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Frank Zappa

Rock

Frank Zappa

Zappa/Erie

ユニバーサル

須川宗純 Sep 15,2022 UP Old & New

 今年(2022年)は、バリー・マイルズ『フランク・ザッパ』(P-Vine)の刊行に続いて、アレックス・ウィンター『ZAPPA』が全国公開されるという、日本のザッパファンにとっては慶賀すべき年となった。しかも、東京では上映期間が連続10週に及ぶヒットになるというオマケつきだ。『アメリカン・ユートピア』のように社会現象になるほどではなかったとしても、近年雨後のタケノコのように公開される音楽ドキュメンタリーが次々と討ち死にしていく中では、かなりの成功だったといえるのではないか。

 劇場には昔バンドやってました系のアラ還世代が詰めかけたとも聞くが、その中に若い男女の姿が確実に見られたこともまた確かだ。映画がザッパの音楽そのものよりも人物像を描き出すことの方に力を注いでいた分、ザッパが音楽に向きあうときの真摯さが一般の音楽ファンにも伝わったということではないか、と考えておく。

 従来のファンの一部からは歌詞の過激さや故なき噂(ステージ上で糞食したという伝説が流布したことがあった)から「変態」と呼ばれ、ギター雑誌からはアラン・ホールズワースと並ぶ凄腕ギタリストと目され、プログレファンからはジャン=リュック・ポンティ、チェスター・トンプソン、テリー・ボジオ、エイドリアン・ブリュー、スティーヴ・ヴァイ(あれ、プログレじゃない……)を輩出した敏腕バンドリーダーとして知られ、そして映画『ZAPPA』では作曲家としての顔が強調されたザッパ。少し前にはSNS等で「ビートルズみたいに平和や反戦の歌を歌わないんですか?」「おれはデンタルフロスの歌を歌ったんだが、お前の歯は綺麗になったか?」という捏造問答が話題にもなったので(この話はまたいずれ)、それで名前を知ったという方もひょっとするとおられるかもしれない。

 しかし、来年はザッパ没後30年、その間にも新譜は着実に発売され続け、今や公式タイトル数は120を超えるというのだから、名前を知って興味を持たれた方がいざ聴いてみようとして二の足を踏むのも無理からぬことだろう。こういうときの定番の話題として「ザッパを最初に聴くならどのアルバム?」という質問があるが、「存命中に発売されたものなら何でも可、どうしてもというなら『200モーテルズ』」と捨て台詞を吐きつつ、書き手の頭の中はすでに「ユニバーサルミュージックグループがザッパ全作品を獲得」という2カ月前のニュースをめぐる話題に移っている。

 いや、そうなのだ、今回の映画『ZAPPA』公開を機に、そのサントラ『ZAPPA』や『ザ・マザーズ1971』、そして『ザッパ/エリー』といった作品が国内リリースされ、もちろんそれ自体は喜ばしいことなのだが、問題は肝心のザッパ自身の生前リリース作がすべて廃盤状態になっていることなのだ。なにせ『ZAPPA』は3枚組、『エリー』は6枚組、『1971』は8枚組。マリー・アントワネットに「『ロキシー&エルスホェア』がなければ『エリー』を買えばいいじゃない」といわれているようなものだ。

 これはそう遠からぬうちに全作品リリースというかたちで解決さるべき事態だが、それまでは残念ながら近くの中古盤屋に駆けこむなり、サブスクという非常手段(と書くのはザッパの場合、アートワークと歌詞のもつ意味がまた重要だからだが)で渇きを癒していただくよりほかはない。若者を前にしたアラ還世代としては、まことに忸怩たる思いだ。上の諸作ももちろんアルバイトをしてご購入いただく価値は十分にあるのだが、まず本人がオーソライズした作品を聴いていただく方が亡くなった本人としてもありがたいことだろう(と書いても、心の広いユニバーサルは許してくださるに違いない)。

