに続いてボブ・ディランを演じているティモシー・シャラメ」という認知バイアスから最後まで脱却できなかった。ボブ・ディランの熱心なファンであればおそらく……ボブ・ディランそっくりに見えたのだろう。シャラメの歌は完成度が高くて説得力もあり、トム・ヒドルトンのハンク・ウィリアムズは超えたかも。

 ウィノナ・ライダーの人気が凋落するきっかけとなった『17歳のカルテ』や、前述した諸作でもマンゴールド作品のオープニングはたいてい主人公が自動車に乗っているシーンから始まる。『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』もディランがバスに乗ってニューヨークに向かうところから始まる(『3時10分、決断のとき』や『ナイト&デイ』などもちろんそうではない作品もある)。『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道」はバスがすでに刑務所の前に止められていてジョニー・キャッシュの演奏は始まっているものの、誰かが自動車でどこかへ向かうと物語が動き出すという構造は共通していて、バスを降りたボブ・ディランが「目的地を通り過ぎているよ」と言われるのはその後の彼の人生をうまく言い表した言葉にもなっている。ニュージャージーまで引き返したところでディランは病室のウッディ・ガスリーと見舞いに来ていたピート・シーガーと出会い、デビューへの足がかりが開けていく。ピート・シーガーを演じたエドワード・ノートンは柔和な老け顔が実に板についていて、キャリア初期に多重人格や密売人や奇術師などエキセントリックな悪役ばかりやっていたことがウソのよう。

 一方、エル・ファニング演じるシルヴィ・ルッソは活動家ではなく画家という設定に変えられ、存在感がやや薄められている。セカンド・アルバム『The Freewheelin' Bob Dylan』のジャケットでディランと身を寄せ合っているスージー・ロトロはディランにランボーやブレヒトのことを教えるなどディランの作詞に大きな影響を与えたとされているにもかかわらず、その辺りはほとんど触れられていない。ルッソはなんとも飾り気がなく、60年代から70年代にかけて珍しくなかった女性のライフ・スタイルを上手く再現していて(いま同じ格好をするとノーメイク、ノーブラの「干物女」と呼ばれてしまう)、ディランとの同棲生活も甘ったるいムードが欠如しているところはなんともそれらしい。ルッソはフォーク復興運動の拠点となっていた教会で初めてボブ・ディランと出会う。運命的な出会いに意味を持たせるシーンにもかかわらず、このシークエンスだけが黒人たちを音楽文化の主体として描いたシーンでもあり、ギリギリのところでホワイト・ウォッシュになることが回避されている。リトル・リチャードについてボブ・ディランが言及したり、ラジオでブルース・マンと即興でセッションするなどディランの音楽には黒人文化の影響があったという描写もなかったわけではないけれど、それ以上にニューポート・フォーク・フェスティバルの会場は白人たちで埋め尽くされ、グルーピーもマネージャーもプロデューサーもすべて白人で、音楽業界は白人だらけ、悪くいえば教会でテープに録った黒人たちの伝統音楽を白人が奪って白人の文化につくり直しているプロセスが「フォーク復興運動」に見えてしまう作品なのである。それこそポール・グリフィンがいなければディランのバック・バンドも白人だらけで目も当てられなかったかもしれない(これも途中から入ってきたアル・クーパーにいいところは持って行かれてしまう)。そういえばピート・シーガーの妻が日本人だったことは僕は知らなかった。そういう意味ではアジア系のプレゼンスは示されていた。

 どのシーンをとってもボブ・ディランの気持ちがまったくわからないのとは対照的にルッソの戸惑いや悲しみはダイレクトに伝わってくる。ルッソと名前を変えている時点で彼女の存在はフィクションであり、ボブ・ディランが苦悩したり、喜怒哀楽を一度も示すことがないのは故意に演出されたことで、他人から影響を受ける場面は意図的に消し去られているのだろう。ルッソにディランが依存している場面がぜんぜんない上に、どの場面でもディランが天才的に振る舞い、なにひとつ失敗がないので、ルッソの問いに答えてディランが自分を神様だと思っていると話す場面では思わず「カニエ・ウエストか!」とつっこんでしまった(監督のカットがかかってからエル・ファニングとティモシー・シャラメが爆笑したと思いたい)。スージ・ロトロとボブ・ディランの関係はちなみにフィリップ・K・ディックとクレオ・アポストロリデエス(『アルべマス」のレイチェルなど)が「共産主義の影響下で行動する女性とそれを受けて思索する男性」という組み合わせだったことを思い出させる(公民権運動にコミットしたディランに対してディックは執筆活動を中止してベトナム反戦にのめり込む)。

 ボブ・ディランの描き方はどこかで見た覚えがあると思ったら日本のTVドラマによく出てくる男性たちの振る舞いだと思った。多くを語らず、独りよがりで、自分を周囲に合わせる気がまるでない。ディランだからそれが許されるというレイアウトに従って、ルッソ同様、中盤以降はジョーン・バエズ(モニカ・バルバロ)もピート・シーガーも気持ちいいほどディランに振り回され、周囲が傷心を余儀なくされる場面の連続となっていく。ディランにとって恩人であるはずのピート・シーガーがここまで雑巾のように扱われるとは思わなかったけれど、エドワード・ノートンの表情があまりに情けなく、それはブラッド・ピット演じるタイラー・ダーデンにノートン演じる「僕」が翻弄される『ファイト・クラブ』の役柄と重なってしまうほどであった。そう、『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』を観て『ファイト・クラブ』を思い出すとは思わなかったけれど、『ファイト・クラブ』というのは70年代に爆破活動を繰り返したテロ組織、ウェザーマンが90年代の「僕」に強迫観念として取りつく作品で、「ウェザーマン(天気予報士)」という組織名はボブ・ディランの “Subterranean Homesick Blues” から「どっちに風が吹くか、それを知るのに天気予報士は必要ない(You don't need a weather man to know which way the wind blows)に由来すると思えば、それもまた妙な符号に思えてくる。

 ディランにとっては人よりも作品が優先なのである。表現がすべてに優先される。(以下、ネタバレというか解釈)ディランが何を考えているのかわからない。ディランの気持ちがまったく理解できないからこそ、ニューポート・フォーク・フェスティバルでディランが楽器をエレクトリックに持ち替えたことがどれだけのショックだったかということがこの作品を通じて追体験できる。少なくとも僕はそうだった。ディランの考えや気持ちが手に取るようにわかっていたら、きっとそうはいかなかっただろう。あるいはその後の歴史を知っているということがその場で起きることをストレートには直観させてくれなかったのではないだろうか。そういう意味ではディランについてなにがしかのことがわかっている人の方がこの映画は楽しめなかったはずで、自分がフェスの会場にいたらどう感じたのか、ボブ・ディランがポップ・ミュージックの歴史を書き換えたという認識は存在していなかった空間でディランの側に立つことはそれだけでもう失敗であり、ディランの行動を不可解なものとして感じさせるように冒頭から仕掛けてきた意味がなくなってしまったことだろう。僕はディランが楽器をエレクトリックに持ち替えたシーンが最初はとても暴力的に感じられ、「なんで!」と不快な気分になりかけた。監督が意図したほど「客や主催者を怒らせることで爽快な気分になる」ことはなく、しかし、曲が進むに連れて「わからないけど面白い!」という感情が湧き上がってきた。出演者でディランの暴挙を止めるどころか、背中を押したのがジョニー・キャッシュ(ボイド・ホルブルック)で、彼がディランをどう思っていたのか、そこはもっと描かれていてもよかったと思う。キャッシュを無法者として描く場面はあっても、彼がフォーク・フェスティバルでエレクトリックをよしとする根拠は説明不足だし、後にはデペッシュ・モードまでカヴァーする彼のモダンさがディランに影響したのか、しなかったのか、エレクトリックへの持ち替えをクライマックスとするなら、そこはもう少し描くべきではなかったかと(ちなみにジョニー・キャッシュがカヴァーした “Personal Jesus” はニナ・ハーゲンもカントリー・ソウル風にカヴァー)。

