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Columns

♯17:もしもパンクがなかったら

♯17:もしもパンクがなかったら

——その基礎知識と『パンク50周年記念号』刊行のお知らせ

野田 努 Sep 29,2026 UP

■本番(90%は必聴盤)

Patti Smith
Horses

(1975)
「あまりにアレン・ギンズバーグくさい」とアメリカ人から言われたことがある。そうだとしても、レスター・バングスが言ったように、文学が腰を振る=シェイクするべき時が来たのだ。「これは朗読アルバムではない。ロックンロール・アルバムなのだ」。映画『PERFECT DAYS』では、同アルバム収録の“Redondo Beach”が、少女を晴れ晴れとさせる曲として二度かかるが、監督は、女性の自殺を歌った悲劇的な曲であることまでわかってて使用したのだろうか。パンクは、そのサウンドと同等に歌詞も重要だった。

Ramones
Ramones

(1976)
パンクのテンプレート第一弾。速度、挑発、笑い、突破力。ぼく個人の思い出としても、最初に聴いたパンク・ロックがラモーンズだった。英国パンクに極上のポップ・センスを伝授した点においても重要で、この音楽のなかには、60年代ガールズ・グループやビーチ・ボーイズ的な要素(コーラス、ハーモニー、そしてシンプルなコード構成)さえあるのだ。とはいえ、歌詞では、接着剤を嗅ぎたいとか、気に食わないガキはぶん殴れなどと、ナチス・ネタとか、酷いことを漫画チックに歌っている。ラモーンズの初期の3枚はすべて傑作。
※パンクにおけるナチス・ネタは、突発的なものでもない。ナチスは、戦後西欧社会において、触れてはならない最大のタブーかつ道徳的禁忌のひとつだった。それゆえサブカルチャーにおいて、政治的な支持ではなく、究極的記号(禁忌、支配と服従、絶対的権力、残虐さなどなど)として機能した。ケン・ラッセルの映画『マーラー』(1974)に登場するナチス風のSM衣装は、無名時代のヴィヴィアン・ウエストウッドとマルコム・マクラーレンによるもの。こうしたある種のショック戦術めいたナチス・ネタの流用は、パンクにおいては、ラモーンズ〜ピストルズ、スージー&ザ・バンシーズ〜ジョイ・ディヴィジョン、あるいはTGへと続いている。もちろん批判があったし、ラフ・トレードにおいて鉤十字Tシャツの客は出入り禁止だった。

Richard Hell & The Voidoids
Blank Generation

(1977)
凄腕ギタリストがふたり。ロバート・クワイン(パンクでは珍しい30過ぎの若ハゲ男/2004年に自殺)とキューバ育ちのアイヴァン・ジュリアン(白いNYパンクにおける数少ない黒)。リチャード・ヘルが発案したパンク・カット=芝刈り機で刈ったような髪型よろしく、このサウンドも芝刈り機で刈り上げたようにギザギザで、ガラスをたたき割ったように尖っていた。表題曲は、50年代の“The Beat Generation”なる曲の「俺はビート世代に属している」への皮肉を込めたパロディ。ほかにも有名な“Love Comes in Spurts”をはじめ、“Liars Beware”や“New Pleasure”、“Who Says?”など、攻撃的な曲が並んでいる。リチャード・ヘルは、びりびりに破いたTシャツというパンク・ルックの提案者でもある。ザ・ヴォイドイズを見たマルコム・マクラーレンは、ニューヨークにくらべてロンドンは「まったく遅れている!」と焦燥し、帰国すると彼の「ヘル」を探した。

Television
Marquee Moon

(1977)
トム・ヴァーレインが、アイラーやコールマンなどフリー・ジャズのファンであったことを、このアルバムを聴いてから数十年後に知ったときは、「なるほど!」と思った。“Venus”における2本のギターの絡み方、その圧倒的な叙情詩的な展開は他の追随を許さない。表題曲のベースとドラムのシンプルなうねり、リチャード・ロイドの鮮やかなリフ、夜の深みのなかで完璧な調和を見せながら進行するその曲は半世紀後のいまも異光をはなっている。「俺は憶えている。この暗闇がどうして重なったのかを」──パンクにおける、詩的なクライマックスのひとつで、「上昇/高み、そういったものは俺のなかに入ってくるな」、これこそNYパンクの崇高なマニフェストと言えよう。

Blondie
Blondie

(1977)
ニューヨーク以外の、東京で暮らしている人間もロンドンにいる人たちも、人種を問わず(ラップ系もロック系も、みんな……)ブロンディが好きだ。だが、ことニューヨーカーにとっては、ブロンディは地元のバンド感があって、その歌詞からはニューヨークの場面場面が浮かぶんだそうだ。NY生まれの「都市の音楽」、そよ風のようなパンク・ロック、しかもデボラ・ハリーほど引きこもりの不良少女をロマンティックに歌える歌手はいない。もちろん、この後生まれる、ディスコとパンクをつなげた “Heart of Glass” 、いち早くラップをやった“Rapture”は超・超名曲。

The Heartbreakers
L.A.M.F.

