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96 Back

IDMTechno

96 Back

Cute Melody, Window Down!

Local Action

三田格 Nov 29,2022 UP

 唐突に徴兵された新参のロシア兵は指揮系統の混乱もあって味方同士で撃ち合ったりしているらしい。ロクな訓練も受けられないと、そういうこともある……というニュース解説を聞いて思い出したのが27年前に編集した『忌野清志郎画報 生卵』という本のこと。清志郎のデビュー25周年を祝って「電話帳みたいな分厚い本をつくって関係者に配りたい」と、当時の佐藤社長に言われ、すべての作業を自分たちだけで行うのは難しいと思った僕と水越さんはファンクラブで手伝ってくれる人を募集をして40人ほど面接をしてみたものの、人を選ぶ基準がわからず、イーロン・マスクとは逆に全員を採用してしまった。そして、編集作業を始めてから編集経験がない人ばかりだということに思い当たり、編集作業と並行してみんなにも編集業務を教えることになり、これはとんでもないことになったと頭を抱えてしまった。しかも、テープ起こしの作業などは慣れない人がやると1日に5分ぐらいしか進まず、このままでは1時間のインタヴュー起こしが完成するのに半月はかかってしまう。うわー、これは、もう無理かもと思って呻吟していたら、テープ起こしのスピードが前日の倍になり、次の日にはさらに倍とどんどん早くなっていく。清志郎さんにそうした経緯を話すと「そうだろー、素人の伸びってスゴいんだよー」と大喜びで、その当時、清志郎がやっていた2-3sもまったく同じくで、先週は弾けなかったのに今週はできるようになっていたとか、そういうことが面白いからやっているんだという話になった。清志郎という人は仕事に馴れてしまわないこと、素人のままでいることを本当に大事だと思っていて、初心に戻るのではなく、初心のままでいるために努力を重ねているところがあった。どれだけまわりから批判されても2-3sを続けた理由はそれで、RCサクセションで築き上げたものの上にのっかってはいけないと思っていたのである。それより少し前にRCとしてオールナイトフジに出演した際もライヴの収録が終わってから「こうやってどんどん馴れていってしまうんだ! オレは何を言ってるんだ!」と冗談めかして叫びながら、新作を出したらテレビに出るというルーティン化に全力で抵抗していたことはいまでも印象深い。「素人が伸びていく時の力をバカにしてはいけない」と清志郎は言い、それは「一生に何度も経験できることではない」と。これは本当に楽しそうに話していた。

 名を残すミュージシャンには2タイプある。デビュー作がとんでもない傑作で、そこからじょじょに時間をかけてゆっくりと降下していくタイプと、最初は大したことないのに時間をかけて少しずつ登りつめていくタイプ。昨年2枚のアルバムをリリースし、さらに今年、4thアルバム『Cute Melody, Window Down!』を完成させた96バックことイーヴァン・マジュムダール~スウィフトは後者に分類できる。方向性の違いによって〈ワープ〉初期に経営陣から身を引いたロバート・ゴードンによるプロデュースで18年に「Provisional Electronics」でデビューしたマジュムダール~スウィフトは早くからシェフィールドの宝などと呼ばれて期待され(現在はマンチェスター)、一貫してエレクトロにこだわってきた。その彼が2年前に〈ローカル・アクション〉に移籍してからはベース・ミュージックと、さらにはOPNの影響を強く受けた作品をリリースし始め、いま急に伸び始めている。昨年リリースした3thアルバム『Love Letters, Nine Through Six』はまだそれほどの作品だったとは思えなかったものの、彼と親交のあるアヤは昨年の年間ベストにまでしている。そして、1年ぶりとなる『Cute Melody, Window Down!』ではベース・ミュージックとの接点をもっと深いところで探るようなエレクトロに回帰し、独特の作風を編み出してきた感じ。レーベル・サイドも50曲以上のデモ・テープに新しい方向性を感じ取り、これを10曲にまとめあげることを促した結果だという。しかし、世の中の評価はいまのところOPNに寄せた『Love Letters, Nine Through Six』の方が高い。いやいやいや、パッと聴いた感じは新作の方が地味かもしれないけれど、作品の質は確実にアップしていますよ。

 どうせだから『Love Letters, Nine Through Six』から聞き返していこう。OPNといわず、全体的にハイパーポップと称される傾向のものにチャレンジしている。キラキラとした音を多用し、ベースを抜くか、入れたとしても軽めなのはやはりOPNの影響だろう。自身のヴォーカルも初めて披露。ハドソン・モーホークを真似たつもりか、細かいフレーズが次々と飛び出す“Don't Die”や、それこそOPNそのものといったシンセがドラマチックに舞う“Feel Hard”などソフィーがすでにやり尽くしたと思う曲が多い。優しいメロディが彼の特徴なので、それを生かすには確かにこういったフォームも間違いではない。“I Don't Want To Play Tonight”ではコクトー・ツインズをバブルガム化したようなシンセ・ポップがそれなりに未知の風家へ連れていってもくれる。『Cute Melody, Window Down!』にはこういったキャッチーさはない。オープニングはシングルで何度か試みていたビート・ダウン・ハウス。『Love Letters, Nine Through Six』とは打って変わってゆったりとした曲調で、ベースも太い。続いて荒々しく和音をブチ切りにした“Wrong Warp”。タイトルからしてシェフィールドを意識しているようで、ロバート・ゴードンゆかりのブリープにブレイクビーツを合わせた発想は新鮮だった。さらにハードなブレイクビーツを駆使した“When U Stop”へと続き、これには少しOPNの残り香が漂っている。タイトル曲は確かにキュートなメロディで、90年代中期のエイフェックス・ツインを思わせ、ほかにもエイフェックス・ツインがブリープをやっているような感触がそこはかとなく全体に染み込んでいる。それらがまたベース・ミュージックを通り抜けたエレクトロというのか、シェフィールドが発祥の地とされるベースライン(2ステップの発展形)との接続が図られている気もするし、そうやって考えていくと何か新しい音楽のように思えてくる。“Goth Stuff”はヒネくれた展開が楽しく、オリジナリティはダントツ。“Get Running”も“Flow Spam”もいい。“High & Tired”でちょっとダフト・パンクが入って、エンディングは前作に揺り戻す(諦めが悪いなーw)。

 ハーフタイムがドラムン・ベースとベース・ミュージックの壁を取り払ったことで様々な科学変化が起き、この流れにエレクトロも混ざりつつあるなか、さらにベースラインも巻き込んだというのが96バックの立ち位置を説明するガイドになるだろうか。エレクトロは現在、シンセ~ポップやインダストリアルと結びつく傾向を除けば、ジェイムズ・ブレイクにフック・アップされてフランク・オーシャンのトラック・メイカーに起用されたヴィーガン(Vegyn)ことジョーン・ソーンナリーが最もモダン・エレクトロを代表する存在であり、彼が今年の初めにリリースした75曲入りの5thアルバム『Don't Follow Me Because I'm Lost Too!!』でもベースラインが大幅に取り入れられていたことを思うと、いまはちょっとした流れの始まりにあるのではないかと思えてくる。しっとりとしたヴィーガン、カラフルな96バックという対比というか。『Cute Melody, Window Down!』は2022年に戦争も暗殺もなかったかのように感じるアルバム。現実感はなく、希望もないけど絶望もない。ただ、ちょっといい音楽を聴いただけ。“デイドリーム・ビリーバー”でも聴こうかな。

三田格