まもなく彼が亡くなってから8度目の1月がやってくる。この間、ここ日本でもマーク・フィッシャーの紹介は進み、2024年はついにそのすべての単著が日本語で読めるようになった。音楽をはじめ映画やSF文学といったポピュラー・カルチャーから鋭い思想を紡いでいったイギリスの批評家──死後に刊行されたアンソロジー『K-PUNK』はその最後の単著にあたる。
文学や映画、TVドラマについての論考をまとめた『夢想のメソッド』、音楽や政治をめぐって舌鋒が振るわれる『自分の武器を選べ』、表題の未発表原稿だけでなく主著『資本主義リアリズム』の本人による平易な解説も収めた『アシッド・コミュニズム』──日本では三分冊のかたちで刊行された大著『K-PUNK』は、フィッシャーの出発点であるブログ「k-punk」の主要テキストを軸に、『ガーディアン』などに掲載された文章から各種インタヴュー、未完の草稿までを網羅している。つまり、若かりし初期のフィッシャーから晩年の彼にいたるまで、その変化のプロセスを知るうえでも見過ごせない1冊というわけだ。
そこで以下、シリーズ完結を記念し、『K-PUNK』の訳者のうち3名による特別座談会をお届けしよう。第2巻『自分の武器を選べ』で音楽パートの翻訳に参加したロンドン在住の髙橋勇人、『資本主義リアリズム』の訳者であり、今回第3巻『アシッド・コミュニズム』を担当したセバスチャン・ブロイと河南瑠莉──それぞれどのようにフィッシャーの著作と出会い、彼の文章のどこに惹かれ、いかにしてその思想を継承・発展しようとしているのだろうか。
マーク・フィッシャーとの出会い
なによりほかにはいないんですよね、こういう書き方をするひとは。社会的なポジションについて、イギリスに固有の音楽や文学、映画などの文化的、社会的状況に即して書きつづけている。(髙橋)
■マーク・フィッシャーの『K-PUNK』日本語版が完結したということで、訳者のみなさんにいろいろお話をお伺いできればと思います。まずは、それぞれがマーク・フィッシャーの文章と出会ったきっかけから教えてください。
ブロイ:『n+1』というニューヨークに拠点をもつ文芸誌をよく読んでいるのですが、そこに『資本主義リアリズム』に触れた評論が載っていたのがきっかけだったように覚えています。実際に読んでみたら、ポストモダニズムの「後」の世界への展望、そしてクリティークの行き詰まりを冷徹に分析したその眼差しに惹かれました。
河南:わたしが彼の思想に初めて触れたのは2013年か14年で、ベルリンの大学院に通いはじめたころでした。その時点で彼の「資本主義リアリズム」ということばを聞いたことのないひとはあんまりいなくて、名前としてはみんな知っているというくらいの知名度がすでにありました。大学院で美学のコースをとっていたときに、「資本主義下における美学とはなにか」というようなことをディスカッションする機会がよくありました。当時は加速主義がトレンドだったこともあって、その文脈でよくフィッシャーが言及されていましたね。でもそのときはちゃんとは読んでいなくて。あるときセバスチャンが『資本主義リアリズム』を本気で読みはじめて、翻訳したいと。なぜ翻訳したくなったのか、おぼえていますか?
ブロイ:たしか2014年から15年にかけての冬、ふたりでクロイツベルクにいたとき、バーでビールを飲みながら『資本主義リアリズム』の話をして。「そういえばこの人、まだ邦訳がぜんぜん出ていないよね」というところから話が進んで、その後、とりあえず2章ほどサンプルとして翻訳し、出版社を探しながら「日本語訳に興味はありませんか?」ってマーク・フィッシャー本人にもメールを送ってみたんです。数日後に好意的な返事が戻ってきて、イギリスの出版社(Zer0 Books)の担当者につないでもらうことになりました。そこから彼とのやりとりがはじまりましたね。
髙橋:『資本主義リアリズム』の邦訳〔※堀之内出版〕が出たのは、原書が出てからけっこう時間が経ってからでしたよね〔※原著は2009年、邦訳は2018年〕。10年近く差がありますけど、訳すときに時間が経ってしまっていたことによる誤差のようなものは感じませんでしたか?
ブロイ:感じましたね。
河南:翻訳をはじめた時点で『資本主義リアリズム』の原書が出てから数年経っていましたし、ブログの「K-PUNK」での初出からは10年以上経っていた文章もあったと思うんです〔※『資本主義リアリズム』にはブログの「K-PUNK」の文章をもとにしたものも収録されている〕。ただ、セバスチャンが何度もフィッシャーに連絡をとっていて、その返事からコアの問題意識はいまだに変わっていないなという印象は受けました。もう終わってしまった過去の著作を日本に移植するのではなく、あくまで現代につうじる問題を著者のフィッシャーと共有しながら、べつの言語に訳している、という感覚がありましたね。ただ翻訳に時間がかかってしまって、紙として出たのは2018年の2月で、そのときにはいろいろ状況が変わってしまいましたが……
■『資本主義リアリズム』のカヴァーは、なぜレディオヘッドのアートワークとおなじヴィジュアルだったんですか?
