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Ann Eysermans

Contemporary ClassicalField RecordingHarpSound Collage

Ann Eysermans

For Trainspotters Only

cortizona

デンシノオト Mar 16,2022 UP

 このアルバムはベルギーを拠点とするサウンド・アーティスト/ハープ奏者/コントラバス奏者アン・アイザーマンズによる音響作品である。2022年1月末にリリースされた作品だが、はやくも今年のエクスペリメンタル・ミュージックのなかでも重要な作品だと私は思っている。リリースはベルナルド・ソジャーン『Some Deaths Take Forever』や Jean Hoyoux『III Hymne』などの再発でも知られるベルギーのレーベル〈cortizona〉からで、これも注目すべき事実だろう。
 では、このアルバムはどのような作品なのか。簡単に言えばディーゼル機関車のエンジン音にアン・アイザーマンズによる電子変調されたハープやコントラバスの音が重ねられている音響作品である。現実と非現実の境界線が溶け合い、幻想的ともいえるサウンドスケープが生成されている。この音には不思議な没入感覚があり、聴き込むほどに意識を飛ばしてくれる。

 アン・アイザーマンズはブリュッセル王立音楽院で古典的な作曲とジャズを学んだ音楽家である。どうやら即興演奏での活動も展開しているようだが、本アルバムではアン・アイザーマンズの電子音楽家としての側面、エクスペリメンタル・サウンド・アーティストとしての面が展開されている。
 『For Trainspotters Only』のベースとなっているのは、アン・アイザーマンズが5歳のときにアントワープから海辺のリゾート地オーステンデに向かう列車に乗り込んだときの「音の記憶」だ。列車音の環境録音といえば近年ではクリス・ワトソンの『El Tren Fantasma』(2011)を思いだすが、クリス・ワトソンほど環境音のみに特化しているわけではない。演奏などのより「音楽」的な要素が、環境音と交錯しているのである。ハープという伝統的な楽器を用いていることからもコンテンポラリー・クラシカルとしての面も指摘できるかもしれない。
 しかしここが重要なのだが、アン・アイザーマンズによる演奏が入ることによって、「音楽」へと安易に回帰するわけではないのだ。いわば音楽と音の領域を溶かすような「耳の領域」を探求している点が濃厚にある。ふつう「音楽」の要素が入ると、こういった実験作品はいくぶんか先鋭性が後退していくように感じられるが、本作では前進/後退の問題はむしろ前景化せず、音と音楽の「境界線」の問題を探求しているように思える。私はこの点にこそ深く驚愕した。音楽、音響、記憶の融解。

 本作には “4台のディーゼル機関車とハープのための前奏曲/フーガ(Prelude For Four Diesel Locomotives And Harp)” など、全8曲が収録されている。曲ごとに音楽・環境音・ノイズの位置が変化し、聴くものの音の記憶といまここで聴いている世界の音の境界線を溶かすようなサウンドを構成していく。
 録音されている機関車音は「ベルギー国鉄の世界遺産に登録されているディーゼル機関車のHD51、54、55、60」のエンジン音という。そこから発せられる「ノイズ、クランク音、無調性など」のさまざまな音のタペストリーをアン・アイザーマンズは注意深く聴きとり、録音し、編集し、自身のハープ演奏と折り重ねている。すると次第にアン・アイザーマンズが演奏するハープの音などが、機関車の音に溶けてくような感覚が浸透してくる。
 おそらくアン・アイザーマンズは「金属」の硬質で冷たい音に惹かれているのかもしれない。ハープの弦の音もディーゼル機関車のエンジン音も、「金属の音」という点で、このアルバムにおいては同列なのだろう。
 その結果、何が起きるのか。そう、音の境界線が溶けるのだ。いやこういうべきかもしれない。「音が溶ける」のだ。
 リスナーである自分たちの周りにある音たちも、このレコードの音に溶けていってしまう感覚の生成。現実の音が溶けていくような感覚が横溢しているのである。本作は現実の隙間にある幻想を聴かせてくれる。
 
 このアルバムにおいてアン・アイザーマンズは新しいミュジーク・コンクレート、もしくは新しいサウンド・コラージュのかたちを実践している。具体音の接続と構築に、自身の演奏を電子変調させることで、より金属的な音への深い耽溺と没入感覚を生み出しているのだ。この感覚は新しいと思う。
 アン・アイザーマンズは確かに音楽教育を受けた音楽家だが、そのサウンドには自由さがあり、アイデアがあり、音へのフェティッシュともいえる耽溺がある。その意味で伝統的な音楽史の中に組み込むよりは、現代のエクスペリメンタル・アーティストたちとの楽曲・サウンド共に聴いた方が良い。
 たとえばこのアルバムの傍らに、ピエール・シェフェール、リュック・フェラーリなどのミュジーク・コンクレートのレジェンドたちの作品、クリス・ワトソンやフランシスコ・ロペスといったフィールド・レコーディングの巨匠・ヴェテランたちの録音を置くことは可能だろう。しかし一方で、クレア・ラウジーなど現在進行形の新世代音響アーティストたちの作品と共に聴くこともできる。いや、そうすることで「同時代・新世代のエクスペリメンタル・ミュージック」がより鮮明に浮かび上がってくる気がするのだ。
 このアルバムの音は、伝統的な音楽の領域と実験的かつ先進的なエクスペリメンタルな音響音楽が交錯している。「聴くこと」をめぐってリスナーを未知の音響空間へと誘ってくれる名品といえよう。

デンシノオト