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野田 努   Aug 08,2012 UP
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 最近、翻訳されたデイヴ・トンプキンズによる『エレクトロ・ヴォイス』(新井崇嗣訳)は、ロボ声を主題にしていること自体興味深いが、おそらく世界でもっともサイボトロンに関して深く言及している本なので、それを聞いて「おや」と思われる方には一読をオススメする。

 トンプキンズの研究によれば、サイボトロンの荒廃と恍惚の入り交じった名曲"クリア"の背後には、さまざまな歴史や思いが混在している。「3070番」の兵士としてリック・デイヴィスがベトナムに赴いた理由は、彼が反共産主義なわけでも戦争がしたいからでもなかった。デトロイトのゲットーを出たかった。出れるのであれば、行き先が戦場だろうとお構いなしだった。
 彼のなかに「クリア」は重い言葉だった。戦場では「視界をクリア(一掃)せよ」とは、人びとを消すという究極の破壊指令だった。あるいは、それは街の再開発においても頻繁に使われた。道路が拡張され、街が整備されると、貧しい者はクリアされた。
 このように、平和維持や都市開発という名目の裏側に隠されたディストピックな真実をその曲に込めたデイヴィスに対して、もうひとりのメンバー、ホアン・アトキンスは『第三の波』の影響下から導いたポスト産業社会におけるユートピア思想やクラフトワークへの憧憬をその言葉に込めた。ふたりのメンバーの異なる思いがあの曲には注がれているのだ。アトキンスは、歌詞の後半により明快に前向きな言葉(古きと外へ/新しき中へ)を吹き込んだが、ラジオ・ヴァージョンではそこはカットされている。こうしたエピソードを知ると、サイボトロンにとって"クリア"が特別の曲であり、この1曲から多様な意味を引き出せるのも、ますますうなずける。
 ちなみに「クリア」という言葉は、有名な新興宗教、サイエントロジーのカウンセリング用語「それまでのあなたを消(クリア)しましょう」と同じだったので、その宣伝ソングという誤解も受けているという。あらためて言うが、"クリア"とは、クラフトワーク音楽のブラック・ミュージックへの本格的な変換だ。『エレクトロ・ヴォイス』を読んで、僕がもうひとつ感心を持ったのは、"クリア"が発表されると、もっとも素早く反応したのがマイアミだったという話だ。荒涼とした寒い工業都市のエレクトロは、蒸し暑い南国のストリップ小屋へとすっ飛んだのである。好色な2ライヴ・クルーの音楽性は、未来派のエレクトロだった。

 "クリア"の声は機械で変調された宇宙人声を使っているが、『エレクトロ・ヴォイス』には、サイボトロンと同時期に活躍していたエレクトロ・グループ、ジョンズン・クルーの"パック・ジャム"の制作秘話についても詳しく紹介している。彼らは、クラブに通うキッズが求めているのは「良いシンガー」などではなく「ノイズ」であることを理解していた。音楽芸術を作っているというよりも、くだらないゲームをやっている感覚で作った。彼らは"受けねらい"のバカげた曲を敢えて録音した。シカゴ・ハウスがまだディスコの延長だった時代、アメリカではエレクトロの分野において、ディストピアとユートピア、マシンとセックス、ゲットーと幼児性がコネクトされている。

 実を言えば、この原稿の書き出しは「日本人はエイフェックス・ツインに感謝するべきだろう」となるはずだった。子供のままで突っ走った人だったし、シカゴのアシッド・ハウスを、ハイピッチのサンプリングによる子供声をそのまま使ったレイヴ・ミュージックを、その手の反ソウルのダンス・ミュージックを積極的に評価していたひとりだった。10年前のブレイクコアに火を付けたのも彼だったし、シカゴのジューク/フットワークを広く紹介したのはエイフェックス・チルドレンの代表格、マイケル・パラディナスだった。日本で制作され、リリースされるこのジュークのコンピレーションには、エイフェックス・チルドレンであり、10年前のブレイクコアの顔役だったキッド606が曲を提供している。
 「ジューク最高!」と吠えている2マッチ・クルーのポエム氏によれば、日本にはすでに多くのジュークのトラックがあり、複数のコンピレーションがネット上にあるという。ブレイクコアのときのように、この落ち着きのない、騒々しい音楽は、日本でも瞬く間に広がっているようだ。チップチューンもそうだったが、エイフェックス・ツインをなんらかの起点とできるような音楽は、日本の文化のある部分とは親和性が高い。その幼児性においてなのだろうか......これに関する論は橋元に譲るとして(それとも阿部和重の『幼少の帝国』を読めばいいのだろうか)。

 とまれ。ジューク/フットワークからは、エイフェックス・ツインにはない暴力性、ディストピックな感覚を感じないわけにはいかない。本作『Footwork on Hard Hard Hard!!』も、ただ速く、ただハードで、ただ好色なだけではない。複雑に絡み合った思いがスパークしているように感じる。アルバムには日本のジューク・シーンを代表するDJフルトノをはじめ、隼人6号、ジューク・エリトン、シカゴのベテランのトラックスマン、マルチネのマッドメイドなどによる計18曲が収録されている。アルバムのクローザーを務めるディスク百合おんの"カフェ・ド・鬼"を聴けばわかるように、日本のジュークには電気グルーヴからの影響も引き出せる。ジョンズン・クルーの"パック・ジャム"が果たした役目と同じことを電気グルーヴも果たしているのだろう。

 ライナーを読むと、本人たちはシカゴのジュークとともに「レイヴ・ミュージック」も意識しているようである。ジュークはダンス・バトルから来ているが、レイヴとは基本的にはユートピア的なので、両者の関係はある意味では引き裂かれているが、そこをなかば強引にぐしゃっと圧縮した乱雑さ、そしてある種のせわしなさが、我々にとって踊りやすい......いや、動きやすいビートなのかもしれない。完成度という言葉はまったく似合わないジャンルだが、キッド606やトラックスマンといったビッグネームが混じっていながら、日本人プロデューサーによるトラックはそれらにひけを取らない出来だ。CDからは、この音楽がいま秘めている熱量の高さが伝わってくる。また、ある種「オタクっぽい」と呼ばれてきた文化とストリート(ないしはゲットー)の文化という、おそらくは互いに交わる機会を逸していたもの同士が共存しているところは注目に値する。彼らはの暴走は、君の目の前をクリアしてしまうかもしれないよ。

野田 努