 『名もなき者』の原題は「A COMPLETE UNKNOWN」で、これを「まったくの無名」という意味で『名もなき者』という邦題にしたのだろう。しかし、作品を通して観ると「無名時代」と呼べるのは冒頭の数分だけで、ディランはすぐにもスターダムを駆け上がり、物語の大半は無名どころかディラン本人さえ知名度に振り回され、辟易とするシーンの方が長い。なので、「A COMPLETE UNKNOWN」は知名度を表すのではなく、まったく意味がわからないもの、それこそ「UNKNOWN」を教科書通りに「未知」と訳した方がいいのではないだろうか。「まるで意味不明」あるいは「お手上げ」とか、ディランを理解不能なものとして表現しているタイトルだと考えた方がしっくりくるのではないだろうか。境界性人格障害を扱った『17歳のカルテ』でリサ・ロウ(アンジェリーナ・ジョリー)がどうして暴力的に振舞うのか、あるいはアメ車がイタ車に戦いを挑む『フォードvsフェラーリ』でキャロル・シェルビー(マット・デイモン)やケン・マイルズ(クリスチャン・ベール)がなぜそうまでスピードを出すことにこだわるのかさっぱりわからなかったように、意味不明な行動をする人間にマンゴールドは魅力を感じ、その磁場に観客も引きずり込んでいく。それこそ「THE」ではなく「A」なので、ディラン個人のことでさえないのかもしれないし、こういった人たちはわけがわからないからこそ語る価値があるというような。無茶な人たちがこの世界を前に進めていく。多様性を突き詰めたサーカスを始める『グレイテスト・ショーマン』しかり、考えようによっては『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』は、あからさまに「MAKE AMERICA GREAT」な『フォードvsフェラーリ』の流れを受けてトランプ時代を情緒的に肯定する作品だともいえる(両作は同じ60年代前半が舞台)。*3月5日付記--ショーン・ベイカー監督『レッド・ロケット』はトランプ時代の再来を批評的に予見した作品で、トランプが焦点化しない低所得層に光を当て続けたベイカーの新作『アノーラ』が『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』を抑えてアカデミー作品賞をとったのはなかなかに示唆的。

 僕がこれまでに観た数少ない音楽映画のなかで最も感心したのはグレン・グールドのドキュメンタリー映画『天才ピアニストの愛と孤独』だった。この作品だけがグールドは何者かという結論を出していない作品で、エピソードを並べれば並べるほどグールドという人が何者なのかわからなくなり、時に赤塚不二夫に見えたり、それもまた一面でしかなく、つくり手がもはや「わかりません!」と降参しているつくり方なのである。でも、そうなんだろうと思う。グレン・グールドとかボブ・ディランが何者であるかなんてそう簡単にわかるわけがなく、いくらでもわかった風な結論を与えて音楽映画というものはつくられがちである。『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』という作品はそういうつくり方はしていない。この作品は60年代前半のディランを語り尽くされたドラマとして再現しなかったことが快挙であり、ディランが頭を抱えて苦悩するシーンが1秒もないことを楽しむべきなのである。(2024年2月22日記)

Shinichiro Watanabe - ele-king

 昨年からお伝えしてきた渡辺信一郎監督による最新作『LAZARUS ラザロ』、カマシ・ワシントン、ボノボ、フローティング・ポインツという豪華な面子が音楽を手がけたことでも話題の同作だが、ついに放送開始日が決定している。4月6日(日)夜11時45分からテレ東系にて放送スタート、ほか各配信プラットフォームでも見られるとのこと。新たなヴィデオも公開されているのでチェックしておきましょう。3月7日(金)には新宿バルト9にて先行上映会が、3月15日(土)には第1話の無料先行上映会がアニメイト店舗で実施されるそうで、詳しくは公式サイトをチェック(https://lazarus.aniplex.co.jp)。
 なお、これを機にわれわれエレキングも特集号『別冊ele-king 『LAZARUS ラザロ』と渡辺信一郎の世界』を準備中です。お楽しみに!

interview with Elliot Galvin - ele-king

 イギリスの現代ジャズ・シーンに新たな地殻変動が起きつつある。そう感じさせるに足るアルバムが〈ギアボックス・レコーズ〉からリリースされた。鬼才ピアニスト、エリオット・ガルヴィンによる5年ぶり6枚目のリーダー作『The Ruin』である。

 エリオット・ガルヴィンは1991年生まれ。トム・マクレディー(b)、サイモン・ロス(ds)と組んだピアノ・トリオ編成で2014年にデビュー・アルバム『Dreamland』をリリースしている。アヴァンギャルドかつキャッチーで、月並みな言い方だがおもちゃ箱をひっくり返したような爽快さに満ちた──という点でオルタレーションズとの親和性も感じさせる──ジャズ・ミュージックは、続く2016年のセカンド・アルバム『Punch』では使用楽器の種類も増してさらなる深化を遂げた。その一方でガルヴィンはロンドンのフリー・インプロヴィゼーションのシーンでも頭角を現し、重鎮ドラマーのマーク・サンダースとデュオ作『Weather』を2017年に残している。さらにはトランペット奏者/作曲家のローラ・ジャード率いる4人組バンド「ダイナソー」の一員としても活躍、同じく2017年に発表したファースト・アルバム『Together, As One』はマーキュリー・プライズにノミネートされた。世間的にはこの作品が最も知られているだろうか。あるいはエマ=ジーン・サックレイのグループに加わり、デビューEP「Walrus」(2016)から名前を連ねている。

 ジャズを基調としたストレンジなピアノ・トリオ、インプロヴァイザーとしての活動、そしてさまざまなグループでの演奏と、ガルヴィンはテン年代半ば頃より目覚ましく活躍してきた。ちょうど同時期、イギリスの新世代ジャズ・ミュージシャンたちが注目され始めていた。ジャイルス・ピーターソンによるコンピレーション・アルバム『We Out Here』が出たのは2018年。2020年には『Blue Note Re:imagined』がリリースされた。これらのアルバムにはまさにイギリスの新世代が集っていたわけだが、そこにガルヴィンは参加していなかった。彼はいわばオルタナティヴな道を歩んでいた。

