「OPN」と一致するもの

DJ Taye - ele-king

 DJテイがビートを作り、同時にラップをはじめたのは11歳のとき、つまり小学時代のことだった。16歳になると彼は地元のクルー、故DJラシャド、DJスピン、トラックスマン、DJアールらのTeklifeに最年少メンバーとして加入する。

 シカゴのジューク/フットワークが発見されてから、そろそろ10年が経とうとしている。昨年はジェイリンの素晴らしい『ブラック・オリガミ』があって、今年はまずはDJテイの『スティル・トリッピン』というわけだ。DJテイの名は、OPNが3曲も参加したDJアールの『オープン・ユア・アイズ』でもクレジットされているが、わりと早いうちから〈ハイパーダブ〉がEPを出しているので、Teklife期待の若手がいよいよ同レーベルからの初アルバムを発表ということでシーンでは盛り上がっている。

 DJテイは、18歳のときに最初のアルバムを自主で出しているのだが、そのタイトルは『オーヴァードーズ・オン・テックライフ』という、若気の至りに尽きるタイトルを冠している。そして今回は、『スティル・トリッピン』、「まだぶっ飛んでるぜ」というわけだ。
 とはいえ、『スティル・トリッピン』は23歳の若さにまかせてぴょんぴょん跳びはねるというよりは、音楽的にじっくり聴かせる側面を持ち合わせているアルバムだ。ヒップホップ色も強く、ことトラップからの影響も見せてはいる。もちろん、ここ10年で発展したシカゴの革新的なダンスのビートはある。
 しかしたとえばカナダの女性シンガー、オディール・ミルティルをフィーチャーした“Same Sound”における優雅なソウル・テイスト、テンポを落とした“9090”や“Anotha4”におけるドリーミーな叙情、ニュージャージーの女性DJ、UNiiQU3を招いての活気溢れる“Gimme Some Mo”、女性シンガーのファビ・レイナをフィーチャーしたチルアウト・トラックの“I Don't Know”……。
 アルバムには多様性があり、DJペイパルやDJメニーたちに混じって、シカゴのダンスバトルには女性陣もいるんだよと言わんばかりに女性たちも参加し(サンプリングではなく実演として)、早熟なDJテイの音楽的な才能はいろんな意味で光っている。なかでも“Trippin”は最高の出来の曲のひとつ。

 うーん、日本語の「フットワーク」という文字がデザインされたジャンバーも格好いいです。そしてフットワークらしいすばしっこい動きを見せる“Need It”や“I'm Trippin”──。
 「トリップ」という言葉には、もちろん「旅をする」という意味も含まれているわけだが、じっさいにこうしてロンドンの〈ハイパーダブ〉から新作がリリースされているのであり、シカゴのフットワークはいまも世界を旅行中なのだ。シカゴがこの「旅」を止めたことはない。ハウス・ミュージックが生まれたときからずっと、シカゴはいまもなお、アンダーグラウンド・ダンス・ミュージックの王国である。

Oneohtrix Point Never - ele-king

 時は満ちた。
 昨年の『Good Time』の劇伴や坂本龍一のリミックス、そして3月のデヴィッド・バーン新作への参加を経て、ついにOPNが自身のニュー・アルバム『Age Of』をリリースする。
 最近のコラボ相手を見てもわかるとおり、デビューから10年以上が経ったいまダニエル・ロパティンはその活躍の舞台を上げ、それまでの彼のリスナーとは異なる層にまで訴求する存在になっている。だからこそ、次の一手に関してはいかに紋切り型に陥らないか、いかに手癖に頼らないかというのが肝要になってくるわけだが……公開されているタイトル曲の一部を聴く限り、どうやら『R Plus Seven』とも『Garden Of Delete』とも違う新たな試みが為されているようだ。これは、時代の混沌の中で紡がれた21世紀の電子マニエリスム音楽?
 リリースは5月25日(日本先行発売)。9月には東京での公演も決定している。あなた自身の耳でその変化を確かめよう。

時代の混沌の中で紡がれた21世紀の電子バロック音楽
最新にして圧倒的傑作『AGE OF』完成
即完したニューヨーク2公演に続き、ロンドンと東京公演の開催が決定!

現代を代表する革新的音楽家、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー(以下OPN)が、最新アルバム『Age Of』を5月25日(金)に日本先行でリリースすることを発表し、待望の来日公演も決定した。

『Replica』(2011)、『R Plus Seven』(2013)、『Garden of Delete』(2015)と立て続けにその年を代表する作品を世に送り出してきただけでなく、FKAツイッグスとのコラボレーション、アノーニやデヴィッド・バーンのプロデュースに加え、昨年公開の話題映画『グッド・タイム』の劇半でカンヌ映画祭最優秀サウンドトラック賞を受賞するなど、多岐に亘るフィールドで成功を収めているOPNことダニエル・ロパティン。そんな輝かしいキャリアの中でも「ポストモダン・バロック」とでも呼ばれるべき未曽有のポップ・ミュージックが収められた本作は、一つの到達点ともいえる圧倒的な傑作だ。先日公開された、5月にニューヨークで行われる最新コンサート「MYRIAD」のトレーラー映像では、アルバムの冒頭を飾るタイトルトラック“Age Of”の音源を聴くことができる。

Oneohtrix Point Never - MYRIAD
https://opn.lnk.to/MyriadNYC

Video by Daniel Swan and David Rudnick
Directed by Oneohtrix Point Never
Animation by Daniel Swan
Produced by Eliza Ryan
Videography by Jay Sansone
Additional Animation by Nate Boyce
Thrash Rat™ and KINGRAT™ characters by Nate Boyce and Oneohtrix Point Never
Engravings by Francois Desprez, from Les Songes Drolatiques de Pantagruel (1565)
Additional Typography by David Rudnick

大型会場パーク・アベニュー・アーモリー(Park Avenue Armory)で開催されるニューヨーク公演は、発売後72時間で2公演ともにソールドアウト。今回のアルバム発表に合わせ、ロンドン公演(The Barbican)と東京公演(Shibuya O-EAST)の開催が決定! 東京公演の主催者先行は4月5日(木)正午より、BEATINK.COMにてスタートする。
詳細はこちらから:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=9577

OPN最新アルバム『Age Of』は、日本先行で5月25日(金)リリース! アートワークにはアメリカ現代美術シーンで最も影響力があるヴィジョナリー・アーティストと称されるジム・ショーの作品がフィーチャーされている。国内盤には、ボーナストラックとして、ボイジャー探査機の打ち上げ40年を記念して制作された映像作品「This is A Message From Earth」に提供した「Trance 1」のフルバージョンが初CD化音源として追加収録され、解説書と歌詞対訳を封入。またスペシャル・フォーマットとして数量限定のオリジナルTシャツ付セットの販売も決定。

