Home > Reviews > Album Reviews > ザ・なつやすみバンド- TNB!
本当に楽しいことがあったかどうかなんて、もうはっきりとは覚えていないのに、「夏休み」と聞くと、それはほぼ無条件に、輝かしい季節として脳裏にまばゆい太陽を立ち上げる。それは、金もないのに時間だけが無駄にあった大学生の頃の記憶ではない。部活動でゲロを吐いた高校生の頃の記憶でもない。もっと地面や、土や、太陽の匂いが近く感じられたあの頃、水泳バッグに水着を入れて友だちと炎天下をダラダラと歩いたあの頃、シャーベット・アイスを食べながら、扇風機に向かって「あー、あー」とやっているだけでやたらと幸せだった、あの頃の記憶である。あるいは、どんな人でも今よりは素直に笑えていただろうか......。青臭いスイカの臭い、嵐のような蝉の鳴き声、空を押しつぶしそうな入道雲、暴力的でもどこか清々しい夕立が打つ飛沫、そして、心臓を搾るような恋の苦み......その色彩はたぶん、いまよりもずっと鮮明だった。
世界が忘れそうなちっぽけなことも
ここではかがやく
振り向かないよいま
あと少しくらい君と笑いたいなあ
"自転車"
あと少しくらい、君と夏休みを――。ザ・なつやすみバンドは、あの透明な遠い記憶に思いを馳せている。あるいは、木漏れ日に抱かれて微睡んでいる。まるで、夏休みのなかで置いてきぼりになった永遠のロスト・チャイルドのように。
中川理沙は、思い出せなくなった古い記憶の奥底まで響くような、柔らかくも情熱を内に秘めた声を聴かせている。丁寧にアンサンブルされたバンド・サウンドを、ピアノ、そしてMC.sirafuによるスティールパンのまろやかな音色が、ピアニカやトランペットのアレンジが、そっと包み込む......。「夏休み」をある精神の象徴として捉えたとき、それを終えることは「大人になること」の責任を引き受けることにもなるだろう。だから、神聖かまってちゃんが『8月32日へ』(2011)を宣言したとき、彼らの自己批評としてそれは見事なスローガンだと唸ったものだが、ザ・なつやすみバンドの夏休みは、果たして8月31日で終わっているのだろうか? それは、極めて微妙なラインで揺れている。聴き手に9月1日の責任を放棄させる誘惑の蜃気楼のようでもあり、それが失われてしまった実感(痛み・感傷)とともに、いっさいの延長が利かない季節として描かれているようでもある......。
後者であれば、終わることが当然のものを、やはり、終わってしまうものとして描き出すことに、表現としての豊かさはあるのだろうか。夏休みの宿題として、そんな意地悪な問題提起もできると思う。だが......優れたフィクションが持つ虚構性に抗うことが難しいのもたしかだ。それは、鑑賞者に虚構の世界を通過させることによって、現実の世界では触れることのできないものに接触させ、見つめさせ、嫌でも何かを持ち帰らせてしまう。サイケデリック・ミュージックやリアリズム・ミュージックの強烈な相対化作用に比べれば、ポップ・ミュージックは日帰りの小旅行くらいの虚構性しか持たないかもしれないが、それでも日常をシャットダウンし、ファンタジーを強く立ち上げるというのは、何かしらのSOSなのだろう。思い当たる節があるなら、もう一度、迷い込んでみればいい。なにしろセリーヌが言うように、それは誰にだってできることだ。セミが鳴きしきる"なつやすみ(終)"から始まる45分を聴いて、目を閉じさえすればよい、すると......「すると人生の向こう側だ」――。
扉は見当たらない
終わりなんてない
描き続けるよ 時間が足りないくらいさ
"がらん"
記憶と虚構のあいだに潜るポップの小旅行へ。彼女らはその衒いのない裸の音楽を愛している。例えば、ごく初期の荒井由実のように。例えば、空気公団のように。また例えば、リトル・テンポのように――。私がとくに気に入ったのは、センチメンタルの渦の中心へと真っ直ぐに降りていく"自転車"だが、完成度という点では"君に添えて"だろうし、速度を上げてドライヴする"悲しみは僕をこえて"も、同系色で統一されたアルバムに絶好のめりはりを与えている。スティールパンのテクニカルなソロが決まるロックなんて、今まで聴いたことがあっただろうか。そしてそのナチュラル・メロディ。すべての収録曲が、記憶の片隅を正確にノックする。「もうこれは使わないだろう」と決めつけ、知らぬ間に扉を閉めてしまった感情のすすを払い、もう一度、鑑賞者に差し出しているような......。時間はもう、あまり残されていないのかもしれない。この虚構の夏休みを、果たして私たちはいつまで信じることができるのだろうか?
ところで、このアルバム、というか、このバンド周辺(MC.sirafuさん周辺)の存在を教えてくれたのは、本作のスペシャル・サンクス欄にも名前が載っているヒコさん(@hiko1985)という方で、まあ教えてくれたというよりは私が彼のツイートやブログを一方的に読んでいただけなのだけど、それがなかったら、この作品に出会うのはもっともっと遅くなっていたかもしれない。思えば、ひとりの聴き手の立場からすれば、いまは音楽が格段に開かれた時代になったと思う。誰もがメディアとして振る舞い、互いに交信している。もう私は、話し相手のいないひとりぼっちの地方市民ではない。
まるで鮮やかなアニメーション映画でも観たような後味。この45分間のなかでは、日常はシャットダウンしたままでいい。サウンド・プロダクションとしては、もっと聴き手を夏休みに幽閉してしまうほどの大胆さがあっても面白いと思うが、いまのところ、復路の切符も用意されているように思う。あなたはここから何を持ち帰るだろうか? 欄外になるが、その価格設定にも驚かされる。DIY文化の哲学、あるいは夏休みを終えた人たちへの純粋な問題提起でもあるのだろう。TNB RECORDSのカタログ・ナンバー、001番、『TNB!』、全10曲入り。税込1,600円での発売!
竹内正太郎