ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Beyoncé - Cowboy Carter | ビヨンセ
  2. The Jesus And Mary Chain - Glasgow Eyes | ジーザス・アンド・メリー・チェイン
  3. interview with Larry Heard 社会にはつねに問題がある、だから私は音楽に美を吹き込む | ラリー・ハード、来日直前インタヴュー
  4. Columns 4月のジャズ Jazz in April 2024
  5. interview with Martin Terefe (London Brew) 『ビッチェズ・ブリュー』50周年を祝福するセッション | シャバカ・ハッチングス、ヌバイア・ガルシアら12名による白熱の再解釈
  6. interview with Shabaka シャバカ・ハッチングス、フルートと尺八に活路を開く
  7. Columns ♯5:いまブルース・スプリングスティーンを聴く
  8. claire rousay ──近年のアンビエントにおける注目株のひとり、クレア・ラウジーの新作は〈スリル・ジョッキー〉から
  9. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第2回
  10. Larry Heard ——シカゴ・ディープ・ハウスの伝説、ラリー・ハード13年ぶりに来日
  11. 壊れかけのテープレコーダーズ - 楽園から遠く離れて | HALF-BROKEN TAPERECORDS
  12. Bingo Fury - Bats Feet For A Widow | ビンゴ・フューリー
  13. 『ファルコン・レイク』 -
  14. レア盤落札・情報
  15. Jeff Mills × Jun Togawa ──ジェフ・ミルズと戸川純によるコラボ曲がリリース
  16. 『成功したオタク』 -
  17. まだ名前のない、日本のポスト・クラウド・ラップの現在地 -
  18. Free Soul ──コンピ・シリーズ30周年を記念し30種類のTシャツが発売
  19. CAN ——お次はバンドの後期、1977年のライヴをパッケージ!
  20. Columns 3月のジャズ Jazz in March 2024

Home >  Reviews >  Album Reviews > Father John Misty- Pure Comedy

Father John Misty

FolkIndie Rock

Father John Misty

Pure Comedy

Sub Pop / OCTAVE

Tower HMV Amazon iTunes

木津 毅   Jul 12,2017 UP

 喜劇
 それは狂人が心に描くようなもの!  “ピュア・コメディ”

 アメリカの長寿コメディ・アニメ、『ザ・シンプソンズ』が2000年にトランプ大統領の登場を予言していたとして昨年話題になった。該当のエピソードは、占い師が予言した未来では主人公家族のリサ・シンプソンが大統領に就任するのだが、その前任がドナルド・トランプだった――というものだ。同エピソードではトランプ大統領就任中に経済も治安も最悪の状態になったと描かれており、脚本家は振り返って「アメリカへの警告だった」と語っているそうだが……しかし、それはたしかに「ジョーク」でもあっただろう。笑いが社会を射抜くときそれは風刺となり、ときに警告となる。保守系メディアとして何かと物議を醸しているFOXチャンネルで『ザ・シンプソンズ』のような風刺に富んだコメディが放映されていることは、それ自体アメリカという国の矛盾を象徴しているように見える。

 ファーザー・ジョン・ミスティがサード・アルバムのリリースに先んじて公開した“ピュア・コメディ”のオフィシャル・ヴィデオに登場するアニメ・キャラクターになったドナルド・トランプは、『ザ・シンプソンズ』においてアメリカを破壊したトランプ大統領の姿を連想させる。『The New Yorker』誌のイラストレーターであるエド・スティードによるシュールなアートワークと、アメリカで現在起きている災害・娯楽・産業・政治・社会・宗教……がそのヴィデオでは映されるが、それは「Video by everyone in America」と説明されている。アメリカにいるみんな……を映すものを、「純粋な喜劇」と呼ぶこと。歌詞ではこの世のグロテスクな状況がブラック・ユーモアたっぷりに描かれる。“ボアド・イン・ザ・USA”に代表されるように前作でその片鱗はじゅうぶん見えていたが、ジョシュ・ティルマンはこのサード・アルバムで、風刺作家でありコメディアンとしてのペルソナを進んでかぶっている。ゴージャスなオーケストラと朗々とした歌唱で飾りつけられたピアノ・バラッドである“ピュア・コメディ”は、楽曲自体がショウビズを大真面目に踏襲しているようにも皮肉っているようにも聞こえる。いや、その両方なのだろう。『ピュア・コメディ』は、USインディにおける稀代のトリックスターとしてのティルマンが、その分裂を飲みこまんとする野心に満ちた大作だ。特定の政治的状況を指し示しているわけではないが、アルバムはまるでスラップスティック・コメディのようなこの時代を、それから人間の欲望や社会の混乱を俯瞰的に描写し、それはきわめてアメリカ文化に根差したものとして実現されている。

