Home > Reviews > Album Reviews > People Under The Stairs- Sincerely, The P
昨年10月27日、LAのヒップホップ・デュオ、ピープル・アンダー・ザ・ステアーズ(以下、PUTS)のセス・ワンがインスタグラムにて、突如ポストした引退宣言。そして、同時に PUTS のラスト・アルバムとしてアナウンスされたのが、今年2月1日リリースの本作『Sincerely, The P』だ。いまから約10年ほど前になるが、LAの南部、サンペドロというエリアにあるセス・ワンの自宅スタジオでインタヴュー取材をしたり、あるいは彼らのプロモーション・ヴィデオにちょい役で出演させてもらったりと、個人的にも思い入れの深いグループであっただけに、彼らの引退宣言には正直複雑な思いもある。とはいえ、すでに20年以上にわたって活動を続け、本作を含めてフル・アルバムを10枚も発表してきたセス・ワンとダブル・Kの二人が、すべてをやりきったという満足感と疲労感のなかで、ファンのためにもちゃんと引退を宣言し、アーティスト活動を終える決意をしたことも理解できる。
彼らがファースト・アルバム『The Next Step』をリリースした90年代後半といえば、ジュラシック5のデビューや日本でも人気の高かったリヴィング・レジェンズの活躍、あるいは〈ストーンズ・スロウ〉の初期の盛り上がりなどとも重なり、LAだけではなく、サンフランシスコ/ベイエリアも含めた、カリフォルニア全体のアンダーグランド・シーンに注目が集まりはじめた時期でもあった。日本のヒップホップ・ヘッズからすると、PUTS もそんなシーンのなかのひとつとして捉えられていたが、彼らはクルーのような形で徒党を組むようなタイプでなかったこともあり、実際は少し浮いている存在でもあったという。彼らの初期のアルバムがエレクトロニカなどをメインとしていたサンフランシスコのレーベルである〈オム〉からリリースされていたことも、当時の立ち位置を物語っている。そんななか、彼らはアメリカ国内よりも先に、ヨーロッパなど国外で人気を獲得することに成功。さらに、その後も地道にライヴ活動や作品のリリースを重ね、気がつけば、LAシーンのなかでもベテラン・アーティストとしてリスペクトされる存在となっていった。そんな20年以上の活動の結晶が、このラスト・アルバム『Sincerely, The P』というわけだ。
デビュー・アルバム『The Next Step』の収録曲である彼らの代表曲“San Francisco Knights”のライヴ音源からスタートする1曲目“Encore”から、タイトなブレイクビーツの“Reach Out”という頭の流れだけで、PUTS ファンは即座に心を掴まれるに違いない。サンプリングをメインにして作られたトラックにセス・ワンとダブル・Kによる絶妙な掛け合いによるラップが乗り、オールドスクールなフレイヴァのなかに、単なるノスタルジーだけではない、純粋なヒップホップ・カルチャーの芯の部分が彼らの楽曲には宿る。前半から中盤にかけて“Reach Out”、“Hard”、“The Red Onion Wrap”、“Streetweeper”、“We Get Around”といった緩急つけた様々なスタイルの曲のなかで披露される、デビュー時から変わらない PUTS のポジティヴなパーティ感。もちろん20年間以上、絶え間なくアップデートし続けた上で、しっかりと2019年のサウンドにもなっているのは言うまでもない。
アルバム後半につれ、セス・ワンが実の息子に捧げたソロ曲“Letter to My Son”や“Family Ties”といった心の内面へ訴えかける曲が主軸となっていくことで、徐々に終焉感が漂いはじめ、本作が彼らのファイナル・アルバムであることを、いやが上でも意識せざる得なくなってくる。そして、デビュー当時の彼らをサポートしたLAローカルのDJであるロブ・ワンやダスクといった故人へのシャウトアウトも込めた“The Sound of a Memory”でアルバムの幕は閉じられ、彼らは人生の次のタームへ旅立っていく。PUTS の二人がこれまで届けてくれた、素晴らしい作品と思い出に感謝したい。
大前至