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KOHH

Hip Hop

KOHH

MONOCHROME

GUNSMITH PRODUCTION

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泉智野田 努   Sep 18,2014 UP
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E王
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 噂の発端は、2012年末から立てつづけにリリースされた、たった2枚のミックステープだった。全身にタトゥーを施し、ナンセンスでスキャンダラスなジョークをあっけらかんと口にする、まだあどけなさの残る若い男。インタヴューやリリックの端々には、実父との死別、母親の薬物中毒、生活保護、乱交的な性関係、犯罪や貧困といった、いわゆる「アンダークラス」的なバックグラウンドが見え隠れする。東京都北区王子の都営団地出身、弱冠24歳のKOHHは、東京のアンダーグラウンド・シーンにハイプを生み出すには格好のアイコンだった。

 だが、届けられたKOHH初のオリジナル・アルバムは、驚くほどストレートなものだ。国内外の気鋭のビートメイカー陣によるトラックは、USで隆盛を極めるトラップ・ミュージックの影響下にありながらも、独特のストイシズムを漂わせている。基調となっているのは濃いメランコリアと、ひどく率直なKOHHの心象スケッチ。言葉を憶えたての子どものような、一音一音はっきりと発語される日本語のライムは、どこか北野武の映画『HANA-BI』に登場する絵画──武がバイク事故後に描いたとされる、拙いが鮮烈な印象を残す奇妙な点描画──を思わせる。

 アルバムを通しての白眉は中盤、PVも制作された“貧乏なんて気にしない”。心臓の鼓動とピアノの旋律が絡み合う叙情的なビートに乗せて語られるのは、幼少時からKOHHを取り巻く「貧困」に対する、愛憎入り混じるアンビヴァレントな感情だ。iPhoneを片手にレコーディングするKOHHの姿、首都高沿いの車窓から覗く王子の夜景、タトゥーだらけの強面の男たちの人懐っこい笑顔が交錯するPVは、温かく感傷的な空気に満ちている。だが、「昔からみんなよく言ってる/お金よりも愛」という言葉に続くのは、「わからない」という逡巡の呟き。さらに、子ども時代の困窮と差別の記憶、それと裏返しの物質的な成功への渇望が描写される合間には、宮沢賢治の「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」(「農民芸術概論」)を思わせるフレーズまで差し込まれる。周囲の喧噪への苛立ちと悪意、母親との初めてのドラッグ体験、身体改造への欲望、アシッド・トリップの果てのマルセル・デュシャンとの邂逅……これまで同様の危険なモティーフも健在だが、KOHHはここで間違いなく、より普遍的なテーマに向き合おうとしている。

 事実上のラスト・ナンバーは、胸の焦燥をなだめすかす夜風のような静謐なブルーのエレクトロニクスに乗せ、KOHHがそのハードワーキングな哲学を開示する“NO SLEEP”。そして、思わず笑ってしまうほど唐突に挿入されるボーナス・トラック的な“LOVE”の、少年漫画じみた底なしのポジティヴィティの渦に巻かれて、アルバムは幕を閉じる。これは、バブルの狂騒の記憶すら持たず、かつての繁栄がもたらしたハコモノの廃墟の片隅で、社会がミシミシと軋む音をBGMに育った新たな世代による、紛れもない、この世界への祝福だ。

 限りなく膨らむ子どもじみた欲望と夢、家族や仲間や恋人への愛情、それらを縁取る深いメランコリアの影と、果てない生命力。ここには、圧倒的な自由の感覚がある。目の前のグラスには指二本分の酒、灰皿にはマリファナ。iPhoneを震わせる女たちからの着信は無視。今日もまた眠らずに、遊ぶように働こう。産まれて、生きて、死ぬだけ。それでも、この世界は素晴らしい。眠る時間も惜しいほどに。濃い煙の陰影で描かれた心象スケッチが、たとえあなたから見て異形の装いを纏っていたとしても、そこに嘘はない。彼も、あなたと同じ、この世界の苦難を生き延びた者なのだ。


文:泉智

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