Home > Reviews > Album Reviews > Loren Connors & David Grubbs- Evening Air
デヴィッド・グラブスとローレン・コナーズ。ともに現代の米国を代表するエクスペリメンタル・ミュージック・ギタリストだ。そのふたりの共演・共作アルバムが本作『Evening Air』である。リリースはアンビエント・アーティストのローレンス・イングリッシュが主宰するレーベル〈Room40〉から。
グラブスはかつてジム・オルークとのガスター・デル・ソルとしても知られている(思えばローレン・コナーズもジム・オルークの共演作がある)。ソロもコラボレーション・アルバムも多数リリースしている。いわば90年代以降の米国実験音楽における重要人物でもある。著作もあり、名著『レコードは風景をだいなしにする ジョン・ケージと録音物たち』(フィルムアート社)が翻訳されている。
グラブスとコナーズのデュオ作は約20年前の2003年に〈Häpna〉からリリースされた『Arborvitae』以来のこと(現在はブルックリンのレーベル〈Improved Sequence Records〉からリリースされている)。約20年前の『Arborvitae』は幽幻かつ荘厳な美しさを称えたピアノとギターによるエクスペリメンタルな教会音楽といった趣のアルバムであった。
いっぽう2024年の『Evening Air』はその音楽性を継承しつつも、より深化した霧のような響きをアルバム全編に渡って展開しているアルバムである。端的にいって『Evening Air』は「美しい」。グラブスのアルバムではNikos Veliotisとの『The Harmless Dust』に近い印象を持った。演奏と響きの美。音響の美。
また、『Arborvitae』ではグラブスがピアノとギター、コナーズがギターを担当していたが、『Evening Air』ではコナーズもピアノを担当(曲によってがドラムも!)している点にも注目したい。このコナーズのピアノがまた素晴らしい響きを発しているのだ。
グラブスがピアノを担当するのは、1曲目と2曲目、コナーズがピアノを担当するのは3曲目(B1)、4曲目(B2)、6曲目(B4)である。5曲目(B3)ではギターはふたりのデュオだがそれに加えてなんとコナーズがドラムを演奏している(この演奏が極めて独自のもの)。アルバム最終曲の6曲目 “Child” は、ローレン・コナーズとスザンヌ・ランギールのカバー曲である。
ふたりの演奏にはそれぞれがそれぞれ別の領域に存在し、違いに侵食をしないように気遣いつつ、しかしそれぞれの音がある瞬間に溶け合い、消え入りそうになるような静寂さと緊張感がある。1曲目 “vening Air” はまさにその代表のような曲で、ギターとピアノによる静謐な音の接触と離反が展開されている。ミニマリズムを主体とするグラブスと、夢の中を彷徨うような夢幻的なグラブスの演奏の対比が実に見事だ。
この曲以降、ふたりのギターとピアノはつねに緊張感を保ったまま持続と生成と接触を繰り返すが、コナーズがドラムを担当する5曲目 “It’s Snowing Onstage” で事態は一変する。いわば完全に独自の音響発装置となったドラムがギターに溶け込むように音を発生するとき、緊張感と異なる不可思議な音響が自然と生成されているのだ。緊張感が別次元に昇華したというべきか。
どの曲も名演だが、録音の素晴らしさも筆舌に尽くしがたいものがある。決して派手な音ではないが、音の残響の捉え方が見事で、空間の中に霧のように溶け合っていくようなふたりの演奏を見事に捉えている。特にピアノの音が透明な粒のようでもあり、もしくは薄明かりの光のようにうっすらと滲むような響きでもある。
特にコナーズのピアノ演奏が美しい。マスタリングを〈12k〉レーベルの主宰であり、アンビエントアーティストとしても名高いテイラー・デュプリーが手掛けている点も書き添えておいても良いだろう。ちなみに、ギターとピアノのミックスはグラブス自らが手がけている(DG名義)。