Jim Shaw
The Great Whatsit, 2017
acrylic on muslin
53 x 48 inches (134.6 x 121.9 cm)
Courtesy of the artist and Metro Pictures, New York


label: Warp Records / Beat Records
artist: Oneohtrix Point Never
title: Age Of

release date: 2018/05/25 FRI ON SALE
国内盤CD BRC-570 定価: ¥2,200+税
国内盤CD+Tシャツ BRC-570T 定価: ¥5,500+税

Oneohtrix Point Never - ele-king

 昨年は映画『Good Time』の劇伴坂本龍一のリミックスを手がけ、最近ではデヴィッド・バーンの新作に参加したことでも話題となったOPNが、5月にNYで開催されるライヴのトレイラー映像を公開しました。これ、新曲ですよね。しかもチェンバロ? 曲調もバロック風です。この急転回はいったい何を意味するのでしょう。そういう趣向のライヴなのか、それとも……。

ONEOHTRIX POINT NEVER
5月にニューヨークで行われる大規模コンサートの
トレーラー映像を新曲と共に公開!

昨年、映画『グッド・タイム』でカンヌ映画祭最優秀サウンドトラック賞を受賞したことも記憶に新しいワンオートリックス・ポイント・ネヴァーが、【Red Bull Music Festival New York】の一環として5月22日と24日にニューヨークで行われる最新ライブ「MYRIAD」のトレーラー映像を公開した。ダニエル・ロパティン(ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー)自らディレクションを行い、その唯一無二の世界観が垣間見られる2分間の映像には、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー名義の新曲も使用されている。

Oneohtrix Point Never - MYRIAD
https://opn.lnk.to/MyriadNYC

Video by Daniel Swan and David Rudnick
Directed by Oneohtrix Point Never
Animation by Daniel Swan
Produced by Eliza Ryan
Videography by Jay Sansone
Additional Animation by Nate Boyce
Thrash Rat™ and KINGRAT™ characters by Nate Boyce and Oneohtrix Point Never
Engravings by Francois Desprez, from Les Songes Drolatiques de Pantagruel (1565)
Additional Typography by David Rudnick

本公演が開催されるパークアベニュー・アーモリー(Park Avenue Armory)は、以前は米軍の軍事施設だった場所で、ライブが行われるウェイド・トンプソン・ドリル・ホール(Wade Thompson Drill Hall)は航空機の格納庫のような巨大なスペースである。当日にはスペシャルゲストやコラボレーターも登場し、ここでしか体験することのできない特別なライブ・パフォーマンスが披露されるという。

ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー|Oneohtrix Point Never

前衛的な実験音楽から現代音楽、アート、映画の世界にもその名を轟かせ、2017年にはカンヌ映画祭にて最優秀サウンドトラック賞を受賞した現代を代表する革新的音楽家の一人。『Replica』(2011)、『R Plus Seven』(2013)、『Garden of Delete』(2015)と立て続けにその年を代表する作品を世に送り出してきただけでなく、ブライアン・イーノも参加したデヴィッド・バーン最新作『American Utopia』にプロデューサーの一人として名を連ね、FKAツイッグスやギー・ポップ、アノーニらともコラボレート。その他ナイン・インチ・ネイルズや坂本龍一のリミックスも手がけている。さらにソフィア・コッポラ監督映画『ブリングリング』やジョシュ&ベニー・サフディ監督映画『グッド・タイム』で音楽を手がけ、『グッド・タイム』ではカンヌ・サウンドトラック賞を受賞した。


label: Warp Records / Beat Records
artist: Oneohtrix Point Never
title: Good Time Original Motion Picture Soundtrack

cat no.: BRC-558
release date: 2017/08/11 FRI ON SALE
国内盤CD:ボーナストラック追加収録/解説書封入
定価:¥2,200+税

【ご購入はこちら】
beatink: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=4002
amazon: https://amzn.asia/6kMFQnV
iTunes Store: https://apple.co/2rMT8JI


label: Warp Records / Beat Records
artist: Oneohtrix Point Never
title: Good Time... Raw

cat no.: BRC-561
release date: 2017/11/03 FRI ON SALE
国内限定盤CD:ジョシュ・サフディによるライナーノーツ
ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーとジョシュ・サフディによるスペシャル対談封入
定価:¥2,000+税

【ご購入はこちら】
beatink: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=9186
amazon: https://amzn.asia/gxW5H63
tower records: https://tower.jp/item/4619899/Good-Time----Raw
hmv: https://www.hmv.co.jp/artist_Oneohtrix-Point-Never_000000000424647/item_Good-Time-Raw_8282459

Klein - ele-king

 これは昂奮せずにはいられません。『Only』で圧倒的な存在感を示し、昨年は〈Hyperdub〉との契約~EPのリリースも話題となったクラインが、来る3月23日、ついに初来日を果たします。OPNやアルカの登場から時代がひと回りし、新たなエレクトロニック・ミュージックの機運が熟しはじめている昨今、ele-king編集部内でも「次の10年を決定づけるのは誰か」という議論が日々盛り上がっておりますが、その最右翼のひとりがクラインです。彼女の魅力を説明するのに、コード9でさえ言葉を失うほど。つまり、今回の来日公演は絶対にスルーするわけにはいかないということです(当日は〈PAN〉のフローラ・イン=ウォンやセーラーかんな子らも出演)。いやしかし去年のチーノ・アモービといい先日のニガ・フォックスといい、《Local World》はほんとうに良い仕事をしますな~。


Local 6 World Klein
2018/03/23 fri at WWWβ

時代を研ぎ澄ますアフロ最前衛の結晶 Klein 初来日! “フリーク・アウトR&B”とも形容される、サイケデアリにまみれたナイジェリアン・ルーツのミュータント・ソウル・シンガー/プロデューサーをロンドンから迎え、本ディケイドの電子音楽を革新する〈Hyperdub〉と〈PAN〉、そして中国、韓国、アイルランド、日本など、様々な背景が入り混じるエクスペリメンタル・クラブ・ナイト。