(1977)
彼には「声」があった。新宿ロフトで、ギター一本で歌うだけでも、十分だった。日本では、ジョニー・サンダースはずば抜けて人気がある。ハートブレイカーズの唯一のスタジオ盤。名曲“Born to Lose”と“Chinese Rocks”収録。

The Damned
Damned Damned Damned

(1977)
パンクは虚無主義、悲観主義の一辺倒ではない。ザ・ダムドは、墓掘り人(v)、トイレ掃除人(g)が中心になって結成された、言うなれば、ひたすら楽しむためのバンド。ゴス、ハードコア、演劇の要素もあって、ストゥージズのカヴァーもあり。このデビュー・アルバムが好きな人なら、少なくとも4枚目まではいける。

Sex Pistols
Never Mind the Bollocks Here's The Sex Pistols

(1977)
いつしか、聴いてもピンとこないという意見を聞くようになった。あまりにも有名になってしまったから、見飽きた、というのもあるかもしれないが、批判のたいていは、サウンドの観点からだ。当初からプロデュースに関する賛否はあった。それに、パンクが、企業が用意した豪華なスタジオで録音され、高音質な音楽になったことには、たしかに何かを喪失している感がある。海賊盤で1976年の演奏を聴くと、ライヴ演奏は、もっとラフだしノイズ・ロックだ。しかし、いたずらに高音質になったわけではない。デビュー曲の“Anarchy in the U.K.”の録音だけで3回もスタジオに入ったほど、パンク・ロックをどのようにレコーディング作品として落とし込めばいいのか、この当時はまだ暗中模索だったのだ。プロデューサーだってシングルのA面とB面で違っている。
ただそのこと以上に、ピストルズのわずか25曲のレパートリーが、初期のラモーンズの楽曲と並んで、瞬く間にパンクのテンプレートとなってしまったことが大きいのだろう。二番煎じが大量発生すれば、このスタイルは飽きられてしまう。だが、それでも……、“Anarchy in the U.K.”と“God Save the Queen”は永遠の名曲である。特集でフィーチャーしたのは、その2曲に加え、公式録音されなかった曲“Belsen Was a Gas(ベルゼン強制収容所は最高だった)”にスポットを当てている。これこそ“ナチス・ネタ”の極みで、パンク内部からも問題視された曲である。
 ちなみに、「共産主義からのお呼びを待っていた」と歌う4枚目のシングル曲“Holidays in the Sun”で、ジョニー・ロットンは「ベルゼン」を中産階級の物見遊山のメタファーとして使っている。
話せばキリがない。いずれにせよ、大衆音楽において、20歳ほどの若者たちが国家に向けて、力強き「否定(NO)」を、しかも堂々と叩きつけた最初のバンドはセックス・ピストルズだった。

The Clash
The Clash

(1977)
「White Riot」の裏ジャケットには、ゼロックスコピーのような粗いヴィジュアル(公営団地や警察)のコラージュ、そして、グラフィティ的テキストの切り貼りがある。このアイデアは、アンダーグラウンド・レジスタンスが流用しているかもしれないと思った(ジェフ・ミルズはウィザード時代にクラッシュの曲をかけていたし)。
ザ・クラッシュの政治性はピストルズの破天荒さと違って、管理社会、失業、倦怠感、閉塞感、警察の暴力といった若者たちの日常の「生々しい現実」に依拠していた。このバンドの真っ直ぐな情熱が、じつに多くの人たちを勇気づけたこと、レゲエ/ダブをパンクスたちの耳に流し込んだという話は省く。
初期に関してはシングル盤「Complete Control」(リー・ペリーがプロデュース)と「White Man in Hammersmith Palais」も必聴。10インチの『Black Market Clash』も素晴らしい。ピューリタン的な生真面目さというのか、道徳心のようなものが、ジョニー・ロットンやザ・クラッシュに共通するところで、それもまたUKパンクを特徴付けている(まさにジーズ・ニュー・ピューリタンズ)。

Wire
Pink Flag

(1977)
パンクをアートにした張本人たち。トータルタイムは約35分で全21曲いりという驚異的ミニマリズム。ワイアーに関しては、3枚目まではすべて必聴盤(再結成後も良いのだが)。詳しくは『UKインディーズ入門』を参照してください。