河南:よく聞かれるのですが、あれはレディオヘッドのアートワークにも使われたことのある連作のなかのひとつで、ロンドンの地図がモチーフの作品です。アーティストでありライターであるスタンリー・ダンウッドさんの作品と、フィッシャーの文章には、資本主義下のイギリス生活の奇妙さを捉えた部分が共通していると思い、セバスチャンがダンウッドさんに連絡をとったところ、向こうも好意的で、どんどん話が進んでいきました。
髙橋:ダンウッドがフィッシャーの読者だったというのはいい話ですね。(編集長の)野田さんはよく「マーク・フィッシャーは絶対レディオヘッドは好きじゃなかったでしょ」ってぼくに話していて。
■編集部でもときどきその話は出ます(笑)。
髙橋:でもダンウッドさんがフィッシャーに賛同してくれたというのは、フィッシャーの本がほかのひとを刺戟して、それが具現化したということだから。
ブロイ:しかもダンウッドさんはこの作品を無料で使わせてくれたんですよ。きっと構想に納得してくれた部分があったんでしょうね。
河南:ダンウッドさんはレディオヘッドと密接に関わって仕事をしてきた一方で、あくまでひとりのグラフィック・アーティストでもあります。彼がひとりの作家としてフィッシャーの邦訳の企画に手を貸してくれたというのは重要なことだと思います。
■髙橋くんが出会ったきっかけは?
髙橋:ぼくは実家が浜松なんですが、2009年に上京して、2010年に早稲田に入ります。その年に野中モモさんによるサイモン・レイノルズ『Rip it Up and Start Again』の翻訳も出て〔※『ポストパンク・ジェネレーション 1978-1984』、シンコーミュージック〕、そこからいろいろ調べるようになったんです。2010年前後って音楽的に面白い時期でしたよね。ジェイムズ・ブレイク、ジ・XX、サブトラクトなど、イギリスからすばらしい音楽がたくさん出てきた。ぼくはUKのダンス・ミュージックが好きだったんですが、そこから掘り下げていくと、どんなひとでもかならず〈Hyperdub〉に行き着くんですよ。当時は日本でも〈ビート〉さんのおかげで日本盤が流通していましたし、雑誌を読んでいたらレーベル主宰者のコード9がどんな人間かもわかってきた。コード9だけ明らかにほかのミュージシャンとはちがうんです。DJをやる一方で哲学の博士号をもっていたり大学でも教えていたり。ちなみにそういったことは雑誌『remix』で知ったんですが、そのときコード9をインタヴューしていたのが野田さんでしたね。
そうしていろいろ調べていくうちにCCRUを知り、ブログの「K-PUNK」も発見します。最初は正直、読みにくいウェブ・デザインだなと思っていました(笑)。でも書いてあることが面白かった。当時ぼくはベリアルが大好きだったんですけど、『わが人生の幽霊たち』に収録されている、彼のファースト・アルバム『Burial』(2006年)のレヴューも「K-PUNK」に載っていました。大学一年生といえば、ちょうどドゥルーズとかデリダとかの現代思想を読みはじめる時期じゃないですか。それで「K-PUNK」を読んで、「音楽を論じるのにデリダを使っているのか」と興味をもったのがはじまりでしたね。ちなみに2010年だから、もう『資本主義リアリズム』(の原書)は出ていたんですが、それを読むのはもうちょっと後になります。その後2011年、3・11があった年にぼくはグラスゴーに留学するんですが、当時行ったデモの現場で「capitalist realism」という単語を見かけたような記憶がありますね。そして日本に帰ってきて、ele-kingで働いていたときに、これまで読んできた現代思想を音楽や美術との関係でもっとしっかり読み深めてみようと思って、強くフィッシャーを意識するようになりました。『資本主義リアリズム』を読みはじめたのはそのときですね。
■なるほど。髙橋くんはその後、今度はロンドンに渡るわけですが、フィッシャーと会ったことはあるんですか?
髙橋:ぼくがふたたび渡英したのは2016年でしたが、そのまえに野田さんから「お前はコジュウォ・エシュンを絶対に訳さなきゃダメだ」と言われていて、ちょうど訳しはじめていた時期だったんです。渡英後コジュウォ・エシュン本人とは話したりメールしたりしていたんですけど、フィッシャーとは直接やりとりする機会はありませんでした。ぼくが修士過程をやっていたのはゴールドスミスの社会学部なんですが、マーク・フィッシャーやコジュウォ・エシュンは視覚文化学部というところで教えていて。いちど教員室までコジュウォ・エシュンを尋ねたことがあって、そのときは不在だったんですが、マーク・フィッシャーとおなじ部屋でしたね。2017年の2月からふたりの授業を聴講する予定だったんですが、その1月にフィッシャーが亡くなってしまって。学部全体が戦慄していた感じでした。授業も休講になりましたし。ともあれ、エシュンやコード9とは会う機会もありましたので、ポストCCRUの交流関係はよく知っていると言えると思います。その後、ゴールドスミスの文化研究学部でぼくの博論の指導教官になったマシュー・フラーはフィッシャーの旧友で、彼が亡くなったときにはその家族を支援するためのクラウド・ファンディングを立ち上げていましたね。
■ブロイさんはフィッシャーの講義を受けていたんですか?