圧倒的にオリジナルな作品で時代を駆け抜けるアフリカン・ルーツの女性プロデューサー Jlin (Planet Mu)、Nidia Minaj (Principe)、Nkisi (NON Worldwide) などと同時期に、R&B/ソウル/ゴスペルを軸にサイケデリックかつゴシックなテイストでノイズ、インダストリアル、トラップ、UKガラージをコラージュで紡いだ怪作『Only』〈Howling Owl 2016 / P-Vine 2017〉で現代電子音楽の最前線へと躍り出し、昨年〈Hyperdub〉からデビューを果たし、Laurel Halo の最新作にも参加したサウス・ロンドンの異端 Klein が、ローカルかつワールドな躍動を伝える《Local World》第6弾へ登場。共演には元『Dazed』のエディターとしても活躍し、現在ベルリンの〈PAN〉の一員としても働く、ロンドン拠点のプロデューサー/DJ Flora Yin-Wong、ネット・カルチャーから現れ、新旧のアンダーグランドなクラブ・ミュージックと日本のサブカルチャーのセンスが入り混じる特異な存在 Sailor Kannako (セーラーかんな子)、日本とアイルランド双方にルーツを持ち、複数の言語と独自のセンスでその世界観を表現するプロデューサー/シンガー ermhoi、ロンドンの〈BBC AZN Network〉やアジアンなクリエイティヴ・コレクティヴ Eternal Dragonz にミックスも提供する韓国は釜山生まれ、現在は東京を拠点とする Hibi Bliss が登場。拡張されるアフロやR&B、躍進するアジア、そして女性アーティストの活躍など、今日のエレクトロニック/クラブ・ミュージックの躍動とモードがミックスされた最旬のエクスペリメンタル・クラブ・ナイト。

Local 6 World Klein
2018/03/23 fri at WWWβ
OPEN / START 24:30
ADV ¥1,500 @RA / DOOR ¥2000 / U23 ¥1,000

LIVE:
Klein [Hyperdub | Nigeria / London]
ermhoi

DJ:
Flora Yin-Wong [PAN | London]
Sailor Kannako
Hibi Bliss

https://www-shibuya.jp/schedule/008823.php

※未成年者の入場不可・要顔写真付きID / You must be 20 or over with Photo ID to enter.


■Klein (クライン) [Hyperdub | Nigeria / London]

ナイジェリアのバックグランドを持つサウス・ロンドン拠点のアーティスト。シアターやゴスペルのファンであり、楽曲制作の前に趣味でポエトリーを書き、Arca の勧めにより本格的にアーティスト活動を始動。自主で『Only』(国内盤は〈Pヴァイン〉より)と『Lagata』を2016年にリリース、UKの前衛音楽の権威である『The Wire』やレコード・ショップ Boomkat から大絶賛され、一躍シーンの最前線へ。2017年には Kode9 主宰の〈Hyperdub〉と契約を果たし、リリースされたEP「Tommy」は『Tiny Mix Tapes』や『Pitchfork』といった媒体で高い評価を受け、最近ではディズニー・プリンセスにインスパイアされたファンタジー・ミュージカル『Care』のスコアとディレクションを手がけ、ロンドンのアート・インスティテュートICAにてプレミア公開。
https://klein1997.bandcamp.com/

■Flora Yin-Wong [PAN | London]

ロンドン生まれのプロデューサー、ライター、DJ。「|| Flora」としても知られ、フィールド・レコーディング、ディソナンス、コンテンポラリーなクラブ・カルチャーを下地とした作品やミックスを発表。これまでにベルリン拠点のレーベル〈PAN〉の一員としてベルグハインやBlocのショーケース、アジアや欧州を軸に様々な場所でDJをプレイ、Boiler Room、NTS、Radar Radio、BCRといったショーへも参加。プロデューサーとしてはNYCの〈PTP〉からEP「City God」をテープでリリース、〈PAN〉のアンビエント・コンピレーション『Mono No Aware』、その他 Lara Rix-Martin の〈Objects LTD〉、Lolina (Inga Copeland) や IVVVO も参加の〈Caridad〉のコンピレーションへ楽曲を提供、Celyn June (Halcyon Veil) のリミックスやミランの〈Haunter〉やロンドンの〈Holodisc〉とのトラック共作を手がけている。
https://soundcloud.com/floraytw

■Sailor Kannako(セーラーかんな子)

1992年広島生まれ。2012年ごろから、ネット・カルチャーを軸にしたパーティ《Maze》に参加。現在は幡ヶ谷Forestlimit など、都内を中心にDJしたりしなかったり。SoundCloudでミックス音源をときどき更新中。
https://soundcloud.com/onight6lo0mgo

■ermhoi

日本とアイルランド双方にルーツを持ち、複数の言語と独自のセンスで世界観を表現する、プロデューサー/シンガー。2015年ファースト・アルバム『Junior Refugee』を〈salvaged tapes records〉よりリリース。以降イラストレーターやファッションブランド、演劇、映像作品への楽曲提供や、千葉広樹をサポートに迎えてのデュオ、吉田隆一と池澤龍作とのトリオの nébleuse、東京塩麹のゲストボーカル、TAMTAM やものんくるのコーラスなど、ジャンルに縛られない、幅広い活動を続けている。
https://soundcloud.com/ermhoi

■Hibi Bliss

DJ HIBI BLISS a.k.a Princess Samsung

https://soundcloud.com/hibi-bliss

Lea Bertucci - ele-king

 ここに物語はない。アルトサックスの音が静かに重なり、描かれるのは真っ白いカンバスだ。何も描かれていない真っ白いノート……いや、何も描かれていないはずがないノート。ぼくたちはもう何十年も生きてきた。何回も描き続け、何重にも塗り続けてきた。迷い、疲れ果て、なんども魂を失いそうになった。買ったばかりの画用紙のように、真っ白であるはずがない。

 昔ニューヨークには、路上で暮らす目の不自由な、そして耳が豊かなミュージシャンがいた。自らをムーンドッグと名乗ったその男は、ミニマリストたちから尊敬された真の“オルタナティヴ”、境界線上のアーティストだった。フィリップ・グラスはスティーヴ・ライヒとともにムーンドッグから影響を受けたひとりだが、1970年代にグラスの楽団でサックスを吹いていたリチャード・ランドリーという男がいる。のちにローリー・アンダーソンやトーキング・ヘッズの作品にも参加しているランドリーだが、当時は配管工をやりながら活動を続けていたそうで、ソロ作品はわずか数枚しか制作していない。そのレアな彼の代表作『Fifteen Saxophones』が数年前にNYの〈Unseen Worlds〉というレーベルから再発されている。

