ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. rural 2025 ──テクノ、ハウス、実験音楽を横断する野外フェスが今年も開催
  2. Jane Remover - Revengeseekerz | ジェーン・リムーヴァー
  3. Columns ♯13:声に羽が生えたなら——ジュリー・クルーズとコクトー・ツインズ、ドリーム・ポップの故郷
  4. caroline ──まもなく2枚目のリリースを控えるキャロライン、ついに初来日が決定
  5. Ami Taf Ra ──新たに〈Brainfeeder〉に加わったアミ・タフ・ラ、新曲はカマシ・ワシントンがプロデュース
  6. interview with Mark Pritchard トム・ヨークとの共作を完成させたマーク・プリチャードに話を聞く
  7. Hüma Utku - Dracones | フーマ・ウツク
  8. caroline - caroline | キャロライン
  9. interview with aya 口のなかのミミズの意味 | 新作を発表したアヤに話を訊く
  10. Mark Stewart ——マーク・スチュワートの遺作がリリースされる
  11. Saho Terao ──寺尾紗穂のニュー・アルバムは『わたしの好きな労働歌』
  12. Ami Taf Ra ────新たに〈Brainfeeder〉に加わったアミ・タフ・ラ、新曲はカマシ・ワシントンがプロデュース
  13. Rafael Toral - Spectral Evolution | ラファエル・トラル
  14. Mark Turner - We Raise Them To Lift Their Heads | マーク・ターナー
  15. interview with IR::Indigenous Resistance 「ダブ」とは、タフなこの世界の美しきB面 | ウガンダのインディジェナス・レジスタンス(IR)、本邦初インタヴュー
  16. MAJOR FORCE ——日本のクラブ・カルチャーの先駆的レーベルの回顧展
  17. Khadija Al Hanafi - !OK! | ハディージャ・アル・ハナフィ
  18. 別冊ele-king 渡辺信一郎のめくるめく世界
  19. Bon Iver - SABLE, fABLE | ボン・イヴェール、ジャスティン・ヴァーノン
  20. Joseph Hammer (LAFMS)JAPAN TOUR 2025 ——フリー・ミュージックのレジェンド来日、中原昌也誕生会にも出演

Home >  Reviews >  Album Reviews > Treeboy & Arc- Natural Habitat

Treeboy & Arc

Indie RockPost-Punk

Treeboy & Arc

Natural Habitat

Clue

Amazon

Casanova.S Aug 04,2023 UP

 ツリーボーイ&アーク、ヤード・アクトの最初期にメンバーを共有していたこともあったイングランド・リーズのこのポスト・パンク・バンドはコロナでアルバムをリリースすることが難しくなってしまったバンドのひとつだろう。いくつかのシングルをリリースしファン・ベースを広げていくことが必要だった時期に活動することができず、既にアルバムをリリースする計画があったバンドが順番待ちを強いられて、そうこうしていくうちに時代もシーンの空気も変わっていった。同郷のドラーラ(Drahla)やヤード・アクトの1stアルバムがリリースされ、2ndアルバムはどんな感じになるのだろうと気になってくるような2023年のこの時期にやってきたツリーボーイ&アークのデビュー・アルバムはしかし他のバンドとは少し違ったユニークな魅力を放っている。

 初期衝動にあふれた1stアルバムが最高だとその名をあげられるようなバンドの持つエネルギーと、方向性の定まった2ndアルバムで化けたと評されるバンドの、その中間にこのツリーボーイ&アークの『Natural Habitat』は存在する。ロンドンのバンドたちよりもより強くコペンハーゲン・シーンに影響されたような2017年の「Not Yet」期、〈Speedy Wunderground〉からリリースされた自ら不安を煽りイラだちの中に答えを見つけようとしたかのような2019年の傑作シングル “Concept” 、そこに存在していた10代の荒ぶるエネルギーがついに収まるべきところを見つけたかのようにアルバムの中で鋭く小さな爆発が起きている。太いベースとソリッドなギター、不穏な空気を撒き散らすシンセサイザーの音、心をせかせるドラム、そこに乗る小さくイラだったヴォーカル、ツリーボーイ&アークのそのバランスは何かが変わることを夢見るアート・パンクの興奮を生み出すのだ。
 呪詛的なフレーズで幕をあけるオープニング・トラック “Midnight Mass” は否が応でもこれから起こることへの期待感を抱かせて、そうしてノイ!のようなクラウトロック由来の緩やかで力強い推進力を持つ “Retirement” へと繋がっていく。勢いのそのままに突っ走るようなことをせずにここで息を入れるようにしてペースを落とすのがツリーボーイ&アークの変化だろう。しかしスイッチは入ったままだ。「グラスは半分満たされている/だけど頭はほとんど空で/どうすることもできない」。空虚な日々と閉塞感、何も手にしていないわけではないがずっと同じところから抜け出せずにいる、そうしたフラストレーションがこの緩やかな曲の中に渦巻いている。“Behind The Curtain” ではそのフラストレーションがイラ立ったようなベースのフレーズの上でもっと直接的に発露される。理解はできるがそうであっては欲しくない現実、期待は裏切られ望みは薄れる、しかしその中にあってももがき続ける、その姿勢に心がかき立てられていく。ツリーボーイ&アークの音楽は時を経てより一層に強度を増したのだ。

 このアルバムを聞いたときに最初に抱いた印象は上記のような時代とともに変化したバンドのデビュー・アルバムだったが、実際にツリーボーイ&アークは2019年にレコーディングしたアルバムを廃棄したという。バンドが言うにはその最初のアルバムはほとんどライヴ・アルバムのようなもので、パンデミックで全てが止まり、活動を再開した後のいまの自分たちを反映したものではないと考えてもう一度レコーディングし直すことを決めたという。そのときに存在していたうちの5曲は再びアレンジされてこのアルバムの中に収録されているらしいが、“Box Of Frogs” から “Human Catastrophe” にシームレスになだれ込むその瞬間にまるでライヴを見ているような気分になる。それはおそらく昔とは異なった種類のもので、ほとばしる衝動が暗い空気の中、内側で渦巻いているように感じられ、自らに言い聞かせるよう、あるいは理解のために状況を整理し直すかのように言葉が響き、そこで生まれた興奮が広がっていく。ふたりのシンガー、ふたりのソングライターがそれぞれの曲を繋ぐ、この瞬間こそがアルバムの最高の瞬間であるとそんなことだって言いたくなってしまう。

 最初のアルバムのヴァージョンはどんな感じだったのだろう? そう気にならないこともないけれど、しかしこの渦はここまでの過程があったからこそ生まれる渦なのだろう。そうしたバンドの歴史と変化がポップ・ミュージックをより一層魅力的にする。選択と判断、理念と行動、新鮮さがなにより重要でタイミングが大きく作用する世界の遅れてきた快作、ツリーボーイ&アークのこのデビュー・アルバムは僕にはそんなアルバムに感じられるのだ。

Casanova.S