ブロイ:ゴールドスミスには2015年にカンファレンスで行ったことはあるんですが、講義は受けていないですね。マークさんとはメールでやりとりはしていたんですけど、そのときはゴールドスミスには2日くらいしかいなくて、風邪を引いていたのもあって、会う機会がありませんでした。じつは、『資本主義リアリズム』刊行を機に、マーク・フィッシャーを日本に呼ぼうと思っていたんですよ。企画が完成したことを伝えられないまま決別となり、ほんとに残念でした。
河南:みんな出会った文脈が違うのが面白いですよね。髙橋さんは音楽からで、わたしは美術論からで、政治思想にかんする英米の雑誌をたくさん読んでいるセバスチャンはそうした左派的な文脈からで。その交差点にフィッシャーがいたっていうこと自体が、彼の仕事の広さを物語っています。
わたしの場合は美術の文脈ですが、当時その文脈では、「なにをやっても資本にとりこまれてしまうんだったら、昔のアヴァンギャルドがやっていたような、外部を目指すとか、変わったことをやるっていう戦略(いわゆる侵犯)はもう通用しなくなるんじゃないか」というようなことが盛んに議論されていました。なにをやってもとりこまれてしまうことを専門用語で「包摂」というのですが、2015年ころまでは「資本の外部を目指すのが難しければ、それを逆手にとって、資本の内部から破壊すればいいんじゃないか」というような、左派加速主義的な考え方が一定の説得力をもっていた時期がありましたね。もちろん、フィッシャーを加速主義者だと言ってしまうと彼を矮小化してしまうことになりますので注意が必要ですが。
ブロイ:それまでみんながふわっと、ぼんやり感じていたような、「こういう手法がもう通用しない」ということが、フィッシャーのようなひとを通じて前景化して、よりはっきりしたことばになった、という感覚はありましたね。ぼくはアメリカ文学をよく読んでいたんですが、90年代以降のアメリカ文学史のなかでも、フィッシャーの議論と響き合うような考え方が浮上するようになりました。とりわけデイヴィッド・フォスター・ウォレスに代表される「新誠実」(New Sincerity)と呼ばれた現象はそうですね。1993年に書かれたエッセイのなかで彼は、それまでの文学におけるポストモダニズムの風潮、とくにアイロニーの支配的役割について鋭い考察をしました。「当初、偽善や固定観念を破壊する手段として機能していたアイロニーが、当時のTV文化のなかではすでに普遍化してしまったので、その有効性の大部分を失い、『反逆』からむしろ『共犯』へと変質してしまった」という議論を展開します。そして彼は、これからは状況が逆転し、真摯さや共感といった「自分の身を晒すもの」が再び出てくるようになり、そこにかつてアイロニーが果たしていたような解放的な力が宿るのではないか、という可能性をほのめかしています。このような「ポスト・アイロニー」の文脈のなかに、フィッシャーの批評的な論調をみてとることも可能でしょう。
マーク・フィッシャーの魅力
いろんな失敗をしながらも、そういう自分の変化を恐れずに露出していったところがあります。それが、ひとりの「思考する個人」としてどうあるべきかという姿の、ロールモデルになっているのではないかなと思います。(河南)
■お三方はそれぞれ、マーク・フィッシャーのどういうところに惹かれますか?
髙橋:まず前提として、ぼくはイギリス在住ですが、日本人としてここで暮らすということは、エイリアンとして生きることを意味します。なので、もともとイギリス人であるフィッシャーとおなじ視点では語れません。あくまでそれを踏まえたうえでの話ですが、いまぼくが惹かれているのは、フィッシャーがイギリスにおける階級意識にもとづいて文章を書くところですね。イギリスの階級やその意識を理解するうえで、彼の文章は非常に参考になるというか。
たとえば『K-PUNK』には、マンチェスター出身のバンド、ザ・フォールについての文章が入っていますよね〔※「クラーケンのメモレックス」、『自分の武器を選べ』所収〕。あれは完全にホラーと階級の話です。「ヴァンパイア城からの脱出」〔※『アシッド・コミュニズム』所収〕にも出てきますが、「労働者階級の出自をもつ者が社会のなかでどのようにして立ち位置を確保しなければならないか」とか、「どのようにして自分がいま属している社会的なもの・構造的なものにたいして自覚的になるか」というような話なんですね。フィッシャーはその例として、労働者階級に生まれながら知的なものに目覚めた自身を怪物として歌ったマーク・E・スミスについて書いている。そんなスミスの出自について、大衆的なホラー作家のM・R・ジェイムズなどを参照しながら書くというフィッシャーの姿勢は魅力的に感じます。なによりほかにはいないんですよね、こういう書き方をするひとは。社会的なポジションについて、イギリスに固有の音楽や文学、映画などの文化的、社会的状況に即して書きつづけている。イギリスの階級社会は日本とはやはり意識的な面で違っています。物質的な部分、たとえばアクセスできる技術だったりサーヴィスの面では日本とイギリスは似ているところも多いですが、社会構造のなかにいる自己のとらえ方にかんしては、イギリスと日本とでは何百光年も離れていますね。
ブロイ:共感できますね。
河南:わたしは、フィッシャーを読むようになって10年以上が経過するなかで、惹かれる部分も変わってきました。大学院生として初めてフィッシャーに触れたときは、そのシャープさ、理論的な精密さだったり、アグレッシヴで論争的な物言いに惹かれていました。でもいざ自分が働くようになって、ある意味フィッシャーと同じく、そしていま話しているこの3人ともそうだと思うんですが、高等教育機関で不安定雇用で働くようになると、理論のための理論ではなくて、理論と生活を媒介していくようなものが必要になってきます。
髙橋:100パーセント同意ですね。