 2018年、3枚目のアルバムとしてリリースした『The Influencing Machine』は、作家で文化史家のマイク・ジェイによる同名書籍からインスピレーションを得たコンセプチュアルな作品だった。ドラマーがサイモン・ロスからダイナソーのメンバーでもあるコリー・ディックに代わり、ベースのトム・マクレディーはエレキギターも手に取り、ガルヴィンはシンセサイザーの電子音を大胆に導入した。翌2019年に発表した4枚目のアルバム『Modern Times』では一転、一発録りでレコードにダイレクトに録音するというアナログな手法をあえて用いることによって、デジタル化に突き進む時代の向こうを張るようなライヴ感溢れるアルバムを仕上げてみせた。そしてコロナ・パンデミック直前の2020年1月には初のソロ・インプロヴィゼーション・ライヴ・アルバム『Live In Paris, At Fondation Louis Vuitton』を世に送り出した。

 それから5年の歳月が過ぎ、新世代と呼ばれたジャズ・ミュージシャンたちもキャリアを積み重ね、さまざまに変化していった。象徴的なのはシャバカ・ハッチングスの「方向転換」だろう。エリオット・ガルヴィンもまた新たなステージへと歩を進めた。最新作『The Ruin』は、これまでのトリオを一新し、ベース&ヴォイスでルース・ゴラー、ドラムでセバスチャン・ロックフォードが参加。さらにリゲティ弦楽四重奏団、そして一部楽曲ではシャバカも客演している。サウンドはダークな質感を纏い、緻密なポストプロダクションが施され、まるでドゥームメタルのような重苦しささえ漂わせている──ローファイなピアノの響きから苛烈なブラストビートまで実に幅広い音楽性を呑み込みつつ、しかし、その中でガルヴィンのインプロヴァイザーとしての資質がピアノおよびシンセサイザーを通じて刻まれてもいる。まさに新境地である。そしてこのコンテンポラリーなエクスペリメンタル・ミュージックとでも言うしかないサウンドが、イギリスの現代ジャズ・シーンのもう一つの新たな方向性を切り拓いているようにも思うのだ。

 ならばエリオット・ガルヴィンはこれまでどのような道のりを歩き、そしてどのようにして現在地に辿り着いたのか。あるいはジャズ・ミュージシャンである彼はイギリスにおけるフリー・インプロヴィゼーションの歴史とどのように関わり、テン年代を通じてどのように変化していったのか。まずは彼の出身大学であり、多数のジャズ・ミュージシャンを輩出してきた名門校として知られるトリニティ・ラバンでの話を突端に、その足跡を紐解いていった。

ジャズだけではなくて、副コースとして作曲も学んでいたので、クラシックの作曲家をよく聴いていました。たとえばジェルジ・リゲティやイーゴリ・ストラヴィンスキーをたくさん研究しましたね。

まずは音楽的なバックグラウンドについて教えてください。あなたはトリニティ・ラバンのジャズ・コース出身ですよね?

エリオット・ガルヴィン(Elliot Galvin、以下EG):そうです。トリニティ・ラバンに通っていました。ちょうど時代が良かったのか、僕と同時期に優秀なミュージシャンがたくさんいたので、とてもいい勉強になったと思ってます。僕が参加しているバンドのダイナソーで長年一緒に演奏してきたローラ・ジャードもそうだし、2年ほど下にはジョー・アーモン=ジョーンズヌバイア・ガルシアもいて、本当に素晴らしい雰囲気がありました。先生も素晴らしかった。僕が習ったピアノの先生はリアム・ノーブルという人で、とても優れた演奏家です。他にも、ルース・チューブスやポーラー・ベアのメンバーとしても知られるサックス奏者のマーク・ロックハートもいました。そういう人たちから学ぶことができて、とても良い環境でした。

ジャズは進学前から演奏していましたか?

EG:最初にピアノを習い始めたのは6歳で、いわゆるクラシックの先生に就いていました。11歳頃まで習っていたんですが、結構厳格なやり方を教える人だったので、実を言うと途中であまり面白くなくなってしまった。これは自分には向いていないかもしれない、少しコントロールされすぎているなと思って。で、その次に習ったのがジャズ・ピアノの先生でした。そしたら今度はインプロヴィゼーションで自分で勝手に音楽を創っていいという、そういう教え方をしてくれたので、僕がやりたいことはこれじゃないかなと思うようになり、ピアノを弾くことに夢中になりました。それが12歳の頃。幸運なことに僕の両親はかなりのレコード・コレクターでもあったので、たとえばウェイン・ショーターを聴いたりして、どんどんジャズの世界が広がっていきました。だからトリニティ・ラバンに進学する頃には、もうすでに、ジャズこそが自分のやりたいことだという考えは固まっていました。

ジャズ・コースで特に研究したミュージシャンやピアニストはいましたか?

EG:当時興味を持っていたということで言うと、ジャズだけではなくて、副コースとして作曲も学んでいたので、クラシックの作曲家をよく聴いていました。たとえばジェルジ・リゲティやイーゴリ・ストラヴィンスキーをたくさん研究しましたね。ジャズで言うと、キース・ジャレットやハービー・ハンコックのようなジャズ・ジャイアンツはもちろん、もっとコンテンポラリーなところではジェリ・アレンにハマりました。あとセシル・テイラーのような実験的なミュージシャンも好きでした。幅広いスペクトラムのさまざまな音楽を聴いてました。

デビュー当時、あなたの音楽とジャンゴ・ベイツを並べて評する人もいました。ジャンゴ・ベイツはイギリスの一風変わった作曲家/ピアニストとして独特の音楽を創ってきた人物ですが、彼に関して特に研究したり、聴き込んだりした時期はありましたか?

EG:実は大学に入る前は、あまりジャンゴ・ベイツのことを知らなかったんです。大学に入ってから、ローラをはじめ一緒に勉強してる仲間たちが彼の音楽を教えてくれて。それ以来、かなりインスピレーションを受けていることはたしかです。なぜなら彼は素晴らしいインプロヴァイザーであり、かつ作曲家でもあるからです。彼もやはり、さまざまな場所から影響を受け、ジャズでありながらユニークな音楽を創り出す人として、僕も尊敬していました。実際、ジャンゴ・ベイツがロンドンに住んでいた時、何回かレッスンを受けたこともあるんですよ。彼がどんなふうに考えているのか直接知ることができて、とても貴重な経験になりました。

僕がいつも立ち戻ってくる作曲家はバッハなんです。メロディーをどう作曲し、音楽をどう構築するかという点で、やっぱりバッハに戻っていく傾向はあります。

トリニティ・ラバンの修士課程ではクラシックの作曲を専攻していますよね。なぜジャズではなくてクラシックの作曲に進んだのでしょうか?

EG:それはいい質問ですね。いわゆる大学という環境でジャズを学んでいると、ある特定の音楽のセクションだけを学ばなければならないことがあります。そのように特化することは、それはそれでとても興味深いものですけど、僕はそれ以外にどんなものがあるのか、他にどんな音楽を聴いて、どんなものからインスピレーションを得られるのかを見てみたいと思いました。それで修士課程では作曲を専攻することにしました。先ほど説明したように修士課程の前にクラシックの作曲を学ぶ機会があって、そういう中で自分が普段ジャズでやっているのとは違うアプローチに触れることができて、興味を持つようになりました。いわゆる自分の音楽的な視野を広げたかったということですね。

先ほどリゲティやストラヴィンスキーの名前が挙がりましたが、クラシックで言うと、他にどんな作曲家を研究していましたか?

