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D.A.N.

Indie Dance

D.A.N.

NO MOON

SSWB / BAYON PRODUCTION

渡部政浩 Oct 28,2021 UP
E王

 早々と振り返ってみると今年は一段と歌詞のない音楽を聴いている。なぜかはまだ整理できていないけれど、そういう気分だった。世の中に物申すエネルギーを音楽ないし歌詞に込めることは大いに結構だと思うし、ときにそんなロック・スターかのような態度も好きではあるのだが、他方では、年々そういう音楽が少しずつ窮屈だな、と思うようにもなってきている。そんなことを言ったら、もはや「音楽に向いてない」とでも指摘されそうだが、そうなのだから仕方ない。しかしかといって、僕は四六時中アンビエントやニューエイジだけを聴いている変わり者ではないし、言葉を持たないハウスやテクノなどの音楽は大好きだが、それでもずっと聴いていればさすがに疲れてしまうのだ。ああ、困った。

 しかし、そんな気分において、D.A.N.のサード・アルバム『No Moon』を自宅のスピーカーから流したとき、これは僕の心を満たしてくれる数少ない作品だと、半ば確信めいた気持ちにさせられてしまった。「ジャパニーズ・ミニマル・メロウ」を標榜しているこの3人組は、日本語で歌うことに明確にこだわるが、そこに僕を強迫的な気持ちにさせる強い言葉はないように見えるし、あくまで歌詞は全体のサウンドスケープを織りなすひとつとして、その他さまざまな具体音と一緒くたの波となって、僕の耳に届く。ちなみに「ジャパニーズ・ミニマル」は、オウガ・ユー・アスホールが自らを表すフレーズとして先立って使った表現であり、そこにD.A.N.は、「メロウ」を付することで自らのオリジナリティを表現したそうだが、確かにメロウという感覚に彼らの唯一無二性があるように思える。「俺の言葉を聴け」と映画の主人公然とした態度は取らない。それはドライやクールと取れるかもしれないが、しかし他方で、彼らの音楽から熱気あふれる高揚感やエネルギーは確実に感じる。ただひんやりと冷たいだけではない、あくまで彼らはメロウに──片意地張らずにキメているということなのだろう。

 アルバムの注目すべき点として、“The Encounters” では tamanaramen(玉名ラーメン)と MIRRROR の Takumi を招聘し、ラップを入れている点がまず挙げられる。客演のみならず、メンバーの櫻木大吾もときにラップめいた手法を取り入れており、D.A.N.を特徴づけるささやくかのようなファルセットと混在させつつ、より充実したヴォーカル・ワークを聴かせてくれる。かねてより、メンバーはグライムなどのUKラップへの関心を公言していたが、ラップの導入は『No Moon』の新機軸と言えよう。ちなみに個人的なベスト・トラックは “Aechmea” で、アルバム中で最も長い曲であり、ピッチ・ベンドされたヴォーカル・サンプルにはじまるこの曲の後半からの展開は、もはやサイケでありプログレである。これもラップの導入とはまた別の点で、彼らの新機軸を打ち出しているように思える。もうひとつ注目すべきは、前作の『Sonatine』では鳴りを潜めていた小林うてなによるスティール・パン、そしていまにも何か召喚されてしまいそうな彼女の宗教的なコーラスが再び聴けることで、それは “Floating In Space” で大きくフィーチャーされている。スティール・パンは言わずもがな素晴らしい響きで、ところどころに聴こえる空間系のエフェクトを存分に使ったギターのサウンドと合わせると、まるでジェイミー・XXないしはジ・XXの作品を聴いているかのようなメランコリックな要素も感じさせる。しかし同時に、彼女のシャーマニックなコーラスは、ベリアル以降の「Sad Boy」的メランコリックを有した有象無象のフォロワーに収まることを拒むかのようで、あくまでD.A.N.というバンドが常に新しい音を貪欲に突き詰めていることが伺える。

 『No Moon』は古きを訪ねつつ、新しきを知ることをやってのけており、それは、この作品がD.A.N.のキャリアにおいて最も密度の濃いアルバムであることを示している。現に曲数も12曲で時間は56分にも及ぶ長大な作品に仕上がっており、ファースト『D.A.N.』、続く『Sonatine』も1曲ごとには長いが、ここまでアルバム単位としての重厚さを感じさせるのは初ではないだろうか。曲ごとに良いのは相変わらずで、作品としてのつながりやまとまりという俯瞰的な視点で聴いても、明らかに『No Moon』は最高の地点にいる。これは確実に名盤になるサード・アルバムであり、つまりオアシスにおける『Morning Glory』からの『Be Here Now』ではなく、レディオヘッドにおける『The Bends』からの『OK Computer』のような、バンドとしての大きな飛躍を感じさせるような作品だ。

渡部政浩