河南:10数年前には面白いと思っていた「この対象について、理論を駆使して論破してやる!」みたいなことにはもうまったく魅力を感じなくなったんです。だからわたしは後期のフィッシャーにすごく惹かれるんですけれど、フィッシャー本人も自分の経験に応じて自分の見方を変えることを厭わなかった。思想家はつねにアップデートしてくので、特定のある時期に書いたものがすべてではないんです。すごく当たり前の話なんですが、でも読み手はそれを忘れがちです。「フーコーが○○年に書いたものがフーコーの思想だ」とか、そういうふうに考えてはいけない。フィッシャーも、大学院生としてCCRUにいたときと、いざ自分がイギリスの新自由主義下の雇用形態のなかで働きはじめて不安定労働者になってからとでは文体が変わっているように思います。ジャーゴンや記号を爆発させて読み手を圧倒させるような文体から徐々に離れていっていますよね。フィッシャーはインターネットで書いていたからこそ、いろんな失敗をしながらも、そういう自分の変化を恐れずに露出していったところがあります。それが、ひとりの「思考する個人」としてどうあるべきかという姿の、ロールモデルになっているのではないかなと思います。
ただし、失敗もしながらですけどね。フィッシャーも「ヴァンパイア城からの脱出」でやらかしています。先ほど髙橋さんが階級の問題についておっしゃっていましたが、階級の問題に注目することは、同時に、ほかの問題に盲目的になることでもあります。そういう側面が「ヴァンパイア城からの脱出」のフィッシャーにあったことは否めない。でもフィッシャーはそれを自分で反省して観点を更新しつづけること、思想家として可塑的であることを亡くなる最後まで追求していた、そこが尊敬するところですね。ただ、追求しすぎて槍が自分に戻ってきてしまった面もあるとは思うんですが。
ブロイ:おふたりの話と響きあうところもあると思うんですが、ぼくの場合は、フィッシャーを読む以前にまず、アドルノやベンヤミンのようなマルクス主義の哲学や思想をたくさん読んでいました。そういう経路からフィッシャーに出会って、10年ちょっと前に初めて『資本主義リアリズム』を読んだときに親近感をおぼえたのは、20代後半のいち生活者の知的な関心と通じるものがあったからです。「この著者は自分と似たような目線で世界を見ているんだな」と。その目線には深い洞察力があって、一見平凡だったりささやかに見えるものをより大きな理論的なトピックまでつなげていく才能がありました。それは彼のひとつの魅力だと思います。
もうひとつの魅力は、マルクス主義の理論には、レイモンド・ウィリアムズやアドルノのように、日常生活に焦点を当てた考察のそれなりに長い伝統があるんですが、そこにフィッシャーの先例を見ることもできます。資本主義下における日常生活をイデオロギーや意識の観点から分析したアドルノの『ミニマ・モラリア』なんかはまさにそうですね。他方で、フィッシャーにはそうしたマルクス主義の系統とは一線を画すところもあります。生きられた経験を重視しながら、エリート主義的な「硬さ」にはとらわれず、大衆性やユーモア、普通のものにたいする愛を感じさせるところです。いわば、大学教授の立場からではなく、むしろぼくたちのような普通のひと、ジャンクやポピュラーなものと共存しながら生きる不安定労働者とおなじ目線や経験から書かれた『ミニマ・モラリア』ですね。
髙橋:たしかにそこはほかにいないかもしれませんね。日本にもあまり似た書き手はいないですよね。國分功一郎さんは少し似ているのかなと思いましたけどね。アプローチは違いますが、ふたりともスピノザについて考えていたり、共通点もあるんですよね。哲学と文化、社会的事例をリンクさせて、社会的状況のなかにおける自分からものごとを考えたり、「自然」とされているものを疑い、人間の精神状況を条件づけるものをとりまく社会に見出したり。これは書く視点が生活のなかから生じるような、書き手の「高さ」の問題です。ぼくはフィッシャーと國分さんの文章をパラレルに読んでいたおぼえがあります。
ブロイ:フィッシャーを読んでいると、その書き方や姿勢に勇気をもらっているような感覚がありましたね。『資本主義リアリズム』の翻訳が出たときに、「話が深刻すぎて落ち込んだ」というような感想も見られたんですが(笑)、ぼくは読んで勇気をもらいましたよ。弱さ、葛藤や矛盾を隠すことなく、現代社会の問題と向き合いながら、それでも希望を探りつづけるという知的な態度に勇気づけられるんです。理想論であるとか、ナイーヴだとか、この種の批判を恐れないどころか、それを引き受ける覚悟さえ示しているのです。このような姿勢が、読者にも政治的思考と表現への勇気を与えるものだと思います。
髙橋:すべての文章がそうというわけではないですが、読者を感動させるのが上手だなとは思いますね。
河南:書き方でいうと、フィッシャーの文章を訳すのはすごく難しくないですか(笑)?
髙橋:音楽パート、大変でしたよ。さっきのザ・フォールの文章は、歌詞が感覚的でかなり難解なので、それにたいするフィッシャーの批評も、難解にならざるをえなかったというか。
河南:学術論文は平坦だから訳すのはある意味では簡単なんです。でもフィッシャーは技巧的であったり、洒落っけがあったりして難しい。
髙橋:ぼくが『K-PUNK』の音楽パートを訳したのは、ちょうど自分の博論を出し終えたタイミングでした。フィッシャーも最初に書いていましたよね、苦行を強いられた博論のリハビリとして「K-PUNK」をはじめたと。同じように、ぼくの頭も博論後でクレイジーになりつつの作業だったので、翻訳が修行のように感じられたときもありました(笑)。でも、彼の学術的なトピックにかんする記述がもつ独自の平易さには救われる思いもしましたね。
ブロイ:とくに音楽の「情景」にまつわるくだりがほんとうに難しいです。形容詞、メタファーの使い方であったり、一文がすごく長かったり。
[[SplitPage]]『K-PUNK』でいちばん好きな文章
「この著者は自分と似たような目線で世界を見ているんだな」と。その目線には深い洞察力があって、一見平凡だったりささやかに見えるものをより大きな理論的なトピックまでつなげていく才能がありました。(ブロイ)
■『K-PUNK』のなかでみなさんがいちばん好きなフィッシャーの文章を教えてください。