EG:やっぱり20世紀の作曲家が多かったかなと思います。ヤニス・クセナキスとか、ミニマル・ミュージックの作曲家たち、スティーヴ・ライヒとか。あとは19世紀以前の作曲家、たとえばルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンやヨハン・ゼバスティアン・バッハ。僕がいつも立ち戻ってくる作曲家はバッハなんです。おそらく僕もピアノ奏者だからだと思うんですが、メロディーをどう作曲し、音楽をどう構築するかという点で、やっぱりバッハに戻っていく傾向はあります。

トリニティ・ラバンでは同時期に才能溢れたミュージシャンがたくさんいたとおっしゃいました。ダイナソーというバンドも、トリニティ・ラバンの同級生を中心に生まれたグループですよね?

EG:そうです。リーダーがトランペットのローラ、キーボードが僕で、ローラと僕は同級生。ドラムのコリー・ディックとベースのコナー・チャップリンは一つ下の学年です。コナーと僕はノルウェーのサックス奏者マリウス・ネセットのバンドでも一緒に演奏しています。それと僕はローラと会うことがとても多くて、なぜなら結婚しているから(笑)。それはともかく、みんな大学で出会ったんです。

僕自身の過去を掘り下げるようなもの、アルバム全体がほぼ自伝的なものになるようなパーソナルな音楽を創りたかったんです。

ダイナソーというバンドについてもう少し詳しく聞かせてください。どのようなバンドで、どのような音楽を実現しようとしているのでしょうか?

EG:基本的にはリーダーのローラが曲を書いて渡してきて、それを僕らがどうやって音にしていくのか、どうやってアプローチするのが一番良いのかを考えるというやり方です。最初の2枚のアルバムでは僕はキーボードで参加していたんですが、特に2枚目の『Wonder Trail』(2018)では、シンセ・サウンドを作ったり、どういう音が特定の状況でより効果的かを考えたりして、僕からのインプットがかなり多く入り込んだアルバムになったんじゃないかと思います。でも、基本はローラが書いた曲に僕たちが命を吹き込む、曲の中に自分たちの声を見つけ出すという作業をしていました。

トリニティ・ラバンに通っていた同世代のミュージシャンで言うと、ヌバイア・ガルシアやジョー・アーモン=ジョーンズ、モーゼス・ボイドもいましたよね。彼らはジャイルス・ピーターソンの〈ブラウンズウッド〉からリリースされた『We Out Here』(2018)というコンピレーション・アルバムに参加しています。一方でダイナソーのメンバーはそこには参加していないものの、ファースト・アルバム『Together, As One』(2016)がマーキュリー・プライズにノミネートされるなど、同じく2010年代に頭角を現したイギリスのジャズ界の新世代として注目を集めてきました。それぞれ別々の文脈で活動してきたように見えるのですが、大学時代、彼らとの交流はなかったのでしょうか?

EG:単純にこれは学年差なんじゃないかと思ってます。ローラをはじめ僕らダイナソー組に関しては、ヌバイアたちより2~3上なんですよね。なので僕らの方が先に始めて、自分たちのやりたい方向性で音楽を作っていった。それからちょっと遅れて入学したヌバイアたちの世代が、僕らとは違うものを作り始めたっていうことなんじゃないかと思う。でも狭い世界なので、もういまとなってはお互いのことをみんなが知っています。当初は、僕らはすでに音楽的に探求したい方向性を定めていたから、僕らが作ったものと彼らが作ったものとの間にクロスオーバーするところはあまりなかったけれど、お互いにだんだん一緒にやる機会も増えて、いまではお互いの音楽を聴いたりサポートし合ったりするようになりました。

もうひとつ大学関係で言うと、あなたがずっと一緒に活動しているエマ=ジーン・サックレイもトリニティ・ラバン出身ですよね。彼女とは学年が違うと思いますが、どういうきっかけで繋がりができたのですか?

EG:出会ったのはトリニティ・ラバンです。僕が学部生のときに、彼女はもう作曲の修士課程に在籍していました。で、トリニティ・ラバンで始まったロンドン・サウンドペインティング・オーケストラという即興アンサンブルがあって、そこにエマも僕も参加していたんです。他にもたくさんの人が参加していて、いま一緒に活動しているようなミュージシャンたちもいました。その後、エマがトリニティ・ラバンでの最後の演奏を終えたとき、「これから自分のバンドを始めるのだけど、一緒にやらない?」と僕に声をかけてきてくれて。それで彼女のバンドで演奏することになりました。彼女の最初のレコーディングにも参加して、僕はキーボードで、たくさんのツアーを一緒に回りました。いまでも仲のいい友だちですよ。

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『The Ruin』というタイトルは、古代アングロサクソンの詩が元になっているんですけど、廃墟や過去から何かを再構築するのがいかに難しいか、というような内容の詩なんです。それはまさに僕が考えていたことと響き合っていた。

ロンドン・サウンドペインティング・オーケストラというのはウォルター・トンプソンの発案したサウンドペインティングを取り入れたグループでしょうか?

EG:そう、よくご存じで! ピアニストで作曲家のディエゴ・ギメルスが設立した、イギリスで初めてのサウンドペインティングのオーケストラなんです。

そうなんですね。東京にもあるんですよ、サックス奏者の小西遼さんという方が立ち上げたTokyo sound-paintingというパフォーマンス・ワークショップが。ところで、あなたはジャズに限らず即興音楽のシーンでも活動しているところがユニークな点だと思うのですが、イギリスにはデレク・ベイリーやジョン・スティーヴンス、AMMなどから始まるフリー・インプロヴィゼーションの長い歴史がありますよね。どのようなきっかけでそうした即興音楽シーンでもライヴをするようになったのでしょうか?

EG:どちらかというと、僕はジャズや作曲よりもインプロヴィゼーションの方が先にありました。子どもの頃にジャズ・ピアノの先生から即興で好きなように創っていいんだということを学んだ話をしたけれど、それもジャズというよりインプロヴィゼーションの面白さに興奮したんです。すごく楽しかった。そしてその後、ロンドンに出てきてから、自由に即興演奏をするライヴが開催されていることを知りました。ロンドン・サウンドペインティング・オーケストラでの演奏体験もあり、僕はこういうことをやりたいし、これが自分にできることかもしれないと思えた。あなたがおっしゃるようにロンドンには即興音楽の非常に長い歴史があります。僕が活動を始めた頃にはデレク・ベイリーはすでにいませんでしたが、エヴァン・パーカーは健在で、たとえばマーク・サンダースのようなドラマーもいました。マークとはデュオで即興演奏のアルバム(『Weather』2017)も作りました。さまざまな出会いがあり、素晴らしい人たちが大勢いて、誰もがフレンドリーでオープンなコミュニティです。すごく寛容な人たちが多いので、楽しく活動することができていますね。