 NYの女性サックス奏者、リーア・バートゥチのアルバム『Metal Aether(メタル・エーテル)』はランドリーのソロ作品を継承している。サックスによるドローン(持続音)という点において。
 あらゆるものが並列に出揃っている今日では、自由を求めたフリー・インプロヴィゼーションなるジャンルも、「自由を求める」というクリシェから逃れられないのかもしれないが、『メタル・エーテル』はタイトルが暗示するように、軽い。この軽さこそ、グラスやランドリーが憧れたムーンドッグの身軽さとも似ているように思える。それは何かを背負っているかのような音楽ではないし、専制的にもなり得ない、社会の垢にもまみれない。なによりも彼女の音楽は描くのではなく、描いたものを消しゴムのように消していく。
 反抗的な音楽が信じられなくなるときは誰にでもあるだろう。あるいは過剰さから遠ざかりたいとき、そして過剰さへの反動としての静けさからも遠ざかりたいとき、未来のことも過去のことも考えたくないとき、ロバート・ラウシェンバーグの「ホワイトペインティング」のような音楽=『メタル・エーテル』は必需品だ。これは、いまぼくがもっとも気に入っているアルバムである。

※それにしても、アメリカ合衆国のバーモント州バーリントンの〈NNA Tapes〉もつかみどころのないレーベルで、有名になる前の初期OPNのコラボ作品を出していたり、コ・ラやネイト・ヤングなどの作品を出していたり。ブームになるずっと前からアナログ盤/カセットテープのリリース形態にこだっていたレーベルだが、音楽的にどんな信念/コンセプトがあるのかはわからない。ポップや流行というもののいっさいに関与しないことぐらいしか。

Four Tet - ele-king

 これはビッグ・ニュースです。ブリアルとの凍えるように美しい共作曲、スティーヴ・リードとの“ストリングス・オブ・ライフ”のカヴァー、ジ・エックスエックスのサポートやオマール・スレイマンとのコラボOPNのリミックスなどなど、現代UKのエレクトロニック・ミュージックを更新し続けてきたキイマンであり、昨秋リリースしたアルバム『New Energy』も好評のフォー・テットが、この4月下旬、なんと4年半ぶりに来日します。単独公演としてはじつに7年半ぶりです。東京と大阪を回ります。ソールドアウトは必至と思われますので、チケットはお早めに。

特報!

Aphex Twin、Radiohead、The xx など錚々たるアーティストを魅了して止まないエレクトロニック・ミュージック・シーン唯一無二の存在 Four Tet、新たなマスターピース『New Energy』を引っ提げて約4年半振り(単独公演としては約7年半振り!)の来日公演が決定!

本公演ではオーディエンス・フロアの中央にステージを設営、スピーカーを四方に配したサラウンド・システムで挑むスペシャルな最新フルセット・ライヴとなります! エレクトロニック・ミュージックの可能性を無限に拡張させながら、そのモードを刷新し続けるシーンの至宝 Four Tet の待望のライヴ公演、お見逃しのないように!

東京公演
4.27 fri @東京 恵比寿 LIQUIDROOM
Open 19:00 / Start 20:30
¥6,000 (Advance) plus 1 Drink Charged @Door
Information: 03-5464-0800 (LIOQUIDROOM)
企画制作:LIQUIDROOM, root & branch
協力:Hostess Entertainment
[チケット発売詳細]
先行 e+ プレオーダー受付:2.9 (金) 12:00 ~ 2.12 (月) 18:00 —> https://sort.eplus.jp/sys/T1U14P0010843P006001P002251431P0030001
プレイガイド一般発売 (2.24 (土) 10:00より):ぴあ (Pコード: 108-744 ), LAWSON (Lコード: 72746 ), e+ (https://sort.eplus.jp/sys/T1U14P0010843P006001P002251431P0030001)

大阪公演
4.26 thu @大阪 梅田 CLUB QUATTRO
時間・料金未定(近日発表)
Information: 06-6535-5569 (SMASH WEST)
企画制作:SMASH WEST, root & branch
協力:Hostess Entertainment

■FOUR TET(フォー・テット)
97年、ポストロック・バンド、フリッジのギタリストとしてデビュー。フォー・テット名義では〈Domino〉〈Text〉などから現在までに通算7枚のスタジオ・アルバムを発表。フォークトロニカは彼がいなければ 存在しなかったとまで言われた。また本名のキエラン・ヘブデンとしては伝説のジャズ・ドラマー、故スティーヴ・リードとのコラボ・アルバムを3枚発表。レディオヘッドのリミックスを手掛けたり、中東ではお馴染みの民族舞踏 “ダブケ”をダンス・ミュージックに昇華させたシリアのスーパースター、オマール・スレイマンのプロデュースを手掛けるなど多岐にわたり精力的に活動をしている。
最新アルバム情報:https://hostess.co.jp/releases/2017/09/HSE-6526.html

Charli XCX - ele-king

 チャーリーXCXは、時代と手を取りあうことができるクレバーなアーティストだ。たとえば、2000年代のNYロック・シーンについて書かれたリジー・グッドマン『Meet Me In The Bathroom』が話題を集めるなど、いま2000年代を再評価する流れが起こりつつあるが、この動きにチャーリーは上手くコミットしている。2000年代を象徴するムーヴメントであるフレンチ・エレクトロの代表的存在、ミスター・オワゾのアルバム『All Wet』に参加したことをはじめ、去年3月に発表した自らのミックス・テープ『Number 1 Angel』には、そのフレンチ・エレクトロが輩出した歌姫アフィーをゲストに迎えている。
 とはいえ、これは時代を意識しただけではなく、チャーリーの音楽的背景も深く関係しているだろう。もともとチャーリーは、2008年にマイスペースで発表した曲をキッカケに知名度を高めたアーティスト。おまけにフレンチ・エレクトロからの影響を公言していることでも知られており、いわばチャーリー自身が2000年代のポップ・カルチャーから生まれたアーティストと言える。このことを意識しているからこそ、2010年代を象徴する音楽コレクティヴのひとつ、〈PC Music〉周辺のアーティストたちに『Number 1 Angel』のプロデュースを託し、そのうえでアフィーを招いたのだ。そこには、2000年代から2010年代に至るまでの流れを地続きとしてとらえる、明確なキュレーション感覚を見いだせる。

 そんなチャーリーのクレバーさは、去年7月に公開された“Boys”のMVでも際立っている。自ら監督を務めたこのMVは、ディプロやウィル・アイ・アムなど多くの男性セレブに、女性がよくおこなうとされている仕草や行動をやらせるというもの。そこに、〈金曜日は楽しませてくれる悪い男の子が必要 日曜日に私を起こしてくれる優男が必要 月曜日の夜には仕事場の男の子が来てくれる 全員欲しい〉というチャーリーの歌が乗ることで、女性をあれこれ品評する愚かな男性たちへ向けた皮肉が現出する。いわば男性目線を反転させることで、“男らしい/女らしい”とされる旧態依然としたジェンダー観を揺さぶっているのだ。
 ジェンダーに関する問題意識は、これまでも幾度か見られた側面だ。BBC3で放送された男女平等に関するドキュメンタリー『The F Word And Me』の制作を指揮し、そのなかでフェミニズムの影響下にあることも述べている。このようにチャーリーは、さまざまな形で旧来の価値観に疑問を呈し、多様性の尊さを訴えてきた。

