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知名度や支持数の多さがバンドの評価に繋がらないタイプの人間にとって、YouTubeで5千万ビュー云々という情報は出会いを遠ざける材料にしかならない。それは『ローリング・ストーン』誌の「2016年知っておくべき10のアーティスト」に選出されようが、全米が泣こうが、変わらない。しかしその「Nothing's Gonna Hurt You Baby」という曲が米テキサスのエル・パソという、行ったこともなければ地図のどの辺りにあるのかも想像がつかない都市で2012年に発信されて、5年という長い時間をかけてじわじわと広まり、日本のラジオの電波に乗って2017年の私の耳にたまたま届いたのだとしたら、その巡り合わせに浪漫を感じてしまう。世界中で毎日のようにありとあらゆる音楽がリリースされていて、タイミングが合わずに掴み損ね、そのまま永遠に交わらないものが無数にあると思うと。
そのバンドはCigarettes After Sexだという。ドリーム・ポップと紹介されている。たしかに夢みたいな音楽ではあるけれど、他のドリーム・ポップと呼ばれている音楽と比べてみてもポップの要素は少なく、アンビエントと呼んだ方がまだしっくりくるような肌触りをしている。フロントマンのグレッグ・ゴンザレスという男性の歌声は中性的で少しかすれていて、もうそれさえあれば何も要らないというくらいの引力があり、ヴォーカルを際立たせるように後ろに寄り添うサウンドは小さくてスローで、淡い。今年5月の初来日を経て発売されたファースト・アルバムには、そんな静かな曲が延々と起承転結もなく10曲ほど収められている。先に出ていたEP「I.」と2015年にリリースされたシングル「Affection」を聴いた限り、いままで発表されているシガレッツの曲は全てテイストが同じで、「シガレッツのファンが選ぶ名曲ベスト3」という企画がもしもあったとしてもどの曲が入ろうと文句はないし、どの曲も映画のエンドロールで流れていそうな儚さを持っている。
真夜中に何か好きなアルバムを聴いているとき、刺激的な音の間に挟まれた一番穏やかな曲がすっと胸の隙間に入り込んできて、「ああこれが60分続くようなプレイリストがあればいいのに……」と思うことがよくある。良くも悪くも世のなかの作品の殆どはアルバムの代表曲をより良く聴かせる為に構成されていて、こちらの気分など構わずにそっと持ち上げたり落としたりしてくる。しかし、ただ慌ただしかっただけの1日の終わりのBGMには神も興奮も実験も必要なく、ただ静かに心を奪われながらまどろむ為の音楽を心のどこかで探している。このアルバムはそんな夜との相性がとても良い。始めから終わりまで統一感があり、どこで終わらせても構わないような、いや寧ろ終わらないでいてほしいような、退屈には程遠い、そんな感じの。聴けば聴くほどシガレッツの幻想的な曲はいつまでも耳に残って、暗い夜を僅かに輝かせてくれる。例え顎髭を蓄えたグレッグが歌う姿を見て(何かイメージと違う!)と思ってしまったとしても、この素晴らしいアルバムの評価が下がることはない。
内側まで黒で統一されたジャケットや写真、丸みのある洒落た歌詞カードなど、アートワークも徹底してしなやかで、パーソナルな恋愛についての歌詞を含め、すべてはバンド名のもとに作られたコンセプチュアルなものなのかもしれない。だとすると、シガレッツ・アフター……何それ、とたじろいで遠ざかってしまっていると、美しい音楽にいつまでも辿り着けずに終わってしまうだろう。
遠い国で生まれた曲は毎晩隣に来て、耳元で囁くように知らない恋の歌をうたう。それを聴いた人はまた違う誰かのことを思い浮かべているのだ。暗がりのなかの小さなあかりと至福のときのその味を知っていても、知らなくても。
大久保祐子