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娘の家出

娘の家出

志村貴子

集英社

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すみれファンファーレ

すみれファンファーレ

松島直子

小学館

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木津毅   Jun 03,2014 UP

「いつか大きくなったら、わたしは美しい女になる/いつか大きくなったら、美しい少女に/だけどいまは、わたしはひとりの子ども/今日のところは、男の子」(“フォー・トゥデイ・アイ・アム・ア・ボーイ”)

 アントニー・ハガティが歌った少年の繊細な性の揺らぎを、日本のマンガ表現においてやってのけたのが志村貴子『放浪息子』だった。「女の子になりたい男の子」である修一の思春期の歩みは、「性同一性障害」や「トランスジェンダー」という言葉で括られることはなかった。ただ「未決定」であり、「今日のところは、男の子」である少年の日々を淡々と、しかし時折ぎくりとするほど生々しく描いた、この国における性的少数者を巡る傑作である。「この国における」というのは……たとえば似たテーマを持ったジョン・アーヴィング『ひとりの体で』と比べてみると、『放浪息子』には政治や社会への視点は希薄である。せいぜい家族や学校という最小の「外界」を通して修一は自分の内面と、それを受容する/しない社会の入り口と対峙していくことになる。つまり、日本には性的なはぐれ者が逃れられる場所がまだ見えにくい場所にあるということだろう。
 長い連載を経て修一は高校生になり、身体的にはむしろ「男」になっていく。最終話を読み終えた僕は少年の物語にこんな終わらせ方があるのかと驚いたものだ。何か決定的な成長があるわけでもなく、これからも性の境界をまたいでいくことが示唆されるばかりなのだが、しかし思春期の重大な問題はひとつの決着を見せている。逃げ場所はなくとも、少年は大人になるし社会は待ち受けている。ひとりの少年が「美しい女」になれたかどうかなど、関係なく。それでもその最終話には、修一はいつかきっと美しい女になるだろう……そう思わずにはいられなかったのだ。

 志村貴子の新作『娘の家出』もまた思春期の少女たちを描いてはいるが、『青い花』あたりと比べてみてももっとフツーの女子高生たちが主役となっている。ただ、1巻の中心となる少女まゆこの両親は父親が男の恋人を作って家を出たことで離婚しており、物語はまゆこの母親が再婚するのをきっかけに父親とその恋人の家に「家出」するところからはじまる。状況だけ書くと「フツー」ではないがしかし、ゲイであることを隠して結婚したものの年をとってからセクシャリティを隠し通せなかった人間など、じつは珍しくも何ともない。とくにこの国では。それは社会がカミングアウトを受容していないからと言えるかもしれないし、当事者であるゲイたちの社会を変えるために闘う覚悟がまだ足りてないともいえるのかもしれない。いずれにせよ、まゆこの父親は結婚と性の自己決定に一度は失敗した、この国の中年ゲイらしいサンプルである(そこには世代の問題も絡んでくる)。
 しかしながら興味深いのは、まゆこの父親(俊夫)とその恋人の家がある種の逃げ場所として機能していることだ。まゆこが家出するだけでなく、気がつけば俊夫の妹(彼女も離婚している)とその娘、さらにはまゆこの友人の少女たちもそこに誘われることとなり、いろんな人間が出たり入ったりしている。まゆこの友人たち3人の両親はみな離婚しており、それぞれ家庭の事情で悩んでいるのを見てまゆこは「こんどニーナやぐっちやきゃなこを パパたちの家に連れてってみようかな/あそこ へんな大人しかいないけど ふしぎと居心地いいから」と思ったからだ。俊夫が新たに生活している家は世間的には認められない場所であるはずだが、このマンガに出てくる人間たちにとってそこはたしかに、どこか心地いい場所になっている。

 松島直子『すみれファンファーレ』のすみれちゃんの両親も離婚している。大人の事情に振り回されているはずの小学4年生のすみれちゃんはしかし、とても素直で優しく可愛い女の子で、はじめこそ「こんなにいい子がいるだろうか」と思ったものの、読んでいるとこれは周りの大人たちの話なのだとわかってくる。過去に対する鈍い後悔、誰かへの後ろめたさ、他人への踏み込めなさ……といった主題がなんてことのない日常を描く各エピソードでなかで立ち上がっており、それは巻を重ねるごとにより定まってきているように見える。とくにピアノが得意なクラスメイト、ベンちゃんの父親がアルコール中毒であるとわかってからの彼の描き方が切なく、ケースワーカーや調査員といった社会的な「外部」は現れないまま、ベンちゃんは「お父さんは元に戻る」と幼い妹に言いきかせる。ただそのなかで、何かを信じるように周囲の人間の思いやりばかりが描かれている。そして『すみれファンファーレ』ではあくまでも、すみれちゃんを中心とした心温まるエピソードが丹念に、丹念に綴られていく。
 ひとつ気になるのは、すみれちゃんがいまのところ多くの児童マンガのお約束のように小学4年生をずっと続けていることだ。しかし僕は、(もしそう決めていたのなら)最初の設定を覆してでもすみれちゃんを成長させてほしいと思う。なぜならば、過ぎ去っていく時間こそ「どうにもならないこと」の最たるものであるはずだからだ。実際、4巻ではロシアからの転校生ソンチェフ君が期限付きでクラスにやってきており、そこでは過ぎ去っていく尊い瞬間というものが強く意識されているように思える。

 家族は壊れている、のだろう。しかしそれは旧式の家族を頑なに理想とした場合のことだ。『娘の家出』の少女たち、『すみれファンファーレ』の子どもたちの家族は少なからず問題を抱えてはいるが、しかし彼女たちは逞しい。そしてそのなかで、雑多な他人同士の繋がりやオルタナティヴな共同体が自然発生的に出現しているように感じられる。この国の男たちが作ったシステムがいつまで経っても硬直しているのとは対照的に、女性作家が描く子どもたちはなんだかとてもしなやかで、だから僕はこれらの物語の続きにとてもわくわくしている。

木津毅