Home > Reviews > Album Reviews > Lawrence English & Lea Bertucci- Chthonic
2023年、アンビエント・アーティストのローレンス・イングリッシュは、〈Kranky〉からロスシルとのコラボレーション・アルバム『Colours Of Air』と〈Room40〉からデイヴィッド・トゥープとのコラボレーション・アルバム『The Shell That Speaks The Sea』をリリースしている。
そして、ローレンス・イングリッシュとリー・ベルトゥッチとの共作である、『Chthonic』は、イングリッシュにとっては2023年、3作目のアルバムにあたる。このアルバムはローレンス・イングリッシュが追及してきたフィールド・レコーディング作品の極地、いや完成形といえるほどに見事な出来栄えであったのだ。音に満ちた世界が音楽の断片と交錯し、より深く、より大きなサウンドスケープが生成れている。
『Chthonic』ではイングリッシュがフィールド・レコーディングとエレクトロニクス、テープ操作を担い、ベルトゥッチがチェロやフルート、ヴァイオリン、ラップスティールまでも演奏し、壮大かつ緻密な音響空間を織り上げている。マスタリングはニューヨーク在住のアンビエント・アーティスト、ラファエル・アントン・イリサリが手がけていることも付け加えておきたい。リリースはシカゴの〈American Dreams〉からである。
リリース元の〈American Dreams〉は、シカゴのチェロ奏者リア・コール(Lia Kohl)、フィラデルフィアの実験音楽家/作曲家のルーシー・リヨウ(Lucy Liyo)、イラン・テヘラン出身のアンビエント・アーティスト、シアヴァシュ・アミニ(Siavash Amini)などのエクスペリメンタル・ミュージックのみならず、「アメリカのレディオヘッド」と評される12RODS『We Stayed Alive』、ポスト・ブラック・メタルともいえるAnti-God Hand『Blight Year』までもリリースするなど、多様なラインナップが魅力的なレーベルとしてマニアには一目遅れている。アンビエント作品とブラック・メタルが並ぶラインナップはまさにこのレーベル独自のものだろう。
話を本作『Chthonic』に戻そう。イングリッシュによる環境録音は自然現象そのもののように力強いが、環境音に溶けるように交錯されていくベルトゥッチによるチェロやフルート、ヴァイオリンなども実に見事だ。まるで音響の中に溶け込み、まるで霧のような音を生成しているのだ。見事なサウンドスケープである。よく聴き込んでみると、環境音と聴こえていた音が、エディットされたリズムを発していることに気がつきもする。繰り返し聴き込むたびに、そのダイナミックかつ緻密な音響空間に驚きを得ることになるはずだ。
まずは、1曲目 “Amorphic Foothills” を聴いて頂きたい。環境音が生のまま音のように鳴っているかと思いきや、明らかに周期的なリズムも聴こえてくる。そこに弦楽器の折り重なり、環境音と一体化していく。自然と楽器音、無編集と人為的な編集が曖昧に交錯し、ひとつより大きな(深い)サウンドスケープを形成しているのである。私はこのアルバム冒頭のトラックを聴き、世界の音が交錯し、重なり合い、溶け合っていくさまに衝撃を受けた。もちろんこの種のサウンドの作品は他にも多くある。だが、『Chthonic』は環境音それじたいが音楽的に持続し変化していっている。そんな印象を持った。素材を選択と編集が絶妙だからではないかと思う。
ローレンス・イングリッシュはアンビエント・アーティストでもあるので、自身のサウンドとコンポジションを持っている。環境録音に対しても同じような意識で編集・加工していると思われる。音が線的に変化しているのだ。シアヴァシュ・アミニの弦楽器もイングリッシュのアンビエント作家的なサウンドに共鳴しているように思えた。チェロやヴァイオリンが環境音と共に変化しているように聴こえるのだ。
ふたりは2019年に出会い、その後、オーストラリアとニューヨークのあいだをリモートで制作をしたという。時期的にみても2020年のコロナ禍も挟んでいる。いわば世界的な危機の状況で、この超自然的な音響作品が制作されたことはやはり重要と思える。このアルバムに満ちている自然のうごめきのようなサウンドは、まるで地球の地殻変動や気候の変化などを体現するように聴こえてくる。
アルバムには全5曲が収録されている。2曲目 “Dust Storm” ではより激しい、まさに豪雨のような音響空間を形成し、アルバム中もっとも長尺(12分25秒)の4曲目 “Fissure Exhales” ではアルバム全体の音響が統合されたようなスケールの大きいサウンドを展開する。そしてアルバム最終曲 “Strata” では、すべてが過ぎ去った後の不思議な空虚感を漂わせてアルバムは終わっていくのだ。
どれも長尺だが、しかしその音の変化、質感、レイヤーを意識的に聴き込んでいくと、われわれリスナーの時間もまたローレンス・イングリッシュとシアヴァシュ・アミニの音の中に漂うようになり、やがて溶け合っていくような感覚を得ることになるだろう。音と音楽。環境音と楽器。時間と無時間。その交錯。実に高品質なエクスペリメンタル・ミュージック/フィールド・レコーディング作品/アンビエントである。音と音楽の境界線がここには鳴っている。
デンシノオト