フリー・インプロヴィゼーションという観点からは、特に研究したピアニストはいますか? 一口にピアノによる即興と言ってもいろいろなアプローチがあるわけですが。

EG:たしかにいろんなピアニストがいます。フリー・インプロヴィゼーションの世界に限定しても、いろんなタイプのピアニストがいますよね。でも、さっきも名前を挙げたセシル・テイラーはやっぱり重要な存在で、彼から離れるのは難しい。彼は間違いなく素晴らしい即興ピアニストだから。もっと最近の人物だと、クレイグ・テイボーンかな。彼はインプロヴィゼーションも素晴らしいし、ソロ・ピアニストとしても優れていて、2020年に僕がリリースしたピアノによるソロ・インプロヴィゼーションのライヴ盤『Live In Paris, At Fondation Louis Vuitton 2020』があるんですけど、その時のライヴのファースト・セットはクレイグのソロだったんです。僕はセカンド・セットで、彼の演奏を観て、実際に会って話すこともできて、とても刺激を受けました。あとはパット・トーマス。彼はイギリス出身で、ピアニストとしてもインプロヴァイザーとしても素晴らしいです。

1990年代から2000年代にかけて、EAI(エレクトロアコースティック・インプロヴィゼーション)と呼ばれる即興音楽の新しい潮流が世界中の都市で同時多発的に出現し始めました。ロンドンにもマーク・ウォステルやロードリ・デイヴィス等々が登場し、尺八の演奏でも知られるクライヴ・ベル──彼はザ・コメット・イズ・カミングのドラマー、ベータマックスことマックス・ハレットの父ですね──は「ニュー・ロンドン・サイレンス」と題した記事を書いています。そうしたロンドンの音楽潮流に対する興味はありましたか?

EG:そのムーヴメントのことはわかります。ただ、僕がメドウェイからロンドンに出てきた2010年頃には、すでにムーヴメントとしては過去のものになっていました。もちろん、そのムーヴメントに関わっていたミュージシャンは当時も活躍していましたし、僕も聴いたりチェックしたりしていましたが、大きなインスピレーションを受けるほど深くのめり込んだわけではなかった。むしろ僕が意識していたのは、スティーヴ・ベレスフォードやマーク・サンダースのような人たちでした。

2011年にドイツで「Just Not Cricket!」という音楽フェスティバルが開催されました。イギリスの即興音楽をテーマに4世代にわたるミュージシャンを紹介する内容で、演奏記録が4枚組のアルバムでリリースされていますが、当時最も若い世代のひとりとして位置づけられていたのがシャバカ・ハッチングスでした。あなたはさらにその後の世代に当たるわけですが、2010年代以降のイギリスのフリー・インプロヴィゼーションのシーンがどのように変化したのか、あるいはどんなトピックがあったのか、あくまでもあなたが見てきた景色で構わないので、教えていただけますか。

EG:それは興味深い、面白い質問ですね。たくさんのトピックがありますけど……フリー・インプロヴィゼーションのことを考えると、僕らがどんな場所で音楽を演奏してきたのか、その会場のことが頭に浮かびます。たとえばボート=ティン(Boat-Ting)という、実験音楽や現代詩のカッティング・エッジなイベントがロンドンにはあって、船の上でインプロヴィゼーションをおこなうのだけど、そこではたくさんの興味深いことが起こりました。有名なカフェ・オトは、いろんな人たちがインプロヴィゼーションを介して集まる場所として、いまやとても重要な場所になっています。ムーヴメントとその変化ということで言うと、いろんな分野から背景の異なるミュージシャンたちが集まってインプロヴィゼーションに取り組んでいるのが、いまの特殊性じゃないかと思ってます。ベース奏者のカイアス・ウィリアムズ(Caius Williams)が立ち上げたイベント・シリーズがあるんですが、それなんかも本当に幅広くて。たとえばコビー・セイのようなスポークン・ワードを使うミュージシャンもいれば、マーク・サンダースやジョン・エドワーズのような少し上の世代の人たちもいて、さらにギタリスト/作曲家のタラ・カニンガム(Tara Cunningham)のような新しい才能までいる。ジャズもロックもヒップホップも、さまざまなバックグラウンドを持つ人びとがインプロヴィゼーションの場で集まり、そして集まったことによって少し変わった何かを作り出している。とても面白いことが起きていると感じています。

モジュラー・シンセに興味を持って、いろいろな実験を試していたんです。自分で組み立てて、さまざまな方法でいろいろなものと接続できるのが面白くて。

ここからは最新アルバム『The Ruin』についてお伺いします。とりわけ2018年の『The Influencing Machine』以降、アルバムごとに異なるコンセプトを明確に打ち出してきたと思うのですが、『The Ruin』はどのようなコンセプトで制作しましたか?

EG:自分の人生や世の中で起きたことに対して、自分なりに反応を示していくことを音楽でやりたいと考えるようになったのが『The Influencing Machine』の頃なんです。コンセプトを立てたり、もっと面白いことを探求したりするようになったのは、ちょうどイギリスでブレグジットが起きた直後のことでした。アメリカではドナルド・トランプが大統領に就任して、世界的に物事が変化していると感じた。だから、自分のコンセプトについてもっとクリエイティヴに反応する必要があると感じたんです。

なるほど。

EG:今回の『The Ruin』について最初に考え始めたのは、コロナウイルスによるロックダウンの終わりの頃でした。僕は「何かを作らなければ」と思った。コロナ禍によって僕の生活もみんなの人生も変わってしまったから、物事を違った視点で考えたいと思いました。そして、とても個人的で内省的なものにたどり着きました。僕自身の過去を掘り下げるようなもの、アルバム全体がほぼ自伝的なものになるようなパーソナルな音楽を創りたかったんです。実はアルバムを録音する直前に、僕が子どもの頃に初めて手にしたピアノを売らなければならない状況になって、売る前に何か形に残さなければと思い、そのピアノで即興演奏をしてiPhoneで録音しました。その録音を2年ほど経ってから取り出して、今回のアルバムの出発点として使いました。その即興演奏の録音と、自分の過去や歴史を中心にアルバム全体を構築していこう、ということがアイデアの種でした。そこから他にもたくさんのものが加わっていきました。あと『The Ruin』というタイトルは、古代アングロサクソンの詩が元になっているんですけど、廃墟や過去──過去もある意味廃墟ですよね──から何かを再構築するのがいかに難しいか、というような内容の詩なんです。それはまさに僕が考えていたことと響き合っていた。だからその詩からもインスピレーションを受けて作ったのが今回のアルバムです。

結果的に今回は、ライヴ・レコーディングだった前作、前々作とは違い、ポストプロダクションを駆使した録音作品ならではのアルバムになったと思います。そういったポストプロダクションやサウンドデザインの側面は、現代音楽由来の電子音楽/多重録音からの影響が大きいのでしょうか? それともポップスのプロダクションからの影響の方が大きいのでしょうか。

EG:それも面白い質問ですね。ある意味、両方から影響を受けていると思います。ただ実は今回、コロナ禍のロックダウン期間中に、僕はモジュラー・シンセに興味を持って、いろいろな実験を試していたんです。自分で組み立てて、さまざまな方法でいろいろなものと接続できるのが面白くて。その可能性や音を探求していくうちに、レコードでもそれを試したい、レコードではどうやったらできるだろうか、ということにも興味が湧きました。その意味ではテクノロジーがきっかけになっているとも言える。ただ、同時に、僕が聴く音楽の幅が広がっているのも事実です。コンテンポラリーなヒップホップであったり、たとえばジェイペグマフィアのような、より実験的でエレクトロニックな音作りに興味を持って、いろいろな可能性に耳を傾けるようになりました。

以前にシャバカが取り組んでいた、楽器一本、クラリネット一本で吹くインプロヴィゼーションのサウンドがやっぱり大好きで。ロックダウンを通して彼は尺八やフルートを演奏するようになりました。それは方向転換というより、僕からしたら原点回帰なんです。

『The Ruin』は、あなたのこれまでの作品の中で最もジャズ色が希薄だとも感じました。その理由のひとつがおそらくメンバーだと思います。ルース・ゴラー、セバスチャン・ロックフォード、リゲティ弦楽四重奏団、シャバカ・ハッチングスが参加していますが、なぜこれまでのトリオとは異なるメンバーで録音に臨んだのでしょうか?