髙橋:ぼくは、フィッシャーが音楽を論じるとき、テクスチャーのような「モノ」の側面に着目して論じるのがうまいと思っています。たとえば『わが人生の幽霊たち』でいえば、ベリアルやザ・ケアテイカーの音楽にあるレコードのクラックル・ノイズに注目して論じていましたよね。そのアイディアは『K-PUNK』にもあります。今回訳していて、またリアルタイムで読んでいたときもいちばん好きだったのは、DJラシャドの『Double Cup』(2013年)についての文章〔※「ブレイク・イット・ダウン」、『自分の武器を選べ』所収〕です。そこで論じられているのは、フットワークというとても速い音楽、BPMが160~170ある音楽です。そのリズムのぎこちなさについて、当時ネットで流行っていたGIFアニメのぎこちなさとつなげて論じていて、批評のしかたとして面白いと思いました。たとえば、ラシャドは「アイ・ラヴ・ユー、アイ・ラヴ・ユー、アラヴユアラヴユアラヴユアラヴユ」みたいな感じで、だれのものかもわからない声をぶつ切りにしてカットアップしているんですが、それをウィリアム・バロウズの『爆発した切符』におけるカットアップと接合するところも興味深い。そういうふうにリズムや音の「モノ」的なところに着目するところが魅力的です。
さらにいえば、そのカットアップから、どこから来たのかわからないけれど愛がそこに存在している、その叙情性みたいなものについても論じていて。ダンス・ミュージックを論じるときに、愛の観点から書くひとってあまりいなかったというか、むしろ避けられていた気がするんです。フィッシャーは『奇妙なものとぞっとするもの』でも映画『インターステラー』について愛の観点から書いていましたけど、彼はそういうちょっとクサいかもしれない視点から、通常ことばの表現からは遠いと思われているダンス・ミュージックを、ことばが持つマジックみたいなものとつなげて語っている。
ブロイ:ぼくは、やはり3巻目の『アシッド・コミュニズム』を担当した身としては、「アシッド・コミュニズム」〔※『アシッド・コミュニズム』所収〕と「ヴァンパイア城からの脱出」が目玉かなと思います。
河南:やはりそのふたつですね。
ブロイ:「No Future 2012」〔※『アシッド・コミュニズム』所収〕も好きですよ。シチュアシオニスト的な散歩の話が民族誌学的に書かれていて、風景論として面白いです。資本主義の仕組みとともに描かれる風景が変化していくんですが、そのなかには写真論も音楽論も織り込まれていて、フィッシャーの多元性がよくあらわれている文章だと思いました。
河南:「ヴァンパイア城からの脱出」は、それ自体が好きというよりも、「ヴァンパイア城からの脱出」から「アシッド・コミュニズム」へと向かうその過程が好きですね。だからセットです。「アシッド・コミュニズム」には、先ほど髙橋さんがおっしゃっていた愛の話であったり、セバスチャンが言っていたような、これまでの左派的な文章にはなかった解放感があったりします。それは、欲望の肯定について、抑圧の否定について正面から書いているからです。それまでの左派的な言説は、「資本主義の抑圧がひどいのでわたしは傷ついている」「われわれはどれほど傷を負ってきたか」というような話に始終する傾向がありました。左派的な資本主義批判にとって、資本主義は欲望を助長させるものだから、欲望の肯定はタブーだったんです。フィッシャーは、そんなふうに欲望を否定する左派には限界があるということを、ポップ・カルチャーの再評価やマルクーゼへの言及などの理論的なフレームワークのなかで論じていく。もちろん、そのまま過去のカウンター・カルチャーへ戻ることもできないということもわかったうえで、ではいま、どういう条件で欲望を再肯定して新しいコミュニティをつくることができるのか、ということを書いています。なので、ひとつだけ選ぶなら「アシッド・コミュニズム」ですね。
ブロイ:「ヴァンパイア城の脱出」は、じつは読んだときけっこう笑っちゃったんですよね。
髙橋:わかります。ぼくも笑いました。ツイッター上だけで批判した気になっているネオ・アナーキストのくだりとか、自分の周りにもこういうやつ本当にいるなって思いました(笑)。
ブロイ:論争としての力があるテキストだと思うんですよね。「アシッド・コミュニズム」では「不思議の国のアリス」の映画化の話が出てきますが、資本主義社会で暮らす大人のぎくしゃくした行動や怒りが不思議なものとして描かれている。アリスの視点、子どもの視点から観たらおかしなものなのに、という書き方で、そういうところも読んでいて面白かったですね。
イギリスやドイツでのマーク・フィッシャーの位置づけ
どこから来たのかわからないけれど愛がそこに存在している、その叙情性みたいなものについても論じていて。ダンス・ミュージックを論じるときに、愛の観点から書くひとってあまりいなかったというか、むしろ避けられていた気がするんです。(髙橋)
■本国イギリスではフィッシャーはどのように受容されているんでしょうか?
髙橋:彼が亡くなるまえから「資本主義リアリズム」ということばはよく使われていましたし、亡くなってからも大学や書店などでメモリアル・イベントがありましたし、大学で学生がなにか書くときにフィッシャーを引用することは一般化していると思います。ただぼくが注目したいのは、フィッシャーが文章を書いていただけではなくて、出版社を立ち上げて、書店の空気を換えようとしていたところです。イギリスで本屋に行くと、いわゆる社会批評やアカデミック系のテーマがポップに語られている本がわりと普通に置いてあるんですね。日本でも紀伊國屋の規模ならそうかもしれないですが、イギリスだと小さめの書店でもそうだったりする。それはおそらく、フィッシャーが00年代に〈Repeater〉をはじめたころから盛んになってきたのではないかと思います。もちろん、学術書のコーナーに行けば昔からあったんですけど、いわゆる一般書のコーナーにそういう本があったりして、明らかに書店の空気が変わりました。フィッシャーがそういう「ポップ・カルチャーと知」のインフラをつくった面は重要だと思いますね。
■先日ガリアーノがインタヴューでフィッシャーの話をしていて驚いたんですが、そんなふうにミュージシャンのあいだでもけっこう浸透しているんですか?
