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Jonnine

Field RecordingIndie FolkSound Collage

Jonnine

Southside Girl

Modern Love

デンシノオト Sep 10,2024 UP

 オーストラリアのオルタナティヴ・ロック・バンド HTRK のメンバーでもあるジョナインの最新ソロ・アルバム『Southside Girl』が、UKの〈Modern Love〉からリリースされた。環境音とヴォーカルとベースと打楽器によるローファイ/サイケデリックなムードの楽曲をまとめたアルバムである。
 今年の〈Modern Love〉においては、デルフィーヌ・ドラ『Le Grand Passage』(傑作です)に続くエクスペリメンタルなフォーク/クラシカルな作品でもある。〈Modern Love〉にとってこれは意外な展開ではないのだ。例えば2022年のパロマ『Laila Sakini』もピアノとボーカルによるモダン・クラシカルな音楽性だったし、2023年のルーシー・レイルトン『Corner Dancer』もチェロの音響を追求した実験音楽だったのだ。重要な点はこのレーベルの「エクスペリメンタル」な音楽は単に先鋭的というだけではなく、どこか優雅さを称えていることにある。

 この『Southside Girl』は、そんな〈Modern Love〉の実験音楽方面のリリースでは、その極点(?)を示すような素晴らしい出来のアルバムである。実験と優雅、その交錯。つまり遊戯と記録。もしくは日常の中の実験と実践とでもいうべきか。いわば白昼夢のように浮遊感のある心地よいサイケデリアを展開していくのだ。もちろんゴリゴリの実験主義的な音楽でもない。むしろこれ以上ないほどにシンプルな音である。
 エクスペリメンタルでサイケデリックな音は HTRK の延長線上にある音ともいえるが、雑味を省いた本質的な音楽である。つまりシンプルな音だ。にもかかわらずとにかく豊穣な音楽なのである。なぜだろうか。「音楽と音の関係性に不用意な壁がないから」だとはひとまずはいえるだろう。音楽は音であり、音も音楽になりえる。フィールド・レコーディングは「音もまた音楽たり得る」という可能性を示す。環境音の録音が切り取られ、編集されたとき、その音が鮮烈な音楽の原型のように耳に響く。それは偶然と必然と意志によって生まれた音の音楽化だ。『Southside Girl』における環境録音もまた偶然と必然と意志によって選ばれた音がとても豊かに鳴り響いているのだ。
 同時にとてもパーソナルな音楽/音響でもある。間近にある音。記憶と生活。音と現実。その隙間にある幻のような感覚。内省的であるが暗くはない。このサイケデリックなアンビエンス感覚は HTRK のアルバムからの延長にあるといえるが、よりシンプルに、より濃厚になっているともいえる。じっと聴いているといつの間にか時間の感覚が溶け合っていくような恍惚とした感覚を得ることができた。レーベルがバンドキャンプ上でアナウンスしているように「郊外。海辺のアパート。海に行く約束。キャンディ。夜行列車」など、まさに過去の記憶が溶け合っていくような感覚を覚えるアルバムなのだ。「記憶」だけが持っている不思議な多幸感。桃源郷が「ここ」にあった。

 音楽的にみると重要なのは「ベース」と「環境音」の使い方にあると思う。一聴すれば分かるが、本作の編成にはギターがほぼ入っていない。環境音とベースと打楽器が本作の基調となっているのだ。もちろんジョナインのソロにおいてベースが重要な要素を占めるのは2023年にリリースされた前作『Maritz』の楽曲でもそうであったが、ほぼギターレスの本作は「ベースと歌声」による「二声の音楽」という可能性をさらに追求しているように思えた。加えて本作では「環境音」もアンサンブルのひとつのように扱っている。アルバム1曲目 “December 32nd” も環境音/フィールド・レコーディング作品だ。この日常の音の素朴な豊かさ。そして2曲目 “Spring's Deceit” では環境音とジョナインの美しい声が折り重なってくる。以降、3曲目 “Rococo” 以降、アルバム全編にわたりジョナインの透明で美しい歌声と環境音がセッションしているかのように折り重なる。

 本作はアルバム全11曲を通して環境音と声と打楽器とベースなどのアンサンブルをメインにしながら聴き手の意識を現実と幻の中間状態に誘うように展開する。だからこそ9曲目 “Shell Cameo” に不意に入ってくる素朴なピアノの音がとても新鮮に響くわけだ。また私がこのアルバムで特に惹かれたのは10曲目 “Sea Stuff” である。これまでひとつの演奏パートのように存在感のあった環境音が控えめになり、ベースとドラムと歌だけになる曲だ。もちろん環境音が消え去ったわけではない。微かに音が鳴ってはいる。いわば静寂になったのだ。
 そこで繰り広げられるシンプル極まりない演奏と彼女の声は不思議と、あらゆる感情が浮遊するような感覚に満ちていた。まるで日常の中に不意に訪れる空白のように。パーソナルな録音環境によって生まれた夢と幻のリアリズムとでもいうべきか。そう、このアルバムをじっと聴いていると、まるで環境音までも音楽を奏でているかのように聴こえる瞬間があるのだ。

 「記憶」というパーソナルな主題を、軽やかに展開するローファイ・サイケデリック・フォークの逸品といえる。聴き込むほどにこの日常が愛おしくなり、同時に失われた過去の記憶が結晶していく。天国を希求しつつも、この生きている世界こそが桃源郷だった。そんな感覚すら抱かせてくれるアルバムである。

デンシノオト