「IO」と一致するもの

John Carroll Kirby - ele-king

 2010年代後半、ニューエイジとジャズのあわいを行く作風で徐々にその名を広めていったジョン・キャロル・カービーソランジュのプロデュースからコーネリアスのリミックスまで幅広く手がけるこのLAの鍵盤奏者、近年は〈Stones Throw〉から着々とリリースを重ねている彼の単独来日公演が決定した。しかもバンド・セットと聞けば、どんなパフォーマンスが披露されるのか気になってしかたがなくなる。《朝霧JAM 2024》への出演を控える10月11日、渋谷WWW Xでそのステージを目撃しよう。

ジャズ、ソウル、アンビエントからエレクトロニックまで横断するメロウなサウンドに、どこか癖になる不思議な魅力を携え注目を集めるJohn Carroll Kirby。フルバンドセットでは初となる単独公演が10/11(金)東京・WWW Xにて決定!

SolangeやFrank Oceanのコラボレーターとしても注目され、多くのソロ作を世に送り出し、多方面の音楽ファンやミュージシャンから愛される音楽家・John Carroll Kirby。今年、USではKhruangbinのツアーサポートを務めライブパフォーマンスの実力を示し、またYMOのメンバー細野晴臣のトリビュート企画への参加や、高円寺の街中で撮影したミュージックビデオの公開で話題を呼ぶなど、日本のシーンとの交流も窺える中での待望の来日公演が決定した。昨年のフジロック出演以来の来日となり、フルバンドセットでの初の単独公演となる。

出演が予定されている朝霧JAM 2024直前となる10月11日(金)、東京・WWW Xにて開催。チケットはただいまより抽選先行予約の受付を開始。

John Carroll Kirby
出演:John Carroll Kirby (Band Set)
日程:2024年10月11日(金)
会場:WWW X https://www-shibuya.jp/
時間:open 18:30 / start 19:30
料金:前売 ¥7,800(税込/ドリンク代別/オールスタンディング)

<<チケット>>
先行受付(抽選)
受付期間:7月9日(火)17:00~7月15日(月祝)23:59
受付URL:https://eplus.jp/johncarrollkirby/

一般発売:7月20日(土)10:00-
e+ https://eplus.jp/johncarrollkirby/
Zaiko https://wwwwwwx.zaiko.io/e/johncarrollkirby (English available)

主催:WWW X
協力:SMASH / STONES THROW

お問い合せ:WWW X 03-5458-7688
公演詳細:https://www-shibuya.jp/schedule/018045.php


John Carroll Kirby(ジョン キャロル カービー)
LA出身の鍵盤奏者/プロデューサー/作曲家のジョン・キャロル・カービー。
これまでR&B界のイノベーターでもあるソランジュやフランク・オーシャンとのコラボ、多作のソロ作品リリース、2023年フジロックの出演、クルアンビンとのUSツアーなどで、ジャズ~ソウル/R&B~アンビエント~ニューエイジ~エレクトロニックなど多方面の音楽リスナーから大注目のアーティストの一人である。
2020年、LAの優良レーベルStones Throwからデビューアルバム“My Garden”をリリース。メロウでドリ-ミーなサウンド、ジャズからアンビエントまで飲み込んだこれまでにないフレッシュなスタイルで大きな話題を呼んだ。その後も不思議な魅力に溢れたバンドサウンドや、独創的なエレクトロニックなど、様々なスタイルを取り入れたアルバムやサウンドトラックを次々と発表。現在、6作の作品がリリースされている。2023年には、各方面から称賛されたエディ・チャコンの最新アルバムのトータルプロデュースを行ったほか、自身の最新アルバム”Blowout”も立て続けにリリース。本作はインディー音楽界のグラミー賞と呼ばれる「A2IM Libera Awards」で、Best of Jazz Albumを受賞し高く評価された。2024年にはYMOの細野晴臣氏のトリビュート企画に参加し、カバー曲をリリースしたばかりだ。

Spotify
Apple Music

"Rainmaker"
"Sun Go Down"
"Mates"
"Oropendola"
"Blueberry Beads"

John Carroll Kirby - Fuku Wa Uchi Oni Wa Soto (feat. The Mizuhara Sisters)
*Haruomi Hosono cover song 細野晴臣トリビュート企画 カバー曲
https://youtu.be/TLxa-jEgAgY?feature=shared

KRM & KMRU - ele-king

 荒廃した都市の深淵から深く、そして重厚に響く強烈な音響。アンビエント、ドローン、ノイズ、ヴォイス、工業地帯の音、いわばインダストリアル・サウンド、そしてエコー。それらが渾然一体となって、崩壊する世界の序曲のようなディストピアなムードを醸し出している。このアルバムにおいて、ふたりの才能に溢れたアーティストが放つ音は渾然一体となり、さながら都市の黙示録とでもいうべき圧倒的な音世界が展開されていく……。

 といささか煽り気味に書いてしまったが、このアルバムの聴き応えはそれほどのものであった。ザ・バグことケヴィン・リチャード・マーティン(KRM)と、〈Dagoretti〉、〈Editions Mego〉、〈Other Power〉などの先鋭レーベルからリリーするナイロビのアンビエント・アーティトのジョセフ・カマル(KMRU)によるコラボレーション・アルバム、KRM & KMRU『Disconnect』のことである。

 これは単なる顔合わせ的な共作ではないと断言したい。われわれ現代人の聴覚=感覚をハックするようなサウンドスケープを形成し、インダストリアルとアンビエントとダブが混合する有無を言わせぬ迫力に満ちた音世界を縦横無尽に展開しているのだ。まさに世代の異なる天才的アーティストの遭遇によって生まれた作品といえよう。
 リリースはイギリスはブライトンを拠点とするエクスペリメンタル・ミュージック・レーベル〈Phantom Limb〉から。ケヴィン・リチャード・マーティンは2021年に『Return To Solaris』をこのレーベルから発表している。
 アンビエント・アーティスト KMRU が手がけたコラボレーション作品といえば2022年にブリストルの〈Subtext〉からリリースされた Aho Ssan との『Limen』があった。これもなかなかのアルバムで、惑星的終末論のような壮大なSF的ムードを生成するドローン作品である。いっぽう本作『Disconnect』は『Limen』とはかなり異なる雰囲気だ。「惑星から都市へ」とでもいうべきか。荒廃した都市のサウンドトラックのような音響を展開しているのだ。
 やはりコラボレーターによる変化は大きい。今回はケヴィン・リチャード・マーティンのカラーも反映されているといってもよい。じじつ、どうやらケヴィン・リチャード・マーティンが KMRU のドキュメンタリー映像を観たことが本作の創作の発端だったようだ。そこで KMRU の「声」の魅力に気がついたケヴィン・リチャード・マーティンは、コラボレーションを持ちかけたとき、ジョセフ・カマルに彼のヴォーカルを用いたいと申し出た。アンビエント作家の「声」とはさすがの着眼点である。
 そうして完成した本作は両者の個性が交錯し、錯綜し、その結果、まるで都市を覆う神経系統のような、もしくは断線したネットワーク回線のような、それとも荒廃した都市に鳴り響く不穏な工事音とような不穏なサウンドとなった。アンビエントからインダストリアル、そしてダブの要素が交錯するサウンドスケープはじつに刺激的だ。

 1曲目 “Differences” から共作の成果は存分に出ている。楽曲全体をジョセフ・カマルの声が読経のように響きわたり、聴く者の精神を深く鎮静へと導く。同時にベースの動きをする低音部分、深いエコーがダブのような重層的な音響空間を生成・構築し、それが薄暗い不穏感覚を演出していく。まさに鎮静と不安の混合体のようなサウンドだ。もしくは崩壊と蘇生とでもいうべきか。とにかく灰色の質感に満ちたディストピアなムードがたまらない。この音像はケヴィン・リチャード・マーティンと KMRU のアンビエンスの交錯から生まれたものに違いない。そこに一種の「主演俳優」のようにジョセフ・カマルの声がレイヤーされる。見事な「演出」だと思う。
 2曲目 “Arkives” はカマルの声と透明なアンビエンス、ケヴィン・リチャード・マーティンによるダーク・ダブ・インダストリアルな音像が地響きのように展開する曲。3曲目 “Difference” ではビートが加わり、まるで作品世界を方向するような音響的展開を聴かせてくれる。そこにカマルのヴォイスがまたもレイヤーされていくわけである。
 やがてビートが静かに消え去り、4曲目 “Ark” がはじまる。ノイズの周期的なループにカマルの声の反復が重なる。それが列車の音の進行のように進み、いつしか雨のような音と反復音のみが残る。5曲目 “Differ” ではその荒廃したムードを受け継ぎつつ、周期的なリズムが刻まれていくトラックだ。ここではカマルの声もほんの少しだけ希望の兆しを感じもする。
 そしてクライマックスであるアルバム最終曲6曲目 “Arcs” に行き着く。反復するノイズ、パチパチしたノイズ、加工された声のレイヤー、アルバムで展開されてきたいくつもの要素が統合され、アルバムの終局である音世界を鳴らす。やがて鐘のような音が世界に警告を鳴らし、静まり返った世界に降り注ぐ雨の音のようなノイズでアルバムは幕を閉じるのだ……。

 アルバムは全6曲にわたり、都市の終焉と世界の再生のように不穏と希望のインダストリアル・アンビエントを展開するだろう。ときにビートも織り交ぜながら、交響曲のように展開するさまは、どちらかといえばケヴィン・リチャード・マーティンの個性によるものかもしれない。一方でジョセフ・カマルの「声」が啓示のように響く。まさにレクイエムのようなインダストリアル・アンビエントだ。
 いずれにせよ『Disconnect』において、ケヴィン・リチャード・マーティンとジョセフ・カマルは相互に深い影響を与えつつ、それぞれが別の逃走=闘争線を引くように生成変化を遂げている点が重要だ。お互いの個性が明確に鳴り響いていても、しかし全体としては未知の音になっている。コラボレーション・アルバムは数あれど、これほどの相互作用が生まれた作品も稀であろう。

 私はこれまでも KMRU の音楽を追いかけてきたが、本作は彼のディスコグラフィのなかでも異質にして特別な仕上がりになっていると思う。彼はケヴィン・リチャード・マーティンという圧倒的個性を前にして、ナチュラルな姿勢で対峙し、音と音の新たな交錯を実現した。これはもはやコラボレーションではなく「KRM & KMRU」というユニットの音楽といえるのではないか。まったく新しいインダストリアル・アンビエント・アルバムの誕生を祝福したい。

VINYL GOES AROUND - ele-king

 このサブスク時代、アナログ・レコードにまつわるさまざまな試みを展開し、「レコード・カルチャーの再定義」をコンセプトに活動している「VINYL GOES AROUND」。同プロジェクトが監修と選曲を手がけたコンピレーション『How We Walk on the Moon』がリリースされることになった。テーマは「静かな夜」とのことで、アンビエントやジャズをはじめ、ソウル、ライブラリー・ミュージックなどからメロウで美しい曲が選び抜かれた1枚となっている。仕様もこだわり抜かれていて、「ORIGAMI」なるまったく新しいタイプのオビを使用。CDは発売済み、LPは8月7日発売です。
 なお同作の制作のきっかけになったというミックス音源も公開されているので、ぜひそちらもチェックを。

 https://anywherestore.p-vine.jp/en/products/plp-7443

VINYL GOES AROUND Presents
V.A. / ハウ・ウィー・ウォーク・オン・ザ・ムーン
V.A. ‒ How We Walk on the Moon