髙橋:「資本主義リアリズム」ということば自体がウケがいいし、ほかにもフィッシャーのことばはインターネット・ミームになっていたりもしますので、かならずしも大学のなかで知ったわけではなく、そういうところからフィッシャーを知ったひとも多いような気はします。そういうレヴェルでは浸透はしているといえるんですが、かならずしもそういうひとたちがフィッシャーを完全に理解しているわけではないと思いますね。おそらく本を理論的な文脈を踏まえてしっかり読んでいるわけでもないでしょうし。でもやっぱり、平易なことばで社会について語るという意味では、すごく重要な仕事をしたひとだろうと思います。
■なるほど。ベルリンではどういう状況でしょうか?
ブロイ:髙橋さんのインフラづくりの話でいうと、フィッシャー自身も『K-PUNK』のなかで、自分が育ってきた知的な環境としての雑誌がもうほとんどなくなってしまったという状況について述べています。それを新しくつくらないと、次の世代の批評家やキュレイター、音楽家などが育たないのではないかという問題意識が彼のなかにはあったと思います。ドイツでも左派的な雑誌や音楽誌といったそういうインフラは一応はあって、文化施設などもあるんですが、フィッシャーはそうした制度的な文脈で受容されているような気がしますね。やはりベルリンは文化の中心で、フィッシャーのドイツ語訳を出した複数の出版社もベルリンの、クロイツベルクにあります。たとえばアメリカの社会主義系の雑誌『ジャコビン(Jacobin)』のドイツ語版を出しているブリュメール社(Brumaire Verlag)がそうですね。『ポスト資本主義の欲望』〔※原著2020年、邦訳は大橋完太郎訳、左右社、2022年〕のドイツ語版もそこから出ているんです。ただ、とくにドイツに限らずヨーロッパ全域というか、フィッシャー自身が分析していた対象がそうであるように、フィッシャーもグローバルに読まれていると思います。逆にいうと、ドイツ文化圏ならではの特徴的な読まれ方がそれほどないとも言えるんですが。
河南:ドイツでフィッシャーがどう受容されているかざっくり挙げてみると、たとえばベルリンの芸術祭「トランスメディアーレ」でワークショップが開かれたり、美術センターの「世界文化の家(HKW)」でカンファレンスが開かれたり、本が出るたびに書店イベントがあったり、そういうことはあるんですけれども、英語圏とのタイムラグがそれほどないからか、ドイツでとくに特別な受容のされ方をしているという感じはしませんね。ただ、ベルリンのローカルな、クロイツベルクの出版社がフィッシャーの本や翻訳を出していることは特別なことかもしれません。ドイツにはローザ・ルクセンブルク財団のような昔ながらのオーソドックスな左派系の言論空間がありますが、そこからも受容されつつ、かつ『ジャコビン』のような新世代のプログレッシヴな左派にも受容されているというのは、世代間を繋ぐという意味で重要なことだと思います。
なので、フィッシャーはベルリンでも知名度の高い存在ではありますが、ちゃんと読まれているかというとべつです。以前『アシッド・コミュニズム』のカンファレンスがあったんですが、いまドイツの社会の関心はどうコミュニティをつくるかということにあり、その一環としてカウンター・カルチャーを振り返るということがありましたが、フィッシャーが言っていたような左派的な言論空間に階級の問題が欠落しているという問題意識は、話題としては机上にのぼりはしても、ベルリンのインフラのなかで本質的に考え直すというレヴェルにまではいっていない。ベルリンはもともと貧しい都市で、クロイツベルクも豊かなエリアだったわけではないんですが、そこにさまざまな国際的な資本を呼び込んで、飛行機代もホテル代も出すかたちでゲストを呼んでカンファレンスをやって、いざ「コミュニティをつくろう」というのは、もしフィッシャーが生きていたら、どう思っただろうというのは脳裏をよぎりますね。だから、話題として言及はされるけれど、彼の思想を受け止めて引き継ぐようなひとや機関はまだ出てきてはいないなという印象ですね。
ブロイ:そういえば、どこが拠点かはわかりませんが、「アシッド・コミュニズム」の話につながるような、「プランC」という草の根的なアクティヴィスト・グループがありましたね。フィッシャーはそのグループのイベントに定期的に参加し、文を寄せたこともあるようです。また、憑在論をテーマにした音楽フェスもありました。ポーランドのクラクフで催されたアンサウンド・フェスティヴァルがフィッシャーのシンポジウムもやりつつ、サウンド・アーティストを呼んでいたのは知っています。
髙橋:マーク・フィッシャー・リーディング・グループですね。
音楽批評家としてのマーク・フィッシャー
フィッシャーがネオリベラリズムをただの経済システムとしてではなく、ある種の精神構造として分析したことは、意義のあることだったのではないかと思います。(ブロイ)
■音楽批評家としてのマーク・フィッシャーについてはどう思いますか? フィッシャーは音楽という対象からこれほどいろんなことを考えられるんだぞという、ひとつの可能性を示した書き手だと思いますが、それにかんして思うところを語っていただきたいです。