EG:ドラムのセバスチャンは、彼が結成したポーラー・ベアというバンドが僕は大好きで。ベース&ヴォイスのルースは『Skylla』というファースト・ソロ・アルバムを2021年に出しているんですけど、それがとても素晴らしかった。そういった活動や作品を通じて、以前から彼らのことを愛していて、とても影響を受けてきたので、一緒にやったら素晴らしい音楽ができると思ったんです。今回はこれまでとは別のことを試したくて、一緒に演奏したことのないミュージシャンたちと組んでみたいという思いもあったので、彼らに声をかけて、インプロヴィゼーションで音楽を作っていきました。彼らが奏でる音は本当にインスピレーションに富んだもので、それを聴いた瞬間、今回のアルバムの核になると確信しました。

リゲティ弦楽四重奏団は、あなたの最初のレコーディングで共演した面々でもありますよね。

EG:そうです。彼らに今回のアルバムに参加してもらうことは早い段階から考えてました。理由はふたつありました。ひとつはいまおっしゃっていただいたように、リゲティ弦楽四重奏団はローラの最初のアルバム『Landing Ground』(2012)に参加していて、つまり僕が初めてレコーディングしたアルバムから一緒にやっていた人たちだったので、そういったパーソナルな繋がりがある彼らに今回のアルバムに参加してもらいたかった。もうひとつは自分の作曲家としての幅を広げたいということがありました。弦楽四重奏のサウンドを前提に自分で曲を作っていくことに挑戦したかったので、その点ではとても自由にそのサウンドで実験することができました。

最後の質問です。やはり聞かなければならないのはシャバカの参加についてです。彼はそれこそコロナ禍を経る中で三つのメイン・プロジェクトを停止して、サックスも手放し、尺八やフルートを演奏するという方向転換を遂げました。あなたはシャバカの最近のツアーにメンバーとして参加していますが、彼のどのようなところに魅力を感じ、今回のアルバムへの参加をオファーしたのでしょうか?

EG:もともと僕はロンドンに引っ越してきた頃にシャバカの演奏をよく聴いていました。その頃の彼はフリー・インプロヴィゼーションの文脈でクラリネットを演奏していたんです。僕が彼を知ったきっかけはその演奏で、聴き馴染んでいたのも彼のクラリネットの即興的な響きでした。その後、彼はサンズ・オブ・ケメットやザ・コメット・イズ・カミング、シャバカ・アンド・ジ・アンセスターズといったグループで活躍し、サックス奏者として大々的に知られるようになっていきました。でも僕はそれ以前に彼が取り組んでいた、楽器一本、クラリネット一本で吹くインプロヴィゼーションのサウンドがやっぱり大好きで。そうした中、ロックダウンを通して彼は尺八やフルートを演奏するようになりました。それは方向転換というより、僕からしたら原点回帰なんです。フルートに戻ってきた! と思った。久々にそういう音を聴くことができて、僕はとてもエキサイトしました。インスタで彼がアップしていく映像をずっと追いかけていて、フルート一本で演奏している姿をずっと見続けてきました。それは僕の頭の中に強く刻まれていきました。そして今回アルバムを制作している途中、頭の中でそのサウンドが鳴って、これは彼に頼むしかないと思ったんです。で、シャバカに話をしたら快く引き受けてくれて、時間も惜しまず協力してくれました。彼は1日だけセッションに参加して、たくさんのデュオの即興演奏をしました。その中から1曲を選んでアルバムに収録しています。バンドに合わせてフルートを演奏している部分は、同時にレコーディングするのが難しかったので、バンドの音だけ先に録っておいて、そこに彼に入ってフルートを吹いてもらいました。たったワンテイクで素晴らしい演奏になりました。それに、シャバカとドラマーのセバスチャンには長い付き合いがあるんですよね。何年も一緒に演奏してきた間柄だったので、レコーディングは別々でも、やっぱりその関係性が滲み出ていてとても嬉しかったです。今回のアルバムにシャバカに参加してもらえて本当によかったなと思っています。

interview with Acidclank (Yota Mori) - ele-king

 一心不乱にモジュラー・シンセを操作しながら身体を揺らすひとりの若者の姿──それが最初に観たAcidclankの動画だった。随所にグリッチやドリルンベースっぽい要素が挿入されるそのインプロヴィゼイションを耳にし、これはロレイン・ジェイムズやイグルーゴーストといった今日におけるエレクトロニック・ミュージックの牽引者たちと並べて語るべき新世代かもしれない──そんな話が編集部では浮上した。
 たしかに、間違ってはいない。けれどもAcidclankのバックグラウンドはその先入見を超えたところに存在していた。旧作を遡って聴いていくと、随所でギターが小さくはない役割を果たしている。そもそも音楽に目覚めたきっかけは、父親のギターを触ったことだったという。Acidclank自体、もともとはバンドだった。なるほど、シューゲイズやマッドチェスターの恍惚を頼りにエレクトロニック・ミュージックの深き森を分け入っていった結果、モジュラー・シンセと出会うことになった、と。

 2月にCDでリリースされ、3月5日にLPが発売される通算6枚目のアルバムは『In Dissolve』と題されている。溶解中。あるいは、溶解して。ブックレットにはAcidclankことYota Mori当人がつづった英文が記されている。「境界が曖昧になり、どこからどこまでが “自分” なのかわからなくなる/天井から滴が落ちる。それは雨なのか、それとも自分が溶けていく音なのか/確かめる術はない」
 コンセプトはずばり、トランスだ。むろんそれは音楽スタイルのことではなくて、ある種の体験、意識の変容を指している。面白いのは、そんなトランス状態に達するための道筋はけしてひとつではないということを、このアルバムが身をもって実践している点だろう。新作にはガムランもあればぶりぶりのアシッド・サウンドもあるし、ドラムンベースもジョニー・マー風ギターもダブステップも含まれている。個人的に唸らされたのは “Mantra” で、かそけきダブ・テクノをバックに親しみやすいアコースティック・ギターとスーパーカーからの影響が色濃くにじんだヴォーカルが浮遊していくさまには舌を巻かざるをえなかった。こんな組み合わせがありえたのか、と。
 屋号からしてサイケデリックなこのトラックメイカー/シンガー・ソングライターはいったいどんな音楽遍歴をたどってきたのか? きたる3月7日にはCIRCUS Tokyoでリリース・パーティを控えるYota Mori。その背景を探ってみようではないか。

世代ではないんですけど、SUPERCARはめちゃくちゃ聴いてましたね。

新作は「トランス」がコンセプトだそうですね。

MORI:「アシッドクランク」という名前のとおり、サイケデリックな音楽表現をやりたいという想いが最初からありました。これまでのアルバムでも「サイケデリック」や「トランス」的なものをテーマにしていて。ただ今回はそれをより前面に押し出して、よりコンセプチュアルにつくったという感じですね。

アシッドクランクはバンドだった時期もあるんですよね。

MORI:アシッドクランクをはじめたのが大学2年か3年のころで、当初はサウンドクラウドに曲を上げて反応を見るみたいなところからスタートしました。そうしたことをしばらくやっているうちに自分の曲をバンド・セットでもやってみたくなって、メンバーを集めたんです。いまでこそモジュラー・シンセサイザーを使っていますけど、そのときは僕を含めて4人編成のギター・ロック・バンドで、UKのロックやオルタナティヴ・ロックから影響を受けたサウンドでした。その後〈3P3B〉というレーベルに声をかけてもらってセカンド・アルバム『Addiction』を出すことになって。

それが何年ですか?