 この信念は、去年12月に発表されたミックス・テープ『Pop 2』でさらに推し進められている。『Number 1 Angel』以来の作品となる本作は、『Madonna』期のマドンナやハイエナジーなど1980年代の要素が色濃かった前作とは打って変わり、何かしらの時代を意識させないサウンドが際立つ。キラキラとしたメタリックな電子音を強調しているのは前作同様だが、これまで以上に過剰なヴォーカル・エフェクトを施し、人によってはクセが強いと感じる音も多い。“Lucky”におけるオート・チューンの使い方などはその典型例だ。徐々に元の歌声が変調し、ラストに機械仕掛けの絶叫が響きわたるこの曲は、エモーションとテクノロジーを結合させ新たな表現を生みだすという意味で、テクノのアティチュードが宿ったサウンドと言えよう。
 最終曲“Track 10”も特筆したい。『R Plus Seven』期のOPNに通じる艶やかなサウンドをバックに、トランス風味のシンセ・フレーズとトラップのビートが入れ乱れる複雑な展開にも関わらず、とてもキャッチーなポップ・ソングとして成り立っているという奇跡的な曲だ。OPNが『Garden Of Delete』でやりたかったことをたった1曲で完遂してしまったといえば、すごさが伝わるだろうか?

 多彩な参加アーティスト陣も忘れてはいけない。A.G.クックやソフィーといった〈PC Music〉の主要人物をはじめ、カーリー・レイ・ジェプセン、ジェイ・パーク、パブロ・ヴィタールなど、多くの人たちが助力している。国や人種にくわえ、性的指向も実にさまざまだ。
 こうした人選には、文字通り時代が反映されている。たとえば現在のファッション界では、ヒジャブを着用したハリマ・アデンがランウェイを颯爽と歩き、サフィー・カリーナを筆頭に多くのプラスサイズモデルが活躍するなど、民族、体型、セクシュアリティーといった“違い”を寿く流れがある。この流れは、排他的傾向が目立つ世界情勢に対するオルタナティヴなのは言をまたないが、これと同じことが本作にも当てはまる。先述したように、チャーリーは多様性を尊ぶアーティストだ。そんなチャーリーにとって、オルタナティヴ側に立った表現をするのは極めて自然なことだろう。だからこそ、参加アーティスト陣は多彩さを極めている。それがサウンドを彩るためなのはもちろんのこと、多彩なこと自体に意味があるのも、本作を理解するうえで見逃してはいけないポイントだ。

 本作は、2010年代のポップ・カルチャーそのものと言っても差しつかえない。膨大な量の情報が行きかう現代を表象するかのように多くの要素を散りばめ、その過程でジャンルの枠にも挑み、壊すことに成功している。“特定のジャンルに収まらない”的な言いまわしも至るところで見かけるテンプレになってしまったが、それをあえて使うことでしか、本作を形容することはできない。本作は、特定のジャンルに収まらない。

Loke Rahbek, Frederik Valentin - ele-king

 ありきたりなミニマル・ミュージックを再利用すること。もしくは古い電子音楽をリサイクルすること。さらにはパンクとオルタナティヴを新しいモードに転換すること。つまりはエクスペリメンタル・ミュージックを再定義すること。「今」を再定義し続けること。
 コペンハーゲンでオルタナティヴ/エクスペリメンタル・ミュージック・レーベル〈Posh Isolation〉を主宰するローク・ラーベクの作品と活動には、そのような意志を強く感じてしまう。1989年生まれの彼にとって「歴史」とは、もはや利用可能な残骸に近いものかもしれず、重要なのは新しいモードを生み出すことに尽きるのではないか。われわれはそこにこそ新世代の意志を感じるべきなのだ。
 インターネット以降、「情報」はかつて以上にフラット化したわけだが、それは「歴史」が使用可能な参照領域になったことと同義である。そのような環境においては90年代的な元ネタ=引用的なサンプリングの手つきは既に過去の手法になった。過去と現在の境界線が無効になり、「知ったうえでの引用」が意味をなさなくなったわけである。
 つまり、この「今」という時代は、「この時代を生きる」という運命論的な有限性を獲得するために、常に一回限りの賽子の一振りのような「賭け」のごときアクチュアルな身振りが生の条件となっている。それを新自由主義的社会的な生き方と批判するのは容易いが、むしろ歴史が生んでしまった巨大な「外部=敵」を常に意識し、自らの生を定義しなければならない「緊張」の世代・時代というべきではないか。大きくいえばテロリズムの時代なのだ。「テロ」は人生を剥奪する。そんな「世界」によって根こそぎ剥奪された生の回復が、今の若い世代にとって生きるための至上命題かもしれず、その結果、「継承的な歴史」という概念は「死んだコンテンツ」に近しいものになった。だからといって歴史が死んだわけではない。
 故に新しい音楽を生みだす「彼ら」の音楽が、仮に過去の何かに似ていようと、それをもってして過去の「引用」と関連付けて述べることには注意が必要である。彼らは生を刻印する自らの血=個のような音楽/音響を希求しているだけなのだ。「世界=外部」という巨大な「敵」に、人生を根こそぎ剥奪されないために、だ。そう、2017年以降、終っていないものは(やはり)パンクとオルタナティヴであり、反抗という精神性と美への感性である。だからこそエクスペリメンタルは今、ロマン主義的な様相を纏っているのだ。現在、「ニューロマンティック」という言葉は、このような意味に再定義されるべきだろう。