髙橋:ある意味では、フィッシャーがやったことはかならずしも新しいわけではないと思うんです。たとえば少し前にDJ Fulltonoさんがフットワークを論じたエッセイが話題になりましたけど、そのなかで「フットワークのサウンドというのは書道における楷書体みたいなものだ」というような話をしていました。そういうふうに音をモノとしてとらえて論じること自体はけっこう昔からあります。フィッシャーの書き方も、彼自身が創始したというよりはCCRUのなかで衝動的に生まれたものです。彼のよさは、それを政治社会的な文脈のなかでモノをとらえなおすというところにあると思います。だから、フィッシャーは書き方それ自体にオリジナリティがあったのではなくて、展開の仕方にオリジナリティがあった書き手だと思いますね。
もうひとつ思うのは、フィッシャーが音楽について書いていたときに、音楽そのものが社会で担っていた意味だったり、ミュージシャンがやろうとしていたこと・現にやっていたことが、いまだと変わってきていることです。〈Hyperdub〉周辺のアーティスト、ディーン・ブラントについて、多くのライターたちが批評を書いていますが、そこでもフィッシャーはしばしば言及されてきました。そんなブラントは、最近、マティ・ディオップという監督の『ダホメ』というドキュメンタリー映画の音楽を担当しています。現在アフリカのベナンのあるところに昔はダホメ王国という国がありました。フランスの植民地だったので、当時のダホメのアートは現在フランスが所有しているんですが、それを返還する話なんです。映画に限らず、現代アートにおいてポスト植民地主義はここずっと重要なトピックですが、そういう理論的な文脈で、アンダーグラウンドから生まれたポップ・カルチャーが機能している。かつて理論的、批評的に分析されていた音楽家が、みずからそういう文脈を生み出すようなプロジェクトに参加しているんです。
そんなふうに、音楽のあり方そのものがこの10年20年でいい意味で変わったと思います。フィシャーは『K-PUNK』の最初に、90年代のジャングルはそれについて論じなくてもすでに理論的だった、と示唆的な言葉を残しています。音楽が理論的な側面をもっているというのが当たり前になった時代で、ライターたちは批評していかなきゃいけないわけです。だから、その方向性で活動する音楽ライターは、たんに理論や知識を応用するだけじゃなくて、音楽がすでにもっている理論的な部分を他の領域に展開していく必要があると思いますね。フィッシャーはポスト植民地主義的なことや、エコロジーなど近年の重要なトピックを重点的に書いていたわけではないので、彼の示したスタイルが、彼があまり書いてこなかった領域でどう展開していくかも気になります。
■ジャーナリズムの話をすると、今年2月にコード9が来日したときに、UKではジャーナリズムの質の低下がひどいという話をしていました。
髙橋:ジャーナリズム的な観点でいえば、イギリスの音楽メディアは10年くらい前に比べると、スポンサーの存在がどんどん前に出てきています。媒体も批評よりインタヴューが中心になっていっていますね。かならずしも悪いことだとは言えないと思いますが。
ブロイ:ジャーナリズムの生産条件が変わったと思いますね。ぼくの学生のなかで、そういうマスメディア系の仕事に関わっているひともいるんですが、その業界での記事の作成なんかは、もう基本的にChat GPTのようなAIモデルをとおして生成されることが常識だそうです(笑)。AIを導入して「出力」の速度はアップするんですが、そのぶん、思考のクオリティがアップするわけではないでしょう。
髙橋:なるほど(笑)。いずれにしても、ぼくはいま、フィッシャーが書いてこなかったことに興味があります。彼の書いてきたことをもっと抽象化してべつの文脈に落とし込んだりすることに関心がありますね。さっきの理論的なことだけではなく、そういった技術文化についても音楽の側から書けることはもっとあるかもしれません。いま、音楽家だってAIを使っているし(笑)。
河南:フィッシャーはフェミニズムやポスト植民地主義について、最後の講義で少し触れてはいるんですが、本格的に文章にするまえに亡くなってしまった。未完の書き手なんですね。彼が書いてこなかったことはたくさんあると思いますし、それはそれぞれの立場から補っていく必要があると思います。先ほど髙橋さんがおっしゃっていたように、彼は「外国人」として生きた経験はほとんどもっていないでしょうし、イギリス人であり白人男性異性愛者としての経験からしか書くことができなかった。本人もそれは認めている。でもだからといって「なんで書いていないんだ!」と責めるのではなく、彼の議論を引き受けてほかのものに接続していくような作業がこれから必要なんじゃないかなと思います。異邦人として暮らしている髙橋さんの視点は、フィッシャーは永遠にもつことができない目線ですから。
髙橋:そこはまさにそう思います。音楽から広がる可能性についていうと、逆に考えれば、フィッシャーの思想や存在が音楽だけには収まりきらなかったということですよね。
■映画も文学もすごく論じていますよね。
髙橋:音楽だけに絞っても、テクノロジーの話からは逃れられないし、政治や階級の問題からも逃れられない。そういうことを彼は人生をもって証明したのではないでしょうか。そこで書いてあることの接続可能性のようなことをべつの文脈にどんどん応用していくのが、いまのライターたちの役目なのではないかなと思います。
ブロイ:ちなみに、ぼくは音楽批評家ではないんですが、じつは音楽をやっているアマチュアではあるんですね。
髙橋:えっ! そうなんですか!?
