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Girls

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Broken Dreams Club

True Panther Sounds/よしもとアール・アンド・シー

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野田 努   Nov 23,2010 UP
E王

 彼らのユーモラスな、少々ふざけたレトロなサンシャイン・ポップスが詰め込まれたデビュー・アルバムは、英米でも大きな評判を呼んで、わが国のロックの専門家たちからも拍手された。ローファイのビーチ・ボーイズとかなんとか、ヴィンテージ・ポップスとかなんとか......が、そのいっぽうでは、2009年7月17日付けの『ガーディアン』では、例によってドラッグ談義に花を咲かせ、いかにもロックな、そのいかれっぷりを披露している。いまでもロック・バンドはいろんな場所でもてなされ、もてはやされ、そしてぶっ飛んでいるのかと。「モルヒネ持ってる?」......「いや、ごめん、冗談」......こんな会話がまだあるのかと思うと......羨ましいというか......(いや、ちっとも羨ましくない。ただそういう記事が『ガーディアン』という大新聞に掲載されていることはちょっと羨ましい)。
 が、これが僕には、ロックのクリシェに対するシニカルな態度に思えたものだった。極端に言えば演じていると、いや......あるいは、もし仮に、クリストファー・オウェンスがいかれていようとも、彼らのデビュー・アルバムが『ガーディアン』が言うように「無視できないほど美しい」のは事実である。そしてそれがリハーサル・スタジオにあるしょぼい機材によるローファイ録音だったこと、というかオウェンスが悪名高いカルト教団からの脱走者であったこと(それはヒッピーに組織されたカルト教団で、母親は売春を強制され、聴くことが許された音楽は宗教音楽以外では幹部=ヒッピーが好きな音楽、ビートルズやエルヴィス・プレスリーなどに限られていた)、まあ、とにかくそうしたインパクトのある物語がガールズの神話性を高めたのも事実だ。ゆえにガールズの通俗性(女の子、恋、青春と太陽、あるいはドラッグ)は、自身の幼少期を支配した歴史への強烈な否定であるように僕には思える。まあ、とにかく、ガールズのサンシャイン・ポップスが21世紀初頭において複雑な意味をはらんでいるという考えには田中宗一郎も賛同してくれるだろう。

 新作「ブロークン・ドリーム・クラブEP」にはそして、サンシャイン・ポップスのクリシェはない。が、それはある意味では真っ直ぐな作品だとも言える。カリフォルニアの絵はがきはないけれど、クリストファー・オウェンスは親しみやすいメロディにのって、しかし悲しみや失意について歌っている。要するに演じていない。それは......お決まりの海、女の子、恋......といった青春物語を目の当たりにするたびに気力を失うリスナーにとっては感動的な音楽である。
 実は僕はこのミニアルバムを、この2ヶ月、すでに何十回と聴いているのだけれど、いまさら昨年のアルバムを聴き直そうとは思わないほど「ブロークン・ドリーム・クラブEP」とは、いわば薄っぺらな昼の眩しさを剥がしたあとの孤独な夜の力強さを持っている......というか、ガールズはザ・ドラムスやモーニング・ベンダーといったいまをときめくヴィンテージ・ポップスの人気者たちと自分たちは別物であることを暗に、そして強く主張しているのかもしれない。海、女の子、恋......オウェンスは、そんな絵に描いたような青春物語が虚構であることをよく知っているのだろう(まあ、そんなの虚構に決まってる!)。
 ガールズは先回りしているのかもしれない。今作における唯一の、前作からの連続性をもったレトロ・ポップス"ジ・オー・ソー・プロテクティヴ・ワン"からして、歌詞は大きく向きを変えている。「彼らはわかっちゃいないんだ/君が心にどれほどの重荷を抱えてるのかなんてわかっちゃいないんだよ、君の怯える気持ちも、君の好きな人たちや、君が気に入っているさまざまな物のことも、誇示してみせる必要などないんだ/失礼スレスレの会話/いい加減ウンザリしてきたら、愛する相手にはどうやって伝えるんだい?/君があの音楽を聴いて涙してたときのことなど、彼にはわかりっこない」
 この、誰の耳にも疑いようもなく伝わってくるメランコリーは、「ブロークン・ドリーム・クラブEP」という作品のその後の展開の道しるべである(理解されない"君"とはオウェンス自身のことでもあろう)。とくに印象的な曲のひとつ、"ブロークン・ドリームズ・クラブ"は、オウェンスのひどくくたびれた心を歌った曲で、そしてもっとも美しい曲だ。「独りぼっちになるだけで辛いのにそのまま長い時を過ごすのはもっと辛い/幸せを探し求めながら/焦れったさに苛立ちながら/君も僕と同じ気持ちなんだろ」
 この曲は、2010年に僕が聴いたロック・ソングにおいて最高の1曲だが、嬉しいことに「ブロークン・ドリーム・クラブEP」にはさらに印象深いキラー・チューンが最後に控えている。サイケデリックの彼方からその曲"カロライナ"ははじまる。オウェンスは、彼の商標でもあるエルヴィス・コステロめいた声を使わずに、無感情な声で、意味ありげな言葉を低く歌いはじめる。「いますぐに音速で結びつき合おう /いますぐに音速で /満足できないんだ/いますぐ手に入れよう」、ガールズが発表してきた曲のなかで、もっとも長い(8分近くある)これは、曲の途中でいっきにドライヴする。オウェンスは抑えていた感情をいっきに噴出するように歌い上げる。「君を抱え上げて、ベイビー、肩に担いで行こう /君をさらって、家に連れて行こう/カロライナへ、カロライナへ/南部カロライナまで/そしたら二度と君を離さないよ」

 この2年にリリースされたもロック・バンドのアルバムで、結局のところいまでも何回も繰り返し聴き続けているのは、ザ・XXとガールズと......えーと他に何があったかな......(アトラス・サウンドは、まあ、よく聴いたか)。もちろんガールズにはザ・XXのような目新しさはない。古典的ではあるが、この音楽はオウェンスが歌うように「誰にも理解されずベッドルームで泣いている」人たちの心の奥深いところに入り込む。そういう力をもっている音楽だと思う。と同時にガールズは、かつてロックのみに夢中になっていた頃の自分を思い出させてくる数少ないひとつである。大切に聴こう。君があの音楽を聴いて涙してたときのことなど、彼にはわかりっこない。

野田 努