 2017年、ローク・ラーベクは〈Editions Mego〉からソロ作『City Of Women』と、キーボード奏者フレデリック・ヴァレンティンとのコラボレーション作『Buy Corals Online』の2作をリリースした。この2作もまた音楽的エレメントが複雑に交錯しながらも、残骸となった過去の音楽的コンテクストをリサイクルすることで、そこに自らの血=個を刻印した美しい電子音楽ミニマル・ノイズ作品となっている。ラーベクは、2017年に Christian Stadsgaard とのユニット Damien Dubrovnik の新作『Great Many Arrows』をリリースし、また Croatian Amor 名義や Body Sculptures でも活動しおり、どちらも2016年にアルバムをリリースしているが、これもまた〈Editions Mego〉の2作と同じく強い「殺気」を持ったエレガントな電子音楽/テクノ/ノイズに仕上がっていた。「生もの」と「花」に託されたセクシュアルなムードも濃厚であり、血と性の交差のごときエクスペリメンタル・サウンドになっている。
 私見だがこれらを含む〈Posh Isolation〉の作品を聴いたとき、これこそ新しいユースが生みだしたエクスペリメンタル・ミュージックと強い衝撃を受けたものだ。「抵抗」の意志が、美しい音像を生み、その音像には実験音楽のエレメントをあえて盗用するように剥奪することで、不思議な色気すら醸し出していたからだ。
 このフレデリック・ヴァレンティンとの新作『Buy Corals Online』も同様である。電子音、ドローン、環境音、ミニマル、クラシカルな要素などいくつもの音楽性が交錯したエクレクティックなサウンドであり、ときに70年代的な電子音楽(クラスターやハルモニア?)を思わせる音だが、そのことを彼らがどこまで意識しているかは分からず、つまりはあくまで「手法」として援用したに過ぎず、彼らが実現したかったのは実験性に託されたある種の壊れそうなまでに攻撃的で繊細な血の匂いのするような美意識なのかもしれない。そう、この音楽/音響には、身を切るような悲痛さ、血の匂い、エモーショナルな感覚があるのだ。そこにロマン主義的ともいえる「個」の存在も強く感じもする。

 彼らは「個」という存在を、音楽の、ノイズの、棘の中に封じ込めようとしている。私見だがそれこそゼロ年代におけるティム・ヘッカーのアンビエント・ノイズ・後継とでもいうべきものであり、「ゼロ年代という歴史のゼロ地点以降の音楽」に思える。かつて「ロック」という音楽が持ち得ていた雑食性と個の拡張と歴史の無化という側面を兼ね備えているのだ。

 ローク・ラーベクは〈Editions Mego〉からのリリース2作では70年代的な電子音の音像と、どこかフィリップ・グラス的なミニマル・ミュージックのムードを勝手に借用/再利用することで自ら=個の実存をノイズに封じ込めた。残骸と化した歴史をハックし、新しいジェネレーションの音楽/音響を生成しようとしている。私などはその方法論の発露に「OPN以降のエクスペリメンタル・ミュージック」のニューモードを強く感じてしまうのだ。いわば残骸のリサイクル。そこでは(さらにもう一周まわって)90年代と00年代という「歴史以降」の世界を生きるノイズ/オルタナティヴ・アーティスト特有の「継承」がなされているようにも思える。

 唐突だがここで「ロック」の歴史を終わらせ、すべてを「ノイズ」の渦に消失させたメルツバウを、あえてローク・ラーベクと接続してみてはどうだろうか。歴史とは、もろもろの事実の継承(だけ)ではない。ノイズとは、音とは、結局のところ事実=歴史を消失するものである。いつの時代も若い世代は、それを本能的に理解しているのだ。

Equiknoxx - ele-king

 電子機材で制作されたデジタル・ダンスホールは、ジャマイカ音楽における分水嶺であり、ルーツ&カルチャーにとって困惑の源でもあった。その起点となった80年代半ばの“スレン・テン”と呼ばれるリディムには、〈ON-Uサウンド〉が継承したような、マッシヴ・アタックが流用したような、1970年代に磨かれたダビーなベースラインはない。
 しかしながらそれは、ルーツ&カルチャーでは聞かれなかった、耳障りが良いとは言えない言葉をも表に出した。音楽スタイルの更新とともに、たとえばガントークなる芸風も生れたのだが、まあ、ジャマイカのダンスホールとUSギャングスタ・ラップとの関係性については他に譲ろう。ここで重要なことは、ゲットー・リアリズムに深く起因するダンス・ミュージック──シカゴのハウスやジュークもそうだが、激烈な快楽主義と、ときにはいつ死んでもかまわないというニヒリズムさえ感じるダンス・ミュージックは、サウンド面で言えば、革命的なスタイルだったりする、ということである。
 ジュークがそうであるように、デジタル・ビートはひとつのコーラジュ・アートでもある。ブレイクビーツも、最初はNYのアフリカ系/ラテン系が経済的制約のなかで創出したコラージュだ。欧米化された社会に生きる自分たちが、「アフリカ(という自分たちの居場所)」をでっち上げる/創造する、いわばディアスポリックなパワー。それは、カルチュアラルな土着性をいかにミックスするのかということであり、「お高くとまった文化へのカウンター」となりえる。OPNがAFXになれない大きな要因もここにある。シカゴのゲットー・ハウスを一生懸命にプレイしたリチャード・D・ジェイムスの感性を、むしろ理論的に乗り越えようとしているのは、2017年にジェイリンの『ブラック・オリガミ』を出したマイケル・パラディナスだ。

 2017年にリリースされたベルリンのマーク・エルネストゥスによるイキノックスのリミックス12"も、街一番のレゲエ蒐集家として知られるこのベルリナーが自分のレーベルを通じて紹介してきたのはルーツ&カルチャーのジャマイカだったことを思えば、興味深い1枚だった。もっとも、ダンスホールとルーツという二分法もいまでは古くさく思えるほどレゲエは前進しているという事実は、鈴木孝弥氏の訳で出たばかりの『レゲエ・アンバサダーズ』(DU BOOKS)に詳しいので、早くぜんぶ読まなければと思っているのだが、それとは別のところで起きていること、言葉ではなくサウンドのメッセージ、音によってキングストンの外に開かれていくこと、つまりアンダーグラウンド大衆音楽で起きていること──イキノックスがデムダイク・ステアのレーベルからアルバムをリリースし、レイムがスティーリー&クリーヴィーあたりの曲をミックスしたカセットテープを作り、そしてまた2017年の暮れにもイキノックスがデムダイク・ステアのレーベルから2枚目となるアルバムを出すことは、あまりにも面白い展開なのだ。

 ギャビン・ブレアとヨルダン・チャンを中心としたキングストンのプロデューサー・チーム“イキノックス”は、複雑にプログラミングされたそのリディム、鳥の鳴き声、そしてユニークな音響効果によって、こともあろうかイングランドのゴシック/インダストリアル系実験派たちとコネクトした(深読みすれば、この現象自体がプロテストである)。本作『コロン・マン』は、前作『バード・サウンド・シャワー』による欧州での大絶賛を得てからのアルバム──。
 そして欧州経験の成果は、ダブステップ以降の寒々しい荒野にもリンクする1曲目の“Kareece Put Some Thread In A Zip Lock”からはっきりと聴ける。ベースラインはない。美しいストリングスや瞑想的な音響、あるいは動物の声(?)を支えるジューク&ダンスホールを調合/調整したビート、野性と知性を感じる彼らのビートは、この1年でかなり洗練されている……わけだが、20世紀の初頭にパナマ運河を掘るために駆り出された9万人のジャマイカ人労働者をアルバム・タイトルにしているくらいだから、最先端のこのリディムがジャマイカの歴史とリンクしていることを強く意識して制作したのだろう。
 『コロン・マン』は、ステロタイプ化されたゲットー・ミュージックではない。しかしイキノックスは、ジャマイカが大きな影響力を持つ音楽の実験場であることをよく心得ている。リリースは1か月ほど前だったが、ぼくが2017年12月に最後に買ったアナログ盤はこれだった。ストリーミングでも聴けるんだけど、とくにこういう音楽は“盤”で聴きたいよね。じゃ、2017年のエンディングはアルバムのなかでとりわけオプティミスティックな“Waterfalls In Ocho Rios”で。

