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NYクラブ・ミュージックの新たな波動

NYクラブ・ミュージックの新たな波動

前編:10年代のブルックリンの軌跡

文:草深早希  協力:DJ Healthy Nov 21,2019 UP

 日本では平成から令和へと新たな元号を迎え、アメリカではバラク・オバマからドナルド・トランプへ大統領が交代するなど歴史的な瞬間の多かった10年代はあと1ヶ月残し、もうすぐ20年代が始まろうとしている。
 10年代を振り返ると、iPhone をはじめとするスマホが瞬く間に世界へ浸透し、万国共通のソーシャル・ネットワーキング・サービスはフェイスブックから同じくフェイスブック社が2010年に開発したアプリ、インスタグラムへシフト。Spotify や Apple Music などの音楽ストリーミングサービスが日常の一部になるどころか、そういったサービスにわざわざ加入しなくても YouTube や SoundCloud などの無料の共有サービスによって、メディアを使わずにスマホひとつで音楽を聴くことができるエポックメーキングな時代に変わった。
 出だしが長くなったけれど、ここで触れたいのは、時を同じくして変化していったNYはブルックリンのミュージック・シーン。それも、今では世界的な実力のある Anthony Naples や Aurora Halal らを筆頭に、“NYサウンドの新世代”ともいえる10年代のユース・カルチャー・シーンについて紹介していきたい。

 00年代、NYのハウス・ミュージック・シーンにおいて唯一無二の存在は、かつてマンハッタンのミートパッキングにあった「Cielo Club」。2003年にオープンしてから François K. や Louie Vega、Kenny "Dope" Gonzalez などの名だたるメンツがレジデントDJを務めるハイクラスなレギュラー・パーティが話題を集め、翌年(2004)にはアメリカの「Best Club- Dancestar Awards」を受賞。ウィリアムズバーグにあった共同オーナーのヴェニュー「Output」とともに今年始めに幕を閉じるまでの15年間、とにかく“グッド・ミュージック”を提供し続けた老舗だ。
 そんなパーティへ遊びに行っていたヤング・ジェネレーションにとっても前述したようなDJがビッグネームであることには間違いないが、彼らが目指したスタイルは一時代を築いたDJたちと同じものではなかった。むしろ「自分たちと同世代がやりたいことをやれるような場所がNYには少なかった」と話す当時まだ名もないDJや、DIYで新しいことを始めたいと思う人たちによって、NYのダンス・ミュージック・シーンは2010年を境に、地価の高騰するマンハッタンからやりたいことを合理的にできるブルックリンへと移り変わっていった。

 今年11月、再び日本で開催された「Mister Saturday Night」は、まさにそんな時代背景を写したようなブルックリンを代表するパーティのひとつだ。『ガーディアン』誌で“NYで最も優れたDJデュオのひとつ”と称賛された、アイルランド人の Eamon Harkin とアメリカ人の Justin Carter のふたりは、00年代後半にマンハッタンの老舗「Santos Party House」で前身となるパーティをスタート。その後ブルックリンに拠点を移し、ゴワナスのバックヤードやロフトスペースなどのオープンエアーな場所を利用したデイタイムの屋外パーティ「Mister Sunday」を始め、ここだけでしか体験できないDIYなスタイルの「Mister Saturday Night」へと大成させた。
 そんなパーティの常連であるNYのアーティストを取り上げていくことを当初のコンセプトに、2012年には同名義のレーベルを設立。パーティから生まれた理想的なレーベルの第1弾には、まさに当時フロアで踊っているうちのひとりにすぎなかった Anthony Naples をフィーチャーしたEP「Mad Disrespect」をリリース。シカゴ・ハウスのようなドラムマシンにエモーショナルなヴォーカルを乗せたソウルフルなサウンドは、ピークの「Mister Saturday Night」のフロアを思い起こさせる、“新時代のエクスペリメンタルなトラック”として注目を集めた。その後、Hank Jackson や気鋭のデュオ General Ludd などを次々と世に送り出しただけでなく、2015年には「Mister Saturday Night」のホームとして、今のブルックリンで最も旬なヴェニュー Nowadays もオープン。最初は屋外のスペースだけで運営をしていたが、2017年にはより多角的なパーティをおこなうことを目的とした屋内のフロアをオープンさせ、キレイで快適なメインフロアとレストラン&バー、好きな時にチルアウトできる屋外スペースを備えた“現代の大箱”を作り上げた。