 ところで、先に「『ロキシー&エルスホェア』がなければ『エリー』を…」という喩えを出したが、これはまんざら意味のない比較ではない。『エリー』はその名のとおり、ペンシルヴェニア州エリーで行われた1974年と1976年の演奏(当然メンバーもレパートリーもまるで異なっている)を中心とするライヴアルバムなのだが、かねてザッパファンの中では「要は『エルスホェア』でしょ?」ともいわれていた作品なのだ。どういうことか。

 1974年に発表された『ロキシー&エルスホェア』という名作がある。これはザッパのほかにナポレオン・マーフィ・ブロック(vo, ts)、ジョージ・デューク(key, vo)、ブルース・ファウラー(tb)、ルース・アンダーウッド(per)、トム・ファウラー(b)、ラルフ・ハンフリー(d)、チェスター・トンプスン(d)というメンバーで、1973年12月ロキシーというヴェニューで収録された音源、及び上記の布陣にドン・プレストン(syn)、ウォルト・ファウラー(t)を加えた1974年5月のライヴ音源をつなぎ合わせて作られたライヴアルバムなのだ(このときロキシーでの3日間のライヴのもようは後に完全版が『ザ・ロキシー・パフォーマンシズ』(2018)、映像が『ロキシー・ザ・ムーヴィー』(2015)としてリリースされている)。

 そして、『ロキシー&エルスホェア』の「ロキシー以外」こと「エルスホェア」、具体的にはエディンボロ・ステート・カレッジで行われた演奏を含むかたちで作られたのがこの『エリー』というわけだ。構成としては、1974年5月、1974年11月、1976年11月のライヴがそれぞれ1本分まるまる入っている、くらいのイメージでよいかと思う。

 いずれの時期のバンドも脂が乗っていて、ライヴ音源を元にスタジオでみっちり作りこまれた『ロキシー』に比べるといささか荒っぽく聞こえるかもしれないが、それでこの完成度と思うとそのミュージシャンシップの高さにはいまさらながらあっけにとられるばかりだ。

 1974年5月のツアーはマザーズ結成10周年を記念するものでもあったので、初期ナンバーが続々取り上げられているのと「インカ・ローズ」のラテンっぽいユニークなリズムアレンジが聞きもの。

 同年11月のラインナップはザ・名盤『ワン・サイズ・フィッツ・オール』(1975)に向けて走っている時期のもので、曲目は『ユー・キャント・ドゥ・ザット・オン・ステージ・エニモア Vol. 2』(1988)を彷彿とさせる。観客が盛り上がりすぎて演奏を一時中断するという珍しいひと幕も。

 1976年11月の録音ではメンバーはすっかり若手に一新され、レイ・ホワイト(g, vo)、エディ・ジョブスン(Key, v)、パトリック・オハーン(b, vo)、テリー・ボジオ(d, vo)という、後の傑作ライヴ『ザッパ・イン・ニューヨーク』(1978)をがっちり支えるメンツに、短期間在籍していたビアンカ・オーディン(key, vo)が加わっている。「ブラック・ナプキン」で彼女が披露するヴォイスソロ、特に高音域での重音唱法は短いけれど聴き逃し厳禁! ごていねいにも2テイク入ってます!

 生前のザッパはライヴを録りっぱなしでリリースすることをほとんどせず、いくつかのテイクをつないだり、スタジオでオーヴァーダブして発表するのが常だった。ザッパにとっては「作品」を作ることが何より優先だったのだ。それは「作品」を残すことが「作曲家」の務めだと考えていたからだろう。だから、こうしたかたちでライヴ音源が発表されることはザッパの本意に背くことなのだといえなくもない。しかし、ザッパの考える「作品」にまた違うかたちで光を当てるのがこうしたリリースの役割なのだし、これらに耳を傾けることでザッパの理解もまた間違いなく深まっていくことだろう。

須川宗純