Home > Reviews > Album Reviews > Jesu- Terminus
イェスーは、ゴッドフレッシュなどインダストリアル・ミュージックでその名を知らしめているジャスティン・ブロードリックによるヘヴィ・ロック・プロジェクトである。ゴッドフレッシュ以降、いわば00年代のジャスティン・ブロードリックのメイン・プロジェクトでもあった。
10年代以降は、JKフレッシュとしての活動、ゴッドフレッシュの再始動もはじまり、インダストリアル路線での活動も再び火がついたように活発になったが、2016年にはイェスーとしてサン・キル・ムーンとのコラボレーション・アルバム『Jesu / Sun Kil Moon』をリリースした(話題を呼んだことを覚えている方も多いだろう)。ジャスティン・ブロードリックにとってイェスーはゴッドフレッシュの活動停止以降の傷を癒すための「救いと信仰」のような面もあるプロジェクトだが、いまや彼の重要なアルターエゴ(のひとつ)なのかもしれない。
そのイェスーが『Every Day I Get Closer to the Light From Which I Came』以来、7年ぶりのアルバム『Terminus』を2020年にリリースした。この待望の新作において、ポストメタルとシューゲイズ、ポストロックとエレクトロニックの要素が、オーセンティックなロック・アンサンブルによって見事にミックスされていた。加えてケヴィン・リチャード・マーティンとのテクノ・アニマル以降のプロジェクトであるゾウナルで展開していたインダストリアル路線や、ディルク・セリーズとのコラボレーションによるアンビエント路線も結実したハイブリッドなアルバムでもある。聴き込んでいくとまるで透明な冬の世界をスキャンするような感動を得ることができたほどである。聴くほどに味わいが深くなるポスト・シューゲイズ・ロック・アルバムの極北とでもいうべきか。
じじつ、『Terminus』は、これまでのアルバムに比べて重厚さよりも、サウンドが醸し出すムードや質感に重点をおいて録音された作品に思えた。コンピューターメインのJKフレッシュからのフィードバックもあるのだろう。アルバムは「拒絶、依存、ノスタルジア、究極の孤独というコンセプトにインスパイアされ」制作されたという。そこには2020年の世界を覆った危機、いわば「コロナ禍」の影響もあるだろう。コロナ禍でさまざま予定がキャンセルされたことで、かえってジャスティンの創作意欲に火がついたのではないかと勝手に想像してしまう。そのせいかこのようなコンセプトであるにもかかわらず、アルバムは閉塞的ではなく、むしろ「雪に覆われた白い世界の空気」のように透明で解放的な仕上がりなのだ。特に楽曲全体に鳴り響くギターのトーン・コントロールの絶妙さに注目したい。このトーンの卓抜なコントロールによってアルバム/曲のアンビエンスを統一しているのではないかという印象を持った。
アルバムは、ジャスティン・ブロードリックによって演奏・録音された(1、3、7曲目のみドラムのテッド・パーソンズが参加)。そのせいかどこかジャスティン・ブロードリックの個人プロジェクトのような様相にもなっている。パーソナルな感覚はそこにも由来しているのかもしれない。
全8曲収録というコンパクトな構成だが曲はヴァリエーションに富んでいる。1曲目 “When I Was Small” は軽やかなドラムとポストロック風味のエレクリック・ギターで幕を開ける(トータスのようだとは言いすぎか?)。リフレインされるノイジーなギターとリズムに、空間を引き裂くような深い残響のヴォーカルが重なり、楽曲世界を一気に完成させる。アルバム全体に共通する「重厚なのに浮遊感がある」という両極の状態を鳴らしている。2曲目 “Alone” は曲名に相反するかのように開放感のあるメジャーコードの曲だ。しかしギターは1曲目よりもシューゲイズ・モードである。3曲目 “Terminus” はヘヴィ・ムードな曲調へと変化する。シューゲイズ的なギターと重く打ち込むドラムスのコントラストが実に見事だ。4曲目 “Sleeping In” は静謐なアンビエンスから一転し、アルバム中もっともヘヴィなアンサンブルを聴かせるトラックである。ゆったりとしたテンポの中、世界の楔を打ち込むようなビートと繊細にコントロールされたノイズ・ギターが刻まれていく。インダストリアルなムードが濃厚な楽曲でもある。
折り返し地点である5曲目(アナログ盤B1曲目)“Consciousness” と6曲目 “Disintegrating Wings” はアンビエントな楽曲だ。スローなテンポのもとで深く響くサウンドが聴き手の心身に綺麗な空気のように浸透していく。7曲目 “Don't Wake Me Up” は乾いたリズムとクリーンなギターのミニマルなアンサンブルがポストロック的なムードを醸し出す。アルバム最終曲(8曲目)の “Give Up...” は機械的なビートと透明なアトモスフィアを放つ電子音に、エレクトリック・ギターのミニマルなフレーズが交錯し、アンビエント・テクノ的な世界観を展開する。この“Give Up” の静かな高揚感には、この混沌とした世界を生き抜くようなポジティヴな意志を感じたほどである。イェスーとしては異色な曲だが、アルバム中、もっとも重要なトラックではないか。
こうして全曲を通して聴いてみると、ポストロック的なアンサンブルの前半(A面)、シンセサイザーなどを導入し、アンビエントなムードを放つ後半(B面)とに大きく分かれる構成になっていることに気がつく。印象的な真っ白な景色のアートワークはアルバム後半のムードを象徴するようなものだろうか。
全曲に共通するのは「トーン」だ。スローで鋭く凍てつくようなギターと硬質で柔らかなアトモスフィア、そして楔のようなドラムやビートがリズムを刻み、そのサウンドのなかに霧のようにかすれ消えゆく声が聴こえてくる。その響きはまるで雪の結晶が冷たい鉄に降り注ぐかのようだ。冬の孤独と世界の混沌。微かな明日への希望。その状態/感覚が交錯するアルバムなのである。
最後に日本盤CDは同年リリースされたEP「Never」と二枚組になっていることに注目したい。『Terminus』の前哨戦的な、もしくは兄弟のようなEP「Never」ではより明確にシューゲイズとエレクトロニック・ミュージックの交錯が実践されている。EP「Never」とアルバム『Terminus』の二作を聴くことでジャスティン・ブロードリック「いまのモード」をより深く体感できるだろう。
デンシノオト