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ボブ・ディランをモチーフにしたトッド・ヘインズ監督の映画『アイム・ノット・ゼア』のもっとも美しいシーンのひとつが、マイ・モーニング・ジャケットのフロントマンであるジム・ジェームスがキャレキシコの演奏とともに"アカプルコへ行こう"を歌い上げる、若い娘の葬儀の場面だった。その作品はディランを6人の俳優に演じさせ、各パートで演出も分ける実験的な作りにすることにより、ディランの多面性を一旦バラしてアメリカの時代を考察するヘインズ監督らしいテーマを持っていたが、作品のエモーショナルな部分を繋いでいたのは他ならぬディランの歌であり、ジムがそのハイトーン・ヴォイスで歌うディランの繊細さは映画の時間に緩やかさをもたらしていた。
マイ・モーニング・ジャケットはケンタッキー出身の豪快なライヴ・バンドで、その身体にはハード・ロックの血が濃く流れている。数年前テレビ出演した彼らが、量が多すぎる長髪と髭を振り乱して嬉々として演奏する映像を観て、そのあまりのパワフルさと暑苦しさに僕は友人とゲラゲラ笑っていたものだが、そのエネルギーは毎日のようにジャム・セッションとライヴを重ね続けたアメリカのロック・バンドの底力をまざまざと示すものだ。その演奏とアンサンブルはつねに生き生きとしていて、彼らの手のなかで楽器は嬉しそうに音を上げる。バンドの、ときには4時間に渡るライヴのスケールの大きさはジャム・バンド好きの大絶賛をつねに得ている。そのサイケデリアは白昼夢にまどろむためのものではなく、宇宙へのトリップを欲望する壮大なものだ。
だが、マイ・モーニング・ジャケットはそんな豪快さだけがとりえの単なる田舎の元気なジャム・バンドではなく、同時にフォークやカントリーに対する深い理解やエレクトロニカやヒップホップに対する興味も持ち合わせているところこそが何よりの魅力である。それは恐らくジム・ジェームズによるところが大きく、彼はエリカ・バドゥを絶賛しながらソロ名義ではジョージ・ハリスンのカヴァーを披露する少し変わった感性の持ち主だが、それはステージでフライングVを得意げにかき鳴らしている髭面の男と同一人物でもある。その音楽的な素養を証明したのが4枚目の『Z』だ。以降はとくにシンガーとしての表現力を増した印象が強く、その成果が冒頭で書いた映画のシーンなども生み出すこととなった。ブライト・アイズのコナー・オバーストやM.ウォードらと組んだ、フォーク/カントリー・ユニットであるモンスターズ・オブ・フォークも記憶に新しい。
前作『イーヴル・アージス』は音楽的に手を広げすぎてややまとまりに欠けたところもあったように思うが、6枚目となる『サーキタル』は抑制の効いた構成になっていて、ライヴで見せるような爆発は見当たらないが、その分バンドが持つ繊細さや奥行きが感じられる好盤だ。
アルバムは"ヴィクトリー・ダンス"の不穏なムードで幕を開け聴き手を焦らしつつ、続くタイトル・トラックで早くもハイライトを迎える。慎ましくはじまるそのフォーク・ロックはヴァースを重ねるごとにさまざまな楽器のパートを加えつつ躍動し、7分強のなかでメランコリアとユーフォリアを行き来し、バンドの持つエモーションの幅を見事に体現する。ハード・ロックとファンクがごちゃ混ぜになったような演奏の上に子どものコーラスが乗る"ホールディン・オン・トゥ・ブラック・メタル"も面白いし、ファンキーなホーンが活躍するワイルドなロック・チューン"ファースト・ライト"もこのバンドらしいが、より耳を引くのはアコギとストリングスが織り成すフォーク・ナンバー"ワンダフル(ザ・ウェイ・アイ・フィール)"や、ラストの4分の3拍子のピアノ・バラッド"ムーヴィン・アウェイ"のような穏やかで美しいナンバーだ。野外フェスでこれらの曲が演奏されれば、ひとたびそこはピースフルな空気で覆われることだろう。が、そこには同時に室内楽的な親密さもある。この感覚はこれまであまりなかったものだと思う。そして、それらの楽曲で聴けるジムの歌声の優美で温かな響きは、どこか時間の流れを遅くするような陶酔感を持っている。
マイ・モーニング・ジャケットはアティチュードや佇まいではなく、何よりも演奏と歌で迸る生命力のようなものを表現している稀有なバンドである。そのサウンドは多彩だが、つねに沈みこむことはない。"ワンダフル"では何がワンダフルだと言っているのかと思えば、「僕が向かう場所には警察なんかいない/病気なんてない/僕が向かうのは自分自身でいられる場所/ありのままの魂」という、かつてのアメリカの理想がフラッシュバックするようなものだ。だが、この歌を聴いていると、それがサイケデリックな幻だって構いはしない、いまはここに身体と意識を任せていたい......という気分になってくる。
木津 毅