はっとさせられたのはまだまん防中だった3月5日。DOMMUNE の阿木譲追悼番組でのパフォーマンスを目撃したときだ。小ぎれいな PARCO の上階で流すにはあまりにダークでひずんだサウンド。思い返せば2021年、デンシノオトさんがレヴューした『Peculiar』ですでにその神秘は開陳されていたわけだけれど、ライヴで体験する Kentaro Hayashi の濁りを含んだ音響は盤には収まりきらない魅力を放っていた。この2年、パンデミックがメディテイティヴな音楽を増加したことにたいする、ちょっとした異議申し立てのようにも聞こえた。なにせあの炎の男、ザ・バグでさえアンビエント作品を量産した時代である。あるいは、(一見)豊かだった日本の幻想から抜けきれない近年の風潮だったり、どんどんクリーンアップされていく都市の風景にたいする、素朴な疑問符だったのかもしれない。なんにせよ、いまの日本からなかなか出てこない音楽であることは間違いない。
UKはニューカッスルのレーベル〈Opal Tapes〉から送り出された『Peculiar』は、もともと阿木譲の〈remodel〉からリリースされていた作品だ(リミックスでメルツバウ&ジム・オルークが参加)。その音楽をひと言で形容するのは難しい。インダストリアル、ノイズ、エクスペリメンタル、テクノ……そのすべてであると同時にそのすべてから逸脱していくような感覚。「いちばん影響を受けたのはだれですか?」と PARCO で尋ねたとき、真っ先に返ってきた固有名詞はデムダイク・ステアだった。たしかに、それを想起させる部分もある。アルバムは凍てついた彫刻作品のごとき美を放射する一方、ところどころダンスへの欲求を垣間見せてもいて──おそらく手がかりはそこにある。大阪を拠点に活動する Kentaro Hayashi は、ハイブロウなサウンド・アートの文脈からではなく、より肉体的なものに根差した場所から世界を眺めているのではないか。
音楽的な影響という意味ではDJクラッシュ、DJシャドウ、DJフード、DJカムとか、〈Mo’Wax〉や〈Ninja Tune〉とかのアブストラクト勢、マッシヴ・アタックやポーティスヘッドなどのブリストル勢のほうが大きいと思います。
■3月5日の DOMMUNE でのライヴがとても良くて。昨年『ele-king』でアルバム・レヴューは掲載していたんですが、もっと前にライヴを観ておくべきだったと反省しました。
ハヤシ:DOMMUNE は初めてだったので緊張しました。DOMMUNE にはたまたま来ていただいた感じですよね?
■そうです。編集長が急遽サプライズ出演することを知って。これまでも東京でもライヴはされているんですよね?
ハヤシ:中目黒の Solfa で数回、あと落合 soup、Saloon でもやりました。
■大阪ではライヴはよくされているんですか?
ハヤシ:以前はそうでした。environment 0g [zero-gauge] という阿木譲さんがやっていたお店をメインに活動しています。コロナ前はちょくちょくイヴェントをやっていたんですが、いまは年に数回くらいですね。
■DJもされますか?
ハヤシ:むかしはやっていたんですが、いまはDJはほとんどしていません。ライヴがメインですね。
■environment 0g が足場とのことですが、ほかのアーティストやシーンみたいなものと接点はあるのでしょうか?
ハヤシ:少しはという感じですね。個人的にはそんなに頻繁に交流がある感じではないです。environment 0g まわりのミュージシャンや、東京から友だちを呼んでイヴェントをやったりしていて、大阪のアーティストで固まっているわけではないという感じですね。
■なるほど。
ハヤシ:大阪はシーンがあるようで、じつはあまりないのではという気がします。そこがいいところでもあると思います。ハコが持っているお客さんも東京に比べて規模が小さいでしょうし、シーンといえるのかどうかというレヴェルかなと。たしか風営法のときに一気にいろいろなくなって、いまは朝までやってるイヴェントも少ないです。デイ・イヴェントが多い印象ですね。
■音楽をはじめたのはいつからですか?