MORI:2018年ですね。このときはCDとLPだったんですが、全国流通盤としてアルバムをリリースしたのはそれが最初でした。それ以前はバンドキャンプで宅録のアルバムを出していて、なのでバンドとして初めて出したアルバムが『Addiction』ですね。その後あらためて宅録のソロ・プロジェクトに戻って、いまのアシッドクランクになります。

ソロ・プロジェクトに戻そうと思ったのはなぜです?

MORI:やっぱりバンドの枠組みのなかでは自分のやれることが制限されてきたなっていう思いがあって。それで一度解散しました。といってもメンバー間で衝突したというわけではなく。レーベルのリリースがバンド主体だったこともあって、バンド・サウンド的なものをもとめられていたんですね。でもそれ以外にもやりたいことがあった。なので、初心に立ち返って自由にやりたいということで、名前はそのままにソロ・プロジェクトに戻したんです。それが現在までつづいている感じですね。

なるほど、ではバンドとして出したのは『Addiction』だけなんですね。

MORI:そうです。その後〈Ano(t)raks〉というネット・レーベルからサード・アルバム『Apache Sound』を出したり、セルフ・リリースでフォース・アルバム『Vivid』をバンドキャンプ経由で出したりと、ソロに戻ってからはけっこう自由にやっていましたね。

最初に音楽に目覚めたのはいつごろですか?

MORI:本格的に音楽を聴きはじめたのは高校からです。といっても当時リアルタイムで流行していた音楽より、昔の音楽を聴き漁っていた感じで。家に置いてあった父親のアコースティック・ギターを触ったのがきっかけでした。最初は父親が好きなフォーク・ソングの弾き語りをしたり、エリック・クラプトンのMTVアンプラグドのライヴ映像を観たりしていて、フィンガーでブルースを弾いたりとか、アコギばっかり弾いてましたね。その延長でオアシスとかを聴きはじめて、という流れです。

やはりギターの存在は大きかったんでしょうか。サード以降のソロ作でもけっこうギターの存在感がありますよね。

MORI:原体験というか。やっぱり音楽をはじめたきっかけだったので。いまでも音源にはよく入れますね。

プログレッシヴ・ロックって、アルバム1枚をとおして聴く前提のフォーマットになってることが多いじゃないですか。だから今回のアルバムもそういうふうにつくったつもりです。

音楽を自分でやるようになって、同時代でピンときた作品やアーティストはいましたか?

MORI:あまりリアルタイムの音楽を聴くということをしていないんです。当時はオアシスから遡るというか……日本のバンドでいうと、その世代ではないんですけど、SUPERCARはめちゃくちゃ聴いてましたね。

やはりそうですよね。節々からSUPERCARの影響が感じられるなと思って、お尋ねしようと思っていました。聴きはじめたときはすでに解散していたと思うんですが、どんなふうに出会ったんでしょう?

MORI:高校生のとき、ぜんぜん友だちがいなくて(笑)。ずっと家で音楽を聴いてるか、ギター弾いてるかだったんです。その時点でもうユーチューブはあったので、それで聴きはじめましたね。

シューゲイズのバンドより先に、SUPERCARと出会って。

MORI:そうですね。SUPERCARが先ですね。シューゲイズだと、やっぱりマイ・ブラッディ・ヴァレンタインは好きですが、ティーンエイジ・フィルムスターというバンドがとくに好きで。そういうマッドチェスター的な要素が入ったバンドが好きですね。ライドとか。大きな音でフィードバック・ノイズを聴いていると、やっぱりちょっとトランシーな感覚になるというか、そういう部分はアシッドクランクでも表現したいと思っています。それでライヴでもかなりシューゲイズ寄りの曲をやってますね。

ロックだとほかにはどういうものが好きだったんでしょうか?

MORI:プログレをめちゃくちゃ聴いていましたね。大学生のころ、カケハシ・レコードっていうレコード屋でいっぱい買ってました。最初はピンク・フロイドやキング・クリムゾンから入って、ソフト・マシーンだったりジェントル・ジャイアントだったり、本当にいろいろ聴き漁りましたね。プログレッシヴ・ロックって、アルバム1枚をとおして聴く前提のフォーマットになってることが多いじゃないですか。だから今回のアルバムもそういうふうにつくったつもりです。前半はA面として聴いてほしいし、後半はB面として聴いてほしくて。けっこうプログレっぽいアルバムにしようとは今回考えましたね。

もともとは大阪で活動されていたんですよね。上京したのが2023年で。

MORI:はい。引っ越してきたタイミングがちょうどフジロックのレッドマーキーに出演したあとで。そのとき年齢的にも30手前だったということもあって、大阪でやってた仕事を辞めて、音楽だけでやってみようっていうモチベーションで東京に来ました。

上京前は大阪のなにかしらのシーンと接点があったんでしょうか?

MORI:大阪はけっこう洋楽志向っぽいインディというか、アシッドクランクに似た系統のバンドもわりといましたね。ただそっちはいわゆるオルタナな感じというか、アシッドクランクはダンス・ミュージックの要素もあるので、シーンに溶けこめていたかというと、あまりそうではなかったような気がします。

最初に観たアシッドクランクの動画がモジュラー・シンセのものだったので、完全にその先入見でとらえてしまっていたんですが、過去作を遡っていくと、けっこうギター・サウンドだなと新鮮な体験でした。

MORI:原体験がオアシスなので。

メロディがキャッチーなのにも、そうした原体験が影響しているんでしょうか。

MORI:そうですね。メロディは作曲の過程でも大事にしていて、どれほどアヴァンギャルドなトラックだろうともメロディはきれいにしようと心がけています。それは、エイフェックス・ツインの影響もありますね。彼も激しいドラムンベースにきれいなメロディを載せたり、すごくきれいなピアノの曲をつくったりしますよね。エイフェックス・ツインでいちばん好きなのは『Drukqs』なんですが、そうした影響は大きいと思います。

モジュラー・シンセに関心が向かったのはいつで、なぜそうなったのですか?

