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Karolina

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Tru Thoughts/ビート

小川充 Feb 07,2023 UP

 イスラエル・ジャズ・シーンのキーパーソンであるリジョイサーことユヴァル・ハヴキン。2022年はベノ・ヘンドラー、ケレン・ダンと組んだバターリング・トリオとして6年ぶりの新作『フォーサム』を発表した。ジャズ、ネオ・ソウル、ビート・ミュージック、エレクトロニカ、サイケなどの融合による彼らの持ち味を遺憾なく発揮した傑作であるが、彼が制作に参加したもう一枚の素晴らしいアルバムがある。それがカロリナというシンガー・ソングライター/ギタリストによる『オール・リヴァーズ』である。

 本名をケレン・カロリナ・アヴラッツといい、1971年にイスラエルのテル・アヴィヴにあるヤッファ地区で生まれ、その後最南端にあるエイラートという都市で育った彼女は、幼少期よりギリシャ、アラブ、トルコなど周辺地域の音楽を聴いてきた。同時に地元で行われる紅海ジャズ・フェスティヴァルからも刺激を受け、兄のジョセフの影響もあってジャズ、ソウル、ニューウェイヴなども聴くようになり、15才の頃からクラシック・ギターのレッスンを始め、独学で音楽全般も学んで音楽活動も開始する。
 影響を受けたレコードにサイマンデの『ダヴ』、カーティス・メイフィールドの『スーパーフライ』、マーヴィン・ゲイの『ワッツ・ゴーイング・オン』、ローリン・ヒルの『ミスエデュケーション』を挙げ、他にもエリザベス・コットン、フェラ・クティ、スティーヴィー・ワンダー、ニーナ・シモン、アマドゥ&マリアム、アントニオ・カルロス・ジョビンから影響を受けたという彼女は、1999年頃にはレコーディングも始め、トランス系のユニットに参加して歌も歌うようになる。その頃からカロリナというアーティスト・ネームを用いるようになり、ときにMCカロリナとしてダンス・ミュージックの分野を中心に活動していく。2000年にテル・アヴィヴのミュージシャンたちと結成したファンセットがその代表で、レゲエ、ネオ・ソウル、トリップ・ホップなどをミックスしたスタイルだった。

 一方でハバノット・ネチャマというアコースティックなフォーク・トリオを2004年に結成し、ゴールド・ディスクを獲得するなどイスラエル国内ではよく知られる存在となっていく。〈トゥルー・ソウツ〉と関係が生まれたのもこの頃で、2005年にはMCカロリナ名義でコンピレーションなどに参加している。また、もうひとりの兄弟であるショロミとマッドブーヤーというプロジェクトを結成し、フォーク、トライバル、プログレッシヴ・トランスがミックスしたユニークな音楽を制作するなど、幼少期から聴いて育ったイスラエル周辺地域のフォークや伝統音楽と、ダンス・ミュージックやクラブ・サウンドはじめ現代の音楽をいかに融合し、いかにしてオリジナルな音楽を創造していくかに腐心するようになる。
 そして、2007年頃からミュージシャン/プロデューサー/作曲家で、アニメーターとしても活躍するクティマンとコラボレーションするようになり、“ミュージック・イズ・ルーリング・マイ・ワールド”のヒットを飛ばす。2009年の彼女のファースト・ソロ・アルバム『カロリナ(ワット・シャル・アイ・ドゥー・ナウ?)』はクティマンとDJのサッボのプロデュースで、ロック、フォーク、ソウル、ファンクなどをブレンドした内容だった。
 このアルバムはイスラエルのASCAP賞にあたるACUM賞を獲得するなど高評価を得て、2017年の3枚目のソロ・アルバム『3』も再びクティマン&サッボとタッグを組んだものだった。その前よりカロリナはロサンゼルスにも進出していて、エイドリアン・ヤングのプロジェクトのヴェニス・ドーンにも参加する。2016年リリースの『サムシング・アバウト・エイプリル・II』では“ウィンター・イズ・ヒア”など4曲でヴォーカルのほかに作曲も行い、そのライヴではケンドリック・ラマー、ビラル、レティシア・サディエールらと共演している。

 そして、『オール・リヴァーズ』は『3』から5年ぶりとなる通算4枚目のソロ・アルバムで、〈トゥルー・ソウツ〉から初めてのアルバムとなる。これまでのアルバムはヘブライ語で歌っていたが、本作では初めて英語で歌っている。アルバムの制作中、カロリナはイスラエルの詩人のアヴォス・イェシュルンの著作に触発され、その中の「全ての川は川に戻る」という概念に魅了されてアルバム・タイトルを名付けた。
 参加ミュージシャンは前述のリジョイサーほか、アヴィシャイ・コーエン、ニタイ・ハーシュコヴィッツ、アミール・ブレスラー、ソル・モンク、ノモック、ウジ・ラミレス、エヤル・タルムーディ、ジェニー・ペンキンなど、テル・アヴィヴのジャズやソウル・シーンなどで活動するミュージシャンが集まっている。このなかでアヴィシャイ・コーエンはもっとも著名なミュージシャンで、現在はニューヨークを拠点に世界中で活躍するトランペット奏者である(ベーシストのアヴィシャイ・コーエンとは別人)。ジェニー・ペンキンはノモックなどと組んでマソックというフューチャリスティックなソウル・ユニットで活動し、リジョイサー、ニタイ・ハーシュコヴィッツ、アミール・ブレスラー、ソル・モンク、エヤル・タルムーディはタイム・グローヴというジャズ・グループを組み、2018年に『モア・ザン・ワン・シング』というアルバムをリリースしている。
 楽曲はカロリナが作詞作曲するほか、リジョイサー、アミール・ブレスラーが作曲や編曲を務める作品もあり、全体的なムードとしてはバターリング・トリオ、タイム・グローヴ、アピフェラなどリジョイサー関連のプロジェクトに通じるムードが流れている。

 ボサノヴァのリズムに乗せた“セルフ・ヴードゥー”はじめ、イスラエルの民謡に繋がる独特のメロディを持つ楽曲がカロリナの個性だろう。アメリカのソウル・ミュージックにも影響を受けているとはいえ、歌い方も明らかにR&Bの文脈とは異なるもので、ハバノット・ネチャマなどで培ってきたフォーク・ミュージックの影響が大きい。アヴィシャイ・コーエンをフィーチャーした“オール・リヴァーズ”もフォーキーな色合いが強い楽曲で、ジャズとソウルと民族音楽を巧みにブレンドしている。“ドライヴィング・ミー・マッド”はアフロ・ボッサのリズムとエキセントリックなシンセの音色に、どこか妖精を思わせるカロリナの歌声がマッチしている。
 “リターン”も幻惑的なサウンドでカロリナのドリーミーな歌声を引き立てる。ジェニー・ペンキンをフィーチャーした“レディ・フォー・ジュジュ”はラテン風の哀愁が漂い、キューバ出身のイベイーにも通じる楽曲となっている。エキゾティックな音階を持つ“サンキュー”にはアフリカのマリの音楽と同じムードがあり、カロリナが敬愛するアマドゥ&マリアムの世界を想起させる。“ノー・モア・ミー”はアフロとダブを融合したようなジャマイカ風味の楽曲で、ザラ・マクファーレンあたりに近い雰囲気を持つ。
 イスラエルのほか、アフリカ、キューバ、ブラジル、ジャマイカなど様々な国の音楽のエッセンスを上手く融合した作品集だ。

小川充