ハヤシ:高校生のころはギターを弾いていましたが、19~20くらいのときに打ち込みをはじめました。DJクラッシュを聴いて興味を持って、そこからヒップホップのイヴェントでよく遊ぶようになったんです。大阪に DONFLEX というヒップホップのハコがあって、そこで一時期働いていたのでいろいろな知り合いができました。
■意外ですね!
ハヤシ:それが90年末から00年代初頭で。チキチキ・ビートってありましたよね。ちょうどティンバランドが出てきたころで。あとDJプレミアやドレーあたりもよく聴いていました。DJのひとたちとよくつるんでいたので、友だちの家にレコードがいっぱいあったんです。ずっと聴いてましたね。音楽的な影響という意味ではDJクラッシュ、DJシャドウ、DJフード、DJカムとか、〈Mo’Wax〉や〈Ninja Tune〉とかのアブストラクト勢、マッシヴ・アタックやポーティスヘッドなどのブリストル勢のほうが大きいと思います。その流れでダブやジャングルなども聴いていました。
■“Odyssey” はダブ的ですよね。
ハヤシ:キング・タビーは好きでレコード買っていましたね。むかし INDICARDA というアブストラクト・ヒップホップのユニットをやっていたんですけど、そのときイヴェントに呼んでくれた方たちがダブ寄りだったので、ちょこちょこ遊びにも行ってました。モア・ロッカーズと共演したことがありますよ(笑)。
■それはすごい! しかし最初からインダストリアルにどっぷりだったわけではないんですね。
ハヤシ:ヒップホップを通ったあとにハウスやテクノも聴くようになって、そのあと2014年ころに阿木さんと出会ってから、インダストリアルとかも聴くようになりました。阿木さんはイヴェントをやるときレコード・バッグの中をぜんぶ見せてくれたり、曲をかけるときもアーティストがわかるようにレコードを置いてくれたり。それで知識や音のデザインを吸収できた気がします。
■阿木さんとの出会いが大きかったんですね。
ハヤシ:そうですね。もともとはアブストラクト・ヒップホップをつくっていたんですが、そのダークな感じから、テクノや4つ打ちの踊る方向に行きました。そのときは4つ打ちが最強のツールだと思ってました。いろんなジャンルを取りこんでぜんぶつなげられるので、これ以上のものがあるのかと思っていたくらいで。でも、いま思えば、あまり自分自身と噛み合ってなかった気がします。阿木さんと出会って、あらためてアブストラクトで暗い感じが自分に向いてるなと思って。もう一回やろうかなと。
■向いてるというのは、単純に音としてしっくりきたということですか?
ハヤシ:そうですね。ドラムのダーティな感じとか、サンプリング音楽を聴いてた影響からか、荒い質感が好みで、つくるのが得意だなと。あと、踊れなくてもいいところとか。
■アルバムを聴いてぼくは逆に、ダンスへのこだわりがあるのかなと思ったんですよ。“Peculiar” や “Octagon” もそうですし、〈Opal Tapes〉盤に入っている “Arrowhead” のジャングルとか。
ハヤシ:ダンス・ミュージックの進化はとても興味深いですし、それを表現したいとは思っていました。ただ一時期、新しさを感じることが減って飽きてしまって、ドローン系やダーク・アンビエントをよく好んで聴いていたんです。ライヴでもそういう音楽もやっていました。反復やうねりはあるけど、具体的なリズムがないような音楽が新鮮でした。でも、似たような作品がたくさん出てきてから興味がなくなってしまったんです。その反動でまたリズムのある作品をつくりたいと思いました。
■10年代前半~半ばころですかね。
ハヤシ:阿木さんのイヴェントでも、リズムが入っている作品をよく聴いていました。衝撃を受けた作品の多くにはリズムが入っていましたし、その影響でリズムを意識的に取り入れたのかもしれません。語弊があるかもしれませんが、ドローン系とか持続音が中心の作品は見せ方とかで、それっぽく聴こえる気がして、もうちょっとつくりこんだものをやりたいとは思いました。
■ちなみにベース・ミュージックは通っていますか?