LP : PLP-7443 / Release: 2024年8月7日 4,500円 + 税

サブスク時代における "レコード・カルチャーの再定義" をコンセプトに活動するプロジェクト「VINYL GOES AROUND」が選曲・監修を手がけた新しいコンピレーション・シリーズの第1弾『How We Walk on the Moon』は “静かな夜” をテーマにしたアルバムです。ヒーリング/イージーリスニングに寄りすぎず、美しい緊張感と、ピュアでメロウなムードに浸る、月明かりの下で聴きたくなるような幻想的なサウンドスケープが環境に溶け込みます。

アンビエントやジャズはもちろん、ソウル、ライブラリー、オルタナティヴなど、種々のジャンルから美しいピースを選りすぐって編み上げた選曲は、敷居を高く感じている人も多い「アンビエント」へのポップ・サイドからの入門としても役目を果たすであろう、すべての音楽ファンに聴いてもらいたい内容です。

また、LPは「VINYL GOES AROUND」が監修した『ORIGAMI/折り紙』と名付けられた全くの新しいタイプの帯を添え付けました。アルバムの世界観を更に深めるような、こだわりのデザインとなっています。

収録曲は、スウェーデン・グラミー賞2024のJAZZ部門にノミネートされた気鋭のアーティスト、スヴェン・ワンダーによる7インチ・オンリーの楽曲「Harmonica and...」や、舐達麻やNujabes、ビョークにも引用されたジジ・マシンの「Clouds」、2000年代以降、数多くの楽曲にサンプリングされたウェルドン・アーヴィンの人気曲「Morning Sunrise」などを収録。DJユースとしても重宝するであろう、従来のヒーリング/アンビエント系コンピレーションとは一線を画する面子が揃います。

このレコードと夜を過ごすことがとても贅沢に感じられるような、心が自由な旅へと解き放たれるひとときを味わえる、そんな1枚です。

スヴェン・ワンダーからのコメント

It is an honor to be included in this compilation alongside so many other talented artists who
have been an important part of my musical journey and hold a special place in my heart.
私の音楽遍歴の大切な「ひとかけら」であり、心の中で特別な位置を占めている才能のあるアーティストと同じアルバムに収録されたことを光栄に思います。
SVEN WUNDER

LP収録曲

SIDE A
1. yanaco - Arriving
2. Chassol - Wersailles (Planeur)
3. Brian Bennett & Alan Hawkshaw - Alto Glide
4. Sven Wunder - Harmonica and...
5. Ditto ‒ Pop
6. 新津章夫 ‒ リヨン

SIDE B
1. Lemon Quartet - Hyper for Love
2. Gigi Masin ‒ Clouds
3. Johanna Billing - This Is How We Walk On The Moon (It's Clearing Up Again, Radio Edit)
4. Weldon Irvine - Morning Sunrise
5. Shigeo Sekito ‒ The Word II

https://anywherestore.p-vine.jp/en/products/plp-7443

Kronos Quartet & Friends Meet Sun Ra - ele-king

 何年か前に、ザ・スリッツのギタリストだったヴィヴ・アルバーティンによるゴシップ満載の自伝が刊行されたが、ぼくにとっては本のなかで興味深かったのは、バンドが初のアメリカ・ツアーをした際にアリ・アップとヴィヴがフィラデルフィアのサン・ラーの家を訪ねていったというエピソードだ。読んでいて、思わず「へー」と声を上げてしまった。結局ツアー中で会えなかったとはいえ、彼女たちはマーシャル・アレンの父親のサポートでアーケストラ全員が暮らしていたという伝説の住居(そこではサターン盤のジャケットの制作や梱包などもおこなわれていた)まで行ったわけだ。ここに、ポスト・パンク時代の日本ではあまり語られてこなかった事実がひとつ確保された。当時ザ・ポップ・グループのマネージャーが運営していた〈Y Records〉からサン・ラー作品がリリースされたのは「意外」なことではなかったのだ。
 サン・ラーとアーケストラの影響の大きさ、その多様さは、経済的な成功とは無縁だった彼らのキャリアを思えばこれまたじつに興味深い。人はなぜ、いつまで経ってもこんなにもサン・ラーに惹きつけられるのだろう。なぜ、彼の死後(いや、彼がこの地球を旅だってから)、これほど多くのアーティストたちが彼の曲をカヴァーしたがるのだろう。理由のひとつには、サン・ラーの曲はじつは親しみやすいものが多いということがあるだろう。本作冒頭に収められたジョージア・アン・マルドロウの歌う“Outer Spaceways Incorporated”は、大ざっぱに言って、村上春樹の小説に出てきてもおかしくはない、上品でレトロな(そして幻想的な)ヴォーカルもののスウィング・ジャズに思えなくもない。だが、歌詞は壁抜けどころではなく大気圏抜けだ。曲は歌う。「地球に飽き飽きしたなら、いつまでも変わらないとうんざりしたら、さあ、サインアップしよう、宇宙へ飛びだそう」

 本作はAIDS医療援助活動のための非営利団体、レッド・ホット・オーガニゼーションによるサン・ラー・プロジェクトの最新盤だ。1990年の設立以来、女性とLGBTQ+コミュニティを中心に活動してきたレッド・ホットには、これまで多くのミュージシャンが協力してきている。2002年には、AIDSの合併症で亡くなったフェラ・クティに捧げる『Red Hot + Riot: A Tribute to Fela Kuti』によって、その音楽マニアなところも広く知られるようになった。レッド・ホットは昨年、サン・ラー・プロジェクトを開始し、まずは『Nuclear War: A Tribute to Sun Ra: Volume 1』、そしてサン・ラーのブラジル音楽解釈版『Red Hot & Ra:SOLAR - Sun Ra In Brasil』をリリースした。前者は、エンジェル・バット・ダウィッド、ジョージア・アン・マルドロウイレヴァーシブル・エンタングルメンツらが、くだんの〈Y Records〉からリリースされた反原発曲“Nuclear War”をそれぞれがカヴァーしたものだった。そしてさらに、レッド・ホットは最近2枚のアルバムを発表した。そのうちの1枚がここに大きく取り上げるクロノス・クァルテットと複数のミュージシャンによるカヴァー/再構築集なのである。

 まず、参加ミュージシャンの顔ぶれがele-kingのためにあるようで(笑)、すばらしい。上記のアン・マルドロウほか、ジェイリンララージローリー・アンダーソンRPブー、アーマンド・ハマー、ムーア・マザーと700 BlissDJハラム、テリー・ライリー&宮本沙羅ほか、オークランドの即興演奏家ザカリー・ジェイムズ・ワトキンス、サンフランシスコの実験音楽家のEvicshen、同所の前衛集団シークレット ・チーフス3M、カナダの実験音楽家ニコール・リゼ。現役アーケストラーのマーシャル・アレンも参加している。これだけのクレジットを見れば、聴かずにはいられないでしょう。

 それでぼくの感想だが、クロノス・クァルテット(これまでスティーヴ・ライヒやフィリップ・グラス、テリー・ライリーなどとの共演を果たしている)の存在がこのアルバムの魅力の土台を作っている。周知のようにサンフランシスコのこの楽団は弦楽器奏者のグループで、アーケストラは主に管楽器と鍵盤(そしてある時期からはシンセサイザー)のグループ。だから、“Outer Spaceways Incorporated”が良い例だが、ヴァイオリンやチェロで演奏されるサン・ラーの曲はじつに新鮮に感じる。ジャズとクラシカルな響きとのなんとも美しい融合だ。また、やはり、エレクトロニック・ミュージックのいちファンとしては、ジェイリンとRPブーがここに名を連ねていることに反応してしまう。20年前に〈Kindred Spirits〉がセオ・パリッシュ、マッドリブ、フランシスコ・モラ・カルテット、ジミ・テナー、ビルド・アン・アークなどをフィーチャーしたサン・ラーのトリビュート・アルバム『Sun Ra Dedication』(このときのメンツも良かった)を出したことがあり、I.G.カルチャーやセオ・パリッシュのリミックス盤(名盤だ)も当時ずいぶんと話題になった。ただしあれはクラブ系のレーベルからのリリースだったし、言ってしまえば、90年代のクラブ系をずっと追い、90年代後半以降のジャズに寄ったデトロイト・テクノやジャングル〜ブローンビーツ、インストゥルメンタル・ヒップホップを聴いているリスナーに向けられてのものだった。
 今回のアルバムがより広範囲なリスナーに向けられていることを実現させたのは、間違いなくクロノス・クァルテットの演奏力やアイデアによるところが大きい。ジェイリンやRPブーのエレクトロニクスが曲全体をコントロールするのではなく、あくまでも曲のいち部として機能している。それはララージでもムーア・マザーでも同じことだ。
 そういう点で、ローリー・アンダーソンとマーシャル・アレン(とクロノス)との共同作業は面白かった。この組み合わせのみが2曲収録されているが、ほんとうにアンダーソンならでは声の響きがそのままサン・ラー宇宙とドッキングした音楽になっている。RPブーのビートとアーマンド・ハマー(とクロノス)の共演もぼくには嬉しかった。が、本作はラーの宇宙を楽しむ至福の1時間、という内容ではない。どの曲にも各々の光沢があり、ラーの宇宙空間の多次元を楽しめることはたしかだ。しかし700 BlissとDJハラムによるエレクトロニック・ノイズもさることながら、ササクレだった曲、緊張感みなぎる曲もある。
 アルバムを締めるテリー・ライリー&宮本沙羅の“Kiss Yo Ass Goodbye”は、あの“Nuclear War”のいち部を切り取って、別の物に作りかえたものだ。この、深みのあるトリビュート曲は、リスナーによって感じ方はさまざまかもしれないが、ぼくはラーの怒りをあらためて表現しているように思えて、ライリーのあまり語られていない一面を感じ取った次第である。(当たり前の話だが、ラーはニコニコした宇宙案内人などではない。たとえばセオ・パリッシュにとってラーとは、“Saga Of Resistance(抵抗譚)”なのだから)


※同時に、USのシンガー・ソングライター、マルチ・インストゥルメンタリストのMeshell Ndegeocelloによる『Red Hot & Ra: The Magic City』もリリースされている。もちろん『The Magic City』(1973)は〈Impulse!〉からも出たということもあって、ラーの有名作のひとつだ。彼女は歌を挿入しながら、同作をより甘美で魅惑的なものへとうまくまとめている。ファンはこちらもぜひ聴いてください。ぼくのような『The Magic City』好きから見ても、数曲、すごく魅力的な演奏(解釈)がある。

