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DJ Manny

FootworkHouseJungle

DJ Manny

Signals In My Head

Planet Mu

渡部政浩   Aug 17,2021 UP

 “Havin’ Fun” をまずはどうぞ。USの風刺アニメ『ブーンドックス』のセリフとジャングルめいたリズムを組み合わせたこの曲が、『Signal In My Head』の核心をなす曲といえるわけではない。しかし、三軒茶屋で遊んで朝まで音楽を浴び、しまいに駅までの帰路においてもダンス・ミュージックを iPhone からえんえんと流すどうしようもない男にとって、この曲は驚きを与えるに十分すぎるサウンドだった。無事に始発に間に合い、家に帰れるかという一抹の不安が消えつつあるなか、僕は──性急で、衝動的で、落ち着かない──フットワークに類されるこのアルバムを、まだひとのまばらな電車の席に座って目を閉じ、丸ごとしっかり聴くことをすでに決意していた。

 しかし、その決意は間違いにも思える。そもそもシカゴのフットワークはフロアの音、ダンスの音、バトルの音であるのに、それを窓から朝日が漏れている電車のなかで、疲れ切った男がひとりになって聴くのはあきらかにシチュエーションとしておかしい、いや、というよりも機能しないはずだ。が、通して聴いてみると、今作はフットワークのそういった典型的な音から好んで逸脱するかのような様相を呈しており、彼が「(フットワークで)誰もやったことのないことをやりたかった」と語るように、ストイックで、激しく、屈強なフットワークに対するイメージを覆し、ハウス、ジャングル、ドラムンベースなどに接近しながら、彼のパートナーへの愛に結実した作品に仕上がっている。

 シカゴ出身のDJマニーは、10代のころからフットワークにかかわり、ほどなくして〈Teklife〉クルーに加入。今作はジューク/フットワークを世に紹介した名門〈Planet Mu〉からのリリースであり、まさにフットワークにおける王道を歩んできた存在。そんな彼がどんな音を聴かせてくれるか期待していたが、どうやらただのストレートなフットワークではないようだ。

 『Signal In My Head』は、誰かを好きになることの喜びで満ち溢れている。そこには対象となる他者(恋人、パートナー)の存在がいたるところに感じ取れ、それはトラック・タイトルやサンプリングのフレーズ、あるいは今作に通底するムードを思えば明らかだ。ハウスを感じずにはいられないハイハットのアレンジメントが印象的な “You All I Need” において、言葉はないものの温かいパッドやタイトルからも恋人へ向けた曲であることがわかる。また、ささやく声とソウルフルなヴォーカルが重なり合いながら「あなたの愛は私が必要とするすべて」と繰り返す “All I Need” はラヴ・ソングに違いないし、“Wants My Body” に至っては「見つけるわ、私の体を欲しがる誰かを」と、フットワークの独特なビートの上にちょっと狂気じみた愛が伝えられる。インタヴューにおいて、10代の彼がフットワークに入れ込む動機のひとつになったのが「女の子」だったことを(あくまで冗談交じりに)語っているのは、彼にとってフットワークは他者存在とセットだということを端的に示している。なにより、彼はシカゴからブルックリンへと移り、そこで SUCIA! というパートナー(ミュージシャンでDJマニーと共作もしている)と共に過ごしていることからも、今作の制作過程において他者の、とりわけパートナーの存在がそのサウンドと方向性に与えた影響は想像以上におおきいのではないだろうか。

 DJマニーによって作られる音のパレットに、シカゴの猥雑なゲットー・ハウスをひとつのルーツとするフットワークの、典型的な汚いワードは存在しない。「ビッチとファック」、その代わり『Signal In My Head』には「パートナーと愛」がある。それは、いままでにリリースされたフットワークとの、DJラシャドトラックスマンのような偉大な先達との違いであり、今作のもっともおおきなストロング・ポイントと言えるだろう。

 フットワークのフォームを踏襲しながら、その枠組みから繰り出されるサウンドは彼のパートナーに対する愛でにじんでいる。DJマニーはパートナーへの愛を乗せることによって、このダンス・バトルのための激しい音楽がフロアやスケートリンクを飛び越え、誰かを好きになることの喜びに伴うロマンチックな感情をアルバムに呼び込む。『Signal In My Head』は疲れくたびれて、朝日を浴びながら眠い目をこすっているような男にも響くようなサウンドだ。なぜなら踊るためのフットワークだけでなく、どこか感情に触れるような部分があるからで、それは体にではなく、心に響くからだ。

渡部政浩