坂本龍一 - ele-king

 「音楽」の持っている微細な響きを、繊細で細やかな手つきで抽出し、その音のコアを「継承」するように「リミックス/リモデル」すること。そこには21世紀の新しい音楽フォームの息吹が、たしかに蠢いている……。

 坂本龍一の最新アルバム『async』を、世界の最先端音楽家/アーティストたちがリミックスしたアルバム『ASYNC - REMODELS』を聴いて、そんなことを思った。今、リミックスという音楽の概念は、原曲という「モノ」をマテリアルな素材として、各アーティストたちが自在にカタチを変えていく「リモデル」という方法論になったのではないか、と。マテリアルから新たなマテリアルの生成。
 かつての20世紀的リミックスは、オリジナルを引用・盗用・改変することにより、オリジナルがコピーに対して優位にあるという「神話」を解体しようとした。20世紀に支配的だったオリジナルを優位とする思想への闘争である。過激な引用によってオリジナルを解体すること。オリジナルとコピーの差異を無化すること。
 しかし、この『ASYNC - REMODELS』のような21世紀型のマテリアル・リミックスは、オリジナルとコピーの闘争関係以降の世界にある音だ。そこではオリジナルである『async』のトラックはマテリアルとなり、それぞれのリミキサーに継承される。聴き込んでいけば分かるが、音の微かな蠢き、大胆に加工した響き、新たな文脈に埋め込まれたそれぞれ響きの中に「坂本龍一」の音は、確かに継承されているのだ。20世紀型のリミックスを解体・盗用/脱構築とするなら、『ASYNC - REMODELS』の21世紀型リミックスは、継承による再生成/再構築型といえる。だからこそ「リミックス」ではなく、「リモデル」なのだろう。破壊ではなく継承。
 そんな「リモデル」的なリミックスが可能になったのは、コンピューターのハードディスク内による編集・加工を前提とする音楽だから、ともいえる。その意味で00年代以降の電子音響やエレクトロニカは、そもそもリミックス的手法で構成・作曲・生成されていた音楽だったのだろう。
 その意味では、オリジナルである『async』もまたオリジナルが存在しない最初のリミックスとはいえる。では何に対してのリミックスなのか? それは坂本龍一のピアノや響きをコアにしつつ、環境音、ノイズ、声、ハリー・ベルトイアの音響彫刻、笙の音、リズム、空気、無音まで、いわば「世界の音」からの継承/リミックスだ。

 この『ASYNC - REMODELS』において、そんな坂本龍一の音を継承し、「リモデル」するアーティストは、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー、エレクトリック・ユース、アルヴァ・ノト、アルカ、モーション・グラフィックス、フェネス、ヨハン・ヨハンソン、イヴ・テューマー、サヴァイヴ、 コーネリアス、アンディ・ストット、空間現代(日本盤ボーナス・トラック)の12人。まさに現代最先端のアーティストばかりで、さすが最新の音楽モードを熟知している坂本龍一ならではのキュレーションと驚愕してしまう。
 グリッチ~ヴェイパーウェイヴ以降の現代電子音楽の最新モードとして君臨するワンオートリックス・ポイント・ネヴァー、ビョークのプロデュースでも知られ、その生々しい肉体の変貌を電子音楽に転換するアルカ、〈モダン・ラヴ〉からのリリースによって2010年代のインダスリアル・テクノを代表するアンディ・ストットなどの現代のスター的電子音楽家はもちろんのこと、電子音響世界のアルヴァ・ノト、フェネス、コーネリアスなど、坂本と親交の深いアーティストたちも参加している。そのうえポスト・クラシカルの領域で知名度を上げ、近年は映画音楽の世界でも高い評価を得たヨハン・ヨハンソン、テキサスのエクスペリメンタル・シンセ・ユニットのサヴァイヴ、2016年に〈ドミノ〉からエクスペリメンタル・シンセ・サウンドのソロ・アルバムをリリースし、コ・ラの傑作『ノー・ノー』の共同プロデュースでも知られるモーション・グラフィックス、〈パン〉からアルバムをリリースし〈ワープ〉への移籍も決定したソウルとアンビエントを融合するイヴ・テューマーなど、コアな電子音楽リスナーならば絶賛するに違いないアーティストたちが参加しているのだ。

 個人的には、21世紀的「音の継承としてのリミックス/リモデル」の最良のモデルとして、 静謐にして清潔な音響空間を構築したアルヴァ・ノトによる“disintegration”のリモデルをベスト・トラックに挙げたい。流石、長年にわたって競作を行ってきた盟友の仕事である。
 さらには原曲を完全に自分の曲へとリ・コンポジションしつつも「坂本龍一」の芯を見事に継承したアルカによる“async”のリモデル(南米の涙のように悲しい電子音楽だ)や、アンディ・ストットによる“Life, Life”のリモデル(近作の発展形ともいえるラグジュアリー/インダストリアルなトラック)も濃厚な仕上がりである。また、サヴァイヴによる“fullmoon”のリモデルも原曲の「声」を効果的に導入しつつ、その声音の肌理を自身のシンセ・サウンドの中に溶け込ませる素晴らしい出来栄えであった。
 もちろん、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーによる“andata”のリモデルもOPNによるアフター・ヴェイパー/ポスト・インターネット空間における電子的宗教音楽といった趣で、一音たりとも聴き逃せない見事な仕上がり。映画音楽の仕事の成果もフィードバックされているように思える。また、“andata”をYMOテイストにリアレンジした(ドラムのフィルも高橋幸宏を意識しているように聴こえる)、エレクトリック・ユースによるトラックも、エクスペリメンタルのみに寄り過ぎないバランス感覚を感じた。同時に初期イエロー・マジック・オーケストラにおける坂本龍一の役割も見えてはこないだろうか。“andata”のメロディをドラムとベースを基調にしたシンセ・サウンドに編曲すると、まさに1979年までのイエロー・マジック・オーケストラの曲の雰囲気になるのだから。YMOに対する批評的なトラックにも思えた。
 コーネリアスの“ZURE”のリモデルの絶妙さも聴き逃せない。“ZURE”の印象的なシンセのコードをリフレインしつつ、コーネリアスのサウンドが、その音のなかに、まさに「ずれる」ように融解しているのだ(小山田圭吾の息の音の生々しさ!)。同じく“ZURE”をリモデルしたイヴ・テューマーのトラックも、夢の回廊/記憶の層の中にズリ落ちていくような感覚と夢から覚めるような強烈なリズムの打撃/衝撃が同時生成するようなサウンドで、彼の才能の底知れなさが理解できる。空間現代の“ZURE”のリモデルは、空間現代がズレの中で分解されていくような静かな過激さに満ちていた。
 さらにはヨハン・ヨハンソンがリモデルした映画音楽的な“solari”の崇高さ。まるでふたりの音楽家によるタルコフスキーへのオマージュのようである。そしてフェネスのリモデルによって、壮大な「音の海」となった“solari”のロマンティックな響き。まるで『惑星ソラリス』の海が、電子の粒子に溶け合ったような感覚を覚え、恍惚となってしまった。

