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Yves Tumor

Avant Pop

Yves Tumor

Safe In The Hands Of Love

Warp / ビート

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デンシノオト   Oct 11,2018 UP
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 2018年も10月になった。あと3か月弱で今年も終わってしまうわけだが、あるディケイドにとって「8年め」というのは重要な年といえる。その年代の爛熟期であり、次のディケイドの胎動を感じる年だからだ。68年にリリースされたアルバム、78年にリリースされたアルバム、88年にリリースされたアルバム、98年にリリースされたアルバム、08年にリリースされたアルバムを思い出してほしい。例えばビートルズの『The Beatles』も、イエロー・マジック・オーケストラの『Yellow Magic Orchestra』も、プリンスの『Lovesexy』も、マッシヴ・アタックの『Mezzanine』も、レディオヘッドの『In Rainbows』も「8年目の作品」なのだ。これらのアルバムもその年代の爛熟の結実であり、総括であり、次の時代への鼓動でもあった。
 では2018年はどうか。今年も傑作・重要作は多い。なかでもイヴ・トゥモアの『Safe In The Hands Of Love』には、「時代の総括/次への胎動」をとても強く感じた。孤高の存在であり、しかし時代のモードに触れているという意味ではワンオートリックス・ポイント・ネヴァー『Age Of』と並べて語るべきアルバムかもしれない。ここに「次の音楽/時代」の胎動がある。

 結論を急ぐ前に、まずはイヴ・トゥモアについて基礎情報を確認しておこう。イヴ・トゥモアは、ティームズ『Dxys Xff』(2011)、Bekelé Berhanu『Untitled』(2015)など、いくつもの名義で作品をリリースしていたショーン・ボウイによるプロジェクトである。
 イヴ・トゥモア名義では、まずは2015年に『When Man Fails You』のカセット版を〈Apothecary Compositions〉から発表した(データ版はセルフ・リリース)。
 翌2016年になると、ベルリンのエクスペリメンタル・ミュージック・レーベル〈PAN〉からアルバム『Serpent Music』を送り出し先端的音楽マニアを驚かせた。これまで〈PAN〉ではあまり見られなかったエレガントなアートワークも強烈な印象を残したが、何よりグリッチR&Bインダストリアル音響とでもいうべき端正さと混沌が一体化したようなサウンドが圧倒的だった。天国で鳴っているような甘美なサンプルのループとポリリズミックなリズムとジャンクかつ不穏なコラージュを同時に展開し、先端的音楽の現在地点を示した。じっさい、『Serpent Music』はメディアでも高く評価され、多くの年間ベストにもノミネートもされた。
 その高評価は、2017年、老舗〈Warp〉への移籍に結実する。移籍を記念して(?)、フリー・ダウンロードで『Experiencing The Deposit Of Faith』が配信されたこともリスナーを驚かせた。夢のなかの幻想に堕ちていくようなムードが充満した素晴らしいアルバムで、普通に販売しても遜色のない作品であった。また、〈PAN〉からリリースされたアンビエント・コンピレーション『Mono No Aware』への参加も重要なトピックといえよう。

 2018年は、彼にとって実りの年だ。坂本龍一の『async - Remodels』へのリミックス提供、坂本龍一+デイヴィッド・トゥープなどとともにロンドンで開催された「MODE 2018」への参加などを経て、ついに〈Warp〉からの新作『Safe In The Hands Of Love』がリリースされたのだ。各サブスクリプションでのサプライズ・リリースという話題性も十分だったが、何より2018年という「10年代の爛熟期」に相応しいアルバムに仕上がっていた点が重要である。リリース後、即座に『ピッチフォーク』のレヴューに取り上げられ、高得点を獲得したほどだ。

 では『Safe In The Hands Of Love』は何が新しいのか。私は三つのポイントがあると考える。
 ①トリップホップ、アブストラクト・ヒップホップ、インディ・ロックなどの90年代的なるものの導入。
 ②コペンハーゲンの新世代モダン・ノイズ勢などのゲスト参加。
 ③10年代の「先端的な音楽」の変化への対応。
 まず、①について。先行リリースされた“Noid”や、インディ・ロック的な“Lifetime”などに象徴的だが、ストリングスのサンプリングに、ブレイクビーツ風のビート、90年代インディ・ロック的なヴォーカルの導入など、私は1998年にリリースされたアンクルのファースト・アルバム『Psyence Fiction』を不意に思い出した。『Psyence Fiction』は、DJシャドウなどのアブストラクト・ヒップホップで一世を風靡した〈Mo' Wax〉の首領ジェームス・ラヴェルによるファースト・アルバムである。DJシャドウが共同プロデュースを務め、リチャード・アシュクロフト、マイク・D、トム・ヨークなどオルタナ界のスターたちが参加するなどミッド・ナインティーズの総括とでもいうべき作品だ。

https://www.youtube.com/watch?v=76Op7MtBRSA

 アブストラクト・ヒップホップからインディ・ロックまでを交錯させ、一種のオルタナティヴ音楽の一大絵巻を制作したという意味で『Safe In The Hands Of Love』は、どこか『Psyence Fiction』に通じている。じじつ、トランペットが印象的なイントロダクション・トラック“Faith In Nothing Except In Salvation”からして90年代の〈Mo' Wax〉のようだし、“Honesty”のダークなムードのビート・トラックは、90年代のトリップホップを思い出させるものがあった。