 自分でも気付かぬうちに、スティーヴ・アルビニは私の人生を変えていた。彼の特定の作品との出会いによって啓示を受け、人生の中にそれ以前と以後という明確な境界線が引かれたということでは全くない。それよりも彼の影響は、私の育った音楽世界の土壌に染み込んでそれを肥沃にしたものであり、そうとは知らない私が無意識に歩き回った風景そのものだったのだ。ようやく獲得し得た視野と意識によって振り返ってみると、私が通ってきた世界のすべてに彼の手が及んでいたことを思い知らされる。

 世代的なことも関係している。1962年生まれのアルビニは、ちょうど1980年代にジェネレーションXが成人し始めた頃の音楽シーンで地位を確立し、彼の音楽とアティチュードはその世代の心に響く多くの特徴を体現していたのだ。

 彼の作品は挑戦的で、パンクが退屈さに怒りをぶつける方法をさらに推し進めたものだった。彼自身の初期のビッグ・ブラックやそれ以降の音楽の中で、児童虐待やレイプ、暴力について恥も外聞もなく言及し、その言葉は人種差別や同性愛嫌悪の枠をはるかに超えるようなものだった。それでも後年には、彼のそういった挑発を裏打ちしていたのは無知と特権意識によるものだったという反省を、恥ずかしがらずに口にしてみせた。彼はこれらの考察を自分自身の個人的な言葉で組み立てることに細心の注意を払ってはいたが、それは同時に、1980/90年代の慣習に逆らった、エッジ―なポップ・カルチャーの多くが社会の隅に追いやられた人々の実生活の経験について、いかに無頓着で認識が甘かったのか、さらに、批評的かつ皮肉な出発点から一線を越えてしまったアートが、いかに他の人々に、昨今彼もよく目にするようになった本物のヘイト(憎しみ)によって、同じようなことを言うための扉を開いてきたかについての鋭い分析でもあった。

 アルビニの場合、人々に衝撃を与えたいという意欲が、彼のもうひとつの側面であるメインストリームといわれるもの全般、特に音楽業界の偽善的な常識を無視する姿勢と密接に結びついているのだ。ピクシーズ、ブリーダーズ、PJハーヴェイ、ニルヴァーナやジミー・ペイジとロバート・プラントなどの多大な影響力のあるアルバムの仕事で軌道に乗った、彼のレコーディング・エンジニアとしてのキャリアでは、業界のゲームに参加さえすれば莫大な金を稼ぐことができたのに、インディペンデント・アーティストに拘り続けた。

 そして、彼が実際に一緒に仕事をしたアーティストたちの話を聞いてみると、近年の内省的なアルビニは、以前の作品から想像されるような口汚い挑発者とそれほど対照的ではないかもしれないことに気が付く。そこから伝わってくるのは、自分の意見についてはぶっきらぼうで率直だが、バンドが望むものを達成するために自分の持つ専門知識を惜しみなく差し出して深い集中力でもって彼らを手助けするという人物像だ。1990年代にアルビニとアルバムを録音したバンドのメルトバナナによると、彼らは自分たちがレコーディングの主導権を握り始めた時の彼の寛大さを強調し、「3枚目を自分たちでレコーディングすると決めた時に、録音のアドバイスや必要な機材について尋ねると、たくさんのことを教えてくれた」と語った。ZENI GEVAの一員としてアルビニと仕事をした田畑満は、彼のことを「レコーディングについて知ることが、音楽の秘密に近づくことに繋がると気付かせてくれた人」と言い表した。

 彼が私自身の音楽世界に与えた影響の大きさが、長いこと私のレーダーから影を潜めていたことの理由のひとつに、彼が手掛けた多くの作品での自分の役割を最小限に抑えようとしていたことがある。プロデューサーとしてよりも、エンジニアとしてクレジットされることを好み、多くで偽名を使っていたことでも知られている。彼の死を知った後で、自分の持っているレコードを確認すると、アルビニが録音した作品でのクレジットは、Ding Rollski (シルヴァーフィッシュの『Fat Axl』)、Some Fuckin’ Derd Niffer(スリントの『Tweez (トゥイーズ)』)、そして彼の猫のFluss (ガイデッド・バイ・ヴォイシズの『アンダー・ザ・ブッシズ・アンダー・ザ・スターズ』の数曲)などとなっていた。それでも、ピクシーズとブリーダーズのキム・ディールはインタヴューで、彼が認めたがるよりもはるかに、スタジオでの影響力は絶大だったと示唆している。

 ビッグ・ブラックやシェラックにすでに影響を受けていたバンドが、‶スティーヴ・アルビニ・サウンド〟を求めて彼のエレクトリカル・オーディオ・スタジオでレコーディングを行ったことには、ほぼ間違いなく(とりわけ時が経つにつれて)、自主的な選択がはたらいていた傾向にあるが、やはり、彼の作品全体に繰り返し見られる識別可能な特徴があったのも確かだ。彼はアナログで作業することを好み、(田畑は「彼は世界最速のテープ・エディターでもあり、DAW使用者よりも速かった」と語っている)、ほとんどの装飾を取りはらった、広がりのあるサウンドを創りだした。彼の録音では、ドラムの自然なリヴァーヴを好んだことで、まるでミュージシャンと同じ部屋に一緒にいるかのような感覚が味わえる。彼の録音の多くに、独特のクランチーなベースのサウンドとスクラッチのような耳障りなギターがフィーチャーされている。それは、個別のアーティストたちが目指したゴールに応じて微調整された還元的で多様な作品の要約ではあるが、アルビニ自身の作品群をはるかに凌駕し、彼に影響を受けた何千人ものアーティストやエンジニアたちの作品にこだましたサウンドなのだ。そしてこのサウンドは、私が東京のミュージック・シーンに参入して足場を固めようとしていた頃の東京中のアンダーグラウンドのライヴ・ハウスで鳴り響いていたものであり、私が観たり一緒に仕事をしたりした全世代のアンダーグラウンド・バンドの作品を彩っていたものだった。

 彼が築き上げるのを手伝った音楽世界で育った者としては、スティーヴ・アルビニの死去によるひとつの世代の衰退を感じざるを得ない。彼が後悔していた‶クソなエッジロード(重度の厨二病患者)〟のことばかりではなく、彼が精力的に支持した反メインストリーム主義のDIYのエートス全体が、ますます過ぎ去った過去の遺物のようになってしまう――少なくとも、当時のような形ではなくなっていくのが感じられる。インディとメインストリームのニ極化的な対立や、それに付随する‶裏切り〟という非難は、文化的な戦線が他に移行し、オルタナティヴが必ずしもミュージシャンにとって経済的に存続可能な空間でなくなってきている現在においては、さほど重要な意味を持たなくなっている。アルビニ自身も、90年代に比べて独立系ミュージシャンが生きていくのがいかに難しくなったかについて言及している。彼がどれほど手頃な価格でスタジオを提供しようとしても、エレクトリカル・オーディオのようなインディに優しいスタジオでさえ、そのコストは大半のアーティストにとって回収できる金額を超えているのだ。

 これは、我々が失った世界への自分ではどうすることもできない類の叫びなのかもしれないが、それでもスティーヴ・アルビニの死は、私に音楽界のコミュニティにとって必要な物の多くを浮き彫りにしてくれた。我々には、疲れを知らずに働き続け、自分が勝ち得た成功を惜しみなく、まだ道を切り開こうとしている人々を支援するために活用できる人、潮流が自分に著しく不利に傾いた時でも、倫理的に正しいと信じることを貫き通せる人、過去の過ちを認識し、必要な時には新たな方向性を示すキャパシティの広さを持つ人、そして、私たちが間違ったことをしている時に、そうと教えてくれる辛辣な知性を備えた人々が必要なのだ。

 ミュージシャンが亡くなると、天国で他の偉大な仲間たちとジャム・セッションをする場面を想像したりするという、お決まりの言い回しがある――ジェフ・ベックのギターに、チャーリー・ワッツのドラム、そしてベースはウォルター・ベッカーといった具合の。スティーヴ・アルビニのファンの何人かは、これらの天使になった巨匠たちには、ようやく天上の世界で自分たちのことをクソだと進言してくれる人ができたのだと提言している。

私自身はスティーヴ・アルビニと直接知り合う機会はなかったものの、東京のアンダーグラウンド・シーンにいれば、必ずや彼と知り合いだった人に行きあたる。上に引用したように、この記事を書いている間に何人かに話を聞き、彼らのコメント全文を掲載するべきだと思ったので、ここに記す。

「スティーヴ・アルビニはレコーディングについて知ることが、音楽の秘密に近づくことに繋がると気付かせてくれた人。彼は世界最速のテープ・エディターでもあった――DAWユーザーよりも速いほどの。彼が恋しい。一緒に音楽を創ってくれてありがとう、スティーヴ。」
 田畑 満

 「スティーヴが亡くなったことは本当に悲しいです。彼は私たちの最初の2枚のレコードを録音してくれました。私たちは彼の昔の自宅のレコーディングスタジオでアルバムを録音しました。みんなで彼の家に泊まって過ごした時はとても楽しかったです。3枚目を自分たちでレコーディングすることを決めた時に、録音のアドバイスや必要な機材について尋ねると、たくさんのことを教えてくれました。それに、彼のバンド、シェラックとアメリカ、イギリス、フランス、ドイツで一緒にライブすることができて本当によかったです。私が彼の姿で一番よく覚えているのは、1枚目のレコーディングの時に彼がミキシングボードに向かって、深夜まで一人で黙々と作業をしていた後ろ姿です。その時、私は彼が飼っていた猫のFlussとずっと遊んでいました。彼は、私たちにたくさんのことを与えてくれました。スティーヴ、ありがとう。」
メルトバナナ/Yako/Agata


How Steve Albini secretly changed my world


By Ian F. Martin

Without me even noticing it was happening, Steve Albini changed my life. There was no single revelatory encounter with his work that drew a clear line in my life between before and after. Rather his was an influence that seeped into and fertilised the ground of the musical world I grew up in — a landscape I walked ignorantly around, before eventually gaining the perspective and consciousness to look back and see his hand in everything.

Part of this is generational. Born in 1962, Albini established himself in the music scene just as Generation X began coming of age in the 1980s, and his music and attitude embodied a lot of the characteristics that generation took to heart.

His work was confrontational, taking the way punk railed against boredom even further. In his own early music with Big Black and beyond, he wasn’t shy about making references to child abuse, rape and violence, language that stepped way beyond the boundaries of racism and homophobia. But nor was he shy in later years about reckoning with the ignorance and privilege that underscored a lot of his provocations. While he was careful to frame these reflections in his own personal terms, they were also an incisive breakdown of how carelessly naive a lot of transgressive or edgy 1980s/90s pop culture was about marginalised people’s real life experience, and how art that crossed those lines from a critical or ironic startpoint opened the door for others to say similar things with the genuine hate he came to see so widely around him in recent times.

In Albini’s case, his willingness to shock also went hand in hand with another of his defining characteristics: his disregard for the hypocritical niceties of the mainstream generally and the music industry in particular. As his career as a recording engineer took off with influential albums by the Pixies, The Breeders, PJ Harvey and Nirvana, not to mention his work with Jimmy Page and Robert Plant, he could have made obscene amounts of money by playing the industry game, but his focus remained on independent artists.