Nowadays flyer


DJ Python@Bossa Nova Civic Club

 ここで「Mister Sunday」が開催されていることは言わずもがな、2010年以降に頭角を現しヨーロッパを中心に世界でプレイするほど人気DJとなった Anthony Naples や Aurora Halal、DJ Python などの新世代がレジデントを務めるハウス、テクノのパーティがスケジュールのほとんどを占める。2018年末のカウントダウン・パーティへ行った時は、なんと24時間という長丁場で、22時までは床に敷いたマットに寝そべりながらNYの気鋭なレーベル〈RVNG Intl.〉ファウンダー Matt Werth らによる上質なアンビエントを、朝8時まではレジデントDJたちによるカッティングエッジなテクノを、そして、昼14時まではこの日のゲストであった Theo Parrish による往年のハウスやディスコをフロアに残ったまだまだ遊び足りないみんなで聴いて、踊り明かすような、いい意味で新しい世代にバトンが渡っている場所だと思った。


Nowadays flyer 2018-2019 New Years Party "Nowadays Nonstop"

 「Mister Saturday Night」はさておき、圧倒的にヴェニューが不足していた同時期に、同じくブシュウィックで確立していった特筆すべき場所がもうひとつ。話を10年代初期に一旦戻すと、ベルリンを中心に世界的にミニマル・テクノが主流だった当時、NYのダンス・ミュージック・シーンに新風を吹き込んだのが2010年に設立された〈L.I.E.S. Records (Long Island Electrical Systems、以下L.I.E.S.)〉だ。ファウンダーの Ron Morelli は、ダンス・ミュージックをソフトウェアで作るという当時のスタイルを覆し、今でこそ「ローハウス」といわれるようなザラついたローファイなエレクトロニック・サウンドをDIYで作り、打ち出してきた人物。

 2012年にオープンしたバースタイルの「Bossa Nova Civic Club」は、そんな Ron Morelli を筆頭に〈L.I.E.S.〉が才能を見出したまだ無名の Terekke や Bookworms、DJ Steve O たちがプレイし、当時まだアンダーグラウンドだったサウンドがひとつのジャンルとして確立されていくとともにメイド・イン・ブルックリンのキャッチーなダンス・ミュージックを聴ける場所として不動の地位を築いた。〈L.I.E.S.〉を目当てに通うパーティ・フリークはとにかくぶっ飛んで踊り狂い、100人キャパほどの小さいフロアでありながらもほかのヴェニューと一線を画す、強烈なエナジーがここにはあった。


Bossa Nova Civic Club のバー

 オープンからずっとパーティを続ける Bookworms や、同じくスターティング・メンバーで Anthony Naples のレーベル〈Incienso〉からリリースされたLPが注目を集める Beta Librae、この場所で始まった女性特定のDJ集団「Discwoman」の中心メンバー Umfang、〈White Material Record〉のメンバーでハウス・ミュージックの新星 Galcher Lustwerk などがプレイする今でも、その勢いはほとんど変わらないと思う。もちろんほかに新しくできたヴェニューへ移っていくDJもいるけれど、オープン初期にプレイしていたDJたちが今のブルックリンのダンス・ミュージック・シーンで活躍していると言っても過言ではない。
 ちなみに、10年代初期からDIYを掲げたウェアハウス・パーティを開催する Aurora Halal が主宰し、2014年にスタートしてから今では1000人限定の“特別なパーティ”となるまでに成長したNYで数少ない野外レイヴ・パーティ「Sustain Release」のセカンド・ステージには「Bossa Nova Civic Club」の名前がつけられている。それほど、10年代のダンス・ミュージック・シーンにとってここは重要なポジションであり、オーナーの John Barclay はシーンの立役者でもあるということだ。

 そんなわけで、この10年代をざっと振り返ってみるとブルックリンこそ、冒頭で話したスマホ並みにエポックメーキングなミュージック・シーンに変わった。そんな新世代のアーティストをこれから取り上げていこうと思う。

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