ブロイ:音楽をめぐって、モノとして考える重要性はいろいろあると思います。テクスチャーなどにたいする感性という意味でもそうだし、ベンヤミンが言っていたような意味でのメディアの生産条件、つまり音楽の場合、それを制作するのに必要な条件に目を向ける視点の必要性という点でもそうです。フィッシャーがドラムンベースの話を書くとき、それが未来へのショックだったという話は非常に面白かった〔※『わが人生の幽霊たち』〕。当時のひとたちにとって、ギザギザに切りとられたサンプルや人間の手では演奏できないような高速度のドラム・パターンはまるでエイリアンなもので未来的なもののように感じられたけれど、あの時代に出てきた技術のあとに、音楽の生産条件はどれくらい変化したのだろう、と考えることがありますね。こんにちでは基本的にみんなDAWを使うわけですが、そのような音楽制作技術(たとえばDAWの発展やMIDIの歴史から考えた音楽表現の変化など)を軸に置いた音楽批評、つまり様式を支えるマテリアルな条件への視点も必要だと思いますね。
髙橋:ぼくはそういうことも研究しています(笑)。そうした点についてフィッシャーが言及していたかというと、あまりやっていないですよね。書いてはいるけれど、つくり手の視点、当事者の視点はなかったような気がします。それはほかのひとが引き継いで書けばいいことだとは思いますが。
いまマーク・フィッシャーを読むことの重要性
読んでいるだけで楽しいんですが、残された読み手にとってたいせつなのは、そうしたキャッチワードで遊ぶだけではなくて、それらを自分の実際の生活のなかで理解し直すことだと思います。(河南)
■では最後に、いまマーク・フィッシャーを読むことの重要性についてお伺いします。
ブロイ:彼の読み方は、すごく開かれていると思います。彼の思想自体もオープンエンドで、未完で終わったものだから。思想史的に振り返るにはまだちょっと早いという気もしますが、仮にそういう視点で眺めてみたとしたら、それまでにあった資本主義にたいする考え方がフィッシャーという思想家を経由したことでどうシフトしたのかを考えることでヒントは得られると思います。たとえば、フィッシャーがネオリベラリズムをただの経済システムとしてではなく、ある種の精神構造として分析したことは、意義のあることだったのではないかと思います。あるいは現代社会の精神構造を「リアリズム」と名づけたこと、それ自体が重要な貢献だったとも思いますね。名づけるだけで変わることもありますから。
髙橋:名づけるだけで変わるという考え方は重要ですね。
■とらえ方が変わりますからね。
髙橋:先ほどブロイさんがジャングル~ドラムンベースのエイリアン性の話をされていましが、なぜエイリアンだったのか。それも名づけることだと思います。名づけ親としてエラそうにしていないのも大事なポイントですが。
ブロイ:名づけることで問題の観点をずらしたことは彼の功績だと思いますね。フィッシャーがつくった概念は、通常はつながりが見えないもの同士だったり断片化されていたりする経験を、ひとつにまとめて組織化するための手がかりですよね。だからキャッチーで面白い概念であればあるほどよくて。そうして、みんながもっているばらばらの経験が、ひとつの、いわば星座のなかで見えるようになってくる。じっさい、左派的な批評の対象がこの10年、15年で少し変わってきた印象があります。メンタルヘルスの問題を視野においたもの、または資本主義「以降」のヴィジョンを再び考えるような論者が増えてきたのではないでしょうか。それはもちろんフィッシャーひとりだけの影響ではないですが、でも彼もそのなかでひとつの貢献をしたと言えます。
河南:フィッシャーはけっこう遊び心があって、いろんなネーミングをしていますよね。「資本主義リアリズム」もそうですが、「再帰的無能感」とか「リビドー的快楽」とか「ビジネス・オントロジー」とか。「アシッド・コミュニズム」もそのひとつです。半分ジョークだけど、でも半分は本気。そういう概念がこれからもっと一般化されてくると思います。そういう意味では読んでいるだけで楽しいんですが、残された読み手にとってたいせつなのは、そうしたキャッチワードで遊ぶだけではなくて、それらを自分の実際の生活のなかで理解し直すことだと思います。「資本主義リアリズムの時代だから、もうなにをやってもダメだ」って諦めるような、ただ浅い理解をするだけではダメで。「アシッド・コミュニズム」も、「快楽主義で新しいコミュニティをつくればいいじゃん」っていう表面的な理解に留まっていてはダメなわけですよね。フィッシャーのつくった概念が標語としてポピュラーになるにつれて、それがもともともっていたメッセージ性が忘れられがちだと思う。読み手としてはつねに自分のなかで彼の思想をどう活かすかというのを考えていかないといけない。だからこそ、『K-PUNK』という彼の原点に立ち返って読むことはたいせつだと思います。
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マーク・フィッシャーの集大成たる『K-PUNK』には、上記で触れられているような哲学的・社会的なテーマやダンス・ミュージックの話以外にも、じつに多くの文章が収められている。SFなどの大衆文学や映画を論じる『夢想のメソッド』は、たとえばバラーディアンが読めばまた違った感想が出てくるだろうし、『自分の武器を選べ』からは、たとえば新しいロキシー・ミュージック像が浮かび上がってきたりもする。まずは読者おのおのの関心から気になった巻を手にとっていただければ幸いだ。
最後に、エレキング編集部を代表して、『夢想のメソッド』と『自分の武器を選べ』で翻訳を担当してくださった坂本麻里子さんに感謝の念をお伝えしておきたい。これら2巻は、イギリスの社会や生々しい政治家の言動、大衆文化や風俗に精通した氏のこまかな訳注をはじめ多大なる助言と協力がなければ世に出ることはなかっただろう(なお、五井健太郎は連絡されたし)。
(聞き手・構成:小林拓音)

K-PUNK 夢想のメソッド──本・映画・ドラマ
マーク・フィッシャー(著) ダレン・アンブローズ(編)
サイモン・レイノルズ(序文)
坂本麻里子+髙橋勇人(訳)
https://www.ele-king.net/books/009508/

K-PUNK 自分の武器を選べ──音楽・政治
マーク・フィッシャー(著) ダレン・アンブローズ(編)
坂本麻里子+髙橋勇人+五井健太郎(訳)
https://www.ele-king.net/books/011401/

K-PUNK アシッド・コミュニズム──思索・未来への路線図
マーク・フィッシャー(著) ダレン・アンブローズ(編)
セバスチャン・ブロイ+河南瑠莉(訳)
https://www.ele-king.net/books/011511/

わが人生の幽霊たち──うつ病、憑在論、失われた未来
マーク・フィッシャー(著)
五井健太郎(訳)
https://www.ele-king.net/books/006696/

奇妙なものとぞっとするもの──小説・映画・音楽、文化論集
マーク・フィッシャー(著)
五井健太郎(訳)
https://www.ele-king.net/books/008958/