Buzzcocks
Another Music in a Different Kitchen

(1978)
パンクにおける性愛/性欲の表出。とかく忘れがちだが、パンクとは若者の音楽なのだから「性」が主題になることも必然である。なにしろ、「セックス」ピストルズだ。しかしながらブルースの「性」とは違って、パンクの性や男根は嘲笑の対象でもあった。スロッビング・グリッスル(勃起した男性性器)とか、スリッツ(女性器)とか、レインコーツ(避妊具、あるいは露出狂を想起させる)とか。シモネタの走りも、ピストルズ(男性器のメタファー)にあったと思う。その話はともかく、バズコックス(興奮した男性器)の先鋭性については、『パンク50周年記念号』では、野中モモとイアン・F・マーティンが詳説している。
(話は変わるが、AORといえば洗練と上品さ、大人で心地よさの音楽、ヘタしたら高級外車の本革シートに背をもたれながら流れてきそうな音楽というイメージをお持ちの方もいるかもしれないが、そのジャンルでもっとも有名なスティーリー・ダンの名は、ウィリアム・S・バロウズの小説『裸のランチ』において、おそろしく淫乱なシーンに出てくる特大ディルドの名前に由来している)

The Adverts
Crossing the Red Sea with The Adverts

(1978)
メロディックなポップ・パンクの先駆け。名曲“One Chord Wonders”や“Gary Gilmore's Eyes”(実在の死刑囚から角膜移植手術を受けた男の苦悩を歌った曲)を含む忘れられがちなパンクの好盤。ベースのゲイ・アドヴァートは、最初期の女性ミュージシャンとして近年再評価されている。

Siouxsie and the Banshees
The Scream

(1978)
パンクのなかに突如生まれた冷たい暗闇。ポスト・パンク的展開の走りでもあり、ゴスの起点でもある。当時『NME』は「この10年でもっとも重要なデビュー・アルバム」と絶賛。その影響力は、ジョイ・ディヴィジョンをはじめ、ザ・キュアーからコクトー・ツインズ、マッシヴ・アタックからレディオヘッドにまで及んでいる。エリザベス・フレイザーは、尊敬するあまり、「SIOUXSIE」というタトゥーを彫った。ビートルズの “Helter Skelter” のカヴァーも最高。

The Undertones
The Undertones

(1979)
ポップ・パンクの先人による、ほとばしる10代の性欲。北アイルランドのジ・アンダートーンズは悲惨な政治的現実ではなく、異性のこととか、普遍的なティーンエイジャーの関心事を歌った。モータウンをディストーション・ギターと速いテンポで演奏したような、“ Teenage Kicks”が歌うように、「10代の衝動に勝るものなし」[*この言葉はジョン・ピールの墓石に彫られた]である。パンクがハードコア化するのも必然だったが、青春パンク化することも必然だった。

Stiff Little Fingers
Inflammable Material

(1979)
アイルランド版クラッシュ。同時代のベルファースト出身の同世代バンドジ・アンダートーンズの対極というか、ザ・クラッシュの影響下において、紛争中だった北アイルランドから出るべきして出たポリティカル・パンクの傑作。“Alternative Ulster” や “Suspect Device” といった名曲のほか、ボブ・マーリーのカヴァー “Johnny Was” もやっている(明らかに “Police & Thieves” の影響)。リリースはロンドンの〈ラフ・トレード〉からで、インディー・レーベルからリリースされたアルバムとして、史上初めて全英アルバム・チャートのトップ20内(最高14位)にランクインした作品でもある。

Suicide
Suicide

(1977)
商業的には失敗した大傑作。その影響は、ブルース・スプリングスティーンからアンドリュー・ウェザオール、Phewから石野卓球にいたるまでと広範囲に渡っている。収録曲の“Frankie Teardrop”は、ゆらゆら帝国が日本語詞でみごとなカヴァーを披露。ドリーム・ポップの名曲“Dream Baby Dream”はアルバム未収録。

X-Ray Spex
Germfree Adolescents

(1978)
フックがあって、むちゃくちゃノれる。ポリー・スティレンは、自分がセックスシンボルになることも、黒人の代弁者であることも拒絶した。彼女の、のびのびとしたヴォーカリゼーションは、のちにキャスリン・ハンナと似ていることが指摘されている。しかしポリー自身はフェミニストではなく、反消費文化主義だと主張。パンクにおいて初めてサックスをフィーチャーしたこのアルバム、吹いているのは10代なかばぐらいのローラ・ロジック。

Subway Sect
Nobody's Scared / Don't Split It(7")

(1978)
誇り高き労働者階級、ヴィック・ゴダード登場。名曲“Ambtion”がこれに続く。産業化したパンクに幻滅し、スウィング・ジャズや40年代ポップスを取り入れた野心作をつくるものの時期尚早、まったく売れなかった。潔く音楽を止め、郵便配達員として長年静かに暮らしていたのだが……、90年代にカート・コベインやエドウィン・コリンズらの熱烈なレコメンドがあって、ある突然、「もっとも高貴なパンク・ロッカー」として再評価されてしまう。ゴダードは音楽を再開しても配達員の仕事を誇りを持って続けた。詳しくは『UKインディーズ入門』を参照してください。

