Home > Reviews > Album Reviews > N0V3L- NON-FICTION
分断と連帯、インターネットがもたらしたもの。「インターネットの発展は、奇妙な髭を蓄えた前世紀の古風な圧制者が夢見るほかなかった大規模な社会コントロールを約束したものだ」トマス・ピンチョンがジョージ・オーウェルの1984年の新装版における序文にそう記したのは2003年のことだったようだが、2021年の現代ではその言葉がより現実的な響きを帯びてきているように思える。テクノロジーによって利便性を手に入れ、価値観が変化し、そうして新たな問題が出現し積み重なっていく。
「後期資本主義の不気味なディスコ」そう自ら評す N0V3L の 1st アルバムが表現するのは我々が生きるフィクションのような世界だ。『NON-FICTION』というタイトルが指し示す世界の断片、自己が引き裂かれ消費される(“UNTOUCHABLE”)、絶望が簡略化され必要性がリプレスされる(“GROUP DISEASE”)、ポスト・トゥルースのアリバイ(“EN MASSE”)、名前を選んでサイドを決める(“INTEREST FREE”)、平和主義者だが暴力と栄光に狂喜する(“VIOLENT & PARANOID”)、利益を生む抜け道(“PUSHERS”)、シニカルな、さもなければ悪意を持った管理者のレイティング(“STATUS”)、収録された全ての曲に『NON-FICTION』と名付けられたこの世界の断片が映し出されている。静かに吐き捨てられる短い言葉は、暗く影を落とした世界のトレンドを支配する検索ワードのようでもあり、窓の向こうに広がるモノクロの世界を形作っているもののようにも思える(いずれにしてもそれらの言葉はイメージと結びつく)。
N0V3L はカナダのバンクーバーを拠点とするコレクティヴで、ジョン・ヴァーレイとノア・ヴァーレイ(この二人は兄弟だ)、ブライス・クロゲシー(ミリタリー・ジーニアスとしての活動でも知られ、本作のプロデュースもしている)の中心メンバー三人は同じくカナダのコレクティヴ、クラック・クラウドのメンバーでもある。クラック・クラウドの去年のアルバム『Pain Olympics』はサイバーパンクの世界で抗う集団を描いたかのようなポストパンクの傑作だったが、N0V3L のこの『NON-FICTION』は同じ世界を別のやり方で描いたもののように思えてならない。クラック・クラウドが直接的に抗った世界に対して N0V3L は感情を静かにぶつけ、虚無を抱えながらも、悲しみにまみれた怒りを「現実世界のフィクション」として表現する。
1970年代後半から80年代前半にかけての音楽、ポストパンク、ニューウェイヴ、ノーウェイヴ、ギャング・オブ・フォーやジョセフ・K、ザ・キュアー、ジェームス・チャンス(彼らはジェームス・チャンスのバック・バンドを務めたこともある)、それらからの直接的な影響を感じさせながらも N0V3L が単なるリヴァイヴァル・バンドにならないのは、そこにいまの時代の空気がしっかりと反映されているからなのだろう。構造的な暴力、ポピュリズム、利益の為に不都合を作り出す企業、インターネットによる分断、何度もリヴァイヴァルが起きるポップ・ミュージックの世界では音楽がかつての時代にはなかった、あるいは変わっていった価値観と混じり合い、現実と相対する自己の表現として成立する。そしてそれこそがポップ・ミュージックあるいはポップ・カルチャーの魅力なのだろう。エンターテインメントの中に意見や立場や葛藤があり、作品の空気を通してそれらが語られる。だからこそ時を超え機能し続けるのだ。そのことはポストパンク/ニューウェイヴのスタイルを受け継いだ N0V3L 自身が証明している。
そうして希望もある。インターネットの明るい部分、離れた場所に住む人びとによる連帯、2019年の初頭に “TO WHOM IT MAY CONCERN” のビデオが公開されたあの瞬間、赤と黒のギャングたち、僕たちはみんなあのビデオの中に入りたかった。「20世紀は一過性の世代を生みだし、世代の形成期は、無視することの出来ないインターネットの台頭と人間性の変化の初期段階に加わることに費やされてきた。(中略)全体的なメッセージとして、このビデオは、相互接続性によってコミュニティや帰属性をより強固に感じられるよう、傍観を越えた協調にフォーカスを合わせることを提唱している。このオーディオ・ビジュアルはまた N0V3L のパブリック・アイデンティティでありテーマの追求の基礎となるものでもある」ビデオに添えられた声明文の通りに、その強烈なヴィジュアル・イメージは頭のなかに残り続け、遠く離れた場所にいる人びとに刺激を与え行動を起こさせてきた。たとえばスクイッドのオリー・ジャッジが、ユニフォームのようだったビデオのなかの N0V3L と同じあの服を着て、ドラムを叩き唄うといった具合に(なんでそんなことが起きるのかは今年出たスクイッドの素晴らしいアルバムを聞くか、あるいは “Narrator” のビデオを見ればきっとわかる)。そうやって世界にストレンジャーたちのコミュニティが出来上がっていく。
『NON-FICTION』は最後に少しの希望を残して終わる。「新しいやり方、ノスタルジア/現在を掴み取ったささやきのような/指と太古のアンセムの間に挟まった砂のような」 穏やかで物悲しい響きの中に過去が流れ込み、差し押さえの通知が無関心の未来へと我々を運んでいく。しかしそれは決して絶望ではない。分断と連帯、いまはもう存在しない取り壊された賃貸住宅で、80年代の機器(Tascam 388)を使って記録された現代、適応を強制され、引きずられ、それでも未来へと進んでいく。
Casanova.S