And it’s when talking to the artists he actually worked with that the reflective Albini of recent years feels like less of a contrast with the foul-mouthed provocateur his earlier work might lead you to imagine. The picture that comes across is of a man who was blunt in his opinions but deeply focused on deploying his expertise to help bands to achieve what they want. Speaking to the band Melt-Banana, who recorded with Albini in the 1990s, they highlighted his generosity when they began to take control of their own recording, noting that, “When we decided to record our third album ourselves, he gave us a lot of advice and equipment we needed, and he gave us all sorts of information.” Mitsuru Tabata, who worked with Albini as part of the band Zeni Geva, described Albini as “the man who made me realise that getting to know about recording could help get me close to the secret of music.”

Part of why the extent of his impact on my own musical world stayed under my radar for so long was down to the way he minimised his role in so much of the music he worked on. He famously preferred to be credited as an engineer rather than a producer, and in many cases worked under assumed names. Looking through my records after learning of his death, I found Albini’s recording work credited variously to Ding Rollski (Silverfish’s “Fat Axl”), Some Fuckin’ Derd Niffer (“Tweez” by Slint) and his cat Fluss (a couple of tracks on Guided By Voices’ “Under The Bushes Under The Stars”). Still, in interviews, Kim Deal from the Pixies and The Breeders has suggested that he was a far more influential factor in the studio than he liked to admit.

There was almost certainly (and especially as time went on) something self-selecting in how bands already influenced by Big Black and Shellac recorded at his Electrical Audio studios because they wanted “the Steve Albini sound”, but there were nonetheless identifiable characteristics that recurred throughout his work. He preferred to work analogue (Tabata remarks that “He was also the fastest tape editor in the world — even faster than DAW users”) and created a spacious sound with most of the frills stripped away. His recordings show a preference for natural reverb on the drums that creates a sense of them being there in the room with you. Many of his recordings feature a distinct, crunchy bass sound and scratchy, abrasive guitar. Of course this is a reductive summary of a diverse array of work that was finetuned according to each individual artist’s goals, but it describes a sound that reverberated far beyond the body of Albini’s own work into that of the thousands of artists and engineers who were influenced by him. It’s a sound that rang through basement live shows across Tokyo when I was first finding my feet in the music scene here, and it coloured the work of a whole generation of underground bands I saw and worked with.

As someone who grew up in the musical world he helped build, it’s hard not to see the fading of a generation in the passing of Steve Albini. Not just the “edgelord shit” he came to regret, but also the whole anti-mainstream DIY ethos Albini supported so vigorously feels increasingly like a relic of a generation whose time has gone — at least in the form it took at that time. The often confrontational dichotomy between indie and mainstream, and the related accusation of selling out, carry far less weight nowadays as cultural battle lines shift elsewhere and the alternative ceases to be a financially viable space for musicians. Albini himself remarked on how much more difficult it had become for independent musicians to stay afloat compared to in the 90s. No matter how affordable he tried to make it, even an indie-friendly studio like Electrical Audio’s costs are beyond what most artists can hope to recoup.

So maybe this is a helpless cry to a world we’ve lost, but Steve Albini’s passing still highlights to me a lot of what the musical community needs. We need people who work tirelessly, using whatever success they gain in ways that help support those still trying to make their way; we need people who stick to their guns ethically when they know they’re right, even at times when the tide seems to be inexorably turning against them; we need people with the capacity to recognise past mistakes and chart a new direction when needed; we need people with the caustic intelligence to tell us when we’re doing it wrong.

There’s an insipid trope when a musician dies of imagining them in heaven, jamming with all the other dead greats — Jeff Beck on guitar with Charlie Watts on drums and Walter Becker on bass. A few Steve Albini fans have suggested that these angelic maestros now finally have someone up there to tell them they’re shit.

__________

I didn’t know Steve Albini, but everyone in the Tokyo underground scene knows someone who did. As quoted above, I spoke to a couple of these people while writing this article, and felt I ought to post their full comments as well:

“Steve Albini was the man who made me realise that getting to know about recording could help get me close to the secret of music. He was also the fastest tape editor in the world — even faster than DAW users. I miss him. Thank you for creating music with me, Steve.” - Mitsuru Tabata

“I'm really saddened that Steve passed away. He recorded our first two records. We recorded the in his old home recording studio and had so much fun staying at his house. When we decided to record our third album ourselves, he gave us a lot of advice and equipment we needed, and he gave us all sorts of information. It was fantastic, too, to be able to perform with his band Shellac in the US, UK, France and Germany. What I remember most about him is seeing his back as he was working alone at the mixing board until late at night during the recording of our first album. While he worked, I just spent the whole time playing with his cat Fluss. He gave us a lot. Thank you, Steve.” - MELT-BANANA / Yako / Agata

Terry Riley - ele-king

 ミニマル・ミュージックの歴史的金字塔、「In C」。それが初演から60周年を祝して、京都で実演される。この曲をやるのは15年ぶりとのこと。しかも50名のミュージシャンとともに清水寺にて演奏。チケットは早めにね。

会場:⾳⽻⼭ 清⽔寺 本堂舞台
日程: 2024年7月21日(日)

テリー・ライリーより 開催に向けて

「In C」の曲(一部)が私の中に降りてきたのは、1964年の或る夜。その瞬間、私はバスに乗っていました。サンフランシスコのゴールドストリートにあるサルーンでラグタイム・ピアノを弾くピアノ弾きとして生計を立てていたのです。
 この曲は、まさに世界がその出現を待ち望んでいたイヴェントであったかの如く、非常に有名になり長年にわたって世界中で数えきれないほど演奏されてきました。
 2024年の今日、私は、今年60周年を迎えた「In C」を上演し、お祝いをしたいと思いつきました。言うなれば「歳をとった女の子」へのお誕生会です 。
 どの場所が良いだろうかと思案した結果、京都が良いだろうと思いました。街が纏うスピリチュアルな雰囲気は、「In C」という楽曲が狙う意図にも一致します。
 多くの演奏家に参加いただくことで、宇宙に捧げる歴史的な祝祭になるであろうと、胸を躍らせています。
 素晴らしく、そして京都にあって非常に重要な寺院・清水寺は、この祝祭にうってつけの場所でしょう。仮に雨に降られたとしても、それから守ってくれさえもします。
 2009年に行った、ニューヨークのカーネギーホールでの演奏の後、私はこの「In C」を演奏することからリタイアしていました。ですが、私は喜んでこの京都での祝祭を例外とするつもりです。
 このアイディアを実行に移してくれ、実現させるために助けてくれた全ての人に、特に清水寺の大西英玄氏、中村周市氏と宮本端氏に感謝を。最後に「In C」の60周年を祝うために駆け付けてくれた全ての演奏家の皆さんに感謝を。

2024年6月 テリー・ライリー

◉開催概要
タイトル:
In C-60th Birthday Full Moon Celebration at Kyoto Kiyomizu-dera Temple, July 21, 2024
〜「In C」誕生60年を祝う奉納演奏 〜

会場:⾳⽻⼭ 清⽔寺 本堂舞台
住所:京都市東山区清水1-294
www.kiyomizudera.or.jp/access.php
日程:2024年7月21日(日)
開場時間:20:00
開催時間:20:30(終演:21:30頃を予定)

チケット発売日時:2024年7月6日正午12時より
チケット発売サイト:inc60-kiyomizu-dera.peatix.com 
          *発売開始日時より有効となります。
奉納チケット料:10,000円(税込/限定記念グッズ付き)
※本奉納公演は商業目的ではありません

本公演に関する問い合わせ先:
メール terry.riley.info@gmail.com
電話 070-7488-0346
(電話の受付時間:13:00〜19:00)
※音羽山 清水寺へのお問い合わせはご遠慮ください。

出演:テリー・ライリー、SARA(宮本沙羅)他、梅津和時、永田砂知子、大野由美子(Buffalo Daughter)、ヨシダダイキチ、蓮沼執太、AYAら、50名程度を予定

企画・主催:テリー・ライリー
制作総指揮:しばし
協力:音羽山 清水寺
   「Feel Kiyomizudera」プロジェクトチーム

◉「In C」60周年記念グッズ

「In C」誕生60周年を記念して、限定グッズ(Tシャツ、ステッカー、トートバッグ)を販売します。全て、本人が新たに書き下ろした手書き譜面をあしらった、貴重なアイテム。
terryriley.base.shop

6月のジャズ - ele-king

 ここ数年来、南アフリカ共和国から良質なジャズ・ミュージシャンが輩出されているが、その筆頭がピアニストのンドゥドゥゾ・マカティーニである。


Nduduzo Makhathini
uNomkhubulwane

Blue Note Africa

 南アフリカ・ジャズが注目を集めるきっかけのひとつに、シャバカ・ハッチングスと共演したバンドのジ・アンセスターズがあるが、ンドゥドゥゾ・マカティーニはその中心人物のひとりで、2014年頃からリーダー作品を発表している。2020年には〈ブルーノート〉と契約を結んで『Modes Of Communication: Letters From The Underworlds』をリリース。2022年の『In The Spirit Of Ntu』は、〈ユニバーサル・アフリカ〉が〈ブルーノート〉と提携して設立した〈ブルーノート・アフリカ〉の第1弾作品となった。『Modes Of Communication: Letters From The Underworlds』はモード・ジャズや即興演奏を土台に、ベキ・ムセレク、モーゼス・タイワ・モレレクワ、アブドゥーラ・イブラヒムら南アフリカの先代のピアニストらの影響を見せる作品だった。『In The Spirit Of Ntu』はアフリカのバントゥー系民族に由来する人間という意味のズールー語の精神をタイトルとし、アフリカの大地に根付く祝祭性、呪術性に富むアルバムだった。ンドゥドゥゾは南アフリカ共和国のウムグングンドロヴ郡出身で、その地域に伝わる先住民族の儀式や音楽の影響を受け、音楽かであると同時に呪術師や祈祷師としての顔も持つ。そうしたンドゥドゥゾらしさが表われた作品と言えよう。

 新作の『uNomkhubulwane』はズールー土着信仰の女神の名前を示しており、「Libations」「Water Spirits」「Inner Attainment」というアフリカ民族であるヨルバ人の宇宙論で重視されていた「3」の数字に倣って楽曲を3パートに振り分けている。「作曲や何らかの概念的パラダイムを通じて意図を表現することが多かった。超自然的な声と交信する方法として音を使用している」とマカティーニは述べており、音楽家で祈祷家でもある彼の哲学的なヴィジョンや宗教観を示したものとなっている。録音はこれまでともにワールド・ツアーをおこなってきた南アフリカ出身のベーシストのズワラキ=ドゥマ・ベル・ル・ペルと、キューバ出身のドラマーのフランシスコ・メラとのトリオ編成。ヨルバ語で歌われる「Libations」の “Omnyama” は、清廉としたピアノと素朴なリズムによって紡がれる美しいアフロ・スピリチュアル・ジャズ。「Inner Attainment」の “Amanzi Ngobhoko” における祈りのような歌とモーダルなピアノ、土着的なドラムが導くメディテーショナルな世界は、マカティーニの真骨頂が表われたヒーリング・ミュージックと言えよう。


