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フィラデルフィアを活動拠点とするウラ(ウラ・ストラウス)は、ここ数年のアンビエント・ミュージック・シーンを振り返るとき、欠かすことのできない重要なアーティストである。
ウラはセンセーショナルな「新進気鋭のアーティスト」として華々しく登場したわけではない。10年代末期にマイナー・レーベルからひっそりと作品をリリースし、そのサウンドの魅力によって、いつのまにか多くのリスナーを獲得していったのだ。そして今や2020年代を担うアーティストの一人にまでなった。本当にすごいことだと思う。
2022年にリリースされた新作『Foam』では、これまでのアンビエント/ドローンを基調としたサウンドから脱して、ループとグリッチ・ノイズをミックスするエレクトロニカへと変化した。その音はアコースティックとグリッチ・ノイズが交錯する00年代エレクトロニカ・リヴァイヴァルのようでもあり、心を沈静するようなミニマル・ミュージックのようでもある。もしくは聴き込むほどに愛着が深まるアクセサリーのような音楽でもある。エレクトロニカ、アンビエント/ドローンの交錯の果てに行き着いた桃源郷のようなサウンドスケープとが展開しているのだ。そしてリリースは(満を持して?)〈3XL〉である。
ここで、『Foam』へと至るウラの道筋を示すために、ウラのこれまでのリリース歴を簡単に振り返っていきたいと思う。
ウラの最初期の音源はシカゴのオンライン・レーベル〈Terry Planet〉配信リリースしたNo Pomoとのユニットwiggle room『 Pyramid』といえる。2015年だ。ウラ・ストラウス名義ではシカゴの〈Lillerne Tape Club〉から、2017年にリリースした『Floor』、〈Sequel〉から『Append』が初期の音源である。硬質なアンビエンスが魅惑的だが、この頃はまだ「知る人ぞ知る」のような謎に満ちた存在だった。
そしてHuerco S.主宰のレーベル〈West Mineral〉からPontiac Streatorとのコラボレーション『11 Items 』と『Chat』を2018年と2019年にリリースした。このトリッキーにして静謐、ミニマルにしてどこかポップな多くの音源によって、多くのアンビエント・リスナーの耳に届くことになった。
2019年になるとニューヨークの〈Quiet Time Tapes〉からウラ・ストラウス名義で『Big Room』をリリース。このアルバムにはまるで霧のように霞んだアトモスフィアが満ちていた。私はこのアルバムに満ちている掴みどころがない空気のようなサウンドにとても惹かれたことを覚えている。抽象的なのに不思議な存在感に満ちている音とでもいうべきか。
翌2020年、ベルリンの〈3XL〉を親レーベルとする〈Experiences Ltd.〉からウラ名義で『Tumbling Towards A Wall』をリリースした。この作品が決定的だった。ミニマル・ダブとアンビエントを交錯させるサウンドを実現しており、このアルバムによってウラは、アンビエント・マニアだけではなく、エレクトロニック・ミュージック・ファンのリスナーを獲得していったのだ。まさに転機となるアルバムといえよう。
2020年は、ロシア出身のエクスペリメンタルアーティストのPerilaとのコラボレーション作品『silence box 1』、『29720』、『blue heater』の3作をポルトガルのレーベル〈silence〉から発表するなど旺盛な活動を展開する。
2021年、〈Motion Ward〉から『Limitless Frame』をリリースした。なかでも『Limitless Frame』がこれまでのウラの作品の総括したようなアルバムである。霧のアンビエントに、どこかジャズのような音楽のフラグメンツが散りばめられ、聴くほどに深い沈静効果が得られるような傑作に仕上がっていたのだ。2022年は「20分1曲」というEPシリーズを継続的に送り出す〈Longform Editions〉から『Hope Sonata』を発表したことも忘れてはならない。
同じく2022年リリースであった『Foam』は、『Limitless Frame』を受け継ぎつつも、新しいタイプのアンビエント・エレクトロニカ・アルバムを展開していた。10年代以降のアンビエント/ドローン・シーン出身であったウラが、驚くべきことに00年代エレクトロニカの蘇生へと向かったような音楽性を展開していたのだ。新境地といってもいい。
だがそれは『Limitless Frame』にあったジャズ的な音楽性の解体といった面から地続きでもあるように思う。つまり「音楽の解体」がそのまま「サンプリングとグリッチ」の表現として再浮上してきたわけだ。
本作『Foam』ではドリーミーなループを基調とした楽曲を展開している。声やピアノなどの音のフラグメンツがちりばめられたミニマルなサウンドスケープがとにかく心地よい。
先に書いたようにクラシカルな音が軽やかなノイズによってグリッチしていくさまは、00年代初頭のエレクトロニカを思わせもする。個人的には2001年にリリースされたフランスのジュリアン・ロケによるジェル(gel:)のファースト・アルバム『-1』(Artefact)や、2002年にリリースされた彼の変名ドリンヌ・ミュライユ(Dorine_Muraille)『Mani』(FatCat Records)も思い出した。これは00年代リヴァイヴァルなのだろうか。いや、そうではない。ウラは独特なアトモスフィアを放つアンビエントを作り続けながらも、常に新しいサウンドを模索しているのだ。『Foam』におけるゼロ年代的なエレクトロニカへの変化はノスタルジアはない。つまりは変化だ。彼女はアンビエント音楽の新しい形式を模索している。
ウラを本作を「キーホルダーのような」作品と自ら語っている。いわばアクセサリーのように生活のなかに存在する音楽/音響という意味か。このアルバムは室内楽的な電子音楽だが、生活のなかに空気のように自然に浸透する音楽でもある。日々の暮らしの中で家具のようにでなく、アクセサリーのような音楽として存在すること。このコンセプトはとても新鮮だ。
まるで未来のエリック・サティのようなミニマル・ミュージックなのである。『Foam』は、新しい時代のエレクトロニカなのである。
デンシノオト