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Kentaro Hayashi

IndustrialNoiseTechno

Kentaro Hayashi

Peculiar

Opal Tapes

デンシノオト   Jun 21,2021 UP

 UKの工業都市ニューカッスル・アポン・タインを拠点とするエクスペリメンタル/インダストリアルなレーベル〈Opal Tapes〉から本年2021年にリリースされた日本人アーティスト Kentaro Hayashi のアルバム『Peculiar』(https://opaltapes.com/album/peculiar)をご紹介する。

 本作は、やや複雑な経緯で〈Opal Tapes〉からリリースされたアルバムだ。もともとは2020年に日本は大阪のレーベル〈remodel〉からリリースされたCD作品だったが、かの〈Opal Tapes〉の耳にとまり、2021年にふたたび「新作」(LP/デジタルでのリリース)として世界に送り出されたアルバムなのである。今回のリリースにあたり〈remodel〉盤からアートワークも一新され、新たに2曲が追加収録されている。完全版『Peculiar』とでもいうべき仕上がりだ。

 ちなみに〈remodel〉は、かつては故・阿木譲氏が主宰していたレーベルだが、現在は彼の意志を継いだ形で運営されているインディペンデント・レーベルである。
 Kentaro Hayashi のことは生前の阿木氏も高く評価していたようで、「KENTARO HAYASHIのsubstratum音響は柔らかい機械だ。バロウズの「世界を律しているのは音でパターンとしての聴覚」であるという、あるいはガタリのそれぞれの組織や諸機械を具えて蠢いている宇宙の卵胞=器官なき身体かも」と書いていたという(http://studiowarp.jp/slowdown/remodel-08-kentaro-hayashi%E3%80%8Epeculiar%E3%80%8F/)。
 そのような縁(?)もあってか Kentaro Hayashi は、阿木氏晩年の「0g」などのデザインを行っていた edition.nord (秋山伸)がリリースしていた阿木譲「Bricolage Archiveシリーズ」や「Vanity Tapes: Box Set / Cassette edition」の編集とマスタリングを担当などを担当もしている。彼は優れたサウンドエンジニアでもあるのだ。その意味で本作は大阪(edition.nord は新潟を拠点としている)の阿木譲/「0g」のネットワークから世界へと飛びだっていった逸材ともいえよう。

 だが、これまでの話は彼の音楽そのものからみれば周辺の話題にも過ぎないとも思う。それほどまでに本アルバムに収録された電子音楽はエレクトロニック・ミュージックとエクスペリメンタル・ミュージックの新たな可能性に満ちているように思えるからだ。
 あえて分かりやすい例えを使わせてもらえば、デムダイク・ステアワン・オートリックス・ポイント・ネヴァーなどの10年代エクスペリメンタル・ミュージック・サウンドの可能性を新たに解釈し、別の並行世界のサウンドスケープとして生成・構築したような音響作品なのである。
 これは大袈裟な比喩ではない。特に1曲目 “Gargouille” を聴いてほしい。讃美歌のような「声」のサンプルに、それをバラバラに解体していくような電子音/ノイズが重なり、時間と空間を遠近法を変換していくかのごときサウンドを作り上げているのだ。ノンビートのさなか不規則に、まるで新たな生命体のようにノイズが蠢く驚き。そこで変換される讃美歌のようなヴォイスは、この世界の美しさと受難の瞬間を結晶化させたかのようである(ちなみにこの曲の前ヴァージョンは〈remodel〉のコンピレーション・アルバム『a sign 2』に収録されている)。まさにアルバムを代表するサウンドといえよう。
 2曲目 “Vakuum” は、一転して重厚なリズムが刻まれるネオ・インダストリアルなムードの曲だ。メタリックなノイズの横溢も刺激的である。3曲目 “Peculiar” ではリズムとノイズの交錯がより高密度で展開する。いわばアフター・グリッチとでもいうような強烈なノイズと、アフター・テクノとでも形容したいほどの高速の反復感覚が凄まじい。
 以降はメタリックなサウンド・ノイズと解体されるリズムとでもいうべき音響がアルバムを貫く。人間の肉体感覚を越境するような独自のサウンドだ。
 〈Opal Tapes〉盤では〈remodel〉盤にない “Arrowhead” と “Anabiosis” が6曲目と7曲目というアルバムの中心位置に近い場所に収録されている(おそらくは氏がネット上にアップしていたトラックを元にした曲だろうか)。ストレートにして異質なテクノを展開する “Arrowhead” と、重厚な「間」の感覚を持ち、まるで楔を打ち込むような “Anabiosis” をアルバムの中心に収めたことで、作品全体の「動と静」のコントラストがより明確になったように思う。
 これらの曲はライヴで用いていたハードウェアのサンプル・データをもとに再構築したトラックのようで、その意味でこの時点の Kentaro Hayashi の集大成とでもいえるサウンドともいえよう。
 じじつ、徹底的に磨き上げられたトラック/音響は聴き手の聴覚を一気に拡張するような強度に満ちている。特に低音の響きと高音のヌケが抜群で、聴けば聴くほどに身体が強烈な音響によって浄化していくような感覚すら感じてしまう。ノイズとエレクトロニカの融合、いわば「ノイズトロニカ」とでもいうべきか。

 さて、アルバムの最後には爆弾級(?)の重要トラックが収めれている。あのジム・オルークによる “Vakuum _ Jim O'Rourke Remix” と、メルツバウによる “Gargouille _ Merzbow Remix” の2曲である。
 オルークがこれほどまで電子音響的グリッチ・テクノなトラックを手掛けたのは近年では稀ではないか。オルークは原曲を解体しつつ、原曲にあった解体的テクノの側面をより抽出してみせる。オルークと Kentaro Hayashi の「解体的交感」とでもいうべき仕上がりである。オウテカの現在へオルークからの返答のような完成度の高い電子音楽であり、オルーク・マニアも必聴のトラックである。
 そしてノイズ・ゴッド、メルツバウのリミックスは原曲にあった讃美歌的ヴォイスを残し、そこに抑制されたメルツバウ・ノイズが絡むといった異色の仕上がりだ。轟音ノイズのメルツバウというパブリック・イメージとは異なる、いわば「メルツビエント」的なサウンドに思わず唸ってしまった。
 そして『Peculiar』は、アルバム冒頭の曲のリミックスで終局を迎えるわけだ。時間と空間、歴史と現在が円環を描くような見事な構成である。

 最後に『Peculiar』のトラックは、あの KMRU のミックス音源に選曲されたことを書き記しておきたい(https://groove.de/2021/05/21/kmru-groove-podcast-297/)。しかも冒頭だ。彼のサウンドは、新たなリスナーへと届き始めている。

デンシノオト