■やっぱり暗いですね(笑)。
ハヤシ:はっはっは(笑)。でもベース系のイヴェントにはぜんぜん行けてないですね。
[[SplitPage]]クリアな音より汚れた音のほうが好みなのは、ヒップホップを通ったからかもしれません。ハードのサンプラーの音が好きですし、自分の作品にとって重要な要素です。作品を聴いたら、そのひとがどれくらい手をかけているかってわかると思うんですよ。そこはしっかりやりたいなと。
■こうしてお話ししていると、まったく暗い方には見えないのですが、ダークなものに惹かれるのはなぜでしょう?
ハヤシ:暗いと言われている音楽もストレートに「かっこいい」とか「美しい」と感じているだけで、あまり「暗い」とは考えていない気がします。雰囲気や空気感、緊張感が好みなのかもしれません。
■なるほど。ちょうど最初にアルバムが出たころは穏やかなソウルが流行っていたり、日本ではシティ・ポップ・ブームがつづいていたり、そういうものにたいするいらだちみたいなものがあったりするのかなあと、勝手に想像していたのですが。
ハヤシ:いらだちはないですね。好みではないですけど。ワルい雰囲気を持った音楽が好きなんですよ。むかしはクラブに行くとなんか緊張感がありましたし、イカつくてカッコいいひとたちがいて。ワルい音楽というか、イカつい音。そういうのが好きなのかなとは思います。クラブには音を聴きに行っていたので、社交の場には興味がなかったですね。テクノでも、タナカ・フミヤさんとか、本気で遊んでいる雰囲気のイヴェントが好きでした。
■アルバムでは1曲めの “Gargouille” だけ、ちょっとほかの曲とちがう印象を受けました。賛美歌みたいなものも入っていますし、題もガルグイユ(ガーゴイル)ですし、最後の曲も “Basilica” (バシリカ=教会の聖堂などで用いられる建築様式)で、もしかして宗教的なことに関心があるのかなと思ったんですが。
ハヤシ:まったくそういうことはなくて、イメージですね。鳥ではないけれど、ああいうグロテスクなものが飛んでいるイメージで、曲名は後づけです。本を読んで単語をストックしてそれを使うという感じで、深い意味はまったくないです。
■本はどういうものを読まれるんですか?
ハヤシ:そんな頻繁には読みませんが、昨年までメルツバウのマスタリングをしていたので、そのときは秋田(昌美)さんの『ノイズ・ウォー』(1992年)を読んでいましたね。
■ものすごい数のメルツバウ作品のマスタリングをされていますよね。
ハヤシ:去年までで50~60枚くらいは。制作ペースがすごく早くて、クオリテイも高くおなじものがないんですよ。展開も早いですし。すごいなと思います。
■リミックスでそのメルツバウと、ジム・オルークが参加しています。
ハヤシ:おふたりには、デモ音源を渡してリミックスしてもらったんです。そのリミックスのほうが先に完成してしまったので、影響を受けつつ自分の曲をそこからさらにつくり直しています(笑)。
■オリジナルのほうがあとにできたんですね(笑)。
ハヤシ:「このままじゃ自分の作品が負けるな」と思って。ジム・オルークがあんなにトゲトゲした、バキバキなものをつくってくれるとは思わなかったので、嬉しかったんですが、それと並べられるような作品にしないとと。プレッシャーでした(笑)。
■ちなみに〈Opal Tapes〉盤のジャケはなぜウシに?
ハヤシ:ほかにも候補はあったんです。きれいな模様みたいなものもあったんですが、それよりはウシのほうがレコード店に並んだときに手にとってもらえるだろうなと思って。なんでウシなんだろうとは思いましたけど、デビュー・アルバムだし、インパクトはあったほうがいいかなと。ノイズっぽいジャケだと思いましたし、写真の雰囲気や色合いも好きだったので。でも、希望は伝えましたが最終的にどっちのジャケになるかはわからなかったんです。
■ノイズというのはやはりハヤシさんにとって重要ですか?
ハヤシ:ノイズは効果音やジャパノイズのような使い方だけではなく、デザインされた音楽的な表現や、ギターリフのような楽曲の中心的な要素にもなると思うので、とても重要だと思います。感情も込められるというか。
音響的な作品でも、クラブ・ミュージックを経由した雰囲気を持っているアーティストにはシンパシーを感じますね。いろいろな要素が入っている音楽が好きなのかもしれません。
■ではご自身の音楽で、いちばん欠かせない要素はなんでしょう?
