Home > Reviews > Album Reviews > African-American Sound Recordings- Tamika's Lodge
シャレた滑り出しに意表を突かれる。まさかのラウンジ的展開。これまでは実験音楽をはじめ試行錯誤の連続だったアフリカン-アメリカン・サウンド・レコーディングス(以下、AASR)がスタイルをガラッと変化させた。よく聴くとラウンジ風の演奏(?サンプリング?)には細かくダブ処理が施され、シンコペーションを効かせたドラムに複雑なループがいくつも絡み合うなど細部までサイケデリックに染め上げられている。いわゆるひとつのドープ・サウンドで、ボトムの締め方はきちんとしたもの。ホーンや各種の金属音が異様に華やかなために、パッと聞いた感じは明るいアンチコンというか、メランコリーを返上したDJシャドウというか。そう、大雑把にいえば『Tamika's Lodge』はダン・ナカムラやマッドリブとは異なるタイプのインストゥルメンタル・ヒップホップで、20年前にブルース・ミュージシャンの故郷レッド・バンクスがジェントリフィケーションから逃れて宇宙に移転したという設定のコズミック・サウンド。AASRのデビュー作『Divine Comedy(神曲)』にはサン・ラーとダンテの言葉が長々と引用され、そうした含みは最初からあったとも言える。リヴァーブをかけたピアノに不穏なドローンが虚しく響く“9000th Hour”だけが、そして、宇宙の虚しさを漂わせる。
AASRの正体はよくわからない。メンフィスを拠点とするW.G.M. がその主体らしく、動画サイトには黒人男性が1人で演奏する姿があり、ジャケ写やストリーミング・サイトのアー写などには黒人女性の姿もある。W.G.M. 名義では2019年にデビュー・アルバム『AND EYE (seen what i saw)』、20年にはシングル「RUNAWAY TRAIN」やミニ・アルバム『Outreach Ministries』をリリースし、やみくもに実験的な作品だけでなく、叙情性に焦点を当てたゆるゆるのコンポジションから本格的なアンビエントまで、いわゆる習作的な作品が並ぶ。AASR名義は2020年からW.G.M. 名義と入れ替わるように使われ始め、デビュー・アルバム『Erasure Poetry』では延々と続く雨の音に始まり、統一性のない音楽スタイルが雑多に煮込まれていく。正直、何をやりたいのかよくわからない。ジェントリフィケーションによって覆い隠されたホームレスやアル中など「忘れられた個々人」に焦点を当て、ヒューマニティを推進していくというステートメントが記されてることがそれまでとは大きく異なった。テーマのせいか、全体にうらぶれた感じで、しつこく繰り返される雨の音がとくに効果を上げているとも思えない。
スピーカー・ミュージックやグリーン-ハウスなど、滑り出しはそうでもなかったのに急に完成度が高くなるミュージシャンがたまにいる。『Tamika's Lodge』もまさにそうした作品で、外部からプロデューサーを招いたわけでもないのにここまでのキャリアとは断絶していると言いたくなるほどサウンドも曲もすべてが一新されている。宇宙空間に移動したという設定が想像力の向かう方向に何も制約を設けなかったということなのだろう、“Astral Breakin’”でギターのコードを単純に鳴らすだけとか、“Coffee Cake”でジャズ・ベースが正確にループされ続けるといった地味な要素がここまで丁寧につくられたことはなく、その上でインプロヴィゼーションに移ったり、妙な部分にダブ処理を施すので、ノーマルな演奏からどこかに連れ去るというイメージの飛躍が威力を増している。“Kitchen Clean-Up Crew”や“The Gxian Airstream”など、もっと聞いていたいのに、あっさりと終わってしまうのは本当に残念。“Knight Of Cups”などはフリー・ジャズのドラムに様々なドローンが絡んでいくにもかかわらず、それこそラウンジ・ミュージックのように聴かせてしまい、初期の808ステイトを思わせる“Mars Mathematics”など、とにかく聴かせ方が巧みで技あり。
気になるのは「アフリカン-アメリカン」という呼称で、2年前の大統領選でバイデンがインド系のカマラ・ハリスを副大統領候補にすると予告した際も、これに反発したアフリカ系がドナルド・トランプに票を投じるという動きがあったため、カラード同士の分断を避けるためにアフリカ系も「ブラック」と呼ぶことが増えているなか、あえて「アフリカン-アメリカン」を名乗るというのはどういうことなのだろうか。ジェルー・ザ・ダマジャのような逆差別主義者の可能性もあるし、そのあたりは機会があればちょっと確認しておきたいところ。
三田格