最初にも書いたようにリリースはローレンス・イングリッシュが主宰する〈Room40〉からである。グラブスは2022年にポルトガルのギタリスト/インプロヴァイザーのマヌエル・モタとのコラボレーション『Na Margem Sul』、本年2024年にはシドニー在住のギタリストのリアム・キーナンとのコラボレーション『Your Music Encountered In A Dream』を、〈Room40〉からリリースしてきた。本作は、いわば〈Room40〉におけるコラボレーション・シリーズ3作目といえなくもない。
私見だが、コラボレーション・シリーズでこのもっとも良い出来が、この『Evening Air』に思える。演奏と音響、音響と音楽の非常に高いレベルで、しかしさりげなく実現しているからだ。さすがはあのローレン・コナーズとのデュオ作といえよう。
ローレン・コナーズは1949年生まれのNYの伝説的なエクスペリメンタル・ギタリストで、その淡く幽幻なギターの音響で聴くものを魅了し続けてきた。すでに40年以上の活動歴があり、アルバムの数もコラボレーションも数多い。サーストン・ムーア、大友良英、アラン・リクト、灰野敬二などとの共演を重ねてきた。
70年代後半からリリースされ続けてきたコナーズのアルバムは膨大で、安易にこの一枚というのは紹介できないが、私が思い入れがあるのは、1999年にリリースされたジム・オルークとの『n Bern』である。また2006年にリリースされたCD3枚組のコンピレーション『Night Through (Singles And Collected Works 1976-2004)』も非常に印象的なCDだった。ちなみに『Night Through (Singles And Collected Works 1976-2004)』はジム・オルークがマスタリングを手がけていた。
いうまでもないがオルークとグラブスは90年代においてガスター・デル・ソルというポスト・ロック・音響派のグループで活動していた。本作『Evening Air』を聴いていると、なぜか不意にそのガスターの影が脳裏をよぎった。むろんグラブスはガスターであったのだから当然かもしれないが、演奏同士がもたらす静謐な緊張感にどこかかつてのガスターと同じ空気を感じたとでもいうべきだろうか。特にグラブスがピアノを演奏する冒頭2曲 “Evening Air”とChoir Waits in the Wings” にそれを感じた。当然、ガスターのようにグラブスの印象的な「歌」はない。だがふとした瞬間に感じる「緊張感」に、どこかガスターを感じたのだ。
もともとグラブスの音楽をオルークがアレンジするというのがガスターの核だったと思うのだが、そこから生まれる緊張感こそがあのバンドの本質ではなかったか。となればコナーズとの演奏は、グラブスの演奏に良い意味での緊張感を与え、あのガスターを思わせる音楽・演奏・音響空間になったのではないかと、つい妄想してしまうのである。
私などはこの『Evening Air』がガスターの90年代未発表音源をまとめた『We Have Dozens Of Titles』と同年に出ることに、どこか「運命」を感じてしまったものだ。『Evening Air』と『We Have Dozens Of Titles』、それぞれを併せて聴き込んでいくと、90年代音響派とは何だったのかが見えてくるような気もするのである。90年代音響派とは、20世紀の米国の実験音楽の最後直接的末裔でありつつ、「レコード」というアーカイブの探究によって「現代」という時代を生きてきた音楽であった。本作もまた米国における実験音楽の探究という系譜の中にあるように私には聴こえた。
その意味で後年グラブスを語るとき重要なアルバムになるのではないか。コナーズもまた英国音楽の例外的な末裔であり、大量のレコードを残している。彼は米国のエクスペリメンタル音楽の「生き証人」でもある。そのコナーズと演奏をおこなうことで、かつてオルークと共にガスターでおこなっていた例外的米国音楽の探究という「緊張感」が再び生成されているように聴こえたのである。
ともあれふたりのことをまったく知らなくとも、聴いた人の耳を捉えて離さない音楽である。優雅で儚く、そして永遠のような音楽であることも事実だ。まずは聴いてほしい。ギターとピアノによる「夜の時間」、「幽玄の美」がここにある。
デンシノオト