 耳の感覚を拓くように、『ASYNC - REMODELS』の全12トラックを聴き込んでいくと、リミックスという音楽フォームが「複製技術時代の芸術」から「生成/継承時代の芸術」へと進化/深化を遂げつつあると実感できる。ここで行われていることは、20世紀的リミックスによる「解体」ではない。音の「継承」から生まれる「音楽の再生成」なのだ。「音の継承」。そこにこそ、2018年以降の最新音楽の予兆があるとはいえないか。

デンシノオト

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 エレクトロニック・ミュージックはいま飽和状態を迎えている。00年代末から10年代初めにかけて登場してきた種々の手法やスタイルが臨界点に達し、次の一手をどう打つべきか、多くのアーティストがそれぞれのやり方で模索を続けている。今年出たアルカのアルバムはまさにそのようなエレクトロニック・ミュージックの「限界」をなんとか更新しようと努める、ぎりぎりの試みだったと言えるだろう。

 そのアルカの新作とほぼ同じタイミングでリリースされた坂本龍一8年ぶりのソロ作『async』は、ここ10数年のアルヴァ・ノトやテイラー・デュプリーらとの共同作業の経緯を踏まえた、実験的かつ静謐なノイズ~アンビエント・アルバムだった。2017年は海の向こうで盛んに80年代日本のアンビエントが再評価されたけれど、『async』もある意味ではその波に乗る作品だったと言うことができる。だからこそ『FACT』が年間ベストの1位に『async』を選出したことが象徴的な出来事たりえたわけだが、しかし『async』が鳴らすあまりにも繊細な音の数々は、そのようなジャポネズリや回顧的な動きに対してささやかな異議を唱えているようにも聴こえる。そんな『async』が孕む小さなズレ、すなわち「非同期」的な部分をこそ拡張したのが、この『ASYNC - REMODELS』なのではないか。

 去る9月、坂本はロンドンのラジオNTSで放送をおこなっているが、そこで彼はデムダイク・ステアの“Animal Style”とアンディ・ストットの“Tell Me Anything”をかけている。前者は昨年末に発表されたデムダイクの最新作『Wonderland』に収録されていたトラックで、後者はストットがいまよりもストレートにダブ・テクノをやっていた頃の音源だ。さらに坂本は、J-WAVEでアクトレスの『AZD』から“There's An Angel In The Shower”を取り上げてもおり、それらの選曲からは、坂本が現在のエレクトロニック・ミュージックに大きな関心を寄せていることがうかがえる(デムダイク、ストット、アクトレスの3者は「インダストリアル」というタームで繋ぎ合わせることもできる)。もちろん、25年前の『HI-TECH / NO CRIME』や11年前の『Bricolages』が証言しているように、これまでも坂本は同時代のエレクトロニック・ミュージックに関心を向けてきた。しかし今回の『ASYNC - REMODELS』はどうも、それらかつてのリミックス盤とは異なる類のアクチュアリティを具えているように思われてならない。けだし、坂本が時代に敏感である以上に、いま、時代の方が坂本に敏感になっているのではないか。

 この『ASYNC - REMODELS』では、どのプロデューサーも原曲の繊細なサウンドと真摯に向き合いながら、いかにそこに自らのオリジナリティを落とし込むかという格闘を繰り広げている。坂本がラジオで取り上げたアンディ・ストットや、ここ1年その存在感を増しているモーション・グラフィックスにヨハン・ヨハンソン、あるいはお馴染みのアルヴァ・ノトやフェネスなど、いずれも坂本の音源と対峙することで自らの次なる可能性を引き出そうとしているかのような興味深いリミックスを聴かせている。坂本の原曲に独特のR&Bタッチのアンビエントを重ね合わせたイヴ・テューマーも刺戟的だが、突出しているのはやはりOPNとアルカだろう。

 オリジナル盤『async』の冒頭を飾る“andata”は、坂本らしい旋律がピアノからオルガンへと引き継がれる構成をとっていたが、その展開を尊重しつつ音色を『Rifts』の頃のそれへと巧みに変換してみせるOPNは、まさに00年代末~10年代初めの音楽が生み落とした成果を総括しようとしているかのようだし、新作でその表現の様式を大きく変えたアルカは、原曲“async”におけるピッツィカートの乱舞を排除、代わりに自身の日本語のヴォーカルを加えることで現在の彼の官能性をさらけ出し、ほとんどオリジナルと呼ぶべき大胆なリミックスをおこなっている。

 坂本が『async』でいまのトレンドに寄り添いながらも微かなズレを響かせていたように、本作における各々のアーティストたちもまた違和を発生させることをためらわない。すなわち、飽和状態を迎えたエレクトロニック・ミュージックの精鋭たちがいま、坂本にこそ突破口を見出そうとしている。『async』が世界に対する坂本からの応答だとしたら、『ASYNC - REMODELS』は坂本に対する世界からの応答である。これは、かつて「世界的な成功を収めた」とされるYMOにはついぞ為し遂げることのできなかった転換だ。そういう意味で坂本龍一は、いまこそ黄金期を迎えているといっても過言ではない。このように『ASYNC - REMODELS』は、坂本の音楽的な成熟をあぶり出すと同時に、エレクトロニック・ミュージックの次なる展望を垣間見させてくれる、優れたアンソロジーにもなっているのである。
 飽和したのならもう、あとはあふれ出すだけだ。

小林拓音

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