ハヤシ:いかに手をかけるかというか手を動かすというか……音質というか雰囲気というか、色気のある音や動きが重要な要素なので、ハードの機材を使って手を動かしていますね。ただハードでも新しい機材は音がきれいすぎるので、古い機材のほうが好きです。クリアな音より汚れた音のほうが好みなのは、ヒップホップを通ったからかもしれません。ハードのサンプラーの音が好きですし、自分の作品にとって重要な要素です。作品を聴いたら、そのひとがどれくらい手をかけているかってわかると思うんですよ。そこはしっかりやりたいなと。
■シンパシーを抱くアーティストっていますか? 日本でも海外でも。
ハヤシ:デムダイク・ステアですね。とくに、ベルリンの《Atonal》でライヴを体験してからそう思うようになりました。ほかの出演者もかっこいいと思っていたんですけど、ちょっときれいすぎたり、洗練されすぎている印象だったんです。おとなしい印象というか。でもデムダイクのライヴは洗練された、そのさらに先を行っていて、ジャンルは関係なく荒々しく、自由にライヴをしていたのがすごく印象に残っています。テクノなスタイルだけではなく、ブレイクビーツを使い意図的にハズしたり、そのハズしかたがすごくかっこよかった。京都のメトロに彼らがきたときに本人たちとも喋ったんですけど、彼らもヒップホップがすごく好きで。そこを通ってるのがほかのひととちがうのかなと。スタジオのセットアップについて話をしたときも、彼らは自分たちはオールドスタイルだと言っていました。
■なるほど。
ハヤシ:あとはピュース・マリーとかローリー・ポーターとか。イヴ・ド・メイ、サミュエル・ケリッジ(Samuel Kerridge)、ヘルム、FIS、エンプティセット、パン・ソニック、ペシミスト、Metrist とかですね。ペダー・マネルフェルトもすごく好きです。最近はテクノっぽくなってきていますけど。阿木さんが『Lines Describing Circles』をよくかけていて。音響的な作品でも、クラブ・ミュージックを経由した雰囲気を持っているアーティストにはシンパシーを感じますね。いろいろな要素が入っている音楽が好きなのかもしれません。テクノでもたんに4つ打ちだけではなくて、ジャングルやダンスホール、ブレイクビーツの要素が入っていたり、インダストリアルな要素が入っているとシンパシーを感じます。
■ヒップホップをはじめ、いろいろルーツがあると思うのですが、ご自身の音楽をひと言であらわすとしたら?
ハヤシ:難しいですね……エクスペリメンタル・ノイズ、インダストリアル・テクノ、アブストラクトなどの要素を混ぜた感じでしょうか。定義するのは難しいです。自分としては、クラブ・ミュージックの発展形のようなイメージです。先端音楽というのかわかりませんが、いろんな要素を含んだハイブリッドで新しい作品をつくりたいと思っていますね。
■音楽で成し遂げたいことってありますか?
ハヤシ:まずは2作目をちゃんとつくりたいです。ライヴももっと頻繁にやりたいですし、もっと大きなステージでもやってみたい。いつか《Berlin Atonal》のステージにも立ってみたいです。映画音楽も興味があります。テクノもつくりたいし、モダン・クラシカルも好きなので、ピアノだけの作品も出したいですね。
■それはぜひ聴いてみたいです。
ハヤシ:でもいまピアノ作品出したら逃げてる感じがしちゃうので(笑)。そこは1作目の続きでマウンドに立ってフルスウィングしたいなと(笑)。でも2枚めでコケるパターンってよくあるので、2枚めで終わらないようにしないと(笑)。
■いいものができると思いますよ。というのも、ヒップホップ時代もあり、テクノ時代もあり、阿木さんとも出会ってという、いろんな経験をされてきてると思うので、20歳くらいのひとがセカンドをつくるのとはぜんぜんちがうと思うんですよ。
ハヤシ:いろんな経験をしてきたからこそわかるものにはしたいですね。深みのある作品をつくりたいです。