Malcolm Jiyane Tree-O
True Story

A New Soil / Mushroom Hour

 マルコム・ジヤネは南アフリカのハウテン州のヨハネスブルグにほど近いカトレホン出身で、若干13歳で音楽学校のブラ・ジョニーズ・アカデミーに進学したという早熟のトロンボーン奏者。ピアノなども演奏するマルチ奏者であり、これまでにンドゥドゥゾ・マカティーニや同じくジ・アンセスターズのトゥミ・モロゴシほか、ハービー・ツォアエリ、アヤンダ・シカデといった南アフリカの有望なミュージシャンらと共演してきた。2021年に自身のグループを率いて初リーダー作の『Umdali』を発表。グループはトゥリー・オーというもので、トリオよりももっと大人数から成る。ベースのアヤンダ・ザレキレ、ドラムスのルンギレ・クネネのほか、サックス、トランペット、ピアノなどを交え、マルコムはトロンボーンとヴォーカルを担当し、すべてマルコムの作曲による自作曲を演奏。全体に静穏なムードが漂い、ゆったりと時の流れるアフリカらしいジャズを演奏した。ツバツィ・ムフォ・モロイの清らかなヴォーカルをフィーチャーした “Moshe” は、同じ南アフリカ出身のタンディ・ントゥリなどに近い牧歌性に富むジャズだった。

 『Umdali』から3年ぶりとなるセカンド・アルバムの『True Story』は、アヤンダ・ザレキレ、ルンギレ・クネネ、ンコシナティ・マズンジュワ(ピアノ、キーボード)、ゴンツェ・マクヘネ(パーカッション)など、ほぼ前作のメンバーがそのまま参加する。『Umdali』と同じ時期の2020年から2021年にかけて数回のセッションを重ね、2023年に最終的なセッションを行って録音がおこなわれた。アルバムは詩人でソフィアタウンの住人である故ドン・マテラへのオマージュで、反戦的なメッセージの込められた “Memory Of Weapon” ではじまり、地球の悲惨さを哀悼する “Global Warning” や、ピーター・トッシュに捧げられたアフロ・ビートの “Peter’s Torch”、南アフリカの反アパルトヘイト運動にも参加したギタリストでシンガーの故フィリップ・タバネについての曲となる “Dr. Philip Tabane”、その名のとおり南アフリカにおけるジャム・セッションをスケッチした “South African Jam” などが収められる。マルコムのふくよかで哀愁に満ちたトロンボーンが奏でるアフロ・ジャズ “MaBrrrrrrrrr”、レオン・トーマスのようなヨーデル調のヴォーカルをフィーチャーしたスピリチュアル・ジャズの “I Play What I Like” など、全体的にゆったりとピースフルなムードに包まれた楽曲が印象的だ。


Julius Rodriguez
Evergreen

Verve / ユニバーサル

 ジュリアス・ロドリゲスはニョーヨークを拠点とするハイチ系黒人ミュージシャンで、ピアニスト兼ドラマー及び作曲家とマルチな才能を持つ。幼少期からクラシック・ピアノ、そしてジャズを学び、マンハッタン音楽院、ジュリアード音楽院に進んだ。音楽的ルーツはジャズ、即興音楽、ゴスペル、ヒップホップ、R&B、ポップ・ミュージックと多岐に渡り、オニキス・コレクティヴ、A$APロッキー、ブラストラックスなどと共演をしてきた。ジャズ方面ではミシェル・ンデゲオチェロ、カッサ・オーヴァーオールモーガン・ゲリンらと共演し、ジャズ・シンガーのカーメン・ランディによるグラミー・ノミネート作『Modern Ancestors』(2019年)ではピアノ伴奏者として高い評価を得た。ソロ・デビュー作は2022年の『Let Sound Tell All』で、オニキス・コレクティヴと繋がりの深いニック・ハキムやモーガン・ゲリンなどが参加。カッサ・オーヴァーオールの『I Think I’m Good』(2020年)や『Animals』(2023年)のミキシングを担当したダニエル・シュレットが制作に参加したということで、オーソドックな演奏を聴かせる一方で、即興演奏やソウル、ヒップホップ、エレクトロニック・ミュージックなどが融合した新世代ジャズ・ミュージシャンならではの作品だった。

 セカンド・アルバムとなる『Evergreen』は、キーヨン・ハロルド、ジョージア・アン・マルドロウ、ネイト・マーセローなどが参加し、ソランジュ、ホールジー、ビリー・アイリッシュらをプロデュースしてきたティム・アンダーソンとの共同プロデュースにより、デビュー・アルバムからさらにスケール・アップしたものとなっている。ジュリアス・ロドリゲスはピアノ。シンセ、オルガン、ローズ、エレキ・ギター、エレキ・ベース、アコースティック・ギター、クラリネット、ドラムス、パーカッション、ドラム・プログラミングを担当するマルチぶりを見せる。ドラムンベース調のリズム・プロダクションと美しいピアノやサックスのメロディが一体となったコズミック・ジャズの “Around The World”、ジョージア・アン・マルドロウの幻想的な歌声が繊細なピアノ・リフと相まり、途中からダイナミックなドラムが加わって深遠な世界を作り出す “Champion’s Call”。時を経ても色あせることのないエヴァーグリーンな音楽という意味を込めたこのアルバムは、ジャンルの枠や偏見にとらわれることなく、彼自身が内から自然にやりたいと思うサウンドを具現化したものである。


Ibelisse Guardia Ferragutti & Frank Rosaly
Mestizx

International Anthem Recording Company

 イベリッセ・グアルディア・フェハグッチはボリヴィア出身でアムステルダムを拠点に活動するシンガー。フランク・ロサリーはシカゴ出身のドラマーで、そんなふたりは結婚し、ともに音楽活動をおこなっている。

 シカゴ、アムステルダム、ボリヴィア、プエルト・リコでレコーディングがおこなわれた『Mestizx』は、ふたりのほかにベン・ラマー・ゲイ、ダニエル・ヴィジャレアルといったシカゴの〈インターナショナル・アンセム〉周辺のミュージシャンも参加する。そのダニエル・ヴィジャレアルの『Panamá 77』(2022年)や『Lados B』(2023年)同様に、フランク・ロサリーの作り出すリズムはパーカッシヴでラテンやアフリカの原初的な音楽を想起させる。そうしたサウンドとイベリッセ・グアルディア・フェハグッチのエキゾティックで飾り気のないヴォイスが一体となり、独特のミステリアスな世界を作り出す。“DESTEJER” はキューバの宗教儀式の音楽であるサンテリアを想起させ、イベイーなどに繋がる楽曲。“TURBULÊNCIA” はハモンド・オルガンを交えてクルアンビンのようなサイケ・ムードを出していく。“DESCEND” はシカゴらしい即興ジャズと実験的な音響、魔女のようなポエトリー・リーディングが融合する。

interview with bar italia - ele-king

 つい最近まで我々は彼らの名前すら知らなかったのに、どうしてこんなにも彼らに魅せられたのだろうか。

 ロンドンで最注目のバンドのひとつであるバー・イタリアは2020年にディーン・ブラント主宰のレーベル〈WORLD MUSIC〉からリリースし、顔も明かさぬまま世界中のコアな音楽ファンにリーチした。ザ・パステルズ、プリファブ・スプラウト、ジョン・ケイル、サイキック・TVなどをサンプリングし、オルタナティヴ・ロックを未知の領域に引き摺り込むディーン・ブラントとバー・イタリアのようなバンドとのクロスオーヴァーは必然と言えるだろう。数年間インタヴューや露出を限りなく避けたプロモーション(と言えるのか?)が成功したかはともかく、世界の片隅にいる私やあなたの心を掴んだはずだ。もちろん早耳なレコード・レーベルもここぞと跳び付いたに違いない。〈Matador Records〉から1年に2枚というハイペースでアルバムをリリース。両作とも素晴らしいが〈Matador〉からのファースト・アルバム『Tracy Denim』は図抜けた傑作。特異な温度感と脳の危ないところに効きそうな婀娜なサウンドが2010年と2020年代を繋ぐ。

 初アジアだった先日のライヴは本人たちも満足した様子だった。はじまる前から客席もかなりの緊張感でオーディエンスの心配と期待が伺えた。あのサウンドなら客が不安になるのも無理はない、僕も演奏にはそこまで期待していなかったが、その心配は杞憂だった。アルバムよりはるかにロックで前傾姿勢な演奏だが、照明演出全くなしなので淡々と進んでいるようにも感じられる──だが熱気は確実にどんどん上昇するというじつに不思議な体験だった。背中のガバッと開いたウェストコートでステージを妖艶に廻るニーナ・クリスタンテはじめ、3人の立ち姿はこの上なくアイコニックだった。

私は上の階に住んでて、ふたりはすでにダブル・ヴァーゴをやっていた。私もソロをやっていたけど誰かと一緒にプレイしたくて、私から誘った。(ニーナ・クリスタンテ)

ツアーはタイトそうですが日本は楽しめてますか?

ジェズミ・タリック・フェフミ(以下JTF):日本に来られてすごくラッキーだし、ツアーの中でもいい時間になっているよ。

アジアは初めて?

JTF:ライヴするのは初めてだね。

ニーナ・クリスタンテ(以下NC):私は一回だけ日本に来たことがある! 母が働いていたの。

『Tracy Denim』のリリースからツアーがかなり忙しそうですが、共演したバンドやフェスなどで面白いアーティストやライヴを見ましたか?

JTF:コーチェラで見たラナ・デル・レイだね! あのレヴェルのショーは流石に衝撃を受けたよ。狂気の沙汰だったね(笑)。

NC:プリマヴェーラでシェラックを見たね。R.I.P. スティーヴ(・アルビニ)。

ラナ・デル・レイのような大規模なショーもやりたい?

JTF:予算があればぜひやりたいね(笑)。

NC:ワイヤーで釣られながらギターを弾くふたりが見たいね(笑)。タイラー・ザ・クリエイターとかノー・ダウトも同じステージで見たけどセットが全く変わって違う三つの演劇のように変わってて面白かった。

JTF:フェニックスも見たね。僕の中のティーンが喜んでたよ(笑)。

昨日のライヴ(5月29日@渋谷WWWX)では照明を使わないスタイルがクールでした。どういう意図があったのでしょうか?

サム・フェントン(以下SF):服をよく見て欲しかったんだよ、僕らめちゃオシャレだからね(笑)。赤いライトとかでビカビカ照らされると色がわからなくなるだろ(笑)。

NC:それはサムの意見ね(笑)。私はただかっこいいから好き。

サムとジェズミは同じVictory AmpとOrangeのキャビネットを使っていますが理由は? ボードにも同じエフェクターが見えました。

JTF:Victoryはいいアンプだからね。レーベルが予算をつけてくれたからネットでめっちゃ探したよ。サムもよく使うね?

SF:うん、どこでも手に入るしね。Orangeもいいし。

NC:ふたりのペダルボードはギグをするにつれどんどん変わるの。

去年のツアーとドラマーが変わって、ライヴがパワフルになっていて驚きました。どういう経緯で?

