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Poirier

Poirier

Running High

Ninja Tune/Beat Records

Amazon iTunes

野田 努 Jun 08,2010 UP

 おそらく南アフリカのワールドカップが近づいているせいだろう。アフリカが色濃い熱帯のビートを耳にすると無性に燃えてくる。カネと時間があれば行っていただろう。アフリカ大陸の最南端まで。

 アフリカにとっても、フットボールは庶民のスポーツだ。南アフリカでラグビーのワールドカップは開かれているが、ラグビーは当地の黒人にとっては関わりのないスポーツである。が、フットボールはそういうわけにはいかない。何か新しい盛り上がりがあるんじゃないかと期待している。そんなときにポワリエの新作『ランニング・ハイ』は実によろしい音楽だ。このアルバムを聴いたら多少なりとも気持ちが上がるはずだ。たとえ南極大陸で鳴ったとしても観測員たちに汗をかかせ、ひょっとしたら、そのこわばった皮膚に笑みをもたらすかもしれない。

 ポワリエは熱帯のリディムの採集家である。このモントリオールのDJは、いつの間に、そういうことになっていた。2003年にジスラン・ポワリエ(Ghislain Poirier)名義でデビュー・アルバム『ビーツ・アズ・ポリティクス(政治としてのビート)』を発表した頃の彼は、そうではなかった。リース元である〈チョコレート・インダストリーズ〉やプレフューズ73、アンチ・ポップ・コンソーシアム、あるいは初期のディプロの流れを汲むようななかばストイックなIDMスタイルに基づくヒップホップを展開した。2005年の『ブレイクアップダウン』は彼の美的なセンスによる初期のベストと言われているが、同じく2005年にはレディ・ソヴァリンの"フィデル・ウィズ・ザ・ヴォリューム"のリミックスを手掛け、彼なりのグライミーなダンスホールを試みるている。で、それから〈ニンジャ・チューン〉と契約してからの最初のシングルとなった2007年の「ブレイジン」では、ザ・バグやDJ C(M.I.A. のリミキサーとして知られる)といった人たちの力を借りながら野太いビートを鳴らしつつ、まあ、悪くはないのだけれどまだ自分のスタイルを模索している感じだった。

 ターニング・ポイントは2007年の『ノー・グラウンド・アンダー』だ。アルバムで彼は、南半球やカリブ海のビートをループさせ、MCたちのエネルギッシュな声を活かしながらパワフルなダンス・ミュージックを披露する。そして......アルバムに収録された"ディアスポラ"という曲は、いみじくも彼のデビュー・アルバムのタイトルである"政治としてのビート"という志をその曲名とともに表している。「レバノン! イングランド! シリア! ナイジェリア!」――MCのこうしたシンプルな叫び声は、しかしポワリエの音楽にふくまれる政治的野心の叫びであもる。えー、つまりアフロ・ディアスポリック・ミュージック――周縁化された文化から聴こえる響きは支配的な文化への抵抗として機能する、それが『ピッチフォーク』言うところの"ポスト・モダンの脱構築主義者"ポワリエの戦略である。

 ......などと書くと堅苦しい音楽だと思われる方もいるだろうが、実際のところ彼の音楽は、その背後にある種の知的な根拠があるにせよ、とても激しく、魂がこもっている。事情を知らなくても多くの人は楽しめると思う。なにせこれは熱いダンス・ミュージックなのだ。ポワリエはダンスホール、ソカ、サンバ、アフロ......さまざまなビートを都市のIDMスタイルのなかで掻き回している。今作ではソカのビートを大々的にフィーチャーしているが、トリニダード・トバコ生まれのこの音楽はゼロ年代におけるもうひとつのトレンドでもあって、さまざまな編集盤が出回っている。

 お馴染みのフェイス・Tやズールーをはじめ、ほとんどの曲にMCを入れているのも今作の特徴である。そのなかにダンスホール系のブロ・バントンやウォーリア・クィーン、白人のYTもいる。どいつこいつも気合いが入っていて、スピーカーからはMCたちのツバや汗が飛び散ってくるようだ。"エネミーズ"や"レット・ゼム・ヘイト"など、曲名にはポワリエの抵抗めいた態度がそれとなく見えているのだが、僕には何をライムしているのかわからない。それでも熱いものは伝わる。そして......ビートの猛攻撃は最後まで手を抜くことはない。ミニマルなデジタル・ダンスホールの"マラソン"、アシッディなエレクトロ・ソカの"90'S バックヤード"のようなインストゥルメンタルの曲も面白い。

 ポワリエは2009年にメジャー・レイザーの「ホールド・ザ・ライン」のリミックスを手掛けているが、いまや彼はたとえディプロと比較されても遜色のない、IDMの文法における熱帯リディムの採集家だ。そう、メジャー・レイザーはバカバカしいけど憎たらしいほどスタイリッシュだった。で、ポワリエときたら......がちがちにシリアスだけど素晴らしくエネルギッシュである。

野田 努