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ギリシャを拠点とするエレクトロ・アコースティック・トリオ「イヴェントレス・プロット」は、テープ・オペレーションやモジュラーシンセを担当する Vasilis Liolios、ピアノの Aris Giatas、Max/MSPをもちいてデジタル・プロセッシングを手掛ける Yiannis Tsirikoglou ら3人のメンバーによって構成されている。
活動開始は2002年。ボローニャ、ミラノ、テッサロニキ、スコピエ、アテネなどヨーロッパ各地でライヴ活動を展開し、インスタレーションや映画、ダンス・プロジェクトのためのサウンド・デザイン・作曲なども精力的に手掛けてきた。
録音作品は2009年にテッサロニキのレーベル〈Granny Records〉からアルバム『Ikon』をリリースしてから、UKの〈Aural Terrains〉、〈Creative Sources〉、ロスアンジェルス〈Dinzu Artefacts〉などの世界各国の現代音楽・実験音楽レーベルから多くの作品を送り出してきた。2020年には最先端の現代音楽レーベルの老舗的存在〈Another Timbre〉からアルバムをリリースしたほどである。
彼らのサウンドをあえて簡単に解説すれば「音のコラージュ」と「00年代以降のデジタル・プロセッシング・サウンドを現代において継承・発展させたエクスペリメンタル・エレクトロ・アコースティックな音」となるだろうか。特にデジタル・プロセッシングによる音の加工は、00年代以降の電子音響の系譜をいまも受け継ぐものだ。むろん彼らの音は形式に囚われているものではない。ときにクラリネット奏者、ときにハープ奏者、ときにサックス奏者などともコラボレーションを積極的におこない、音響/音楽の境界線を越境するようなサウンドを作り上げてきた。
2021年にリリースされた『Phrases』(しかもセルフリリース作品。フィジカルとデジタルの両方でリリースされている)においては、デジタル・プロセッシングされたサウンドは、洗練と精巧の域にまで達しており、「一級の音響作品」という呼称に相応しい出来栄えである。
本作はドイツ政府が設立した公的な国際文化交流機関「ゲーテ・インスティテュート」によるプロジェクトであるインタラクティヴ・ウォール・インスタレーション「Disappearing wall」(https://www.goethe.de/en/kul/erp/eur/21758431.html)のために制作依頼された6チャンネルの電子音響がベースとなっている(アルバム化にあたりステレオ・ヴァージョンへと再構築されている)。
もちいられている音の要素はテープやモジュラーシンセ、ピアノ演奏、声などだ。それらのマテリアルをMax/MSPを用いた高度なデジタル・プロセッシングによって統合・接続し、精密かつ繊細な音響空間を生みだしている。ちなみにマスタリングを手掛けているのは電子音響の巨匠ジュゼッペ・イエラシ(!)。
アルバムはアナログ盤ではA面(12分52秒)とB面(14分42秒)に1トラックずつ収録されている(デジタル版ではアウトテイクをコラージュした13分25秒の “Phrases (LP excerpt)” を収録)。どのトラックも00年代以降の精巧・緻密な電子音響の構造を継承し、発展・深化させたデジタル・プロセッシング・サウンドの結晶である。
特に「声」は、本作の中心に位置するサウンド・エレメントといえよう。ハンナ・アーレントから引用されたテキストやハンガリーのノーベル文学賞受賞者であるイムレ・ケルテスの声明などがコラージュ/朗読されるのだが、その言葉、声の肌理、声の音響は、Yiannis Tsirikoglou によって精密に細やかに分解され、音響化されていく。「声」から言葉の「意味」が剥奪され、「音」それ自体となり、やがて声と言葉は別の遠近法を獲得し、言葉がまるで「オブジェ」のようにそこに「ある」かのような存在感を獲得する。その音はデジタルでズタズタに切り刻まれ、まるでドローンのように融解していく瞬間すらあるほどだ。
イヴェントレス・プロットはアルバムのリリースにあたって次のように記している。
「多くの歴史的、哲学的な要素を持つテキストの言語、意味、国、時間が再検討され、音の特徴に基づいて分類され、異なる視覚的、代替的な解釈が引用されている」。そして「時空を超えたフレーズの録音から始まり、それらを加工し、ほかのさまざまな音源を加えることで、「観客」と「壁」のインタラクションに新たな次元を与える空間的なサウンド・インスタレーションが生まれる」。「ギリシャの壁に表示されたヨーロッパ文化からのさまざまな引用に基づいている」(https://eventlessplot.bandcamp.com/album/phrases)。
そう、このアルバムはいわば「声」と「音楽」と「ノイズ」による引用(テクスチャー)の織物であり、どこかあのジャン=リュック・ゴダールの『映画史』のように、素材と素材が接続されることでヨーロッパの「歴史」が浮かび上がってくるような音響作品でもある。音による歴史のイコンのコラージュとでもいうべきサウンドスケープであり、引用・ブリコラージュされる、ヨーロッパの歴史の「音/言葉」の音響とでもいうべきか。
じじつ、A面を占める1曲めでも「声」のモチーフが繰り返し現れ、それから意味が剥奪され、しだいにただの音響へと変化していくさまが展開する。そして突然、美しいピアノの響きが全面化し、現代音楽的な無調からノイズ/グリッチが交錯するのだ。加えてピアノの音であっても演奏の記録というよりは、サウンドのマテリアルをデジタル加工によってコラージュしたような印象が強い。美しくて、精巧で、緻密なサウンド・マテリアルのコラージュ。それが本作『Phrases』である。
デンシノオト