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国府達矢

ExperimentalRock

国府達矢

ロックブッダ

felicity

Tower Amazon

柴崎祐二   Mar 22,2018 UP
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E王

信じてくれた誰も裏切らない自信がある 国府達矢 10年ぶりのアルバム「ロックブッダ」 これほどに創造的で思いに満ちたアルバムが他にあるだろうか このあり得ないサウンドを前にして僕は人間の底力をもういちど信じることが出来る ──2014年2月3日 七尾旅人のツイートより

 折りに触れ、国府達矢の作品とその存在が自身の活動の大きなインスピレーションとなっていることを深い敬意とともに公言してきた七尾旅人によって突如仄めかされた国府達矢の新アルバムの存在とそのリリースの兆しに、多くのファンがにわかに沸き立ったのが2014年。しかしそれから早4年、その作品は遂に日の目を見ることなく、ときが過ぎていった。
 その間の国府達矢の動静を知るものは少なく、また、じっと沈黙するアーティストの心の内奥を知るには、あまりにも性急にそしてかしましく世のなかや我々も移ろってきてしまった。本作のプレス資料に当たると、彼はこの期間、精神の深い沈潜と葛藤に悩まされてきたという……。

 国府達矢は、元々1998年にMANGAHEADとしてデビュー。その後、2003年本人名義で上述の『ロック転生』をリリースする。この作品は、特有の緊張感を伴った異様なまでの完成度や、縦横無尽な音楽語彙の横溢で「曼荼羅的」とも評され、ゼロ年代に生まれた日本ロック・ミュージックの中でも孤高の重要作としてしばしば語られる名作だ。その後Salyuへの楽曲提供などを経て2011年に「ロックブッダ」名義でシングル「+1D イん庶民」をリリースする。唯一無二の音楽性を更に推し進め、既存シーンの文脈に回収されない魅力を湛えた作品であったが、しかしその後散発的なライヴ活動を行う以外は沈黙を続けてきた。
 そして、昨年に入り自主企画の弾き語りイベントを開始し、遂に本格的に活動再開かと目されていた。そんな中、以前よりそのリリースが待望されていたアルバムが、七尾旅人の篤いサポートもあり、いよいよここに日の目を見ることになったのだ。まさしく語義通り「ファン待望」の作品である。

 そんな本作『ロックブッダ』、まず一聴して驚かされるのは、これまでに増して実験的と言える立体的な音像であろう。例えばアルバム1曲目にしてリード・トラックと位置づけられる“薔薇”では、リズムを基盤として和音楽器が加わっていくというロック音楽の基本構造を解体するように、むしろギターリフが先導してベースの自在なうねりとドラムスよる無数の打音を下支えする(尚今作は全編にskillkillsからスグルとサトシの二人をベースとドラムスに迎えてる。そのプレイの闊達で激烈なこと!)。そして、更に重ねられた国府自身による数多のギターフレーズが、空間を貫く針と糸のように駆け巡るとき、この作品がただごとでなく精緻な音響意識によって織り出されたものだということに早くも気付くことになる。本作のミックスにあたっては、録音素材の可能性を最大に引き出すために、長い模索の上高音質フォーマット(DSD))が使用されたというが、エンジニア達との共闘により、まさしくその効用の程は驚嘆すべきレベルに達していると言っていい。整音という次元を超え、これまでも多くのアーティストが挑んできた音々を建築的に配置するという三次元的ミックス手法の集大成というべき風格を湛えている。
 日本のアニメーション芸術にも大きなシンパシーを寄せてきたという国府ならではの、音響を視覚的に「デザイン」していく意識が、リズム構成とミックスワークにおいて、極めて鋭利に表出する。その視覚的感覚からは、ポスト・ロック、とくにかつてシカゴ音響派と呼ばれていた一群のアーティストによる作品と共通した美意識を嗅ぎ取ることもできるかもしれない。とくに先述の“薔薇”に加えて、“感電ス”、“アイのしるし”といった楽曲で聴かせるアグレッシヴなリズムと、エクスペリメンタルでありながらもあくまでメロウさを湛えたギターのフレージングの融合は、確かにそういったアーティストたちと共振する。
 しかしながら本作は、そのように画一的なイメージ喚起を大きく逸脱するオリジナリティに溢れているのだ。それは、国府自身の歌声およびそのヴォイシングの圧倒的個性に拠るところが大きいだろう。クルーナー的洗練を纏ったまろやかな歌声を聞かせたかと思えば、日本の民謡をはじめ様々なアジア的フォークロアを呼び起こすように、ときに土俗的に、生々しく歌唱する。音階表現とラップ的フロウの関係性はこれまでに増して密接となり、歌唱と語りの区別をすること自体が無意味化される。また、その声は鋭角的にリズムと呼応し合い、アクションペインティングが描く斑のように、音楽全体へと重なり合っていく。それは、よく音響派以降の評論において言われるように「人の声までもが楽器として配置されている」ようでありながら、次々とはき出される言葉は没意味化することはなく、むしろそのリリックはいよいよ際立ったシニフィエを運んでくる。