Elvis Costello & The Attractions
This Year's Model

(1978)
パンクとビートルズを繋げるという、じつに高いハードルを越えた、極上のポップ・センスと演奏によるガレージ・パンク作品。ジ・アトラクションズとしての最初のアルバムで、サウンド面において、UKロック固有の魅力がいたるところにある。前年のエルヴィス・コステロ名義のアルバムももちろん必聴盤。

Alternative TV
The Image Has Cracked

(1978)
パンク・ファンジン『Sniffin' Glue』の創刊者によるバンドで、いち早くレゲエやダブの要素を取り入れ、また、フランク・ザッパのカヴァーをやりつつも、初期のカンを混沌とさせた感じというか、いち早くエクスペリメンタル・サウンドにもアプローチした。言うなれば、ポスト・パンク的展開の先人。“Action Time Vision”収録。

Sham 69
That's Life

(1978)
フットボール文化とパンクの結合。ファンに労働者階級の右翼の暴れん坊が多く、しかもマッチョ、知性派ジョン・サヴェージらには嫌われた。しかしパンクはアート系のお利口さんばかりではなく、こういう泥臭いところもあるのだ。つい先日、プレミア・リーグのチーム、クリスタル・パレスのウルトラス(熱狂的サポーター集団)が活動停止を宣言した。理由はチケット代の高騰、規制の増大、昔ながらのサポーター文化を維持することが困難な状況にあるからだ。プレミア・リーグは、90年代までは確実に続いていた自国のすばらしい労働者階級のサポーター文化を、完全に排除するほうへと舵を切った。

Ian Dury & The Blockheads
New Boots and Panties!!

(1977)
パンクに刺激されたパブ・ロック界の天才。ブリティッシュR&Bのみごとな演奏と歌詞。大人版セックス・ピストルズがあるとしたらコレだ。「セックスとドラッグとロックンロール、俺の脳と身体に必要なのはそれだけ」という例の曲も、ピストルズの“God Save the Queen”と同じメッセージと解釈できる。「安売りだからってむやみに手を出すな。それは巧妙な策略で、その平凡さによってキミを罠に掛ける」

The Pop Group
Y

(1979)
パンクのなかの一部のグループは、反資本主義といよりも、資本主義を絶対的な悪として捉えた。「資本主義はあらゆる宗教のなかでもっとも野蛮である」。ザ・ポップ・グループの登場は、サウンド面におけるパンクのお約束ごとからの脱皮で(フリー・ジャズやダブ、ファンクの混合)、歌詞においては、資本主義への徹底攻撃のはじまりだった。のちにこれを知的に継承したのがマーク・フィッシャーである。1980年にリリースされたセカンド・アルバムのタイトル=『For How Much Longer Do We Tolerate Mass Murder?(われわれはいつまで大量虐殺を黙認するのか?)』、この声は、はからずとも同郷のマッシヴ・アタックが受け継いでいる。

The Slits
Cut

(1979)
初回盤にはマーヴィン・ゲイの “悲しいうわさ” の名カヴァーが未収録、それでも屈指の名盤でしょう。デニス・ボーヴェルのミキシングによるこの音響空間は何年経っても色褪せない。
“Shoplifting” や “Spend, Spend, Spend” は、ほんとうは欲しくもないものを買ってしまっている消費社会批判で、 “Typical Girls” は、メディアが作り出す不自然な女性像に対する風刺。アルバムの最後には、本作リリース直前に脱退したドラマーのパルモリヴが残した楽曲 “Adventures Close to Home” が収録されているが、同曲は、彼女が次に加入したザ・レインコーツのアルバムでも録音されている。

The Raincoats
The Raincoats

(1979)
楽器演奏の非正当性を創造の手段とすることができた型破りな作品。ヴァイオリンからドラミングから、常識に囚われない自由さが、独特な躍動感を生んでいる。 “Lora” や “Fairytale in the Supermarket” をはじめ全曲素晴らしい。ロックにおける男性性の完璧な欠如が、あらたな音楽性として成立しているとも言えるかも。1977年のパンク・ロックをいっきにオールディーズにしてしまった。

※モッズ・バンドのザ・ジャム、2トーン勢、CRASSやSST系などのハードコアは除いている。当時、もっとも批評家受けしたバンドのトーキング・ヘッズは、このリストに入れるにはスマート過ぎて無理があるように感じた。また、ぼく個人が、Germsをはじめとするアメリカ西海岸系のパンクを通っていないので、それらもここにはない。ファンの方には申し訳ないが、決して軽視しているわけではないので、誤解なきよう。

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