Home > Reviews > Album Reviews > Rick Wilhite- The Godson & Soul edge
昨年、オランダの〈ラッシュ・アワー〉がリック・ウィルハイトの〈KDJ〉から出た最初の2枚(1996年の「ソウル・エッジ」と1997年の「ザ・ゴッドサンEP」)を未発表ヴァージョンを加えて再発したと思ったら、こんどはその2枚に1999年の「ザ・ゴッドサン2」とさらに未発表トラックひとつを加えてCDアルバムとしてリリースすることになった。今年に入ってリリースされたアンドレスのセカンド・アルバム『アンドレスII』の売れ行きも良かったそうで、長いあいだ廃盤となりファンのあいだでは高価で取引されていたアンドレスの2003年のデビュー・アルバム『アンドレス』も再発されることになった。
温故知新ばかりというわけではない。最近ではカイル・ホールという若い才能によって"デトロイト"という長い物語はいまだ終わりそうにない(それだけではない、と門井隆盛くんから怒られそうだが、フライング・ロータスと同様にジャズ・ミュージシャンの家系に育った今年の夏に19歳になるホールの作品は驚嘆に値する)。だいたい......URのバッグを持っていて、フライング・ロータスから「ナイス・バッグ」と言われるのはまだしも、トーク・ノーマルから褒められるとは思わなかった。
そんなわけで、今年に入ってアンソニー・シェイカーのベストが発表され、そしてリック・ウィルハイトである。オリジナル・スリー・チェアーズのメンバーのひとりと言えど、ウィルハイトとは少々マニアック過ぎやしないかと思われるかもしれないが、ケニー・ディクソン・ジュニアを契機に1990年代後半から支持を集めてきたデトロイトのハウス・ミュージックは、アーバン・ブラック・ミュージックの伝統に根ざしている点においてデトロイト・テクノよりも間口が広いと言える。カール・クレイグの実験精神よりも、「スティーヴィー・ワンダーこそが最初にシンセを使ったクソ野郎なのさ。クラフトワークにはいちどだってグッと来たことはないぜ」というエディ・フォークスの主張のほうがわかりやすいと言えばわかりやすい。実際の話、デトロイトの"ビートダウン"以降の流れは、ジェフ・ミルズやドレクシアにはまったくなびかなかったリスナーも数多く取り込んでいる。
それでもディクソン・ジュニアのハウスには毒やトゲ、そして過剰な猥褻さがあり、またセオ・パリッシュのハウスには汚れがある。1970年代のディスコにはない闇があり、痛みに歪んだ醜さがある。アンドレスやウィルハイトにはそうした"いびつさ"がないことはないが、控えめである。むしろそうしたいかめしさよりもアーバン・ブラック・ミュージックにおける情緒、彼らのグルーヴに脈打つ生命力のようなもののエネルギーが強調されている。1999年のウィルハイトのザ・ゴッドサン名義によるシングル「ソウル・エッジ EP Pert.2」のアートワークを見れば、この音楽がクラフトワークでもコルトレーンでもなく、マーヴィン・ゲイに繋がっていることが容易に想像できる。
ディクソン・ジュニア、セオ・パリッシュ、あるいはアーバン・トライブといったささくれ立った連中のリミックスを収録しながらも、ウィルハイトのこの編集盤にはアーバン・ブラック・ミュージックのソウルフルな響きが通底している。実は僕は、昨年の〈ラッシュ・アワー〉からの再発盤の12インチを買ったクチだが(持っていなかったので)、アルバムとして通して聴いたほうがデトロイトでレコード店を営むベテランDJの魅力がよくわかるのはたしかだ。"グッド・キス"のような孤独な深さもいいけれど、"ホワット・ドゥ・ユー・シー?"のミニマルなディスコ・サウンドもまた魅力的だと思う。シカゴのゲイ・ハウスの妖しさには際限のない陶酔があるが、アンドレスのレヴューでも書いたように、デトロイトのハウスには労働者たちの、ものすごくテキトーだけどどこか大らかで、すぐに感情を露わにするけど気さくなのりを感じる。仕事が終わった労働者たちで満席となったデトロイトのバスの騒がしさといったらハンパないものがあって、容赦なく酒を飲んでいるし、バカでかい声で笑っているし、乗ってしまったときには「しまった」と思ったものだが、いまにして思えば、どんなに混んでいても死んだようにおとなしくバスに乗っている国で生まれ育ち暮らしている僕には羨ましくもある。まあ、これを隣の芝は青いというのだろうけれど、しかしこうした黒人文化における「chainging same(変わってゆく同じもの)」が世界中の人たちを虜にしているのも事実だ、バスの話はともかくとして。
今年の初めにイギリスで、不況下における現在のデトロイトをレポートする番組があったそうで、それを観た友人から「家がたったの1ドルで売られているのを見てショックを受けたよ」というメールをもらった。返信はまだしていない。何と言って良いのかわからないのである。
野田 努