Home > Reviews > Album Reviews > 李劍鴻 Li Jianhong- 山霧 Mountain Fog
『The Wire』2021年7月号で北京のトゥ・ウェンボウ(朱文博/Zhu Wenbo)が運営するレーベル〈Zoomin’ Night〉の特集が組まれたほか、同8月号では恒例企画「めかくしジュークボックス」にリー・ジェンホン(Li Jianhong/李剣鴻)とウェイ・ウェイ(Wei Wei/韋瑋)が登場するなど、ここにきて中国のアンダーグラウンドなノイズ/即興/実験音楽シーンがにわかに注目を集めはじめている。5月にイタリアの〈Unexplained Sounds Group〉から中国実験音楽のコンピ『Anthology Of Experimental Music From China』がリリースされたことも記憶に新しいが、本稿ではアンダーグラウンドなシーンにおける重要人物のひとりリー・ジェンホンにスポットを当て、彼が今年の春に発表した2枚の新作アルバム『山霧 Mountain Fog』『院子里的回授 Feedback in the courtyard』を紹介する。
リー・ジェンホンは〈P.S.F. Records〉からのリリースでも知られる中国の実験音楽家/ノイズ・ミュージシャン/ギタリスト。1975年に生まれ、中国・杭州で90年代よりバンド活動をはじめ複数のグループで活躍。90年代後半に中国でインターネットが普及しはじめたことをきっかけに、ノイズや即興、実験音楽なども聴くようになっていったという。2003年には知り合いのミュージシャンとともにレコード・レーベル〈2pi Records(第二層皮独立唱片機構)〉を設立、同年にファースト・ソロ・アルバム『在開始之前、自由交談 Talking Freely Before The Beginning』を発表。また2003年から2007年にかけて 2pi 音楽フェス(第二層皮音楽節)を開催し、中国有数の前衛/実験音楽の祭典として知られるようになる。ゼロ年代後半から北京でも活動しはじめ、2011年に移住。同年には Vavabond 名義で知られるノイズ・ミュージシャン、ウェイ・ウェイとともに新たにレーベル〈C.F.I Records〉を立ち上げる。以降、これまで中国内外のレーベルから多数のアルバムを発表しており、中国においてアンダーグラウンドな音楽シーンが誕生した初期から活動を続けている代表的なミュージシャンのひとりとして高い評価を得ている。
同じく中国出身で現在はフランスを拠点に活動しているミュージシャン、ルオ・タン(Ruò Tán/若潭)が運営するレーベル〈WV Sorcerer Productions〉からリリースされた『山霧 Mountain Fog』は、ジェンホンの真骨頂とも言うべきノイズ・ギターをソロとデュオで収録したライヴ・レコーディング作品。1曲目のソロではいきなり激烈なフィードバック・ノイズが鳴り響き、高柳昌行や大友良英を彷彿させる攻撃的な展開が延々と続く。だがオクターバーを使用して重低音を効かせ、フィードバックの持続音を強調した演奏内容は、ハーシュなノイズ・ミュージックではなくドゥームメタルにも近いダウナーなアンビエント/ドローンのようにも聴こえてくる。こうした傾向は中国の若手サックス奏者ワン・ズホン(Wang Ziheng/王子衡)を迎えた続く2曲目のデュオ・セッションでより顕著に表されており、ドローン状のギターとサックスが時に渾然一体となる特異な音楽内容は、フリー・インプロヴィゼーションの歴史に多数の名演を刻んだ編成(高柳昌行と阿部薫のデュオをはじめギターとサックスによる即興の系譜についてはhikaru yamada hayato kurosawa duo『we oscillate!』のライナーノーツで掘り下げたのでより詳しく知りたい方はそちらをご参照ください)でありながら、これまでのどの作品とも似ていない唯一無二のサウンドを生み出している。
他方の『院子里的回授 Feedback in the courtyard』はジェンホン自身のレーベル〈C.F.I Records〉からリリースされたソロ・アルバム。フィールド・レコーディングとインプロヴィゼーションのあわいをいくような作品で、人びとの話し声や咳払い、虫の音、航空機の音など環境音と一体化するように、ギターの繊細なフィードバック・ノイズや電子音響のようなサウンドが聴こえてくる。紙版『ele-king vol.25』に寄稿したジャンル別2019年ベストのインプロヴィゼーションの項で触れたように、近年の即興音楽には環境音を活用した作品が多数発表されているものの、ジェンホンはこうした試みにすでに10年以上にわたって取り組み続けている。というのも彼は2010年に3枚組のアルバム『環境即興 Environment Improvisation』*をリリース、雨音や鳥の鳴き声、羽虫の飛び交う音といった自然環境の響きから、人びとの生活音、例えば日常会話やテレビから流れる音声、果ては酒場から聞こえてくる楽しげな音楽までをも相手取りながらギターによる即興演奏を行ない、その後も環境音と即興演奏を統合する独自の方法論を探求してきているのだ。今作では「おもちゃを片付けようとしない子供たち」や「夕食後のキッチンの片付け」、「夜10時、母はまだ咳き込んでいた」といった各楽曲のタイトルが示すように、まるでドラマ仕立てで日常生活のワンシーンを切り取るような環境音の響きとともに演奏を行なう内容となっている。
冒頭で述べたように『The Wire』が中国のアンダーグラウンドなシーンを相次いで取り上げているものの、ジェンホンをはじめ中国で活躍するミュージシャンたちの多くは独自のコンテクストですでに長期間の活動を継続してきているのであり、その蓄積を見落としてはならないということは付け加えておきたい。なお、ギタリストとしてのジェンホンの活動を辿り直した記事が2019年に Bandcamp に掲載されているほか、コロナ禍に見舞われて以降の中国の実験的な音楽シーンについてはウェブ・マガジン『Offshore』主宰の山本佳奈子さんが多数のコラムを精力的に執筆されているので、あわせてお読みいただけるとより理解が深まるのではないかと思います。
*『環境即興 Environment Improvisation』は現在Bandcampでそれぞれ『十二境 Twelve Moods』『空山 Empty Mountain』『在这里 Here Is It』として個別に購入することもできる。
細田成嗣