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航

航

Do-Chu

KOYA Records

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渡邊未帆   Jul 30,2010 UP

★今回、航の音楽を通して自分語りから始めることを許してください。けれども、その恥をさらしてでも書きたいと思ったのが、航のアルバム『Do-Chu』についてです。

 私は1998年に静岡県から上京してきた。上京したばかりの頃、私は渋谷区に住んでいて、大学に通う傍ら、渋谷や下北に小島真由美、CHARA、朝日美穂のライヴに行き、椎名林檎のデビュー・アルバム『幸福論』を何度も聴き、毎週末原宿や表参道を何をするでもなく歩いて、雑誌は『装苑』を毎月買い、ゴダールの『気狂いピエロ』とかを見て、ヒロミックスやしまおまほの存在を気にしながら、いわゆる、なんていうんだろう、恥ずかし気もなくミーハーなオシャレ文化系女子(?)を気取りながら、都会生活を謳歌していた。

 ある日、表参道のストリート・ミュージシャンと会い「今度ライヴやるから来てよ」と言われて、初めて雑誌とかレコード屋さんで目にしたことのない人のライヴに行くことになる。そこで対バンだったのが、「トーマス・ヨハンセン」というバンドだった。私は一瞬にしてそのバンドに心奪われた。配られていたチラシに「トーマス・ヨハンセン/鍵盤楽器奏者募集」とある(私は矢野顕子に憧れて、何を勘違いをしたのか芸大受験をしたのである)。次の日には電話だかメールだかハガキだか忘れたけれど、自意識過剰な私は迷わず連絡していた。話は長くなるのでいろいろと省略するけれども、私は幸運なことにバンド経験なんて何にもないのに、すぐにライヴハウスで演奏することになった。そのなかでも定期的に演奏していたのが、〈渋谷アピア〉という小さなライヴハウスだった。

 その〈渋谷アピア〉が、オシャレ文化系女子のつもりだった私にとっては、もしかしたら人生の矛先を大きく変えた場所のひとつであったかもしれない。南正人、遠藤ミチロウ、火取ゆき、友川カズキ、チバ大三、三上寛といった人たちが出演していて、初めてこの世の裏側にこういう音楽が存在するということを知ったのである。そのライヴハウスでよく名前を見たのが、今回紹介する航(ピアノ、ヴォーカル、作曲)である。

★前置きが長くなったけれど、やっとここから本題に入ります。

 航のプロフィールを見ると、私と同じ1979年生まれ、クラシックを学んで、1998年にライヴ活動をはじめ、ちょうど同時期に〈渋谷アピア〉で活動している。たしかに当時その名前は見たことがあった。十余年を経て、今年初めてこのアルバム・リリースをきっかけに私の担当しているラジオ番組のゲストとして出演していただくことによって対面することになった。彼女の名前を見たときにこれは他人事とは思えなかったので出演をお願いしたのである。
 航はあの頃から、〈渋谷アピア〉の地下水脈のなかでソロ弾き語りライヴをこなし続け、そして藤井郷子さんとのデュオアルバムを経て、2010年このアルバム『Do-Chu』をリリースするに至った。このアルバムの曲すべて、作曲は航本人で、共演者に田村夏樹(tp)、植村昌弘(ds)、公文南光(cello)を迎えている。このアルバムで開花した新しい世界というのが私には充分すぎるほど感じ取ることができて感涙するのである。何かと再会する感動。しかも私の敬愛する藤井郷子/田村夏樹の音楽を経て。

 ラジオ番組に出演してもらったときに、航には自分のアルバム以外に影響を受けた音楽をいくつか持って来ていただくことをお願いした。彼女が持って来てくれたのは、Portishead『Glory Box』とBrigitte Fontaine『 Comme a la Radio』だった。このふたつを彼女は声と楽器が主従関係になっておらず、対等である音楽と指摘していたけれど、この選曲に私はあらためて彼女に惚れ直しもした。

 航の音楽は、ひとつの身体から奏でられる。体の芯から分岐して、細い指先に伝わって繊細に紡ぎ出されるピアノの音と、体内の管を通って喉を振るわせ吐き出される声。こんなふうに私の耳に届いて来た弾き語りは、私が高校生のときに初めて音楽的な衝撃を受け、音楽を志そうと思った矢野顕子『JAPANESE GIRL』(1976)の"電話線"以来である(高校生当時1995年、弾き語りアルバム『ピアノ・ナイトリイ』が出た頃。矢野顕子を全部集めようと思って2枚目にデビュー・アルバムを買った)。
 航の音楽は、こんなふうに私の個人史のなかに浸透して、自分の音楽体験を走馬灯のように振り返らせてくれる力をもちながら、少し大袈裟かもしれないけれど90年代から現在にかけての日本音楽史の裏側を背負った類のない音楽である。2010年それがようやく世間に放たれた。ほんとうにうれしい。いま、90年代オシャレ文化~アンダーグラウンド音楽シーン~アヴァンギャルド音楽シーンを経て、ようやくひとつの身体から奏でられる弾き語りとして、航の音楽が「あなたの耳へ」と届くことになるだろう。

渡邊未帆

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