 リリックといえばやはり、『ロックブッダ』の名の示す通り、散りばめられた様々な仏教的モチーフにも注目したい。もちろんここには、大上段から教義主義的にその宗教世界観を訴えるといったことはない。あくまで我々が住まう世界の美しさを静かに見つめようとする透徹した視線と意識が敷衍される形で、そのモチーフは希求される。
 “続・黄金体験”の中、
 「いつか越えた山々の稜線から 今 惜しみなく零れだした黃金」
 という一節からは、弥勒の降臨や釈迦の臨在といったイメージを読み込むことも可能かもしれないし、また、長い苦悩と沈潜を経て今音楽を奏でることの僥倖を感じているアーティスト自身の喜びの表明とも読むことも出来るだろう。梵鐘のようなヴォリューム処理が施されたギターフレーズに彩られた霊妙なサウンドとあいまって、ある種の神秘体験が呼び寄せられるような感覚にも囚われる。(それは言い方を変えるなら、一般に「サイケデリック」と呼ばれているものであるかもしれない)
 他にも“weTunes”では妙法蓮華経の如来寿量品(にょらいじゅりょうほん)第十六という仏典から、仏の安寧の世を意味する“雨曼荼羅華”というフレーズがリフレインされるし、また終盤に置かれた“蓮華”では、曲名自体が仏教的モチーフであると同時に、その花の性質として、「その華は泥の中で咲くという」と、難しい環境のなかで密やかに咲く花に対してのシンパシーを捧げてもいる。この曲はアルバムのクライマックスと呼ぶにふさわしく、曲が進行していくに従い徐々に音の厚さをましていき、真言(マントラ)を思わせるコーラスとともに、国府流のウォール・オブ・サウンドともいえる境地に到達することで、まさしく「耳で視る曼荼羅絵巻」とでも言える音楽世界が作り出されている。
 そして、(これは是非CDを初めから最後まで聴くことで体験してほしいのだが)アルバムは“Everybody's@buddha nature”という空白の楽曲によって閉じられる。それは、仏教においてもっと重要な概念であるうちのひとつ、「空」の顕現なのだろうか。音も歌詞も無い曲。ケージの「4'33"」は4分33秒の時間という幅を伴っていたが、ここではもはやそれすらも存在しない音楽が奏でられる。「無音」すらも「無」い。そういう意味では、これ以上に仏教的な「リリック」は無いのかもしれない。

 長い沈黙と苦悩を経たアーティストが、久々に作品をリリースするとき、人はどうしてもその人の辿ってきた葛藤や思考、ときにはその救済の物語に思いを馳せることとなる。それは、個人史を巡る興味となる一方、そのような物語を感得することで、彼が作ったその音楽自体の輝きに、より一層浴することも出来るのではないだろうか。もちろん、作品は作家からは独立しているのだ、という議論もあるだろうし、あくまでテクストとして音楽を分析することの意味も大きかろう。しかし国府達矢のように、その身体と全霊を自身の創作へ怯み無く投入してきた音楽家の場合、その作家自身の思想や世界観、そして辿り来た精神のドキュメントが欠け難い作品のピースとして結晶しているという意味において、我々はその作家自身に肉薄をすることを避けては通ることはできない。
 演奏、アレンジ、音響面での追求など、自らの音楽を偏執的とさえ言えるほどに磨き上げようとする技術的希求と、その仏教的な世界把握で自身の生と創作を不可分の地平に据えるアール・ブリュット的クリエイティヴィティが、精神の内奥で激しく相克する。その、ときに作家自身をも飲み込んでしまうような相克のダイナミズムこそ、彼の作り出す音楽の大きな魅力であり蠱惑であることは間違いない。テクストを読み解く知性とともに、形而上学的存在への眼差しも携えていよ。その愉楽に感応せよ。この『ロックブッダ』は、彼の音楽と彼自身の生を通じて、そう教えてくれる。

 彼はこれから更に2枚のアルバムの連続リリースを控えてるという。
 国府達矢の帰還に心からの祝福と喜びを。

この葛藤の連続がいつか誰かのためになることを知った
正面から真正面から 叫ぶ
そうだ あらゆる隔たりを超えていけ
──“薔薇”

柴崎祐二