 70年代前半のUSシンガーソングライター風フォーク・ソング集という基本路線は前作と同様だが、オーケストラのアレンジをより前面に置いた頭3曲にはアメリカのエンターテインメント産業にかつてあった粋を喚び出さんとする気概が感じられる。とりわけブリブリと弾むサックスがカウンターメロディを歌いまくる“トータル・エンターテインメント・フォーエヴァー”のアレンジが放つ大人の色気はどうだろう。「信じられるかい/僕らがこんなところまで来てしまったなんて/この新時代で 自分の欲しいものを手にする自由」とペーソスたっぷりに歌われる痛烈さ、そのねじれた知性。と、同時に満ち満ちた情感。ティルマンはここで現代におけるランディ・ニューマンのポジションへと一歩足を進めたわけだが、いっぽうで批評の死を歌う“バラッド・オブ・ザ・ダイイング・マン”(ボブ・ディラン“バラッド・オブ・ア・シン・マン”の引用だろう)や控えめな室内楽“ア・ビガー・ペーパー・バッグ”、レイドバックしたフォーク・ロック“スムーチー”のようにシンプルなアレンジの楽曲では単純にソングライティングの力で聞かせるし、あるいは“バーディー”のイントロにおけるフォークトロニカ的音響からは、彼が必ずしもレトロの伝道者ではなく、モダンなミュージシャンであることも証明している。ただ逆に言えばテーマとしてもサウンドとしても大きな風呂敷を広げているということでもあり、中心がどこにあるかが判断しにくくはある。
 そのヒントは、アルバムにおけるもっとも長尺の“リーヴィング・LA”に託されているだろう。陶酔的なチェンバー・フォークに乗せてパーソナルな内省がどこか叙事的に綴られるその13分は、歌い手の素の横顔が見え隠れする時間である。ファーザー・ジョン・ミスティの最大のチャームは、おそらくマクロからミクロへとスッと視点が転じる瞬間だ。皮肉と笑いにはぐらかされていた想いがふいに零れ落ちてくる瞬間がFJMのアルバムには存在するが、それこそが彼の歌の生々しさであり、思いやりだ。アコースティック・ギターとピアノの素朴な演奏と誠実なストリングス、そしてよく伸びる歌声ばかりがあるクロージング・ナンバー“イン・トゥエンティー・イヤーズ・オア・ソー”でティルマンは「どこかで読んだことによれば、20年後には多かれ少なかれ、人類の試みは暴力的な限界に達するそうだ/それでも2杯めの酒が届くころ、僕はこうして君を見つめるよ/そう、生きていることが奇跡なんだ」と歌うが、それははっきりと愛の宣言である。そしてアルバムは、「恐れることなど何もない」と繰り返して終わっていく。

 ケンドリック・ラマーの『DAMN.』はすでに「ポスト・トランプ時代を象徴する一枚」として評価されているが、直接的に政治的でなくとも、ある意味でFJMの『ピュア・コメディ』も現在進行形のアメリカ、その混沌――まさに「風刺画」であるエド・スティードによるジャケットをじっと見つめてみよう――を黙示録的に描いていると言える。だが、と同時にティルマンは自身もそのカオスの一部であることを忘れることはなく、そうして生きていくことの悲喜こもごもを真摯に歌い上げている。倒錯した時代に捧げられた狂人によるコメディは、じつはもっともピュアなバラッド集でもある。


木津 毅