JTF:前のドラマーのGuillemはもともと友だちでいいドラマーだったんだけど、彼のバンド(Eterna)のリリースがあったりで忙しくなったんだ。

NC:彼ができなくなってドラマーのオーディションをしたんだけど、3人の意見が一致するのに時間はかからなかったね。リアムはすごくパワフルなドラマーだけど “Nurse!”(『 Tracey Denim』収録)や “glory hunter”(『The Twits』収録)の繊細なタッチも叩けてダイナミクスもしっかりしてるし、ドラミングの中にメロディがあるから彼はとてもわたしたちに合ってると思う。

自分の中の悪魔が出てきたような感じだった。こき使われることに慣れきった人生と向き合って、認めてくれない世界に対して自分を証明するような作業なわけだし。(サム・フェントン)

3人の出会いやバンド初期について聞かせてください。

NC:私は上の階に住んでて、ふたりはすでにダブル・ヴァーゴをやっていた。私もソロをやっていたけど誰かと一緒にプレイしたくて、私から誘った。とりあえずトライしてみることになって、たぶん2回目くらいでうまくいったから、コロナでそんなにやることもなかったし、降りるだけだからしばらくつづけることにしたんだ。

すぐに手応えは感じましたか?

JTF:一緒にやるのは楽しかったけど、あんまりシリアスには考えてなかったかな。すぐに「アジア・ツアーができる!」とはならなかったね(笑)。

NC:お試しでやってた感じだったけど、かなりの時間を一緒に過ごしたよね。2020年の夏に『Quarrel』を作ってたときも、ヴィデオを見たりフットボールを見にいったり。

初期2作と『Tracy Denim』『The Twists』それぞれの制作、レコーディング環境に変化は?

SF:『Tracy Denim』のときに初めてスタジオを使うチャンスが来たんだ。いくつかのレーベルからサインしないかって打診が来ていて、その中のひとつのレーベルがスタジオに入ってレコーディングしないかって言ってきたんだ。でも契約云々の話はされてなかったから、本当にサインできるのかわからない状態だった。でもレコーディングはとても楽しかったよ。ロンドンに新しくできたスタジオで、面白い機材もたくさんあって。スタジオに入って書きはじめて2、3週間でできた曲からアルバムにしたんだ。すごくいい機会を貰えたから『Tracy Denim』を作ったときは刺激と期待に満ちていた感じだね。
作業が終わる頃〈Matador〉とサインして、すぐに『The Twist』の制作に入ったんだ。レコード・レーベルとサインしてギグの反応や露出も増えて、ある程度のことが起こりそうな予感があった。だから個人的には、『The Twist』にかけて気分が大きく違ったと思う。レコーディングの環境もあるだろうけどこのバンドが本当に実現するんだという責任感のようなものを感じるようになったことが大きいと思う。自分の中の悪魔が出てきたような感じだった。こき使われることに慣れきった人生と向き合って、認めてくれない世界に対して自分を証明するような作業なわけだし。みんなが同意するかわからないけど、たくさんの闇がこのアルバムに入ってると思う。ある種、僕らのやってきたことの象徴的なアルバムだね。

JTF:同感だね。『Tracy~』は楽観的で、『The Twist』には当時感じていた恐怖とかが含まれてる。

NC:『Tracy Denim』はちょっと章立てっぽいっていうか。10日スタジオにいて2週間休んで、また10日スタジオっていうスケジュールだったけど、『The Twist』はひと月で書いて、それを曲にするのにまた数週間って感じだったから、かなり密度が高かったね。

『Quarrel』『bedhead』はストリングスなどが入った曲もありましたが、『Tracy Denim』からはサウンドや楽器がまとまった印象です。〈Matador〉からのリリースやレコーディング環境のアップグレード、ライヴのことを考えてのことでしょうか? それとも自然に?

一同:全部だね(笑)。

JTF:最初は機材もなかったし何ができるかもよくわかってなかったから(笑)。

SF:皮肉みたいなものだよね(笑)。ファーストはジェズミの小さい部屋で限られた機材で録ったから逆にスケールは大きくて、機材を潤沢に使えるようになってきたらバンドのサウンドを良くしようみたいな(笑)。ギグのことも考えたね。

僕はバー・イタリアのドラムがすごく好きなのですが、メンバーの中にドラマーがいません。打ち込みや音色の選定などドラム・ワークはどうやっていますか?

NC:彼ら(サム/ジェズミ)はドラマーだよ!

SF&JTF:違うよ(笑)。

SF:ワンショットとかパーツは録るけど、訓練されたドラマーじゃないからね。

JTF:『Tracy Denim』と『The Twist』では前のドラマーのGuillemがレコーディングでは叩いてくれたんだ。

SF:ドラム・スタイルは気に入ってるんだけど、僕らだと叩けないフィルとかがあるからとても助かってるよ。

NC:彼らはとてもドラムに関してこだわりがあるから、誰かをスタジオに呼んで即興で叩かせたりはしない。私も彼らのドラミングに対する考えはとても好き。

“Nurse!” のドラム・ワークも特徴的でした。

SF:きちんとしたスタジオといいドラム・マイクで録音するのは初めてだったから大興奮でいろんな音を録ったよ! ライドのカップを音を止めながら叩いたんだ。

初期二作は打ち込みやドラムマシンで?

SF:何曲かでは、ジェズミが持ってたひどいドラムマシンも使った(笑)。

NC:“Skylinny”(『Quarrel』収録)で使ったけど特徴的なサウンドでよかったね。

『Tracy Tracy Denim』は楽観的で、『The Twist』には当時感じていた恐怖とかが含まれてる。(ジェズミ・タリック・フェフミ)

サムとジェズミはダブル・ヴァーゴを、ニーナはソロ活動もされていますが、バー・イタリアとの制作環境や意識の違いについて教えてください。

SF:適当にやってるわけじゃないから勘違いして欲しくないけど、バー・イタリアではやろうともしないようなことをやってるね。もっとカジュアルで冒涜的な、あるいは良くわからない方向に向かっていく感じで。

JTF:遊び場みたいに気の向くままできるしね。ニーナは?

NC:ギターは少しのあいだ習ってて、ピアノはちょっとはできるけど、私はほとんど楽器は演奏しない。最初に作った曲はたしかピアノだったけど、いまはギターサンプルとかを使うからパソコンとずっと睨めっこ。あんまり使い方わかってないんだけど(笑)。
あとはミュージシャンとコラボすることが多いね。知り合いのミュージシャンに来てもらって、考えてることを重ね合わせたり。詩はたくさん書くから、ヴァーカル・ワークに専念することが多いかも。ソロのときの録音からリリースまでのアジリティはとても大事にしていて、正式なバンドだと何ヶ月も待たなきゃいけないところが、ソロなら明日リリースと思えば誰にも文句言わせずにそうできるところが好きね。妥協しなくていいところも。でも、バー・イタリアが私の関わった中で一番だと思ってる!

最後に、原体験的なアルバムを一枚ずつ教えてください。

JTF:インターポールの『Turn On The Bright Lights』だね。他のどのアルバムより聴いたと思うよ。

SF:13歳くらいの頃、母親が安いレコード・プレーヤーを買ってくれたんだ。くれたときに母親が泣きながら、初めてレコードを聴いたときのことを話してくれて、そのときは自分の若い頃と僕を重ねてるんだろうと思ってあんまり響かなかったんだけどね。でも一年後くらいに古いニール・ヤングのレコードもくれたんだ。たしか『Harvest』だったと思うけど、あのアルバムは僕を形作るアルバムのひとつだね。

NC:私は、若い頃によく聴いていたので思い出すのはニルヴァーナの『Nevermind』!

 今年に入って、20数年ぶりに拙著『ブラック・マシン・ミュージック』を読み返す機会があった。近い将来文庫化されるというので、加筆修正のためではあったが、20年以上前に自分の書いたものを読むというのはなかなかの重苦だった。その痛みに身悶えしながら、書き足りていないと思ったのは、デトロイト・テクノにおけるプリンスの影響の箇所である。本のなかではエレクトリファイン・モジョのところで少しばかり触れているが、あまりに少しばかりだ。デトロイトにおけるプリンスの人気はすさまじく、言うなれば、70年代のブラック・デトロイトのエースがPファンクだとしたら80年代のその座はミネアポリス出身のプリンスだった。取材するのが困難だった80年代の人気絶頂期にプリンスが快くインタヴューに応じたのがエレクトリファイン・モジョのラジオ・ショーだった。『サイン・オブ・ザ・タイムズ』の前年には、彼の誕生パーティをデトロイトで開いたほどだ。これはこれで文化現象としていろんな深読みができるトピックだが、当時の原稿では、その程度の事実しか書いていない。
 デトロイト・テクノ第一世代は70年代後半に思春期を送っているので、最初の影響という点では圧倒的にPファンクだ。が、カール・クレイグやムーディーマンといったその下の世代になるとその影響は明らかになってくる。クレイグの初期作のエロティシズムおよびキュアーを愛したニューウェイヴ趣味もさることながら、ムーディーマンにいたっては(モジョのインタヴューまでサンプリングしているし)彼の身なりからも影響はあからさまだ。

 80年代の『ダーティ・マインド』から『ラヴセクシー』までのプリンスがあらゆる位相において、いま聴き直しても発見があるほどすばらしかったことは言うまでもない。ここでは、彼のディスコ/白人ニューウェイヴ趣味、そして、いまでは“先駆的だった”と各方面から評価されている露骨なクィア・センス(あるいは、レーガンの80年代に“If I was Your Girlfriend”を歌うこと)に着目したい。なにしろ、シカゴの野球場で大量のディスコのレコードが爆破されてから1年後の『ダーティ・マインド』なのだ。「ディスコとして知られる恐ろしい音楽病を根絶するための戦争」のピークのまだその翌年の話である、ブリーフ一丁でアルバムの1曲目からディスコ・ビート。80年代、「黒人らしくない」という批判(参照:ネルソン・ジョージ『リズム&ブルースの死』の最終章およびプリンス “コントラヴァーシー” の歌詞)を浴びていたプリンスは、ストレートなソウルやファンクをやらなかった、のではない。そもそもソウルやファンクには時代のモードこそあれ、スタイルは流動性にあることをこの黒人イノヴェイターは時間をかけて証明し、21世紀へと続く未来を切り拓いたのだった(例:ジャネル・モネイとフランク・オーシャン)。

グラムこそパンクである、歴史的にもコンセプトにおいても。
──マーク・フィッシャー

 にしても……である。彼とザ・レヴォリューションはハードコアだった。数年前に映画『サマー・オブ・ソウル』に登場する全盛期のスライ&ザ・ファミリー・ストーンの、黒人女性も白人女性もメンバーにした圧倒的なステージを見ると、ああなるほど、ザ・レヴォリューションの原型はここにあるのかと思ったものだが、ディスコもセクシャリティの攻撃的な発露は当然のことまだない。よく言われるように、ロックの性表現は、基本男根的で、男性優位のそれだった。対してディスコのエロティシズムは両性具有的、ないしは女性的だった(例:グレイス・ジョーンズの“I Need a Man”)。もちろんなかには、マッチョを強調したゲイ・ディスコもあったが(例:ヴィレッジ・ピープル)、「本物の男になれ」という時代にあっては、ディスコは野球場で爆破されるまでのなかば国民的な敵意を生んだというわけだ。

