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Craig Leon, Jennifer Pike

ClassicElectronic

Craig Leon, Jennifer Pike

Bach to Moog

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前島秀国、吉村栄一   May 22,2015 UP
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ようやく“ただの楽器”になったシンセサイザー 吉村栄一

 2015年はムーグ(本来はモーグという発音が正しいが、ここでは従来どおりにムーグと表記します)・シンセサイザーの生みの親であるロバート・ムーグ博士の没後10年にあたる年だ。

 ムーグ博士とムーグ・シンセサイザーが電子楽器と音楽の世界に与えた影響の大きさはここで語るまでもないが、それでも、ムーグ・シンセサイザーが世に出た1964年から今日まで、ムーグのシンセサイザー、とりわけその代名詞とも言えるモジュラー・シンセサイザーはつねに音楽の世界の第一線で活躍を続け、世紀を超えていまではすっかりあって当たり前の存在になっている。
 去年から『YMO楽器展』という、70年代末から80年代初めにかけてイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)が使用したシンセサイザーその他の楽器を展示するイヴェントを企画している(これまで東京と大阪で開催。この夏には横浜でも開催します http://momm.jp/70/)。
 そこで並べた多くのヴィンテージのシンセサイザーの中で、もっとも注目を集めるのは、やはり“タンス”という通称で知られる巨大なムーグのモジュラー・シンセサイザー。そして、このイヴェントでやや意外だったことは、リアル・タイムのYMOファンだった年代よりもそうとうに若い10〜20代が多く来場し、“タンス”に熱い視線を送ることだった。これはとくに大阪会場で顕著で、話を聞いてみると、YMOそのものよりも、むしろモジュラー・シンセサイザーへの憧れや興味があるという。実際、いま日本のみならず世界中でモジュラー・シンセサイザーへの関心が高まっており、新作の発表やヴィンテージ機器の復刻が相次いでいる。
 先頃、東京や京都ではモジュラー・シンセサイザーのフェスティヴァルが開催されて大盛況にもなっていた。

 かつて1960年代、時代の最先端の楽器であったシンセサイザーでバッハの名曲を録音してシンセサイザーの存在を世に大きく知らしめたのがウェンディ(ウォルター)・カルロスの『スイッチト・オン・バッハ』だった。


Wendy Carlos /
Switched on Bach (1968)

 1968年に発表された同作は、シンセサイザーという新たな時代の新たな楽器に光を当て、世界中に大きな衝撃を与えた。
 それから半世紀近く経ったいま、クレイグ・レオンが突如発表したのが本作『バッハ・トゥ・モーグ』。『スイッチト・オン・バッハ』同様、ムーグのモジュラー・シンセサイザーでバッハの名曲を演奏という内容で、クレイグ・レオン自身も『スイッチト・オン・バッハ』の影響で本作を制作したと発言している。

 しかし、ウェンディ・カルロスが当時まだ使い道が未知の領域にあった新しい楽器、シンセサイザーでバッハを演奏したアルバムを作ることと、21世紀のいま、つまりシンセサイザーが未知の楽器から最先端〜先端の楽器という時代を通り抜けて普遍的な存在となっているいまとでは、その意味合いは大きく異なる。

 本作は先頃ムーグ社によって復刻された1970年代初期のモジュラー・シンセサイザーの名器システム55を使用して録音されている。最新の楽器どころか、およそ40年近く昔の楽器の音でのバッハ。多くの人は「なぜいまこんなアルバムを?」という疑問を抱くだろう。
 しかし、このアルバムを聴いていると、じつは人がそんな疑問を抱くことこそが不思議な気持ちにもなってくる。
 というのも、いまもなお世界中でバッハの曲はピアノで演奏され、それを録音したアルバムが多く作られている。
 誰も「なぜいまバッハの曲をピアノで?」と疑問に思ったりはしない。
 それはピアノという楽器は1700年代初めに開発されて以来、音楽の世界で浸透し、いまでは多くの人びとに愛される日常の楽器となっているからだ。
 おそらくピアノが開発された当初は、クラヴィコードやチェンバロといった楽器のために書かれたバッハの曲が、それらとは音色もオクターブもちがう新参の未知の楽器、ピアノで演奏されることに、多くの人が衝撃を受けたにちがいない。バッハがあずかり知らぬピアノなどという新楽器による演奏は、バッハの曲への冒涜だと感じた人もいただろう。
 シンセサイザー演奏による『スイッチト・オン・バッハ』も同様だった。

 しかし、半世紀近く経ったいま、シンセサイザーはすでにピアノ同様、音楽の世界に膾炙した日常の楽器だ。クレイグ・レオンはむしろこう考えたのだろう。「ピアノのバッハはたくさんあるのに、なんでシンセのバッハは最近ないんだ?」あくまで想像だが、クレイグ・レオンは、シンセサイザーはピアノと同様のすでに日常にある普遍的な楽器であり、クラシックでもジャズでも「ふつうに」演奏に使われるべきと考えたのだろう。

 それを前提に本作を聴くと、そうしようと思えばいくらでもできたはずなのに、どの曲でもいかにもそれらしい電子音は使用されていない。『スイット・オン・バッハ』ではシンセサイザーという新しい楽器の特色を強調するためにあえて使っていたいかにもな音色はここではほぼ使われていないのだ(ブランデンブルグ協奏曲など一部使っているが)。
 シンセサイザーという楽器を強調するためのアルバムではなく、バッハを演奏するのが主眼のアルバムだからだ。よくもわるくもここでのシンセサイザーはただの楽器。だから、同じくただの楽器であるヴァイオリンもシンセサイザーで音色をシミュレートするのではなくヴァオリニストを招聘して生音を躊躇なく使う。

 ムーグ博士がムーグ・シンセサイザーを世に送りだして60年。シンセサイザーはここに至って、ようやく新奇の異端楽器ではなく、ピアノやヴァイオリンやギターと同じようなただの楽器として日常に浸透したのである。本アルバムがそのなによりの証左だ。

 英語圏ではBachをバッハではなく、バックと発音することが多い。
 本作はすなわち「バック・トゥ・ムーグ」。バッハをムーグのもとに一度バックする(返す)ことによりくっきりと浮かびあがる「シンセサイザーがようやく楽器としての市民権を得たこの時代」を、寿いでいるように思えてならない。

文:吉村栄一

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ロバート・モーグ博士没後10年と、モーグシステム開発50年を記念して、ラモーンズやブロンディのプロデューサーでもあったクレイグ・レオンが、モーグの最新システムシンセを使って大作曲家バッハの作品に挑む。ウェンディ・カルロスの『スイッチト・オン・バッハ』の21世紀版とも言えるユニークなアルバムだ。