ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Various - Tempat Angker: Horror Movie OSTs & Sound FX From Indonesia (1971–2015) | Luigi Monteanni(ルイジ・モンテアンニ)
  2. Cock c'Nell ——コクシネルの伝説的なファースト・アルバムがリイシュー
  3. Kendrick Lamar - GNX | ケンドリック・ラマー
  4. Bon Iver ──ボン・イヴェール、6年ぶりのアルバムがリリース
  5. FKA twigs - Eusexua | FKAツゥイッグス
  6. eat-girls - Area Silenzio | イート・ガールズ
  7. Columns 夢で逢えたら:デイヴィッド・リンチへの思い  | David Lynch
  8. Columns ♯10:いや、だからそもそも「インディ・ロック」というものは
  9. Music for Black Pigeons ──〈ECM〉のジャズ・ギタリスト、ヤコブ・ブロを追ったドキュメンタリー映画『ミュージック・フォー・ブラック・ピジョン』が公開、高田みどりも出演
  10. Jlin おー、なんとジェイリンの新作には、フィリップ・グラスとビョークが参加している
  11. Panda Bear ──パンダ・ベア、5年ぶりのニュー・アルバムが登場
  12. guide to DUB ──河村祐介(監修)『DUB入門』、京都遠征
  13. パソコン音楽クラブ - Love Flutter
  14. Columns E-JIMAと訪れたブリストル記 2024
  15. DREAMING IN THE NIGHTMARE 第1回 悪夢のような世界で夢を見つづけること、あるいはデイヴィッド・リンチの思い出
  16. interview with Waajeed デトロイト・ハイテック・ジャズの思い出  | ──元スラム・ヴィレッジのプロデューサー、ワジード来日インタヴュー
  17. Waajeed ──デトロイトのワジード、再来日が決定! 名古屋・東京・京都をツアー
  18. Columns The TIMERS『35周年祝賀記念品』に寄せて
  19. R.I.P. Tadashi Yabe 追悼:矢部直
  20. Doechii - Alligator Bites Never Heal | ドゥーチー

Home >  Reviews >  Album Reviews > Serph- El esperanka

Serph

Dream pop

Serph

El esperanka

Noble

Amazon iTunes

橋元優歩 Apr 16,2013 UP

 とにかくもele-king新刊のインタヴューを読んでもらいたい。立ち読みでもいいですので。それからちょっと試聴機まで歩いてこの新譜から2、3曲を。一見「種なしリンゴ」のような聴きやすさを持ちながら、知らないうちに種をも毒をも食らわせてしまう、サーフの音楽が浮き彫りになるのではないかと思う。そうした音楽こそ、ドリーム・ポップの極北と呼べるものかもしれない。われわれは夢においてすら自分の主人であることがむずかしいが、彼の場合は他人の夢をも操作して従わせてしまうようなところがあるから恐ろしい。
 サーフをさらっとしか聴いたことがなく、また前作『ハートストリングス』(2011年)の成功をちょっとした偏見をもって眺めていた筆者は、敬意を払いつつもその音を「無害できれいなエレクトロニカ」と分類していた。その後、デビュー作へとさかのぼり、よりダンス・ミュージック的なアプローチを深めたという別プロジェクト、レリクや、クリスマスに際した企画物のミニ・アルバムまで聴いた後に感じたのは、「なんと整いきった世界だろう?」ということだった。それは、言い換えれば無窮の世界に対する違和感でもある。完璧にドリーミーで、よく作りこまれていて、ジブリ映画のBGMか、それともハリボテのネバー・ランドを肯定し、野生の耳を飼い慣らしてしまうべく悪意あるプロデューサーがわれわれを嗤うために作った魔の音楽か......、どちらであるようにも思われたが、つまり筆者が感じていたのは、美しく叙情的で、愛らしく跳ね回るこれらの音の、そうでありすぎることからくるまがまがしいような迫力だった。取材が決まったときは、このあたりにこだわって、食い下がってみたいと思っていた。

 結果は読んでいただく通りだ。音のイメージと発言のトーンとのギャップにまったく驚いたし、創作モチヴェーションの塊であるような佇まいやエネルギーには、実際のところ、質問をした筆者も立ち会っていた野田努もたじたじだった。売れるということはそのまま音楽の評価には結びつかないが、サーフの音が事実「売れて」いることの意味まで理解できるような気がした。そしてまた、アーティストの言葉は必ずしも自らの音についての正しい見解を持たないものだし、言葉に引きずられて音楽そのものを聴き逃す愚を犯すわけにはいかないのだが、しかし明晰夢によって音楽に導かれたという彼が、フィリップ・K・ディックの影響やそのストーリーの一端を紹介しながら語るとき、そこに異様な光が宿ることもわかってもらえるだろう。さらには、日常から逃れるためではなく日常を逸脱するための音楽だ、という「逸脱」のモチーフがはっきりと示されたときに、筆者はふたたびうなずくことになった。あの「無害できれいなエレクトロニカ」が能動的で、攻撃的でさえあるということをしのばせる発言は、所期の筆者の感想をきれいに裏書きし、再度ひっくり返してしまうものでもある。もういちどあたまから聴いてみよう、と思った。

 さて今作も頭から全開にドリーミーなIDMスタイル(この言葉は評判が悪いが)が展開される。女性ヴォーカルがフィーチャーされているが、これはN-qiaのNozomiからのヴォイス・サンプル。きれいに作品世界を拡げている。前に駆けるような、シンプルなビートが心地よい。常にプロダクションもクリアに整えられているが、今回は全体にノイズ感がある。春霞のように粒子の細かいグリッチ・ノイズやクリック音がさまざまに配されている。PCのなかで構築されたものであるのに、ピアノひとつとっても空間性が演出されている。何色ものカラー・タイルを並べるようにノイズや信号音をコラージュした"マジカルパス"も愛らしい。今作、より構成において緻密さと色彩感が加わっていることを感じさせる。ノイズのスケールの広さということで言えば、日本風にポップ係数を上げまくったフェネス、とも言えるだろう。ピアノや木琴、グロッケンなどが「チャイルディッシュ」な世界を組み上げる"ヴェスタ"などは新傾向のひとつではないかと思うが、竹村延和の『チャイルズ・ヴュー』を愛するサーフのことだ、子どもを捉える視線にはありきたりな大人のエゴなど含まれていないだろう。フライング・ロータスを思わせるようなアブストラクトなビートに導かれてスタートする"パレード"の、そこからはまるで意外に感じられる強力なメロディと弾けそうなマーチングも素敵だ。
 新傾向ということでは"アンク"や"ウィザードミックス"も挙げたい。整然とした構成を崩し、部分的にブレイクビーツをあしらいながら、まるで放射状に展開していく"アンク"には、土台となるリズム・トラックすらない。チラチラとしたストリングスの響きに珍しく耳うるさいサンプリングが掛け合わされ、エンジェリックなコーラスが時おり姿を見せ、めまぐるしくリズムのありようを変えていく後者などを聴いていても、ヨーロッパ以上に、今作はティーブスなりバスなり、LAのビート・シーンの若い世代に近い感触だ。

 発売から少し経ったが、4月から5月の薫風のなか、ツバメが低く飛ぶ夕刻、宵闇迫る時間帯にも本作は静かに寄り添ってくれるだろう。夢をみるのは夜とは限らない。

橋元優歩