 Pファンクがディスコの時代にディスコを非難しながらディスコをやった話はよく知られている。彼らの数あるクレイジーな傑作のなかのひとつ、『Funkentelechy Vs. The Placebo Syndrome』(1977)がそれだ。その前年、Pファンカーたちは、ファンカデリックの“Undisco Kidd”(『Tales Of Kidd Funkadelic』収録)という曲においてディスコの性的な光景をコミカルに風刺した。「一面的なファンクや一面的なディスコは好きじゃない」とジョージ・クリントは言っているが、逆に言えば、一面的でなければ彼はディスコもやった。その最初の成果が消費主義社会を批判したくだんのアルバムに収録の、ヒット曲“Flash Light”だった。そして、そう、続いては、お馴染みの“One Nation Under a Groove”(1978)が待っている。これはファンク神秘主義と政治性が結合した励ましのディスコ・ソングであり、音楽的に見てもプリンスのディスコ・ビートがもうすぐ聞こえてきそうだ。
 ディスコは、(ロックもそうだったが、ロック以上に)黒人音楽のリズムを応用している。パーカッシヴな特質をより発展させ、簡素化しわかりやすくしているが、活かしているのだ。しかしながら映画『サタデー・ナイト・フィーバー』がヒットする1977年には、それは音楽産業にとって都合の良いブームとなった(参照:トム・ウルフ『そしてみんな軽くなった』)。庶民からの音楽ではなく、プロデューサー主導型の、庶民に供給され売りつけられる音楽となった。また、性的表現も、おおよそ男性目線のポルノグラフィーと化したことは、当時のレコード・ジャケットを見ても察せられよう。〈スタジオ54〉に代表されるセレブ趣味/金儲け主義が強調されたこと、その恍惚が個人主義の産物であったことは、さらにまた文化的見地からの批判を集めている。Pファンクが反論したのもこうした点だった。“One Nation Under a Groove”は、セレブ趣味の選民性から排除された人たちに呼びかけ、著述家でDJでもあるクリス・ニーズによれば「ディスコ本来の団結力をPファンクの桶のなかで再構築した」曲だった。
 ここでデトロイト・テクノのファンのためにもうひとつ、ホアン・アトキンスに影響を与えた曲を挙げておく。ヒップホップのファンにはお馴染みの1979年の“Knee Deep”だ。“Flash Light”、“One Nation Under a Groove”、そして“Knee Deep”、これをぼくはPファンク流ディスコ三部作と呼んでいるが、当初この原稿で書きたかったのは、さらにもう1曲のPファンク流ディスコのクラシック、1978年の“Aqua Boogie”のことだった。ふぅ。やっと本題だ。
 
 “Aqua Boogie”——“A Psychoalphadiscobetabioaquadoloop(サイコアルファディスコベータバイオアクアドゥループ)”なる副題が付いたこの曲も、人気曲のひとつで、そしてデトロイト・テクノのファンなら、ドレクシアの“アクアバーン(Aquabahn)”が、この曲とクラフトワークの“アウトバーン”との語呂合わせであることに気がつくだろう。「水」はいまなら、資本主義社会すなわち「うじ虫(magott)」が生きづらい社会というメタファーとして解釈できる。さすればおのずと、ドレクシア神話の意味もより複層化されるというもの、だ。そう、“Aqua Boogie”を擁する『Motor Booty Affair』は、Pファンクによる水中SF作品なのだ。

水は嫌いだ、俺を行かせてくれ、下ろしてくれ
ひゃぁぁあ、あんたら濡れてるじゃん! 溺れてたまるか

 梅雨の季節にも相応しく思えるこの曲は、いつものように脳天気を装いながらも、メッセージはじつにシリアスで、謎めいてもいる。「ああ、息が詰まりそうだ」とわめき立てる“Aqua Boogie”には、ジョージ・クリントならではのキラーなフレーズがある。「With the rhythm it takes to dance to what we have to live through. You can dance underwater and not get wet」(俺らが生き延びるべく踊るために必要なリズムをもってすれば、水のなかで踊っても濡れない)。ジョージ・クリントンはつまり、どんなに苦しい生活でも、苦しさに支配されないリズムがあると言っている。それなら水のなかでも踊っても濡れない。


 Pファンクを聴いてつくづく感服するのは……、まあ、しかもこの時期は、ブーツィー、バーニー、ジェローム・ブレイリー、フレッド・ウェズレーにメイシオ・パーカーらJ.B.難民たち、デビー・ライトやジャネット・ワシントン、マッドボーン・クーパー、ジュニー・モリソン、故ゲイリー・シャイダー……燦々と輝く黄金のメンバーが揃っているのでどの楽曲もたいてい魅力的なのだが、文化的なすごさを考えるに、ジョージ・クリントンの表現力の、白い社会(およびそれに憧れる日本)からは見えない奥深い面白さにはあらためて、ほんとうに舌を巻く。その昔デリック・メイが「それを俺たちは哲学として聴いた」と言ったのは、決して誇張ではない。政治的なメッセージを、高級化したリベラル層ではなく街の与太者たちに伝えるには、高度なストリート用語と黒人英語を駆使し、笑えるくらいの言い表しでなければならない。そのためには「ウジ虫」の目を通して宇宙を語り、タイトなブリーフどころか大きなオムツをはいて演奏することも必要だった。

どうせ社会の片隅に追いやられるのであれば、片隅の言葉で話せばいいじゃないか。
——イアン・ペンマン

 息もつけないほど苦しい時代のなかで生きていることを、あらためて説明するまでもないだろう。この私めは、先日、ベス・ギボンズのレヴューでうかつにも「小池vs蓮舫」で都知事選が面白くなったなどと軽口を叩いてしまったことを、公約を見てつくづく後悔している次第だ。「ウジ虫」の目を通して言えば、まったく面白くない! だから面白いことを考えよう。Pファンカーたちのことを考えてPファンクのレコードを聴こう。彼らのたくさんある狂った名曲のひとつに、“Give up the Funk (Tear the Roof off the Sucker)”がある。直訳すると「ファンクなんて止めちまえ(その建物の屋根を引っ剥がせ)」、意訳すれば「ファンクをよこせしやがれ(屋根を剥がすほど騒いでパーティしよう)」。Give up the Funk=Give us the Funk。「おまえがファンクを諦めてくれたらそのファンクは俺のもの(だからおまえはファンクを諦められない)」。この共有感覚はハウス・ミュージックの定義を言葉で表現したチャック・ロバーツの“In the Beginning (There was Jack)”を彷彿させる。「君のハウスは俺のハウス、だからこれは俺らのハウス」。しかもPファンクのリズムは、UKポスト・パンク(例:ザ・ポップ・グループ)へと伝染し、“One Nation Under a Groove”を経て人種的ステレオタイプを超越するプリンスの、たとえば “Let's Go Crazy”のような曲へと連なっているのであった。
 
 ジョージ・クリントは自伝『ファンクはつらいよ』のなかで、80年代に「最高に格好良かったのはプリンスだ」と言っている。「彼の曲をじっくり聴いてみると、俺たちがファンカデリックでやっていたことを、ロックやニューウェイヴでアップデートしていることがわかった」
 エレクトリファイン・モジョの耳は間違っていなかった。デトロイトがプリンスを愛し、プリンスもデトロイトを「第二の故郷」と呼ぶほど愛したのも、音楽的にも、社会的にも文化的にもなるべくしてなったことだった。それはそれで美しい話だが、問題なのはいま我々が水のなかにいるってことだ。だから、たとえ水のなかでも濡れない、そんなリズムを見つけよう。そして願わくば、永遠の課題である、我らの新しい片隅の言葉を。

※本稿を書くに当たって、Pファンクを愛するふたりのアフリカ系アメリカ人の友人、ニール・オリヴィエラとデ・ジラの助けがあったことを追記しておく。


Koshiro Hino + Shotaro Ikeda - ele-king

 昨年はバンドgoatの復活で注目を集めた音楽家、日野浩志郎が新たな試みをスタートさせる。詩人・池田昇太郎と組んだ、音と声の表現を探求するプロジェクトだ。3年がかりになるそうで、初年度にあたる今年は、大阪・名村造船所跡地のクリエイティブセンター大阪にて、新作公演「歌と逆に。歌に。」が発表される。
 テーマは戦前から活動していた大阪のアナキスト詩人、小野十三郎。かつて彼の見た街や道をめぐりつつ、彼がもとめた「新たな抒情」を独自に解釈した音楽公演になるとのこと。メンバーにはKAKUHANの中川裕貴、パーカッショニストの谷口かんな、goatの田上敦巳などこれまで日野と共演してきた面々に加え、朗読に坂井遥香、音楽家の白丸たくトが加わる。
 公演は8月16日(金)から18日(日)の4回。日野と池田による新しいチャレンジに注目しましょう。

新作音楽公演「歌と逆に。歌に。」
2024年8月16日〜18日、クリエイティブセンター大阪にて4公演開催。
音楽家・日野浩志郎と詩人・池田昇太郎による、
音と声の表現を探る、3カ年プロジェクトがスタート。

詩人・小野十三郎の書く「大阪」を巡り、
音と声による「歌」の可能性を探る

大阪を拠点とし、既存の奏法に捉われず音楽の新たな可能性を追求し続けてきた音楽家・日野浩志郎と詩人・池田昇太郎による、音と声の表現を探る3カ年プロジェクト「歌と逆に。歌に。」。
初年度は、大阪・名村造船所跡地のクリエイティブセンター大阪にて、新作公演を発表する。

本プロジェクトにおいて重要なテーマとなるのが、1903年に大阪で生まれ、戦前から戦後にかけて大阪の風景や土地の人々を眼差してきた詩人・小野十三郎だ。1936年〜52年、小野が大阪の重工業地帯を取材し、1953年に刊行された詩集『大阪』と、彼の詩論の柱である「歌と逆に。歌に。」を手がかりに、同詩集で描かれた地域や地名をフィールドワークとして辿る。

小野十三郎という詩人の作品に向き合うということは彼の生きた時代とその社会、彼の生まれた街、育った街、住んだ街、通った道、生活、彼の思想、友人や影響を受けた詩人を訪れることでもある。本作ではそうした街や道、風景を巡りながら、詩集『大阪』にて描かれる北加賀屋を舞台に、小野が試み、希求した「新たな抒情」を感受し、独自に解釈し、編み直し、それを音楽公演という時間と空間の中に試みる。

公演情報
新作音楽公演|「歌と逆に。歌に。」
日程:2024年8月16日(金)〜18日(日)
公演日時:
 ①8月16日(金)19:30-
 ②8月17日(土)14:30-
 ③8月17日(土)19:30-
 ④8月18日(日)14:30-
 ※開場は各開演の30分前を予定
会場:クリエイティブセンター大阪内 Black Chamber https://namura.cc/
料金:一般=4,000円、U25=3,000円、当日=5,000円
チケット取扱い:ZAIKOイベントページにて