MORI:はじめたのはコロナ禍の最中でしたね。時間とお金に余裕ができて。ただ興味をもったのはそれ以前で、フォー・テットがDJセットの脇にモジュラーを置いているのを見たときでした。それで自分の制作のとき横に置いておきたいなと思って買ったんです。そこから集めはじめて現在に至る感じです。やっぱりダンス・ミュージックの表現をやっていくうえで、ギターだと表現できないこともあって。でもだからといってMacbookを置いてライヴするのもちがうなと感じていたので、いいツールに出会えたと思っています。それでライヴでも使うようになりましたね。

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エレクトロニックな音楽もシューゲイズも、ループするフレーズを大音量で聴いていると自分の感覚が溶けていく感じというか、そういうある種のトランス状態に誘われるという点ではおなじなのかなと。

過去作をたどると、『Vivid』から音響が変わって、エレクトロニックがメインになった感じなのかなと思ったのですが。

MORI:まさに『Vivid』からですね。積極的にアナログ・シンセをとりいれはじめて。ギター・ロックはもうけっこうやってきたので、いま関心が高いのはダンス・ミュージックですね。新作にもバンド・サウンドは入ってるんですけど、関心はダンスのほうが高いかな。

ダンス・ミュージックだとどういうものがお好きなんですか?

MORI:エイフェックス・ツインとかスクエアプッシャーとか〈Warp〉系がいちばん好きですね。ボーズ・オブ・カナダもめちゃくちゃ好きですし。あとは、フォークトロニカの音響も好きですね。エレクトロニックな音楽もシューゲイズも、ループするフレーズを大音量で聴いていると自分の感覚が溶けていく感じというか、そういうある種のトランス状態に誘われるという点ではおなじなのかなと。そういうところにじぶんは惹かれるんだろうなと思います。

新作の最後の曲は、途中からレコードのパチパチ音が入ってきて、ダブステップのビートになっていきます。これは、ベリアルですよね?

MORI:ですね(笑)。ベリアルと、あとマウント・キンビーからも影響を受けているんですが、そのあたりの耳にいい音響の感じは意識していますね。そういうところでリスナーに気持ちよくなってほしいという思いでつくりました。

音響はアルバムを出すごとに洗練されていっている印象を受けました。濁らせるというよりはきれいな方向に向かっているというか。

MORI:どちらも好きなんですけど、今回はハイファイな方向に振り切った感じですね。ごりごりのノイズはライヴで表現したいので、音源は音源できれいなほうに振り切ろうと思ってミックスもやりました。

新作は1曲1曲タイプがちがっていて、いろんなスタイルを1枚に詰めこんだ雑食的なアルバムになっています。

MORI:これまでもいろんなジャンルを入れてはきたんですが、今作はよりコンセプチュアルにまとめています。ひとつのおなじテーマでアルバムをつくったのは今回が初めてなんです。そういう点ではまとまりはできているかなと。

1曲目はガムランで。

MORI:ですね。ただあれは、サンプルも入ってはいるんですが、基本的にはモジュラー・シンセでつくった音なんです。物理モデリングっていう。モジュラーを使いだしてからアナログ・シンセでそういう音を出せるということを知って、いつかやってみたいと思っていたので、今回ようやくという感じです。

インドネシアの音楽を研究したというわけではなく。

MORI:そっち方面の音楽もけっこう好きではあります。じつは幼いころ、マレーシアに住んでいたんですよ。父親の仕事の関係で、幼稚園〜小学生のころ、4年くらい暮らしていました。そのとき東南アジアのいろんなところに連れていってもらったりもして、そういう音楽も知らず知らずのうちに聴いていたし、いまでも好きなので、今回自然にとりいれられたのかもしれないです。

新作は「トランス状態の追体験」がテーマですが、サイケデリックな音楽でいちばんやばいと思った音楽はなんでしたか?

MORI:マニュエル・ゲッチングの『Inventions For Electric Guitar』(1975)ですね。ずっとミュート・ギターが左右で鳴っていて、あれはすごかったです。

トランスへの欲望には、現実がいやだというような思いもあったりするんでしょうか?

MORI:とくにそういうわけではないんですけど、せっかくアルバムを聴いてもらえるんだったらやっぱり非日常的な体験をしてもらいたいなと。

新作でいちばん苦労した曲はどれでしたか?

MORI:曲単体というよりは、流れを考えるのがすごく大変でしたね。A面は全部BPM120で揃えてシームレスにつなげてるんですけど、LPを出すことが決まっていたので、最初からそういう構想はしていました。だから流れをどうしようか、シームレスに聴けるかどうかっていうところに最後まで悩みましたね。

最近のエレクトロニック系の音楽で気にいっているミュージシャンはいますか?

MORI:バーカー(Barker)ですかね。リズム・パートが鳴っていなくてミニマルなコードが鳴っているような。ロレンツォ・センニとか、あまりビートが入っていない、ウワモノだけでつくっているようなのが好きですね。

新作にはダブ・テクノも入っていますよね。

MORI:そこらへんもすごく好きですね。

“Mantra” はトラックはミニマル・ダブなのに、ギターも鳴っていて、メロディラインはSUPERCAR風で、おもしろい組みあわせだなと思いました。

MORI:そういえばあの曲はけっこう大変だったかもしれない。「どんな曲になるんやろ?」って、最後まであまりイメージが固まらずつくっていたおぼえがあります。後ろでぽこぽこなっているのはぜんぶリゾネーターのシンセなんですが、そこにギターを重ねてつくりましたね。

しかもそれにつづくのがドラムンベースで。ほんとうにタイプのちがう曲が1枚に詰めこまれていますよね。

MORI:ライヴのソロ・セットはけっこうそっち寄りなんですよ。3月7日のリリース・パーティではバンド・セットとソロ・セット、どちらも披露します。

サポートの中尾憲太郎さんとはどういう経緯で?

MORI:中尾さんは、モジュラー・シンセ友だちみたいな感じで。中尾さんもソロで4つ打ちのダンス・ミュージックをやっているんですけど、そういうイベントで知りあって、その流れでサポートもやってもらうことになりました。モジュラー・シンセって、自分のやりたいことが見えてないとどんどん深みにハマっていくんですけど、自分のソロ・セットはここ1年くらいでどういう音楽をやりたいのかっていうのが見えてきましたね。

最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。

MORI:アルバムを一度通しで聴いてほしい、それだけに集中して聴いてみてほしい、というのはありますね。たとえば部屋を真っ暗にして、スピーカーに向かって通しで聴いてみてほしいというか。そういう思いはありますね。そのうえで、ぜひ一度ライヴにも来てほしいなと思っています。アシッドクランクで表現したいことって、ライヴを体験してもらって初めてわかってもらえるのかなとも思っていて。大きな音で、ウーファーの揺れとか含めてトランス体験ができるはずです。

[リリース情報]
Acidclank
ALBUM
『In Dissolve』
2025.02.05 [CD] / 03.05 [VINYL]
PCD-25459 / PLP-7534
定価:¥2,750(税抜¥2,500) / ¥4,500(税抜¥4,091)
Label:P-VINE
※linkfire:https://p-vine.lnk.to/32QIyc

Tracklist:
1. Enigma
2. Hide Your Navel
3. Hallucination
4. Radiance
5. Mantra
6. Remember Me
7. Out Of View
8. Grounding

[リリースイベント情報]
Acidclank 「In Dissolve」 Release Party
『acidplex (dissolution)』

日時:2025年3月7日(金)
OPEN / START:18:00 / 18:30
会場:東京・渋谷 CIRCUS Tokyo
LIVE:Acidclank
GUEST:Big Animal Theory
Ticket:
pia https://w.pia.jp/t/acidclank-t/

Acidclank:
@ACIDCLANK
@y0ta1993
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