 ここで②について解説に移ろう。本作のゲスト・アーティストについてだ。まず2曲め“Economy Of Freedom”ではコペンハーゲンのクロアチアン・アモルが参加している。彼は〈Posh Isolation〉の主宰ローク・ラーベクであり、Hvide Sejl、Semi Detached Spankers 名義、Body Sculptures、Damien Dubrovnik への参加など〈Posh Isolation〉からリリースされる多くの音源で知られるモダン・エクスペリメンタル・ノイズ・シーンの重要人物である(ローク・ラーベク名義で〈Editions Mego〉からアルバムをリリースしてもいる)。
 さらに、7曲め“Hope In Suffering (Escaping Oblivion & Overcoming Powerlessness)”には、ピュース・マリー(Frederikke Hoffmeier)が参加している点も重要だ。彼女もコペンハーゲンのモダン・ノイズ・アーティストで、アルバムを〈Posh Isolation〉からリリースしている。なかでも2016年の『The Spiral』は優美な傷のようなノイズ・アルバムで、聴き手をノイズ美のなかに引きずり込むような強烈なアルバムだ。そしてピュース・マリーは本年〈PAN〉から新作『The Drought』をリリースしている。
 また、“Lifetime”には、ヴェイパーウェイヴ初期からの重要人物ジェームス・フェラーロがグランドピアノ演奏(!)で参加している点も見逃せない。フェラーロはOPNと同じくらいに10年代の電子音楽を象徴するアーティストだが、近年の沸騰するOPNの人気の影で、真に歴史的人物として再注目を浴びる必要があり、その意味でも極めてクリティカルな人選といえる(まあ、単にファンだったのかもしれないが)。
 ほかにもトリップホップ的な“Licking An Orchid”には〈Dial〉からのリリースで知られるジェイムスKが参加。『Serpent Music』にも参加していたOxhyは、ピュース・マリーやジェイムスKとともに“Hope In Suffering (Escaping Oblivion & Overcoming Powerlessness)”に客演している。
 とはいえ、やはり〈Warp〉からのリリース作品に、あの〈Posh Isolation〉のふたりのアーティストが参加している点に2010年代後半という時代のムードを感じてしまった。いま、「ノイズ」というものがエレクトロニック・ミュージックのなかで大きな役割を果てしているのだ。

 続いて③についてだが、ここまで書けば分かるように、現在の「先端的音楽」は、世界的潮流でもある「90年代」の再導入と、〈Posh Isolation〉ら新世代のノイズ・アーティストによるノイズの導入というネクスト・フェーズを迎えている。「90年代」は、例えばオリヴァー・コーツの新作アルバムに見られるように、テクノ・リヴァイヴァル、IDMリヴァイヴァルへと結実しつつあるわけだが、本作の独創性は、参照する「90年代」がサンプリング、ブレイクビーツ、トリップホップ、90年代的インディ・ロックの大胆な援用である点だ。このアウトぎりぎりのインの感覚は鮮烈ですらある。たとえば、ラスト曲“Let The Lioness In You Flow Freely”などは「超有名曲」のサンプリングのループで終わることからも分かるように、「サンプリングの時代」であった「あの時代」のムードを濃厚に感じるのだ。
 むろん単なるレトロスペクティヴではない。そうではなく、90年代的な「あらゆるものが終わった」という「歴史の終わりの地平」を再生(サンプリング主義)し、そこに新世代の非歴史/時間的なノイズをレイヤーすることで、もう一度、「終わり=90年代」に介入し、「終わり」を蘇生することを試みているように思えてならない。「過去」をハッキングすること。歴史の「外部」から浸食してくるゾンビを蘇生すること。人間以降の世界を夢想すること。

 そう、『Safe In The Hands Of Love』は、ミニマル・ミュージックからノイズ、ヒップホップからインディ・ロックまで、ブレイクビーツからトリップホップなどなどさまざまな音楽を援用・導入しつつ繰り広げられる「死者=歴史の蘇生の儀式」である。自分には、このアルバムは「歴史の終わり」の荒野で繰り広げられるホラー映画のサウンドトラックのように聴こえた。その意味で本作にもアルカ以降、つまり10年代の先端的音楽の隠れ(?)テーゼ「ポストヒューマン的な21世紀の音像=無意識」が鳴り響いている。2018年というディケイドの爛熟期に鳴る音が、ここにある。

デンシノオト