関連イベント|オープンスタジオ
公演を前に、作品制作の現場を間近でご覧いただけます。
当日はリハーサルだけではなく、クリエーションやリサーチの進捗共有なども行う予定です。
日時:2024年7月7日(日)14:00-17:00
会場:音ビル(大阪府大阪市住之江区北加賀屋5-5-1)
料金:500円(要申込・途中入退場自由)
申込:Googleフォームにて

クレジット
作曲:日野浩志郎
詩・構成:池田昇太郎
出演:池田昇太郎、坂井遥香、白丸たくト、田上敦巳、谷口かんな、中川裕貴、日野浩志郎
舞台監督:小林勇陽
音響:西川文章
照明:中山奈美
美術:LOYALTY FLOWERS
宣伝美術:大槻智央
宣伝写真:Katja Stuke & Oliver Sieber
宣伝・記録編集:永江大
記録映像:Nishi Junnosuke
記録写真:井上嘉和、Richard James Dunn
制作:伴朱音

主催:株式会社鳥友会、日野浩志郎
共催:一般財団法人 おおさか創造千島財団「KCVセレクション」
助成:大阪市助成事業、全国税理士共栄会
協力:大阪文学学校、エル・ライブラリー
問合:utagyaku@gmail.com

コメント
日野浩志郎(作曲)|制作にあたって共同制作者へ向けたメッセージ

発端となったのは大阪北加賀屋を拠点とする「おおさか創造千島財団」から2年連続のシリーズ公演を提案されたことでした。声をテーマにした音楽公演を以前から模索していたのもあり、大阪で山本製菓というギャラリーを運営していた詩人の池田昇太郎くんに声をかけたところ、大阪の詩人である小野十三郎に焦点を当てた公演を行うのはどうかと提案してくれました。
 小野十三郎は戦前から活動を行ってきた詩人であり、アナーキズムに傾倒した詩集の出版等を経て、「短歌的抒情の否定」、つまり短歌(57577)の形式や感情的な表現を否定するという主張を行った詩人です。中でも1939年に出版された小野の代表的詩集「大阪」を読んでいると、詩の構造や感情的な表現へのカウンター/嫌悪感のようなものを感じると同時に、「硫酸」、「マグネシウム」、「ドブ」、「葦(植物のあし)」、のような冷たく虚無を感じる荒廃した言葉が際立ち、ポストパンクを聴いてるようなソリッドさに何度もゾクっとさせられました。詩集の中で大阪の様々な地名や川等が登場しますが、今回の会場である名村造船所周辺を含む工場地帯は詩集の中でも重要な場所であることが分かります。
 公演内容についてはこれからのクリエーションによって定めていきますが、現状では小野の代表的詩集「大阪」(1939)を中心に置き、小野の詩を読み取りながら音楽と昇太郎くんのテキストを制作していきます。一般化された短歌のような形式の否定というのは詩だけに留まらず、音楽に対しても同様に言及されているところがあり、音楽的常識に則ったものや直接感情的に訴えるような音楽は制作しない予定です。詩と音楽に対する関わり方も難しく、音楽を聴かせる為の詩でも、詩を聴かせるためのBGMでもない、必然的で詩と関係性の強い音楽を作ることが目標であると思っています。
 このプロジェクトは一旦3年を計画しています。最初の2年は大阪で公演を行った後、公演に関する音源作品と出版物をEU拠点の音楽レーベルから発売、そして3年目には海外公演を行うという目標で進めています。
 制作を始めてまだ間もないですが、取り上げた題材の強大さと責任の大きさを感じています。「詩と音楽」ということだけでも難しいですが、天邪鬼で尖った小野の美学に沿うには単にかっこいい表現というだけでは許してくれそうもありません。主に自分と昇太郎くんが表現の方向性の舵を切って進めていく予定ですが、各々でも小野の詩や思想に触れて解像度を上げてもらえると心強いです。どうぞよろしくお願いいたします。

2024.2.15 日野浩志郎

池田昇太郎(詩・構成)|小野十三郎という詩人と向き合うこと

小野十三郎という詩人の詩と詩論に向き合うことは彼の生きた時代とその社会、彼の生まれた街、育った街、住んだ街、通った道、生活、彼の思想、友人や影響を受けた詩人を訪れることでもある。
 翻って、それは私たちの生きる時代とその社会、私たちの生まれた街、育った街、住む街、通る道、生活、私たちの思想、つまり私たち自身を訪れることでもある。
その上で、詩集「大阪」を通して小野が試み、希求した「新たな抒情」を感受し、独自に解釈し、編み直し、それを音楽公演という時間と空間の中で再構成することを試みる。

 本作のタイトル「歌と逆に。歌に。」は小野十三郎の詩論の一節に基づくものだが、公演に用いたテキストでは、小野の詩や詩論を引用することを最低限にし、書き下ろしとすることにした。そのようにするしかなかった諸般の事情もあったが、詩人の遺した言葉から感銘を受けるに留まるのではなく、新たに言葉を紡ごうとする意義を問い直す必要があった。

 1936年から52年という時代の中で強固な意志を持って書き記された詩篇を読み解き、自らの創作言語にしていくことは並大抵ではなく、仮にあらゆる必然がそこにあったとしても、容易いことではない。
 小野の見つめた、ある時代の大阪。その時代のその街と風景以上に普遍的な目。土地から切り離された人々が、もう一度土地と結ばれるためではなく、その断絶の上で、大きな力に抗い続ける個としてあること。このアスファルトの下に流れる水が、流れ出る場所、浸み出す場所、それを吸って育つ葦、そして枯れる葦。その繰り返し。その見えない流れを捉えること。

2024.6.17 池田昇太郎

photo: Katja Stuke & Oliver Sieber

- - - - - -

プロフィール|出演者

photo: Dai Fujimura

日野浩志郎 / Koshiro Hino
音楽家、作曲家。1985年生まれ、島根県出身。現在は大阪を拠点に活動。メロディ楽器も打楽器として使い、複数拍子を組み合わせた作曲などをバンド編成で試みる「goat」や、そのノイズ/ハードコア的解釈のバンド「bonanzas」、電子音楽ソロプロジェクト「YPY」等を行っており、そのアウトプットの方向性はダンスミュージックや前衛的コラージュ/ノイズと多岐に渡る。これまでの主な作曲作品は、クラシック楽器や 電子音を融合させたハイブリッドオーケストラ「Virginal Variations」(2016)、多数のスピーカーや移動する演奏者を混じえた全身聴覚ライブ「GEIST(ガイスト)」(2018-)の他、サウンドアーティストFUJI|||||||||||TAと共に作曲・演奏した作品「INTERDIFFUSION A tribute to Yoshi Wada」(2021-)、古舘健や藤田正嘉らと共に作曲した「Phase Transition」(2023)、等。佐渡を拠点に活動する太鼓芸能集団 鼓童とは2019年以降コラボレーションを重ねており、中でも延べ1ヶ月に及ぶ佐渡島での滞在制作で映像化した音楽映画「戦慄せしめよ/Shiver」(2021、監督 豊田利晃)では全編の作曲を日野が担当し、その演奏を鼓童が行った。音楽家・演出家のカジワラトシオと舞踊家・振付家の東野祥子によって設立されたANTIBODIES Collectiveに所属する他、振付師Cindy Van Acker「Without References」、映画「The Invisible Fighit」(2024年公開、監督Rainer Sarnet)等の音楽制作を行う。

(C) tramminhduc

池田昇太郎 / Shotaro Ikeda
1991年大阪生まれ。詩人。詩的営為としての場の運営と並行して、特定の土地や出来事の痕跡、遺構から過去と現在を結ぶ営みの集積をリサーチ、フィールドワークし、それらを基にテクストやパフォーマンスを用いて作品を制作、あるいはプロジェクトを行なっている。廃屋を展覧会場として開くことの意味を視線と身体の運動からアプローチしたインスタレーション「さらされることのあらわれ」(奈良・町家の芸術祭はならぁと2021)、一見するとただの空き地である元市民農園を参加者と共に清掃しながら、その痕跡を辿り、かつての様子を無線越しに語るパフォーマンス「Only the Persiomon knows」(PARADE#25、2019)西成区天下茶屋にて元おかき工場の経過を廻るスペース⇆プロジェクト「山本製菓」(2015~)、「骨董と詩学 蛇韻律」(2019~)他。

坂井遥香 / Haruka Sakai
2014年野外劇で知られる大阪の劇団維新派に入団し、2017年解散までの作品に出演。2018年岩手県陸前高田市で滞在制作された映画『二重のまち/交代地のうたを編む』(監督:小森はるか+瀬尾夏美)に参加。近年の出演作に孤独の練習『Lost & Found』(音ビル, 2020)、許家維+張碩尹+鄭先喻『浪のしたにも都のさぶらふぞ』(YCAM)、梅田哲也『入船 23』、『梅田哲也展 wait this is my favorite part 待ってここ好きなとこなんだ』(ワタリウム美術館)など。場所や土地と関わりを持ちながらつくる作品に縁・興味がある。

白丸たくト / Takuto Shiromaru
音楽家。1992年生まれ。兵庫県出身。茨城県大洗町在住。実感のなさや決して当事者にはなれない事柄を、社会・歴史・その土地に生きる人々との関わりから音楽を始めとする様々なメディアを用いて翻訳し、それらを読み解くための痕跡として制作を続けている。「詩人の声をうたに訳す」をコンセプトに行う弾き語り(2016〜)や、ラッパー達と都市を再考するプロジェクト「FREESTYLUS」(2021〜)等。

田上敦巳 / Atsumi Tagami
1985年生まれ。広島県出身。音楽家日野浩志郎を中心に結成されたリズムアンサンブル「goat」のベースを担当。バンド以外に不定形電子音ユニット「black root(s) crew」のメンバーとして黒いオパールと共に不定期に活動。2011年~2018年まで「BOREDOMS」のサポートを行う他、2022年からはダンサー東野洋子とカジワラトシオによるパフォーマンスグループ「ANTIBODIES Collective」に参加。

谷口かんな / Kanna Taniguchi
京都市立京都堀川音楽高校、京都市立芸術大学の打楽器科を卒業。在学時はライブパフォーマンスグループに所属し、美術家、パフォーマー等と共演、即興演奏の経験を積む。卒業後はフリーランスの音楽家として室内楽を中心に活動。卒業後も継続して他分野との即興演奏に取り組んでいる。これまでに、東京フィルハーモニー交響楽団、京都室内合奏団と共演。近年はヴィブラフォンでの演奏に最も力を入れており、2023年11月にヴィブラフォンソロを中心とした初のソロリサイタル「vib.」を京都芸術センターで開催。

中川裕貴 / Yuki Nakagawa
1986年生まれ。三重/京都在住の音楽家。チェロを独学で学び、そこから独自の作曲、演奏活動を行う。人間の「声」に最も近いとも言われる「チェロ」という楽器を使用しながら、同時にチェロを打楽器のように使用する特殊奏法や自作の弓を使用した演奏を行う。音楽以外の表現形式との交流も長く、様々な団体やアーティストへの音楽提供や共同パフォーマンスを継続して行っている。2022年からは音楽家・日野浩志郎とのDUOプロジェクト「KAKUHAN」がスタート。令和6年度京都市芸術文化特別奨励者。

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467