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弱さという壁を乗り越える方法を、NYの若きシンガーソングライター、ガス・ダパートン(Gus Dapparton)はどうやら知っているらしい。プロデューサーとしての才能も持つ優れた音楽性、特徴的な髪型やファッションセンスなど独自かつキャッチーなスタイルで各方面から支持を得る彼は、ポップ・アイコンの新星として光を浴びる存在だ。そんな彼の約2年ぶりのアルバムとなる最新作『Orca』は、ガス・ダパートンの影の側面、自身の内なる弱さと向き合おうとする姿がリアルに描かれている。
最近ではニュージーランドのポップシンガー、ベニー(BENEE)とのシングル作 “Supalonely feat. Gus Dapparton” がヒットし、昨今を賑わすZ世代のアーティストとしてさらなる注目を集めるなかリリースされた本作。獰猛な哺乳類・シャチの名をタイトルに冠し、彼が過去に経験したトラウマや痛み、ツアー中に抱えたかつての苦悩と対峙しながら償いと赦しを探求していく……というテーマが全体を通して語られてゆく。そのテーマを生々しく強調したのは、デビュー・アルバム『Where Polly People Go to Read』でも際立っていた、耳を惹きつけるキャッチーな歌声だ。ベッドルーム・ポップ的な前作では語りかけてくるような印象だったが、今回は力強く振り絞り出したり、ときにはシャウトしたりとアグレッシヴな歌い方へと変化している。しっかりと聴かせにかかる歌声と、ギターやピアノなどの生音を取り入れたバンド・サウンドとの重なりには、ノスタルジックな切なさというよりも、まだ熱を持つ生傷に消毒液を垂らしたときのひりつきにも近い心のしびれを感じてしまった。
サウンドと同様、ひりついた叫びや想いが生々しくいたいけに表れたリリック。それでも、楽曲からは孤独さや悲壮感といったネガティヴな印象が払拭され、むしろピュアなポップ・サウンドとして真剣に聴けてしまうのはなぜだろう。その理由は、メンタルに傷を負った自身と向き合おうとする姿と、周囲への感謝をストレートに歌った “First Aid” の終盤には彼の本名が第三者的に登場したり、“My Say So” では客演で参加した Chela が、まるで赦しを与えるかのように歌っていたり、幼少期の臨死体験が元となった “Post Humorous” のリリック・ビデオでは彼の友人らがリップシンクしていたりと、彼を支える多くの存在が本作を彩っているからであろう。人が弱さや苦しみを乗り越えるには、つらく険しい過程を共にするつながりの存在が欠かせないということを意味するかのように。そう気づかされると同時に “Medicine” “Swan Song” でクライマックスを迎えると、なんだか泣きはらしたあとの爽快感にも似た前向きで鮮やかな感傷が胸に残った。
ガス・ダパートンはこんな場面でも、内なる弱さを乗り越えるためのもうひとつの方法を誰かに与えていたようだ。以前、とある TikTok スターが #BLM 運動の一環としてアップしたキング牧師からの引用キャプション付きの自撮りに批判が殺到した際、彼はこう呼びかけた。「Just because you caption your selfies with an MLK quote doesn't mean this isn't shallow as f**k. (自撮りにマーティン・ルーサー・キングの言葉を引用したからといって、これが浅はかでないという意味ではない)」。このかなり厳しいメッセージを受けた TikTok スターは、しでかしたことの重大さを受け止め謝罪し、世界が直面する問題に対し自ら深く学んだ上で声を上げていくと姿勢を改めたそう。彼の言葉がつながりとなり、ほかの誰かが抱える弱さを乗り越えようとさせたのだ。
もうガス・ダパートンはただのポップ・アイコンの新星ではないのかもしれない。弱さを乗り越えた彼はいま、人びとから光を浴びる存在ではなく、人びとを光へと導くポップ・スターとしての輝きを新たに放ちはじめていると思う。